第一章7 『本気?』
「なに寝てるの……よ!」
バシッ! と快活な音が教室いっぱいに響き渡る。
クラスメートの何人かが俺をあわれむ目で見ている。 それでも俺を助けようとする者はいなかった。
「病弱ナ僕ヲイジメナイデクダサイ」
ピッタリと机と一体化していた体を無理やり起こして西条に訴える……が、
「自分で言うな!」
再び背中を叩かれる。
どうすれば叩かれなくなるのかを俺は考えるのやめて、どうすればこのヒリヒリする感覚を和らげるかに変更しようと思う。
「これからテストだってのになんで寝てるのよ。少しは焦って復習ぐらいしなさい」
「でもよ、いまさら焦って休み時間に勉強してもな、そんなんじゃ点数は変わんねんだよ」
あと十分でテストが始まる。それに向けて勉強するのが当たり前なのだろうが、俺はそんなことしない。テストに向けて充分な休息を……と称して寝る。今朝六時まで『Warning』してたから眠たいんだよ。
「変わるわよ!努力を無下にするような言い方はやめなさい!」
「べつに努力は無駄にはならないさ。でもテストで取った点数が努力のおかげだとは分からないだろ? 自分が50点取るのを知っていたとすると、そこから上がっていれば努力のおかげだ。今回の場合は自分が何点取るかなんて分からない。だから努力が実ったかは分からない。納得?」
「論破したみたいな顔やめてくれない? その通りだけど……」
西条の声が語尾に近づくにつれ小さくなっていく。
「待て待て待て待てーい! 悪かった! 俺が悪かった! 努力はある! 俺だってWarningに費やしてるのは努力だもんな」
西条は手をモジモジしながらうつむく。普段キツい顔をしてる西条が弱気になると急に可愛らしく見えた。
「私はあんたにテストでは勝てるとは思ってない。でも努力はするつもりよ。あんたもうかうかしてるといつか足元すくわれるわよ」
そう言って西条は自分の席に戻っていった。
確かにいつまでもノー勉でいい点を取れるのは限らない。そろそろ俺も本気を出――
「お前らー、席に着けー」
勉強道具を出そうとした俺を阻止するかのように先生が入ってきた。
結局そのあと、俺はノー勉でテストを受けたのだった。
テストも終わり、学校に来る理由がなくなったのだが、俺は自分の席で突っ伏していた。
「悠希君はテストの結果見に行かない……の?」
「東雲さんはどうだった?」
「私はまぁ……いつも通りだった、うん」
はにかんだ笑みの東雲。下がったわけじゃないのにどうしたのだろう? 本人が言いたくのないなら余計な詮索はやめておこう。
「暇だし見に行こーかな……今回簡単だったし結果は変わってないと思うけどね」
「本当に変わってないかな? ふふふ」
「な、なんだよ。不安になるだろー」
俺はからかい混じりに東雲の頭を軽く小突く。
俺より頭一個小さい東雲をからかうのは楽しかった。なんというか……妹……みたいな?
「校長室に直接行くといいよ、悠希君はね?」
「俺は?」
なんのことかと首を捻りながら教室を出る。
途中俺を見てひそひそ話をやつらが少なからずいた。俺はまたもや首を捻る。
俺がなにしたってんだよ……あれ? もしかして順位がガタ落ちとかだったりしないよな……。
不安が入り交じった俺のノックはか細かった。
「入りなさい」
「失礼しやっす」
「相変わらずじゃのぅ」
ここは変わりない。いつも通りいつもの光景だ。
校長は椅子に深く腰掛けて動かない。
「俺の順位を教えてくれ」
俺は単刀直入に聞く。
むぅーと唸りながら髭をなで回す校長。
「まだ順位表見てないのじゃな? まったくもって残念な結果じゃったよ」
もしかして本当に俺の成績が下がったのか?
真面目に登校する俺の姿が脳裏をよぎり、身震いをする。
「神聖なる学舎の頂点に学業とは無縁のお主がいるのはどうも納得できんでのう。じゃがお主とてただ怠けているわけではなかろう。これを持っていきなさい。引き続き次のテストも頑張るのじゃぞ」
校長の卓上には分厚い茶封筒が五つ。一つでも学生が手にするには恐ろしい額なのに、それが五つもある。
「俺の順位……もしかして一位なのか?」
「なにをいまさら言っておるのじゃ」
俺は心底驚いた。そこそこの成績でいいやと思ってテストを受けてはいたが、まさか自分が学年一位を取るなんて思ってもいなかった。
「今回は豊作じゃのう。学年トップに二人もランクインするなんてのう」
「ん? 二人?」
すでに封筒を受け取り、出口へと歩きだしていた俺は足を止め、眉をつり上げながら振り向く。
「お主と一点差で破れた生徒がいるんじゃ。名前はたしか……」
「黒羽翠です」
いつからそこにいたのだろうか?
黒のロングストレートにきゅっと絞められた細いウエスト。そして胸には叩いて伸ばした餅が二つ。
聞いたことない名前だ。見たこともない。そして美人だった。
「あなたが春日悠希ね? 私は前の学校ではずっと一番だった。今回は負けたが、次からは私が一番」
「興味ないね」
あっ、これは黄色いツンツン頭の名言だっけ?
「私はこれから校長と話があるの。出ていってくれないかしら?」
「へーいへい。俺も用はないしさっさといなくなりますよー」
彼女の威圧的な態度に臆したと思われるのは癪だったが、これ以上いてもすることはないので早々と出ていく。
面倒なのは嫌いだ。疲れたし、次の授業は出なくても……いいか。
休み時間で教室には人が少ない。さっさと荷物をまとめて、西条に見つからないように学校を出た。




