6・会合―前
リリエラの友人を念の為に医者に預け、フイセたちの自宅に帰り着いた一同。
疲れているだろうリリエラに、今日の所は休むように伝え、三人はリビングで机を挟んで向かい合った。
「妹ちゃん大丈夫かな? 何か元気なかったけど」
「気にするな。この阿呆が悪いだけだ」
「えぇ?」
鎧を脱いで、普段着姿に戻っている母の理不尽過ぎる回答に、隣に座っているフイセは疑問符を上げる事しか出来ない。
「道中で軽く聞いたが、お前がこいつの同胞か――レベルは?」
「百だよ。っていうか、あのゲーム発売されて結構長いから、全体の三割位は百台だと思うよ?」
「頭の痛い話だ」
以前も義息から聞かされたその事実を改めて確認し、疼痛を鎮めるように額を押さえるグレイシア。
「クイン・リブレ・オンライン」は発売から五年以上経過している老舗MMOだ。
このゲームの売りは、エイドオーブを成長させて行う育成の幅にあった。
初期八職から始まり、中位、上位に転職する過程で、様々な試行錯誤が可能となっており、例えば技能でいえば、四の倍数毎にスキルポイントを獲得し、そのスキルポイントを消費する事で、職業毎の「選択技能」から希望のスキルを取得したり、任意のステータスを上昇させたり出来る。
ここで面白い点が、その職業のスキルポイントを全て注ぎ込んでも、「選択技能」の全てにはポイントが足らないという所だ。同じ職業であっても、育成次第では全く別のキャラクターが出来上がったりする。
他にも、転職時に別系統の職業に転職する事で発生するステータス調整や、職業の「選択技能」扱いである個別の攻撃モーション、「流派」・「型」。その技能を鍛える事で体得する「攻撃技能」。
更には初期七種の人種選択と、特殊なクエストをこなす事で可能となる、他種族や上位種への「転生」など、様々な要素を絡ませ合う事で、プレイヤーたちは多種多様なキャラクターを創造していった。
エイドオーブには「初期化機能」が備わっており、もし育成に失敗しても、レベル十単位で取り消しを行う事も可能なので(当然、一度取り消してしまうと、レベルは上げ直し)、一つのキャラクターで、何度も育成のやり直しが出来る。
その想像力を掻き立てる育成の自由度は、古参のプレイヤーから、「このゲームは、レベル百までがチュートリアル」とまで云わしめたほどである。
勿論、その自由度故にネタに走る人も多く、ゲーム時代では、「物理攻撃の方が強い、無駄に頑丈な魔法使い」や、「守って補助して回復もこなす、体力皆無の盾職」、「魔法スキルを捨て、ステータスの上昇にスキルポイントを注ぎ込んだ回復職」など、意味不明で愉快なキャラクターたちが跳梁跋扈としていた。
「まずは森の異変に関して、知っている限りを話してくれ」
「おけーい。っていっても、アタシが当事者なんだけどね」
グレイシアに促され、その前に座るジャオメイは、軽い調子で事情の説明を始めた。
◇
「――オークキング、か」
ジャオメイが説明を終え、グレイシアは小さく呟いた。
幾ら狩ろうと、魔物は絶滅しない。その理由が、殆ど全てのフィールドの最奥に存在する、魔脈だ。
葉脈の如く大地に遍く広がる魔力の間欠泉、魔脈からこの世界に充満する「魔」を核として産まれいずる者たちこそが、魔物なのだ。
魔脈はそれが有る限り魔物を生み続け、しかし潰せば、魔物と魔力の消失と共に、自然の発生を司るその土地の精霊たちすらも絶滅させ、土地の全てを枯れ果てさせるという、生命の根源も同時に担っている。
人は、魔脈の存在によって魔物の脅威に晒されながら、反面その恩恵により大地の恵みを享受しているのだ。
そして魔脈は十数年、或いは数十年単位で、しばしば通常よりも遥かに強い、亜人種の「長」を産み出す。
生み出された「長」は、同属を率いて辺りを蹂躙して生命の間引きを行い、他の種族に討たれる事でその大量の骸を大地の糧へと返し、周囲に刺激と豊穣を促す。
魔脈の存在と共に繰り返されてきた、この世界のサイクルの一つだ。
ゲームであれば、クエストのイベントの一つとして起こっていた事象が、ここでは連綿と続く事実として認知されていた。
「正直焦ったよ~。行って帰るだけの楽勝な探索クエの筈だったのに、いきなりボス戦とか、サプライズ過ぎだって」
自らの不幸を、からからと笑い飛ばす紅髪の少女。彼女にしてみれば、普通の冒険者が絶望するような状況も、だだの笑い話でしかない。
「明らかに足手まといだったから、一緒に依頼を受けた連中はさっさと逃がしてさ、アタシ一人で相手したんだけど……思ってたよりしぶとくってねぇ」
「その戦闘で興奮したオーク族の一部が、中央から外へと飛散し、今回の件に繋がった――という訳か」
「多分……ごめんなさい」
「仕方ないよ。「長」が生まれてた以上は、遅かれ早かれ森の外への侵略は起こってた事なんだし。寧ろその前に対処出来て、助かったんじゃないかな」
「リラに何かあっていたなら、同じ台詞は吐けんだろうがな」
「う゛……まぁ、それはそうなんだけど……」
フイセのフォローを、一刀に伏すグレイシア。
「だが、こいつの言っている事も間違いではないか――今回の件は事故として、ギルドに処理させよう」
「ありがたーやです。ほんと、すまんこって」
椅子に座ったまま、ジャオメイはグレイシアに向かって深々と頭を下げた。
「結局、オークキングは討伐出来たの?」
「いんや、フルボッコにしただけー。依頼が出る前に倒してもお金に成んないしねぇ。街に着いたら何処かのギルドにでも報告して、依頼を出して貰おうかなぁ――とか考えてました。ごめんなさい!」
「不謹慎だが……それも稼業だ。街の事を思えば非難も出来るが、今回は「長」の早期発見の情報を得られた事で目を瞑ろう」
「ははぁ」
僅かに眉を寄せる、街の安全を担う警備隊の相談役に、再び平伏すジャオメイ。
「じゃあ、次は僕たちの話だね。ジャオもこっちに来た時は赤ん坊だった?」
森での事情を聞き終え、三人は話を本題へと移した。
「うん。あぁでも、多分同じとは思うけど、来た時期はちょろっと曖昧かなぁ。拾われたの孤児院だし、そこを追い出されてから一時は、正直日付とか気にする余裕なかったから」
「追い出された?」
「仕切ってた神父が最悪でさぁ。ロリはおろか、ショタまでいけるというど変態。しかも職権乱用してて、入って来た綺麗所は、とりあえず試食するど外道」
「うわぁ……」
神に仕えている筈の、その余りな聖職者の所業に、思わず声を上げてしまうフイセ。
「アタシにまで手ぇ出そうとしてきたから、顔面ぶっ飛ばして裸に引ん剥いた後に、「コイツは幼ければ何でもいけます」って書いた紙貼って、孤児院の屋根から吊るしてやったら、なんか追い出された」
「そりゃ追い出されるよ……」
「そいつはどうなった?」
「さぁ? 追い出された後の事だから、何も知らない。外面だけは良い奴だったから、まだ神父やってるんじゃない?」
最早興味もないといった調子で、首を振るジャオメイ。
彼女にとっては、「自分に手を出そうとした事」が罪であり、「犯罪を犯している事」に関して正義感を振りかざすほど、善人を気取るつもりはないのだろう。
「でまぁ、その後は貧民街っぽい所で同じ境遇のガキたちと一緒に何とか生き伸びて――多分それが三・四年位になった頃かな、もう一人のプレイヤーに拾われたの」
「もう一人、プレイヤーが居るの?」
「そうそう、ソイツがまたかなりの変人でさぁ――仲間だったガキたちも一緒に後見人になって貰う代わりに、色々と無理難題吹っかけられて――そんななんやかんやを全部片付けて、三ヶ月位前かな? 折角のリアルファンタジー何だし、色々旅してみようかな~って思い立って、今はその最中ってわけ」
「何ていうか、波乱万丈だね……」
「ふふふ、凄いっしょ? アタシのサクセスストーリー」
感嘆とも呆れとも付かない声でフイセが感想を述べると、ジャオメイはさも自慢げに笑みを作ってみせた。
「何処かに仕官しようとは思わなかったのか? お前のレベルなら、引く手は数多だろう。実際、お前たちプレイヤーの中には、そういった者の情報も入っている」
「まさかぁ。王宮とか大手ギルドの中央って、めっちゃドロドロじゃん。しかもアタシらが強いって言っても、最強って訳でもないしね」
グレイシアの質問を、鼻で笑うジャオメイ。
彼女の言う通り、彼女たちの強さは確かにこの世界において規格外ではあるが、決して最強ではない。
そもそも、元のゲームはMMOだったのだ。インターネットを介し、多数の人間とのコミュニケーションを前提として作られていたこのゲームでは、同レベルであれば少なくともステータス上では互角の数値であり、更にはプレイヤー以外でならば、彼らより強い者などざらに存在していた。
レベル百帯用に用意されたモンスターは、当然パーティー戦を想定された強さを持っていたし、NPC――ノンプレイヤーキャラと呼ばれる、ゲームのプレイヤーではないキャラクターたちの中にも、五大ギルドの長や王国最強の騎士、時には国王自身でさえも、イベントで敵対した際には、プレイヤーのパーティーを圧倒するに相応しい実力を持っていた。
NPCの強さに関しては、魔剣の効果や神魔の憑依などと、様々な理由が存在したが、それでも一介のプレイヤーでは到底敵う相手ではない者たちが待ち受ける魔窟に、自ら進んで入る気は彼女にはないらしい。
「さささ、次はフイセ君の番だよ」
「ジャオの話よりは、随分短いし面白味もない話になっちゃうね」
フイセ側の質問を終え、ジャオメイに促されるままに、今度は灰髪の少年が話し出す。
「ボクが拾われたのは、さっきまで居たホロロの森。拾ってくれたのはお母さんだね。それから一年も経たずにリラが生まれて、その後はお母さんの伝てを頼って、この街にある学園の学園長に、他のプレイヤーの情報と、元の世界へ戻る方法を探して貰ってる」
「で、帰還の方の目論見は、見事に粉砕されてる、と」
「はは、そうだね。自分の足で探す事も考えたけど、傍に居るってリラと、妹と約束しちゃってたから――」
「あ~、今ので妹ちゃんの反応の理由が解ったわ。お兄ちゃんさいてー」
「そう……なのかな?」
呆れたようなジト目で此方を見るジャオメイに、上手く事情を理解する事の出来ないフイセは、首を傾げるだけだった。
「今はばれると面倒だから、能力を隠しつつ学園に通って、時々学園長から情報が入る状態かな。リラも学園に入って随分経つし、もうそろそろ卒業して、僕も旅に出ようとは思っているけどね」
「なるほろ」
「こんな所。今はもう、元の世界に戻るのは半ば諦めちゃってるけど……やっぱり、未練は残っちゃってるかな」
「えー、そう? 親とか知り合いとかは気になるけど、アタシはこっちの方が断然ありだなぁ。向こうじゃバイトとゲームばっかりで、先の事とか全然考えてなかったし」
「僕も、そう考えられれば良いんだけどね」
ジャオメイの開き直りともとれる言葉に、苦笑を返すフイセ。
同じ異世界に飛ばされた者同士でありながら、二人の意見はやや食い違ったものだった。
だが、相手を咎めたり、自分の意見を主張するつもりは、両者にはない。結局、何処の世界でも変わらず、生きている以上は自分なりに生きるしか方法はないのだ。
二人の会話が止まった所を見計らって、グレイシアが次の質問を問う。
「お前が会った事のあるプレイヤーは、故郷の一人とこいつで二人というのは、間違いないのか?」
「うん、フイセ君で二人目。実はそんなに数居ないんじゃない? ママさんはアタシらの事調べてるって言ってたけど、今どん位見付けてるの?」
「此方が把握しているのは、およそ十五人程度だな」
「少なっ。あの時のイベントでログインしてた人数って、万人単位だよ? 高レベル帯だけで考えても、もし全員来てたらその数はありえないって」
「確かにな。だがお前たちは、下手をすればたった一人で数百人規模を相手取れるんだ。それが集団でも作れば、大都市クラスの防備でも攻略が可能だろう」
だから楽観視する事は出来ない、とグレイシアはプレイヤーの危険性を断言した。
「あーそかー。陰険な奴が来てないと良いんだけどねー。PKとか」
「コイツから少し聞いているが、やはり危険か」
「ここでやったら、青髭真っ青の殺人鬼なんだもんねー。その辺解んない奴だって居るだろうしなー……」
PKとは、プレイヤーキラーの略であり、魔物やNPCではなく、同じプレイヤーを標的に攻撃を仕掛ける者たちの総称だ。
「クイン・リブレ・オンライン」では、PKは容認されていたし、ハラスメント行為になるような悪質なものには、当然罰則が発生していた。
だが、ゲームという枷を失ったこの場所で、彼らが本当にPKという名の殺人に目覚めた場合、それはこの世界に住む人たちにとって、最悪の事態へと発生する事を意味しているだろう。
「こんな所か。すまないな、尋問のような真似をして」
「いやいやー。こっちも同じプレイヤーとお話出来て、嬉しいからおけーいだよ」
話し合いを終え、空気を和らげたグレイシアに、ジャオメイは笑顔で答えた。
「でさ、フイセ君。ものは相談なんだけど――」
「?」
席を離れ、喉が渇いただろうと三人分の紅茶を注いで来たフイセに、紅髪の少女は頬杖をつきながら、何気ない調子で提案した。
「アタシと一緒に旅、する気ない?」