9・行進
「……」
攻撃技能――逆捩――
ごぎりっ、と耳に響く重低音が連続した後、次いで鋭い打撃音が辺りに響く。
「が――ぎごっ!?」
本来は敵の背後から強襲し、両手を使って相手の首を圧し折る「暗殺者」即死技なのだが、昨日着ていた黒服姿のフイセは、その技をオークの両腕に仕掛ける事でそれを砕き、更に頭部に打撃を加える事で、悲鳴を上げる暇も与えず瞬時に意識を刈り取る。
「やあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
攻撃技能――縦一線――
黒衣が即座にその場を離れた直後、鋭い気合いと共に、淡いオーラを乗せたリリエラのショートソードが、まな板の獲物と化した魔物の頭部を見事に断ち割った。
「うん、良い調子だね。このペースでどんどん行こうか。疲れたら言ってね、リラ」
「昨日は殺されちゃうかもしれなくて怖かったけど、今はオークたちが可愛そうに思えるよぉ……」
「安心しろ、妹ちゃん。どう見てもフイセ君が超絶えげつないだけだから」
「下手に切り落とすと、血飛沫が何処に飛んでいくか解らないし、余力を残して反撃されても危ないからね」
「そしてかーほーごー」
「ごめんなさいごめんなさい。オークさんたちごめんなさい」
平然と魔物を行動不能にしていくフイセと、謝罪しながらも剣を振るうリリエラ。そんな二人の後ろを、やや引き気味に眺めるジャオメイ。
三者三様の態度で森を進みながら、既に奥地のオークたちを相手に、快進撃を続ける三人。
何故このような事になったのかというと、時は少し遡る。
◇
「で、その簡単レベル上げ方法ってどんななの?」
食事を終えた三人は、街で軽く準備を整え、森の入り口まで到着していた。
既にフイセは何時もの皮鎧と黒ズボン姿から、短縮装備で変更した黒装束であり、リリエラは厚手の生地を使った長袖の上下の上から、昨日と同じ武装である、若草色に塗られた鉄の盾と、同色の動き易さを重視した部分鎧、そして鞘に入ったショートソードのいでたちだ。
ジャオメイだけは変わらず、一貫して出会った時と同じタイ・レンの民族衣装姿だが、これこそが彼女の短縮装備の一つだったりする。
フイセとは違い、彼女は短縮装備そのものを、平時の服として着こなしているのだ。フイセのような色物でなければ、着替えも洗濯も必要ない上、装備としても一級品な物を、使わない理由はない。
「オーブの経験値は、攻撃とか鍛冶とかの行動一つでも上がるけど、一番上がるのはやっぱり、魔物を倒した時の討伐経験値だよね?」
「まぁ、そだね」
これは、ゲーム時代でも変わらない事で、ゲームでもこの世界でも、至極常識的な知識である。
「こっちでは、パーティー同士のレベル差のマージンとか、経験値の分割がないみたいなんだ。僕たちでぎりぎり一歩手前まで弱らせて、リラが止めを刺せば、討伐ボーナスも含めて一気に経験値を貯めていけるって事」
「うーわー、予想以上に真っ黒な方法だったー」
「そ、そんな方法で上手くいくの?」
「大丈夫だよ。一度お母さんたちと試して、実証されてるから」
「おけーい。そんじゃ、何か色々と突っ込みたい気がするけど、その方法で行きましょっかい」
「けど、本当に良かったの? ギルドに報告してないから、オークキングを倒しても、ただ働きになるよ?」
「おけーいだよー。別に今はお金に困ってる訳じゃないしね。妹ちゃんの経験値稼ぎに使うなら、他の人が依頼受けちゃうとぶっちゃけ邪魔だし」
「ありがとう、ジャオさん」
「気にしなーい気にしなーい」
そんな会話をしながら、三人は森へと足を踏み入れた。
◇
「うぅ、何だか凄くズルしてる気がする……」
無力化された魔物に、最後の止めを刺し続けるリリエラが、軽く目尻に涙を溜めながら、罪悪感に苛まれた声でそんな事を言う。
「僕も採取系の依頼を、スキルを使って達成してた時、そんな気分だったよ」
「しかしこれは酷い、まるっきり作業じゃん。アタシらがゲームでしてた時は、実際こんな風だったんかねー。何か、私も魔物が可愛そうになって来たかもかーも――ほいさっ」
攻撃技能――烈旋――
「ぐぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――!」
暢気に会話をしながら、ジャオメイが二人の討ち漏らしたオークに棍を振るえば、適当に振るわれたようなその一撃は、相手を遥か森の彼方まで撥ね飛ばす。
フイセは元より、最初は驚いていたリリエラも、何度も見る内にもう慣れてしまった光景だ。
「ジャオって力強いよね。ステータス特化型なの?」
怪力と言うには余りに桁外れの威力を眺め、フイセがそんな質問をする。
「うーん、ある意味そうかもかーも。アタシってば「鬼」だから」
「そうなの?」
「ほれ、角」
「ほんとだ」
真紅の前髪を掻き分けた場所にある、申し訳程度に額から突き出た二つの突起を見て、フイセは納得したように頷いた。
「しかも、転生してからオーブを『全初期化』したガチ上げ仕様――物理だけなら正に鬼強だっちゃ」
「最初の戦い、手加減してくれて助かったよ……」
「そっくり返すぜいフイセ君。軽装三縦の「漆黒者」とか、本気で戦りあってたら、気が付く前にアタシ首チョンパじゃん」
フイセの告白に、ケラケラと気楽に笑うジャオメイ。
「クイン・リブレ・オンライン」で、最初に選べる基本種族は七種類。内訳は人間・獣人・ドワーフ・エルフ(白・黒)・妖精(小・大)となっている。種族内でも性別や属性の選択などで、それぞれ成長率や取得可能スキルに差が出る仕様だ。
それ以外にも、ゲーム内では特殊なクエストをクリアする事によって、「転生」という形で別の種族への変更が可能だった。その中には、初期種族以外の上位種族へと成れるものも、幾つか存在する。
「鬼」もそんな中の一つで、転職時やレベルアップ時に、主に物理関係に成長補正が掛かる反面、魔法関係に成長抑制が掛かる、直接攻撃役向けの上位種族だ。
転生クエストも中々に難しく、「鬼」である事そのものが、プレイヤーの実力を物語っていると言っても良い種族だった。
「やあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
そんな和やかな会話の合間にも、リリエラの一撃は敵を打ち倒し、二人はそんな彼女の補助を、微塵も手抜かりなく行っている。
フイセが弱らせた魔物をリリエラが倒し、ジャオメイがそれ以外の邪魔者を、文字通り払い除ける。
ある種異様ともとれる三人の行軍は、森の最奥を一歩手前といった所で、一端その足を停止した。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
流石に止めだけとはいえ、何十匹もの魔物に剣を振り続けたのだ。規格外な二人と違い、レベルの低いリリエラの疲労は、当然のものといえた。
「この先に、少し開けた場所があるから、そこで一端休憩しようか」
「ういうい」
「お兄ちゃんって……この辺りに……来たこと、有るの……?」
息も絶えだえに質問するリリエラに、フイセはあっさりと頷く。
「うん。採取の依頼を受けてたのは、家にお金を入れる為と、ついでに暇つぶしみたいなものだったからね。たまに退屈しのぎのつもりで、この一帯を探検してたんだ。流石に泉まで行った事はないけど」
「むぅ、この前に聞いた時は、退屈じゃないって言ってたのに……嘘吐き」
「ごめんね。あの時はまだ、僕の事は秘密だったから」
「ぷいっ」
「うわぁぁぁ、かぁいい。妹ちゃんかぁいい」
「わぷっ。ジャオさん?」
二人のやりとりを後ろから見ていたジャオメイが、突然声を震わせながら、リリエラをその場で羽交い絞めにする。
「いいないいなー。アタシもこんな妹欲しかったなー」
「望んで得られるようなものでもないからね」
「よし、妹ちゃん。今日からアタシもお姉ちゃんと呼ぶのだ。はりーはりー」
「えと……お姉、ちゃん?」
背の高いジャオメイに抱えられたまま、戸惑い気味に彼女の希望に答えるリリエラ。
「ふへ……ぷっ、ごめん、やっぱなしで」
目線を合わせる為に、振り向き加減の上目遣いで言われた台詞に、紅髪の少女は口から変な笑い声を出した後、恥ずかしそうに顔を明後日の方向に向けた。
「慣れてないと、にやにや止まんなくてやばいね、これ」
「可愛いでしょ?」
「激しく同意するしかない」
リリエラから離れ、真っ赤になって口元を押さえるジャオメイ。
その笑みは、当分止みそうになかった。
◇
「灯よ――」
魔法技能――魔火球――
拾って来た枯れ枝の群れに、リリエラが威力を弱めた火の魔法を落とし、小さな焚き火を起こす。
その上に、木組みで簡単に作った吊り下げ器を配置し、そこにポーチから取り出したコップを三つ並べ、中に干し肉と携帯用の乾燥具を入れて、水を注いだ後しばらく火に掛ける。
「二人とも、手馴れてんね」
「学園で、サバイバルの練習とか、野外授業とかもよくやってたんだよ?」
「学園凄ぇ……」
「国内最高峰って謳い文句は、伊達じゃないって事だね――はい、熱いから気を付けて」
「てーんきゅー」
フイセから完成した即席のスープ入りのコップを受け取り、早速口へと運ぶジャオメイ。
「んん?」
だが、一口含んだ瞬間、怪訝な顔をしてコップを離す。
「どうかした?」
「……これ、何か変じゃない?」
「何が?」
「いや、干し肉とコンソメっぽい具を入れただけのスープが、何でこんなに美味しいのさ」
街を出る際に、保存食として購入したそれらは、別段高級だったり味を追求したりした物ではなく、保存を第一とした、塩気の多い極一般的な代物の筈だった。
ジャオメイは、短い間とはいえ一人で旅をして来た中で、当然それを口に入れた事もある。だが、このスープの味は今まで食べて来た中で、異常とも言える美味しさをしているのだ。
ジャオメイの疑問に、フイセは合点がいったとばかりに頷くと、その理由を話し出す。
「あぁ、僕、「料理」のスキル持ちなんだ」
「ふんふん、それで?」
「このスキルも、「索敵」系みたいにこっちに来てから変化してるみたいでね。このスキルを持ってると、スキルレベルに合わせて、作った料理が強制的に「美味しくなる」みたいなんだ。だからさっき家で食べたチャーハンも、驚くほど美味しかったでしょ?」
「何それ怖い」
フイセの説明に、ジャオメイは既に飲み込んでしまった、自身のカップの中身を見下ろして青ざめた。
スキルの恩恵という、謎の要素で味が向上された料理。こちらの世界では常識でも、向こうの知識で考えれば、薄ら寒い事この上なかった。
オーブはあくまで、契約者の能力を補助し、助長する機能を発揮しているだけなので、「料理」のスキルを持たないと、本当に料理が出来ないなどという事はない。
しかし、スキルを取得している人間の腕前は、持たざる者のそれより、遥かに高い技量を発揮し、更には今のように、出来上がった料理に「旨み」まで追加されるのだ。
フイセは生産職ではないので、このスキルのレベルは全体の三分の一までが成長限界だが、もし最高までスキルレベルを上げた者がこの世界に居るならば、泥水すらも美酒の味わいを持たせられるかもしれない、とフイセは考えていた。
まぁ、だからといって、それを飲みたいとは到底思わないが。
「そして妹ちゃんはどうした?」
「お兄ちゃんに料理が勝てない理由が、そんな事だったなんて……」
結局考える事を諦め、スープを飲み干したジャオメイの隣で、何故か打ちひしがれているリリエラに声を掛ければ、そんな言葉が返ってきた。
幼少の頃から母親ではなく、兄の手料理で育ってきた彼女は、当然家庭の味も彼のものであり、何時かは受け継ぐべき味なのだと、家事を手伝うようになってから、至るべき頂として、その味に挑み続けていたのだ。
それが単なるスキルの恩恵によるものだと知った衝撃は、計り知れない。
「教えてあげようよ、お兄ちゃん」
「いや、何だか頑張るリラが可愛くって」
「じゃあ仕方ない」
そんなフイセに対し、咎めるような視線を送るジャオメイだったが、彼の回答にあっさりと手の平を返す。
彼女にとって、所詮可愛いは正義だった。
「私も、「料理」スキル取ろっかなぁ」
「料理役は、パーティーに一人居れば十分だと思うけど」
「ううん、取る。男の人に料理で負ける何て――あ、お母さんとか普通に居るや。でもなぁ、うーん……」
因みに、彼が「料理」のスキルを取得した理由も、母の壊滅的な家事能力に、業を煮やしたものだったりする。
ほぼ全ての食事を、外食か出来合いもので済ませ、家の清掃なども週一の派遣メイドを雇ってさせていた生活に、当時三歳児だったフイセは、妹への悪影響を危惧し、グレイシアに頼み込んで、家の家事全般を請け負ったのだ。
幸い、レベル百まで至ったオーブがあるので、力や体力面での問題は無かったのだが、料理だけは元の世界でも経験がなかった彼は、手っ取り早く腕を上げる為に、不必要と思われる初級のスキルを捨て、「料理」スキルを新たに習得し直したという訳だ。
「そう言えば、妹ちゃんのレベルって今どんな感じ?」
「えと……わ、凄いよ、十九! 此処までだけで、五も上がっちゃった」
右手の腕輪に装着された、自身のエイドーブを覗き込んだリリエラが、その成長振りに興奮気味な声を上げた。
敵に止めを刺すだけの、簡単過ぎる方法でのレベルアップに、思う所がないでもないが、この二人に早く追い付く為には、贅沢は言っていられない。
リリエラは自分の急激な躍進に、顔を綻ばせる。
「良かった。オークキングの討伐で、確実に中位職までいけそうだね」
「うっしゃあ! ほんじゃ、次はいよいよボス戦だね。妹ちゃん、がーんーばーるーじぇーい!」
「はいっ!」
迫り来る決戦に気合を入れなおし、三人はいよいよ森の最奥、「ホロロの泉」の手前に存在する、「森羅の庭」へと足を進める。
そこに待ち構える、オークキングと対峙する為に――