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1 記憶消失


 近くからカチャカチャと何かを動かす音がする。目を開けなければと、起きなければと思うのに、意識に反して体が上手く動かない。

 やっとの思いで目を開けると、真っ白な天井が見えた。


 ――ここ、どこ?


 顔を動かして確認しようとしても、やはり体が言う事をきかない。

 何が起きたのか不安になってきたとき、


「あ、目が覚めたかい?」


 視界の中に白衣を着た男性が入ってくる。

 何か言おうと口をパクパクするけど、小さく息が漏れるだけで声らしきものは一つも出なかった。


「無理に喋ろうとしなくてもいいよ! 今はショックで体が動かないだろうし……」


 慌てたように彼が言うので、私は大人しく口を閉じていることにした。しかし、ショックって一体何の事なんだろう?


「そのままだと僕が話辛いから、ベッドの背もたれを上げるよ」


 良いともダメだとも言えず、されるがままに背もたれが上がっていく。少し目線が上がっただけで色々と見えるもので、この部屋が病室なのだと、今更ながらに理解した。


「じゃあ取りあえず自己紹介。僕の名前は朱堂晃(すどうあきら)。れっきとした医者だよ」


 朱堂晃、と心で唱え頷く代わりに瞬きを一つした。


「君は大きな事故に巻き込まれて、その影響で身体が言う事をきかないと思う。でも一度目が覚めたら1時間ほどで声が出るようになるだろうし、1週間くらいリハビリをしていれば元に戻れるから、安心してくれていい」


 優しく微笑む彼に安心感を覚える。医者と言う生き物は人を安心させるやり方、みたいなのを学校で勉強するのだろうか、などと考えながら私はまた瞬きをした。





 それから1時間は早かった。朱堂先生がずっと私に話をしてくれたおかげだ。

 私は瞬きでしか反応が出来ないのに、先生は私を飽きさせないようにと色々な話しをしてくださったのだ。その間、私が事故にあった事など、不安に思うようなことは何一つ言わなかった。

 あの話術……心の底から尊敬できる。


「そろそろ起きてから1時間くらいになるけど、少し声を出してみてごらん」


 いけない、忘れるところだった。先生が1時間も話をしてくださったのは、私が声を出せるかのチェックをするためだ。

 もう一度眠ってしまうといつ起きるか分からなくなっちゃうし、先生だっていつも暇なわけではない。今はたまたま私の病室に回ってきたときだったので先生に会えたけれど、次もまた、とは限らないのだ。


「どんなことでもいいから、話してみて」


 私はベッドで先生は椅子。先生が座っているのは少し高めの椅子で、先生が自分の膝に腕を置き、頬杖をついているにも関わらず目線は私と同じだ。

 こんなところまで考えて下さっているのだとしたら、私がこの場で一番初めに言うべき言葉は、自然と頭に浮かんできた。


「……あり……が……とう……ござい……ます」


 すると彼は驚いたように笑い、


「どういたしまして」


 と微笑んでくれた。


「じゃあ、リハビリも兼ねて自己紹介をしてくれるかな」


 きちんと声が出た事と、先生が微笑んでくれたのが嬉しくて一人舞い上がっていると、至極当たり前のことを言われた。

 朱堂先生みたいに自分の名前を言おうとして、


「あ……れ……?」


 あれ? 自己紹介って名前とか言うんだよね?

 私の名前って……何?


「どうかしたの?」


 先生が聞いてくるけど……


「名前が……思い出せないんです……」


 自分が誰で、どこから来たのか。全く思い出すことが出来ない。

 さっきまでは先生と話していたから感じなかったけど、頭に靄がかかったように何も分からない。声が、身体が自由になるのに反比例して靄が濃くなっていく。


「先生……っ!」


 先生の白衣にしがみつく。無理に動いたから全体重をかけてしまったわけで、背もたれのない椅子に座っていた先生は後ろによろけるけど、すぐに私を支えてくれた。


「落ち着くんだ。深呼吸をしたらすぐに楽になる」


 そして私の背中をさすってくれる。

 まるで催眠術にかかってしまったかのように私は再び眠りに落ちていった。



     ***



「寝たか?」


 彼女をベッドに戻して布団をかけていると部屋の扉が開き、そこに立つ袴を着た男が話しかけてきた。


「ああ、寝たよ。でも記憶障害を引き起こしているみたいだ。話をきくのは大分後になりそうだよ、(りゅう)


「みたいだな。記憶障害は治るのか、晃?」


 男――土御門流(つちみかどりゅう)は誰の許可もなく部屋にずかずかと侵入してくる。


「ちょっと、入って良いなんて僕は言ってないけど」


「いいだろ。俺達の仲だ」


 僕は何も言わずに溜め息を吐いて、流に椅子を差し出した。この強情は何を言っても聞きやしない。

 流は彼女に興味津々なようで、流石に触りはしないものの、顔を近くから覗き込んでいる。


「パニックになってたみたいだから、眠らせた。だから暫く起きないよ」


 呆れたように言ってはみるけど、興味があるのは僕も同じだ。というより、きっと全世界の人が彼女を見たがるだろう。

 何せ彼女は、この世界で初めて『時空災害』を生き残った人間なのだから。


「俺達は運が良かった。彼女を見つけられたんだから」


 彼女を見つけたのは偶然だった。久しぶりに時空警報が出て、警報が収まったからその場所に行ってみると、いつもみたいに何もないものだと思っていた。だがそこには、何もかも消え去って平らになった地面の上に、女が一人倒れていた。

 それが、記憶を失ってしまった、名前も分からない彼女だった。


「それにしても、名前がないと不便だな」


「名前がないとカルテも書けないからね」


 もしかしたら『時空災害』に関する何かを持っているかもしれない彼女。

 今までの『時空災害』による被害人数は元々の人口の三分の一。

 このまま何も分からないまま被害者が増えれば、人類は滅んでしまう。


「おい晃、こいつの呼び名を決めたぞ!」


 流が僕の方を嬉しそうに向く。


「こいつの名前は希望(のぞみ)だ!」


「はいはい。名前が決まったんなら僕はカルテに書かないといけない。まさか患者のところに部外者を放置するわけにはいかないから、流も一緒に行くよ」


 僕はゆっくり立ち上がると、流の襟元を掴んだ。


「おいちょっと待て、俺はだな……」


「どうせ流の事だから良からぬことを考えてるんだろ。そんな事医者の僕が許さない」


「晃! お前何か勘違いを」


「してるわけないだろ。僕と君は一体何年友人をやっていると思っているんだ」


 襟を掴んでいる手に力を集中させて持ち上げる。

 こういうとき、流より身長が高くて良かったと思う。


「持ち上げるな! こんな姿を屋敷のやつらに見られたら大変だろう!」


「見せてやればいいだろう。自分は眠っている病人の部屋に忍び込もうとした愚か者ですってな」


「ふざけるな!」


 ぎゃあぎゃあ叫ぶ馬鹿な友人を引きずって病室を出る。

 さあ、彼女が起きるまで流を見張っておかないと。

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