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三、自覚

 きまぐれでおこした、二歳下の陽奈子と恋人同士になってから四カ月が経っていた。

 今日は土曜日。彼女とのデート。待ち合わせの噴水のある広場で待っていれば、視界の隅に嫌な顔が映った。

(……ああ、面倒なことになる前にさっさとずらかるか)

 そう思ったより人が多く、思う様に前に進めない。そうこうしている内に、相手が奥佐の姿を捉えてしまった。

「よお、奥佐じゃねぇか。こんなところで何してんだよ」

「………」

 まだ相手が遠くにいたため広場を行き交う人々の喧騒に紛れて無視を通そうとしたが、あっさりと肩を掴まれてしまえばそうもいかなくなる。

「おいおい、俺たちの顔を忘れたとはいわせないぜ?さんざん仲良くした仲だろう?」

「ああ、そういえばそんなこともあったな。それじゃ」

 そう言って適当に相手をして去ろうとしても、相手はそれを許そうとはしない。むしろ逆鱗に触れたのだろう、顔が醜く青く、赤く歪んでいる。

「……ちょっと付き合えよ」

「――――ったく。最近大人しくしてたと思ったらコレかよ。いい加減諦めろ」

「うるせぇ!てめぇこそ、んな余裕ばっかかましてんな!!」

「せいぜい俺に10対1で勝てるようになってからほざくんだな。今はただの負け犬の遠吠えにしか聞こえん」

「!!!」

 リーダー格であろう恰好良くもない髭を伸ばし、金に染めた短髪に耳や唇にあけた幾つものピアス。

 本人はいたって真面目に恰好いいと思ってしているのだろうが、はっきり言って何を目指しているのか分からない。金色の髪も東洋人の顔立ちである彼にははっきり言って、不釣り合いだ。

(……あいつの金茶の髪の方がよっぽどマシだ)

 ふと、そんな場面には相応しくない最近傍でみる優しい光を思い浮かべていた。

 周りを囲まれ連れてこられたのはどこかの路地裏。さほど広場からは離れていないだろう。

「ああ、まぁやるなら早めに来てほしいんだけど。俺、一応待ち合わせしてるからさ」

 そう忘れるほど昔に相手した野郎たち相手に余裕にしていたが、その余裕は直ぐに無くなった……かのようにみえた。敵は全員が武器を持っており、彼等は顔を血に染めながらも不敵に笑った。

「これならどうだ?」

(……ったく、こいつら「正々堂々」なんて言葉しらねぇだろ―――――――まぁ、いいだろう)

「別にどうもしない。来るならさっさとしろ」

 それからどれほど経ったのだろうか。目の前の敵を、不良を倒すことに夢中になっている理也には時間の経過がわからなかった。

 ――先輩、先輩!!っと、誰かが叫んでいるのを遠くに聞いていた。

「先輩!理也先輩!!」

「うるせぇ!邪魔すんな!!」

「……っ!」

 待ち合わせ場所で待っていても奥佐は時間になってもこなくて、行き交う人たちの中から喧嘩をしているという言葉を聞いてその方向へ駆けてみればそこで待ち人がまさに当事者で喧嘩をしていた。

 止めようと呼びかけても反応は無く、思い切って近寄って腕にしがみつけばそんな怒号と共に腕を跳ねのけられその反動で拳が顔の側面に当たった。「痛い」なんて声を出せる余裕もないぐらいの激痛が走ったがそれを気にして蹲っている暇もなかった。

 今までは理性も感情のままに動くことのなかった理也だったが、今のその瞳には理性の片鱗さえも見えない。完全に狂気に支配され、ただ目の前の「敵」を壊すことだけに集中している。陽奈子はそんな理也に恐れ驚愕に目を見張ったが、ぎゅっと拳を握りしめたかと思うと路地裏を飛び出した。


 そしてしばらくして、理也たちのいる路地裏に女性の声が響いた。

「おまわりさん、こっちです!こっちで喧嘩が!!」

 そう叫ぶ声が真っ直ぐに理也たちのいる路地裏に近付いているのか、だんだん大きくなる。

 その声に理也以外の全員が一目散に逃げ去った。

 そしてさすがに疲労困憊で壁にもたれかかりながら地面に崩れ落ちた理也のほほに、やさしい手が触れた。

「っ!」

 ピリっと、頬に鋭い痛みが走った。その痛みに微かに瞼を開けると、そこには陽奈子の姿が。

「―――陽奈…?」

「そうです!」

「お前、なんで……警察は?」

「あんなの嘘ですよ。咄嗟のハッタリです」

「……馬鹿か、お前は。嘘だとバレた時、いったいどうするつもりだったんだよ」

「……馬鹿です。馬鹿は理也先輩ですっ!」

 自分が殴られたわけでも、自分の怪我よりも。当の本人である理也より痛そうに、辛そうな顔で涙を流しながら血にまみれた理也の手を取り出したハンカチで包む込みながら言う。

「お願いですから、これ以上優しい手を傷つけないでください。殴って相手をまかしても、いいことなんてないんですから。ただ理也先輩の手と心が傷つくだけです……っ」

「…………」

 目を真っ赤にしながら泣きじゃくる彼女が、何故なのか綺麗だと思った。



 その後、陽奈子と一緒に帰っていた。まだ少し夏の余韻を残しながらも、冷えた風が流れ込む10月。

「理也先輩、もう一ヶ月もすれば秋も終わりなんですね……きゃっ」

 紅葉並木を歩いていると、突然風が舞い込み木々は揺れ俺の髪も長い彼女の髪も大きく揺れた。

「あぁびっくりした……理也先輩?」

 そっと彼女と繋ぐ手に力を込めれば、不思議に思った陽奈子が俺を見上げる。その艶やかな金茶の髪に一つの赤い葉が迷い込んでいた。まるで一枚の絵のように、自然に紅葉を飾った彼女は美しく……思わず抱き締めていた。そしてやっと彼女と出会ってから何度も感じていた、温かくて優しくて、でも切なくて。その感情の正体がわかった。


 ――――ああ、これが。


                    ……………〝愛しい〟。


「せ、せんぱい…?どうしたんですか」

「……何でもない」

 彼女と過ごす時は心地よくて、優しすぎて……。

 幸せで切なくて涙がでてくるなんて、初めてだった。

「何か辛いことがあったら、泣いてもいいんですよ?」

「?」

「泣かないことも凄いと思いますし、先輩は強いんだと思います。……でも、泣きたい時に泣ける、そんな強さもあると思うんです。先輩は強いけど、弱い人です」

(―――まったく。この俺が、こんな子どもに慰められる時がくるなんてな)

「ひゃぅっ!」

「……お前、生意気」

「もう!!」

 照れ隠しと嬉しさと、胸に生まれたむず痒さを色んな想いを混ぜこぜにしながらぐしゃぐしゃっと陽奈子の頭をなでた後。彼女が渡してくれていた濡れたハンカチを彼女の頬に当てた。

「……ごめんな」

「ん?何がですか?」

「これ、」

 そっと、触れるか触れないかぐらいの距離に、自分が殴ったせいて赤く腫れている頬に手を伸ばした。

「ああ。大丈夫ですよ、このぐらい!」

 陽奈子は、優しく元気いっぱいな笑顔でそう答えた。

「先輩が、理也が傍にいてくれるから大丈夫です」

 にっこりと微笑まれ、理也は顔を真っ赤に染め上げてフリーズした。

「ふふふ。顔、真っ赤っか」

「からかうなっ」

「あははは」

 

 この時間を、この想いの生まれた現在が永遠にと、心の奥に刻む。それだけが今の、たった一つの願い。



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