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一、出会い

「おっと……?」

 蒼い空が広がり、その合間には白い雲が流れゆく。時折吹く風は少し温くも爽やかで、初夏の訪れを知らせる。そんな季節、彼・奥佐理也(おうさりや)は肩よりは上で、しかし男としては長いとも言えるサラサラの黒髪を窓から吹き込む風に遊ばせながら校舎の中を歩いていた。

 高校最後の年、らしくもなく窓から見える青い空を見上げながら物思いに耽っているそんな時、突然視界に飛び込んできたのは光…と見まがう金茶色の髪だった。

「ご、ごめんなさい。急いでいて、前をちゃんと見てなくて」

 そう言いながら上げた顔には、澄んだ双眸が輝いていた。

「いや、大丈夫?」

「は、はい」

 その後も彼女はしきりに恐縮しながら何度も謝りつつ、慌ただしくぶつかった時と同様に走り去って行った。

「元気だな」

 一歳か二歳しか違わないだろう相手に、そんな呟きを洩らしていた。




 そして次の日。

「ご、ごめんなさい。荷物で前が……」

「君は、よくぶつかるな」

「え?」

 そう言われたことに驚いて恐る恐る顔を上げると、とても整った顔立ちをした男の人がいた。

「この量はどう考えても君一人じゃ無理でしょ、誰かに頼まなかったの?」

「これぐらいならバランスさえ取れば大丈夫かな……っと」

 えへへと苦笑するその姿は幼くも見え、髪型をいじれば中学生に見えなくもないだろう。

「本当にすみません、ありがとうございます。じゃあ私、これを持っていかないといけないので……」

 お礼を言いながら集めた資料を再び腕に抱えようとした彼女に、ふと思いついた確信に近い疑問を問いかけた。

「もしかして君。一年の……」

「あ、はい。一年の浅倉陽奈子あさくらひなこです。自己紹介が遅れてすみません」

「いや、ああ俺は奥佐理也。三年だ」

 ハーフ、と言われる彼女の髪は蜂蜜に近い金茶色で瞳も一見黒と見えるが、よく見れば深い藍色をしている。しかし顔立ちは東洋に近いようで、いわゆる「童顔」だった。それがまたアンバランスにも見えて、不思議な感じがする。そんな彼女の存在は噂となり、一年の女子生徒の情報が三年の耳に入る程度には容姿の特徴だけが広く、独り歩きしていた。

「これ、どこまで持って行けばいいのかな?」

「え、あ、1-4です」

「……まだ階段を二階分上がらないと行けないじゃないか。よく一人で持って行こうと思えたな」

 小柄…とは言えないが、全体的に背が高い分、線の細さが際立つ彼女では抱えた時に自分の頭ほどの高さにまでくる資料とノートの山を二階の職員室から四階の教室まで運ぶ。というその無謀とも言える実行力に呆れ半分感心半分の溜息をついた後、彼女がふらふらと立ち上がりながら抱えていたものを三分の二ほど自分の片腕で抱えた。

「あ、あの…?」

「一人じゃ無理だとわかっただろう。手伝う」

「でも…」

 先輩に、しかも今日で二回目。一回目も今回も自分からぶつかって迷惑をかけている、ということもあって陽奈子は困惑していた。

「こういう時は遠慮なく男を使えばいいんだ。でないと何の為に男が強いのかわからない」

「……っぷ、ありがとうございます」

 整った顔立ちで決して嫌味にならないウィンクをしながら言えば、最初彼女は解っていないようだったが次の瞬間には可笑しそうに微笑っていた。


 たいしたことのない世間話をしていれば、あっという間に目的地である1-4の教室まで着いた。さすがの彼女も今回はふらつくことなく、まっすぐにちゃんと歩けていた。

「ここでいいのかな?」

「はい。ありがとうございます」

 1-4教室の教卓の上に荷物を置いたあと、居座る理由もないのでさっさと自分の教室へと向かった。別れてからは一度も振り返らずに、さっさと自分の教室へ戻った。




 しかし、彼女とは何かと縁がある様で学校のあちこちで見かけたり出くわしたりするようになっていた。

 ……今までが単に、景色の一部として見ていたせいもあるだろうが。それでも不思議と会う頻度は多いと感じる程で、気が付けばお互いに目が合えば話をする中になっていた。

「で、浅倉さんは今彼氏はもちろんいるよね?」

「い、いえ…その、実は、まだ……誰のことも好きになったことがなくて……」

 恥ずかしそうにハニカミながら、頬も少し薄紅に染めたその姿からは嘘をついているようにはみえない。

「本当の恋は残酷だ。人の心に潜む影さえもさらけ出してしまう」

 何故か途端に冷たく鋭くなった理也の眼差しだったが、それはすぐにいつもの優しさに変わりきっと見間違いだろうと思った。

「だから、ある意味君は幸せなのかもしれないよ。恋をしらなければ、傷つくことも絶望することもない。夢は夢のまま終わらせることができる」

「でも、幸せな気持ちも生まれませんよね?」


 ――――そう、これは唯の気紛れだ。


「なら、俺と付き合ってみる?」

「え?」

 ちょっとした暇つぶしに、この身も心も純粋で幼い子と可愛らしい恋愛ごっこをしてみるのもいいだろう。

 ――そう、ただの〝ゲーム〟なんだ。

 暇つぶしには、ゲームが一番だ。

「そうだな……期間は今年いっぱい。十二月までの約六カ月間でどう?退屈はさせないよ」

 そう提案してみるも、驚いた表情のまま固まっている。まあ、さすがにあまりにも急な上に、突拍子もない発案だという自覚はあった。自分に興味を持っている、彼女の座を狙っている人間であれば尻尾を千切れんばかりに振って飛びつくのだろうが。彼女のようにスレていない、純真無垢な人間であれば混乱してしまうだろう。

 そうしてしばらく沈黙を守っていると、やっと彼女が声を発した。

「あ、あの」

「ん?どうかした?」

「突然どうしたんですか?まさか、どこかで頭でも打ったんですか!?びょ、病院!!?いや、とりあえず保健室……!」

「いや、そんなに動揺しなくても……」

 最初はまぁ、驚くだろうと思っていた理也の範疇を超えての驚きぶりに笑みは消え彼も少なからず驚いていた。

「君のことが好きだから―――――――――って言ったら信じる?」

「わ、わかりません」

「ぶっ……くくっ。素直だね」

 まだ熱が引かないのだろう、彼女の頬は紅潮したまま。それが酷く愛らしく、まるで草原に咲く一輪の花の様にもみえた。

「じゃあ、俺の事嫌い?」

「いえ!」

「よしっ、じゃあ今日から俺と君は恋人ね?まぁ、あくまでも〝恋人ごっこ〟ということだけど。あ、もちろん期間中君に他に好きな人ができたら止めるからそこは安心していいよ。後腐れなく、面倒じゃない楽しい恋愛をしよう」

「え、あ?あの…?」

「じゃあこれからよろしくね、俺の可愛い恋人さん。あ、ちなみに名前で呼ぶ事。呼ばないと無視だからね?」



 酷い優しさが嫌で、痛くて。夢なら覚めて欲しかった。夢であってほしいと強く願った。

 でも、この現実ゆめは。いつまで経っても覚めてはくれなかった………

 今でも俺の心を、鈍く痛ませる。 現実の中



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