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トゥライト・テイルズ  作者: タクミンP
第一章・邂逅と旅立ち
7/29

7・会合―後


 さして長くもない人生を生きて来た中で、私は多くの事を間違えてきた。

 一体何時間違えたのかと自問すれば、私の答えは変わらず、「最初から」だった。

 私はきっと、生まれる場所を間違えた――







 小国の貴族の長女として生まれながら、物心付いた時には、私は既に戦いに魅了されていた。

 剣を振り、馬を駆り、敵を打ち倒す。書庫の英雄譚(えいゆうたん)を読み(ふけ)りながら、私はそんな世界に身を置く事に夢を()せる。

 妹らが歌やダンスを習っている時、私は護衛を相手に剣を振るっていたし、彼女らが白馬の王子を懸想(けそう)する頃、私はまだ見ぬ凶悪な魔物との戦いに、胸を躍らせていた。

 平穏な家庭の中に有りながら、明らかな異端。次第に両親から疎まれ、妹たちから恐れられ、使用人にすら距離を置かれるようになるのに、然したる時間は必要ではなかった。

 親の愛に背き、家での居場所を失いながら、私はそれでも剣を振るう事を辞めなかった。私の何がそれを駆り立てるのか解らないままに、ただ壊れたゼンマイ人形のように、或いは狂った病子(やまいご)のように、私は「私」で有り続けた。

 両親が、そんな私に痺れを切らし、どこぞから私の婚約者を連れて来た時、私は自らの意思で運命を踏み外した。

 婚約話を、言葉通りそいつごと踏み倒して家を飛び出し、傭兵ギルドへと転がり込んだのだ。私の住む街にあった、そのギルドの支部長と懇意にしていた事が幸いし、彼の協力の下で名前を変え、国境を越えた先で、私の想いはあっさりと成就した。

 このまま何不自由のない暮らしに没すよりも、家族の縁すらも切捨て、明日もしれない血に塗れた馬鹿げた道を、私は願い、選択した。

 生まれを間違い、夢を間違い、暮らし方を間違えた私は、ついに人生を間違えた――

 それからの日々は、私にとって正に夢にまで見た毎日だった。

 数多の魔物を切り伏せ、悪党どもの根城を潰し、時には人間同士や多種族間の戦争にさえ介入する。

 その中には、数多くの失敗や間違いと共に、それ以上の成功と勝利が、時と共に刻まれていった。

 戦う事が楽しかった。ただ無心で剣を振るい、相手の屍を見て勝利を実感する瞬間が、堪らなく愛おしかった。

 しかしそれは同時に、最も荒れていた時期でもあった。

 自ら望んだ死山血河(しざんけつが)を歩き、戦闘という麻薬に溺れ、神経をすり減らす日常。

 戦場で指示を間違い、仲間を死なせた悔いを紛らわすと同時に、何時までも冷めぬ闘争の興奮を鎮める為に、私は様々な大人たちの「遊び」にも手を出した。

 その結果が私の娘、リリエラだ。性質の悪い男娼にでも当たっていたのか、父親も知れぬ子が(はら)に出来て初めて、私は立ち止まる事が出来た。

 娘には本当の事は教えていない。簡単に聞かせられる内容ではないし、何より情けない事だが、良き母として見栄を張りたかった。

 この、自分の犯した人生最大の間違いだけは、誰にも告げる事無く、墓まで持って行くつもりだ。

 絶望よりも先に、自分への嘲笑が口に出た。

 お前は一体、何がしたいんだ、と。

 結局、胎の子に罪はないと引退を決意し、再び仲間たちの制止を踏み倒してギルドを抜けた私は、一先ずの旅収(たびおさ)めにと、目的地も決めずにふらふらと渡り歩いた。

 そんな当て所ない旅の最後に、私は懇々(こんこん)と沸き立つ魔脈の一角で、奇妙な拾い物をする。

 青々とした緑の大地に投げ出されながら、泣きもせずただじっと虚空を見続ける、異質な赤子だった。

 あのような異様な場所に赤子が居る事は、実はあまり不思議ではない。

 私のように、望まぬ事故で孕んだ子であったり、育てれば厄を招きかねない、妾の子などを産み落とす際、流れの魔道士に金を積み、移動系の魔法をわざと暴走させて証拠隠滅を図る、「辻捨て子」という外法を行う事は、今でも珍しくないのだ。

 とはいえ、大半の赤子は暴走した魔力に当てられ絶命し、よしんばそれで生き残ったとしても、何処とも知れぬ場所で魔物や獣の餌となるのが精々だ。

 私も、恐らくそうであろう死体や骨を何度か見かけた事はあったが、まだ生きている捨て子を見たのは、あれが初めてだった。

 これも何かの縁かと気紛れに拾った子供が、まさかあんな化け物だとは、当時の私は思いもしなかったが――







「――だめぇっ!!」

「うわぁ!?」

「リ、リラ?」


 ジャオメイと名乗った紅髪の少女からの提案の後、その場の誰かが口を開くより早く、二階から話を盗み聞きしていた娘が乱入して来た事で、事態は混乱の一途を辿った。

 一度に様々な事が起こった後で、少々錯乱しているのだろう。自分を捨てるのか、と別れ話を切り出された恋人のように泣き喚く娘と、訳もわからずにそれをあやす息子。

 その様子を面白がって(はや)し立てる、紅髪の少女たちの三人が、目の前で家具を壊しかねない勢いで騒いでいる。

 元々、傭兵などという荒くれ家業をしていた身だ。騒音には慣れている。

 だが、だからといって許容するかどうかは別問題である。


「アイタタタ……ママさん、力強過ぎない?」


 とりあえず、何時までも馬鹿騒ぎを続ける三人に、等しく鉄拳を振り下ろして場を収拾させた後、結局泣き疲れて寝てしまった娘を、息子と間に挟む形で座らせ、今度は四人で机を囲む。


「あぁ、お母さんのレベルも百だよ。学園の中に外部秘の結界があってね、学園長に頼んでお母さんとの鍛錬に使ってるんだ。まぁ、レベルがカンストしたのは二年位前だけど」

「何それ怖い」


 息子の回答に、失礼な視線を向けて来る小娘(こむすめ)

 息子の事情を聞き、確認としてこいつの実力を見たのは、三歳辺りだっただろうか。

 全力を出して幼子に負けるという、類を見ない貴重な体験をした私は、情報を集める交換条件の一つとして、自分を鍛える事を約束させた。

 我ながら度し難い女だと思う。これ以上強くなれると解った途端、三歳児に教えを(すが)る母親など、世界を巡っても私ぐらいのものだろう。

 ついでに言えば、例え如何なる事情があろうと、息子に負ける母など許せないという、下らない意地も多分にあった。

 お陰で今では、お互いの手を知り尽くしているとはいえ、十戦すれば七勝は固い勝率を上げる事が出来るので、母の威厳は十分に保たれていると言えるだろう。


「でも……妹ちゃんも大変だねぇ。お兄ちゃんさいてー」

「僕だけ事情がさっぱり解らないんだけど……」

「阿呆」


 困り顔でこちらを見てくる朴念仁な息子に、嘆息と共に何時もの台詞が口を出た。

 強過ぎる弊害(へいがい)からか、こいつは未だに元の世界の甘さが抜け切れていない。その一つが、娘への甘やかしだ。

 本来ならば、身を持って覚えるべき武器の選択や魔物の情報など、自分の持つ知識を惜しげもなく助言し、酷い時はオーブの成長配分にさえ口を挟むほどだ。

 優しさは美徳というが、何物も過ぎれば毒となる。こいつは、妹に(優しさ)を与え過ぎたのだ。

 まぁ、娘がこうなってしまった原因は、私にも少なからず責任がある。

 息子の注いで来た紅茶を一口含み、二人にも解るように説明を始める。


「リラが生まれたのは、この街に来てからしばらく経ってだ。私も、成れない教職の仕事に四苦八苦していてな――挙句に引退したギルド時代の名声を聞きつけ、街長や総合ギルドから仕事の依頼が舞い込む始末だ。娘の世話を、半ばこいつに一任してしまった」

「あー、なんか落ちが読めた」

「こいつなりに、愛情を注いだつもりなのだろうがな。その頃はこいつも、元の世界への帰還に躍起になっていた時期だ。何時も優しく接する癖に、別の世界を夢想するこいつのさまを見せ続けられ、幼いながらに不安を溜め込んだせいだろう。リラはこいつが自分の前から居なくなる事を、何より怖がるようになってな」

「お兄ちゃんさいてー」

「……それは、反論出来ないね」


 ようやく自分の犯した罪を理解したのか、沈痛な面持ちで(こうべ)を垂れる馬鹿息子。

 いずれ時機を見て、徐々に矯正していこうかと考えていたが、見込みが甘過ぎた。こんな事なら、早々に引き離しておくべきだったと、自分の新たな間違いを反省する。


「丁度いい、どの道二人とも理由は違うが、一度旅には出す予定だったんだ。一緒に出れば、手間も省ける」


 こいつは元より、リラにも折りを見て見聞の旅に出すつもりだった。こいつの秘密を知った今ならば、レベル百(到達者)が二人居るという安全面でも利が出る。


「良いの? そんなに簡単に決めて」

「問題はない」


 こいつもこの小娘も、存在自体が厄種(やくだね)だ。

 エイドオーブを研究している学者どもや、オーブからの恩恵を、神の祝福として崇めるエルダー教の連中からすれば、最初から最大の効果を発揮しているオーブを所持する者など、正に垂涎(すいぜん)の獲物だろう。

 学園を仕切る学園長()も、あわよくば息子を自陣に取り込めないものかと、あれこれと画策をしている事を知っている。

 世界を渡って現れた、こいつらの圧倒的能力は、それを狙った多くのものを引き寄せる。

 獲物を得るには、弱点を突くのが常道だ。私はともかく、娘はまだ駆け出しの域を出ない実力しか持っていない。

 私ならば、迷いなく娘を餌として狙うだろう。私の娘は、息子の最大の弱点と成り得る。

 だからこそ、二人は離すより傍に置いていた方が、鍛えるだけの時間を稼ぐ意味でも益が多い。

 甘やかし癖の付いたこいつに、大事な娘を任せるのは、かなりの不満と不安があるが、私にもしがらみが出来てしまった以上、今はこれが最善だと、自分自身に言い聞かせて納得させる。


「あのー、何か提案者のアタシが置いてけぼりなんですけどー」

(ウチ)の稼ぎ頭を引き抜くんだ。これ位の足手纏い(荷物)は請け負え」

「ママさんの、妹ちゃんの扱いがひでーですよ、フイセ君」

「お母さん、不器用だから……あぐっ」


 余計な事を喋る息子に、再び拳を振り下ろす。


「ふんっ」


 自らの子たちの、未来を案じない親など居るものか。







 夜も()け、ようやく目を覚ました娘は、顔を真っ赤に染めながら謝罪を繰り返し、面倒になった私が、何時かのように額を弾いて黙らせる。

 弾かれた部位を押さえて(うずくま)る娘に、まとまった話を聞かせてやると、今度は現金にも嬉しさからの涙を流して喜んだ。

 今日は随分と、娘の泣き顔を見る日だ。息子の涙など、過去の記憶と今の家族に苦しむ奴を、遠慮無用で殴り飛ばした時に見たきりだというのに。


「では改めて、「プレイヤーとその妹ちゃん、パーティー結成記念パーティー」を始めたいと思いまーす! カンパーイ!」

「かんぱーい!」

「乾杯」

「……乾杯」


 小娘(こむすめ)が音頭を取り、ささやかな宴が幕を開ける。

 全て息子が用意した、何時もより少し豪華な夕食に、残りのリシャールを使い切ったデザートのケーキもキッチンに残し、思い思いに料理を摘む。


「そう言えば、ジャオの旅の目的って何なの?」

「うーん……とりあえず今の所は、ゲーム時代の名所巡りかなぁ。森の探索クエ受けた理由も、中央の泉を見る為だし」

「へぇ」

「だって憧れない? 二次元のグラフィックだったあの色んな景色が、現実として生で見れるんだよ? エクリエントの透き通る大海原も、タイ・レンの「楼龍山脈(ろうりゅうさんみゃく)」の頂上から見たあの絶景も、全部ぜんぶ――そりゃあ見るっきゃないっしょう!」

「いいね。ついでに各地の名産品とか食べて、この世界の観光旅行にしようか」

「フイセ君、解ってるね~」

「え? えぇ?? そ、そんなので良いの?」


 他人から見れば、実にありきたりともいえるだろう旅の目的に、驚きを表す娘。


「大層な目的は必要ない。そもそも、こいつら二人は実力的にいって、暇を持て余しているだけだからな。後で目的が出来たのならば、それをすれば良い」


 娘の目的も、結局は見聞などという曖昧なものだ。大きな目的も悪くはないが、こいつらの場合、それを成せるだけの実力が既にあるだけ、厄介極まりない。

 そういった意味でも、限界者(げんかいしゃ)が二人揃う事に少し危機感を感じるが、この二人ならば特に問題はないだろう。

 もし、万が一こいつらが人の道を違えたならば、私が責任を持って切り捨てるだけだ。

 息子から事情を聞き、巻き込まれる事を了承した時点で、その覚悟はとうに終えている。


「最初の目的地は、ジャオの行き損ねた「ホロロの泉」にしようか。あの森なら、リラのレベル上げにもなって一石二鳥だし」

「私の? えと、良いの?」

「ジャオはどう?」

「おけーいだよー。じゃあついでに、オークキングもいっとく?――ふふっ、いいねいいね、何だかわくわくしてきたっ。こっちの人とも何度かパーティー組んだ事あるけど、やっぱお互い事情が解ってると、遠慮が要らないからもっと楽しいよね!」


 和気藹々(わきあいあい)と語られる、旅立ちに夢を膨らませる三人の会話に、傍で聞いている私自身、らしくもなく気分が高揚しているのが解る。


「ふっ」


 小さいながらも騒がしい、二人の旅立ちを祝う宴の中で、私は小さく鼻を鳴らして杯を傾けた。






 私は、沢山のものを間違えてきた――

 だが間違えた先が、不幸であるとは限らない。


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