第一章1 『リアルライフ』
ゴーグルを頭に装着してから愛銃であるDSR―1を背中に担ぐ。
DSR―1はドイツやスペインの特殊部隊で使われているボルトアクション狙撃銃だ。NPCの店売り武器では二番、三番目に性能が良いものだ。所持金が少なくて一番良いものが買えないというわけではない。使っている人が少ないから使う、それだけだ。他人とは被りたくない。流行に流されてると思われるのがとても嫌だからだ。
マガジンや救急パックなどがアイテム欄に入ってることを確認し、宿を出る。
「今日は雨か……だるいな」
ふと空を見上げると、真っ黒な雲が辺り一面を埋め尽くしていた。
このゲーム内では雨などで火薬が湿って銃が撃てないということはない。システム的に守られているからだ。ただ視界が狭まる。それだけ危険度が増すってことだ。これから地下に籠る俺には関係のない話だが。
天候のせいか、普段はNPCでにぎわう大きな通りも今は人影が失せていた。
街の中心部へ向かう。
そこには錆び付いた鳥かごのような鉄の檻が極太のロープで吊るされている。その下には太くて深い穴があった。
その穴こそがこのゲームを本当に楽しむための入り口なのだ。
俺は檻の中に入り、中にあったレバーを力一杯引く。
すると、檻はガタガタと不気味な音を立てながら穴へと降りていく。その速さは徐々に加速し、数分もしないうちに急停止した。
立っていることさえ困難なほどの衝撃が俺を襲ったが、こんなのはもう慣れた。
檻から出て銃を構える。
ここから先はもう戦場だ。異形のモンスターたちが共通して持っている獰猛さで、俺たちプレイヤーをズタズタに引き裂くため虎視眈々と狙ってくる。
それを俺たちは逆に狩る。やらねばやられてしまうのだ。
こちらがモンスターをいち早く見つけ、狙撃する。それが狙撃手の戦い方だ。もしこれが現実ならこの戦法は最強といえる。相手に居場所がバレなければ一方的に攻撃することができるからな。だが、ゲームバランスをとるためにもこのゴーグルがある。これを着けてさえいれば相手の銃口がどこを狙っているのかが分かる予測線が見える。見えるからといっても必ずや避けられるとは限らない。秒速九百メートルの弾丸――つまり音速の二.五倍の速さで向かってくるのだから並の反射神経では避けるどころか反応することさえ難しい。結局は先に相手を見つけたもの勝ちだと思っている。
遠くでモンスターの姿を見つけた。小さな体で醜い顔をしたゴブリンだ。強さ的には大したことないが、通常は五、六体で移動する。手に持った鍋のふたに似た盾で弾を防御され、接近されたら厄介な相手だ。銃で戦うことがメインであるこのゲームには剣なんてものは存在しない。果物ナイフ程度ならあるが、護身用にもならない。
それなら接近される前に殺ってやる!
スコープを覗き込んで、照準をゴブリンの額に合わせる。呼吸を整えた俺は深く息を吐いた。そして引き金を引いた。
マズルフラッシュで相手に居場所がバレたようだ。それでも俺は逃げようとしない。火薬の臭いが充満するのを嗅覚で感じ、弾の行き先を見守った。
弾は一直線に跳んでいき、狙いから一寸のズレもなくターゲットへと吸い込まれていった。
仲間がやられたことに気付いたゴブリンがこちらに向かってくる。
「来いよ。その醜い面を吹き飛ばしてやるよ」
俺は高まる気持ちを抑えながら照準を合わせ、重たい引き金を引いた。
「もうこんな時間か……」
ふと壁に掛けられた時計を見て呟く。
時刻は五時ちょっと過ぎ。もちろん早朝の方だ。
「そろそろ眠たいな。よし、寝る!」
パソコンをスリープモードにして、ベッドに横になる。睡魔がゆっくりと、だが確実に迫っていることを感じる。
目を閉じて楽になろう。
いつも通りに寝ようとしたその時、滅多にならないケータイが電話の着信をバイブで知らせる。
無視することも考えたが、すっかり目が覚めてしまった。このイライラを電話の主にぶつけるとしよう。
「あぁ?」
「いきなりブラックだな、おい」
「で、なんだよ」
「そしてせっかちときた。まるで寝ようとしてたところを誰かに電話の着信で邪魔されてイライラしてるみたいだぞ? そんな偶然ありえないけどな」
「じゃー切るぞー」
「ちょちょちょ、ちょっと待ってくれや。最近掲示板で噂になってる『解体屋』知ってるだろ?」
「まあな。有名だし」
俺は皮肉の意味を込めて舌打ちをする。
まだつまらないことを言うようならばすぐさまこの通話を切ってやろうと思っていたのに。
「その解体屋が現れたらしい……北海道に」
「なんでわざわざ北海道に来るんだよ」
「そんなことは俺も知らん。でも早速狩られたやつらがいるんだ。俺たちより階級が高くて対人戦を専門にしてるクランだ。それと余談だが、解体屋は女性アバターらしい」
「あの有名な解体屋も所詮はネカマかよ」
クランとは氏族という意味で、プレイヤー同士の集まりを指す。ちなみに俺と電話の相手は無所属だ。それと、ネカマはネットワーク社会の匿名性を利用して男性が女性を演じる行為のことだ。
「まだ現実で会わなきゃ分からないぞ? 夢があるじゃんかよ、夢が」
「そんな夢は捨てろ。どうせ関わることなんてないさ。会えば話をする前に狩られる。それだけだ」
そろそろ本気で眠たい。このままなんも言わずに切っても怒られないかなーとか考える。
「そういやそうか。まぁ誰かさんが眠たそうだからこの辺にしときますわ。グッドナイト! 春日悠希」
「リアルネームはゲーム内では禁句だぞ。おやすみ、哀川彰二。」
電話を切ると、俺は深いため息をついた。それはやっと眠れることへの安堵からだった。
次は何があろうと絶対に寝てやる!
たとえ電話がかかってきても無視する覚悟だったが、それから俺の眠りを妨げるものはなく、意識は夢という暗闇の中へと落ちていった。
「寝過ぎた……」
しばらく切らずにいた前髪が目に入ってチクチク痛む。
今は十時少し過ぎだ。本来ならば学校に行ってる時間だが、俺には関係ない。
ピンポーンと軽快なインターホンの音がする。
「うるせんだよ」
寝起きの頭によく響く。頭が割れそうだ。
「はいはい、誰」
「ゆっちだろ? うぇーい」
「通報しました」
そう言ってインターホンを切る。
聞き覚えのある声だった気がしないでもないが、不審者には変わりない。
再びインターホンが鳴りだした。
「切るなよ! ちょっと昼飯でも行こーぜー。奢るからさ」
「三時か……少し待ってろ」
「今三時間って言おうとしたよね? きっとすぐ来るよね? 来るって言っ……」
しつこいから切った。冗談も通じないのか?
顔をさらっと洗って学校の制服に着替える。
なにも言わずに家を出ようとすると、呼び止められた。
「悠希、遅刻しないでちゃんと学校に行きなさいよ?」
「あぁ、行ってくるよ」
母親は俺が毎日学校へ行ってると思っている。いつもは仕事に行っているため、行かなくてもなにも言わない(=学校に行ってると思っている)のだが、今日は休みだったらしい。そこで母親の目をごまかすために制服に着替え、服はかばんに詰めたというわけだ。
俺と哀川は適当なファミレスに入った。
さすがに午前中は客足が少ないようで、午前中から男二人で飯を食う俺たちはとても珍しく見えたことだろう。一応いっておくが、俺はそっち系ではない。
「今日もINするんだろ?」
INとはログインのこと。つまりゲームを始めるということだ。
「逆にしないのかよ」
「それはねーか。じゃあ今日の一時に待ち合わせしよーぜー」
「問題はないけど、大学はいいのか?」
「余裕余裕、高校ほどきつきつじゃないしな」
哀川は大学一年生で俺の三つ上だ。ゲーム内でとても仲良くなった俺たちは、会ってみないか? ということになり、いざ会ってみると、彼はとても気のいいやつだった。もっと驚きだったのが、哀川の住んでいたところは俺と同じ札幌で、案外近所だったことだ。それから俺たちはリアルでも親交を深め、お互いの家を行き来する仲になっている。
初めこそ会うことにはためらいが少なからずあった。いくら仲良くなったとしてもリアル割れには大きなリスクがともなうからだ。
もし、そいつと喧嘩をして家に押しかけてきたら? そいつは頭が少しおかしいやつだったのかもしれない。刃物を振り回し始めることもある。
これは極めて希な例だが、オンラインゲームをやってるやつの中には危ないやつもいるってことだ。よくオフ会なんてものがあるが、気を付けたほうがいい。俺が言えたことではないけど。
「それでさ、解体屋のことだけど。あいつに出会ったらまず逃げた方がいいらしい。階級は少将。北海道エリアでは間違いなく五本指に入る高階級の持ち主だ」
「へー、いわれなくとも俺は逃げるけどな」
「ゆっちはスナイパーだし、しょうがないか」
「そもそも対人は俺の専門じゃねえよ」
空になったグラスを見つめながら言う。
「そのことなんだけどさ、俺たちでクラン作らないか? 悠希がマスターで俺がサブマスター」
「はぁ? 俺がマスター? お前がやれよ。俺はサブでいいから」
「いやいや、悠希の方がマスターって柄してるし」
俺は作戦を指示したりすることは苦手だ。指示されることはもっと苦手だが。
「そういうことは人が集まってから言えよ。立てたのはいいが、人が集まらないから解散なんてよくあるからな」
「うむむ……ありうる……」
「とにかく帰ってやろうぜ」
「せやな」
哀川が食い終わるのを見計って席を立つ。
もちろん会計は哀川持ちだ。伝票を哀川に投げつけて店を出る。
俺たちとすれ違いで店に入っていった女子高生を見て哀川が呟く。
「彼女が欲しい。悠希も高校ライフを無駄にしない方がいいぞ」
「行くのがめんどくせーんだよ」
「気が向いたらでいいから行ってみろよ」
「へいへい、気が向いたら……な」
高校では一年に出席しなければならない日数が決まっている。もし単位がきれたりすれば学年末にある単位追加テストを受ければいいだけの話。
どのみち単位が危なくなり始めたら行くさ。
駅で哀川と別れて帰宅する。
「ただいま」
「あら、今日は帰りが早かったのね」
「なんかね」
素っ気ない返事をしてさっさと自分の部屋に引きこもる。
母親は面倒だ。最近は話が通じない。突然説教が始まることだってある。酔っているときなんて危なくて近づけない。君子危うきに近寄らずってな。
「メンテ終わってるな。早速INしますか」
パソコンの電源を付けてすぐにでもゲームを始められる用意をする。
ヘッドホンで外界との接触を絶ち、我が半身の存在する世界に俺はログインした。




