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完、こうぬくもり

「ねぇ、理也。今度どこ行く?」

 いつも通りの二人で過ごしていたある日。まだ雪は降ってはいないが、寒さが身にしみてくる季節になっていた。


 もうすぐやってくる雪の様に淡くて、幼くて。とても純粋な愛だった。

 あの頃の私たちにとって、あの日々は失えない大切すぎるものだった。




「終わりだ、陽奈子」

「理也…?」

 何の前触れもなく、いつも通り彼女と共に過ごす昼休みの穏やかな時間の中。青い澄み渡った空を見上げながらそう言った。

 ―――いつの日にか、見上げた空と同じ…。

「何も変わらなかったし、変わりたいとも思わなかった。今日が約束の期限だ。」

 ――あれから六カ月。

 不意に。理也の指が陽奈子の髪に触れた。

 その仕草は驚く程優しい手つきで陽奈子の髪をそっと、梳いた。眼差しも慈しむように、愛おしそうに細められ、向けられた言葉が空耳であるのだと信じたいほど。それは言葉と矛盾した行動だった。

「……約束通り、今日でお別れだ。」

 最後に俺は、彼女の頬を滑り落ちる一筋の雫を指で拭いながら彼女の唇にキスを落とす。

「今までありがとう、悪くはなかったよ。少なくとも、珍しく楽しかったと思えるほどにはね」

「―――ごめんなさい、ありがとう……。私も、楽しかった、です」

 陽奈子はそっと理也の両手を包み込むように、自分の両手で握り祈るように目を閉じた。

「理也は、幸せになれるよ。ううん、なってもいいんだよ?だって、私は理也に幸せにしてもらったんだから。……これからもきっと、この手の温もりに救われる人はいるよ」

 泣くのを堪えながらも変わらず柔らかい笑みを浮かべながら、自分のことよりも今、自分を振った男の心配をするなんて。ズキッと、心に痛みが走ったけれど。見ないふりをして、何でもないと自分に言い聞かせながら、いつ通り、いや、昔の自分のいつも通りの笑顔を作った。それが最後の、仮面だから。

「ふふ、わかったよ。恋人の、最後の願いだ。約束するよ」

「ありがとう。じゃあ、ね、奥佐先輩」

「ああ、じゃあな」

 涙も最初に流した一粒以外見せず、最後にはあの柔らかな笑顔を見せ静かに去っていった。その時の陽奈子は俺が今までで見て来た中で一番悲しくて、一番綺麗だった。彼女の後姿が扉の向こう側に消えるまでずっと、見つめ続けた。


 ―――ありがとう……。


 囁いた言葉は、もう二度と彼女に届くことはないだろう。

 儚い熱情は、寒い冬の空へ風に攫われ消えた……。

 ぶるっと、突然の雪風に体を震わせた。

「……さむ」

 かじかむ両手を俺は見た。あの時までは、確かに、この手を握ってくれた少女(ひと)がいた。

『優しい手を傷つけないでください』

 俺に何度も裏切られて、傷つけられて、怒りに我を忘れて殴ってしまった俺のことを。俺のせいで身も心も傷ついているはずなのに、それでも自分のことなど二の次に心配してくれた。陽奈子がそう言ってくれた。その言葉が忘れられない。

 ほんの数ヶ月前のことなのに、繋いでいた手のぬくもりは残ることなく優しい思い出だけが残った。

 その思い出だけが、俺を切なくさせる。俺を信じようとしてくれた人を、俺は自分から突き放した。突き放した俺の手は、あのぬくもりを求めている。そう、失って初めて気付いた。


 ……俺は陽奈子が好きだったと……。


「………っ」

 いつの間にか涙が頬を伝っていた。

 あたたかい陽だまりのような光の中にいた時は、闇の暗さに気付けない。その冷たさにも。

「俺は、陽奈子のことが……好きだったよ」

 涙が止まらなかった。


〝たかが失恋で泣くのはバカだ。〟


 ……そう思って、信じて疑わなかった、この俺が泣いている。

 それも失恋なんて、綺麗なものじゃない。傷つくのを恐れ、自分から突き放した。

 滑稽な、道化師よりも愚かな所業だ。


 曇天から降りだした純白が、俺の涙と共に頬を伝う雫となる。

 こんな幸せと痛みがあるなんて知りたくもなかった。

 別れは、何でこんなにも簡単なんだろう。

 こんな弱くて情けない自分と付き合い続けて行くことに比べたら、まるでこの雪のように儚く単純だ。

 陽奈子と出会わなければ良かった。

 そうすれば俺は昔のまま、うまく立ち回ることができたのに……。

 こんなに弱い俺を突きつけられる事もなく、苦しさに足掻くことも恐怖することもなかった……………


 そう頭では思っても、無理だと。出会わなければと思っても、出会って得られたものも多い。

 無くしたくても失くせない。

 そんな想いが余計に己の愚かさを責める。


「………そうだ、俺は―――――怖かったんだ」

 押さえきれない涙はまるで、俺の心に溢れて止まない想いと怒りともどかしさを表している様で止まらない。

「怖かったんだよ!手に入れてしまえば、失えなくなる。二度と、零れ落ちまいと。風に攫われぬようにと、必死で繋ぎ止める。どんなに醜くても俺は彼女を失わない為ならば足掻くだろう。

 ……でも、それでもこの手から離れて行く時はどうすればいい? 俺はもう二度と、誰も、大切な人を失いたくないんだ…………っ」




 本当に、何でも別れと終わりは一瞬。

 瞬きさえも許してくれず、掌から流れ攫われる砂粒のように。儚い。

 あまりにも簡単過ぎて、その時にはわからない。

 それでも、後で、こんなにも鋭い痛みとなってやってくる。

 


                     さよなら、最初で最後の、俺の初恋の人……。


           


                  



 ~fin~




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