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トゥライト・テイルズ  作者: タクミンP
第0章・プロローグ
3/29

3・学園

 セルリアーナ王国、オウス・アーカー学園。

 己の技術と実力を育てる為に、様々な野望と思惑を持つ生徒が集う、国内外でも非常に評価の高い学園である。

 実力別に四つのクラスに分けられ、年に十三回行われる各クラスへの入学、または卒業の試験に合格する事で、上位のクラスへの昇格、または卒業をするという、生徒の入れ替わりが激しいシステムとなっている。

 一つの授業単位で授業料を支払い、自分に必要な講義や訓練を受講し、実力が付けば上位のクラスの入学試験に挑戦、限界だと感じればそのクラスでの卒業試験に合格し、学園を卒業していく。

 鍛錬場や図書館などの施設はクラス毎に分けられるなど、実力の近い者同士の出会いが増えるよう配慮されており、学園というより新人の訓練所、または交流所ともいえる場所だった。


「はっ、はっ、はっ――」


 周囲から陥没するように低く整えられた、上から二番目であるゴールドクラスに宛がわれた鍛錬場の内周を、走る――走る――

 ただひたすらに、一定の速度で延々と走り続ける灰髪の少年に、周囲の人たちは時折呆れや苦笑といった態度を向けていた。

 この世界での「努力」は、全てエイドオーブを成長させる事に直結している。身体能力、武術、魔法、合成、鍛冶――それら全ての能力や技能は、オーブが成長する事によって具体的な成果として現れるからだ。

 オーブを成長させる為には、必ず対象(相手)が必要となる。魔法のスキルを成長させるには、唱えるだけでは意味が無く、何かに効果を発揮させなければ経験は溜まらないし、剣技のスキルを成長させるには、石でも案山子でも良いので、何かにその剣を当てる必要があるのだ。

 つまり彼が今「一人で」行っている行動は、他者からしてみれば何らオーブの経験にならない、無益なものに思えてしまう。

 「肉体を鍛える」という努力をしている事は理解出来ている。だが、それも結局はオーブのレベルを増やせば解決する事柄に過ぎず、エイドオーブという目に見える結果を知る人たちの目には、彼の行動は殊更に不可思議なものとして映っていた。

 最も、フイセの側から言わせて貰えば、オーブは既に限界まで育ててしまっているので、自分自身の筋力や体力といった、それ以外の部分を鍛えるしか他に方法が思い浮かばなかったというだけの話だ。

 とはいえ、彼の奇行を本気で馬鹿にしたり、嘲りを向ける人間は意外と少ない。

 彼の母であり、学園最強の講師でもあるグレイシアが黙認している事もあるが、以前に一度だけ、うっかり生徒との諍いに実力の一端を見せてしまって以来、そういった風潮はなりを潜めている。

 良くも悪くも、実力主義の学園なのだ。


「ホッホッホッ、君は何時も精が出ておるね」


 息を整えながら小休止を取っていたフイセの前に、カロン――と小気味よい音を鳴らしながら現れたのは、長身に薄紫色のローブを纏ったこの学園の中で最も威厳高い、学園の長たる人物だった。


「こんにちは、学園長」

「熱心な事じゃね。やはり若者はそうでないといかんな」

「ありがとうございます」

「うむうむ、良い返事じゃ」


 カラカラと音を立てて、学園長――オウス・エクセンドリアは朗らかに笑う。

 その巨大なカボチャの頭を揺らしながら――

 入学後に、新入生たちがまず一番に驚くのは、恐らく学園長の頭部だろう。

 まるで冗談のように本来「頭」と呼ばれる部分に鎮座するのは、笑みの形に切り抜かれた、異様な髭付きの大カボチャ。次第に見慣れていくその異相に、しばらく呆気にとられるのが新入生の通過儀礼だ。

 別に、彼は伊達や酔狂でこのような頭部をしている訳ではない。

 遥か昔――本人の年齢が不明なので正確な時間は解らないが――彼がまだ学園の長ではない、ただの老人だった頃(この時点で既に年齢不詳)、数人の仲間と共に諸国を廻る冒険者をしていたらしい。

 そして、有る時強大な力を持つ悪魔に襲われ、退しりぞけはしたもののその身を歪める呪いを受けたのだという。

 その後己の未熟さを痛感し、しかし自己の才能の限界も同時に感じ取っていた彼は、もしも再びその悪魔が現れた時の為に、それに対抗する手段の模索を始めた――それは次第に、若い世代の育成へと目を向けられるようになる。

 手立てが無いのなら、自らの手ではぐくむのだ――と。

 それが、五ヶ国随一の学園と名高い、オウス・アーカー学園誕生の瞬間であった。

 ちなみに、学園が設立されたのは今より八十年程前で、学園の記録書にも完成した年数や日付が、しっかりと克明に表記されている。

 本人は人間であると公言している学園長の種族と実年齢は、学園の七不思議の一つとして賞金まで掛けられているのはただの余談である。


「とはいえ、余り根を詰め過ぎるといかん。体調の管理も、君達学園生にとって立派な勉強の一つなのじゃからな」

「はい。心得ています」

「うむうむ」

「――爺、こんな所に居たのか」


 二人の和気藹々とした雰囲気を割るように、学園長の背後から鋭い声が掛けられた。

 フイセが目を向ければ、学園講師用のスーツを身に纏った母が、何時も変わらない表情から僅かに眉を寄せて、その場に仁王立ちしていた。

 目に見えて不機嫌そうなオーラを発しながら、彼女は学園長の襟首を掴み上げる。


「爺、仕事を放っぽりだして生徒と談笑とは、良いご身分だな」


 普通であれば、恐らく冷や汗を流している状況なのだろうか。表情の変わらぬカボチャ頭をビクリと揺らした学園長は、今度はそれをぐるりと百八十度回転させて、背後の人物と対面した。


「いや、ワシ、これでもこの学園の長なんじゃけど……」

「御託は良い。さっさと部屋に戻って書類に判を押せ。これから貴様に許される行動は、それ一つだけだ」

「いやじゃ~! 延々(えんえん)と判子を押すだけの、判子押し機になるのはもういやじゃ~!」

「ち、世話の焼ける……」


 ダダをこねだしたカボチャ爺に舌打ちし、そのまま背負うようにずるずると引き摺っていくグレイシア。


「うわ~ん、それじゃあの~」

「はい、頑張って下さい」


 悲しみを表現するように、ぐるぐると頭を回転させながらこちらに手を振る学園長に苦笑しつつ、フイセは右手を振り返して二人を見送った。







「――どうじゃね、あの子は?」

「何がだ」

「問題は、無いかね?」


 頭の位置を元に戻し、グレイシアに引き摺られながら、学園長は彼女にそう問い掛けた。

 この世界で人として持てる最上級の能力を授かり、異世界から来訪した灰髪の少年。

 学園長は、そんな彼の事情を知るたった二人の内の一人だった。

 自らの娘にさえ秘した事柄の情報を得る為に、グレイシアは情報源としてこの学園長を選んだ。

 超常の力を持つ、こちらの世界の常識が通用しない異邦者たちが、幾人も現れたかもしれないという可能性の脅威をいち早く理解した学園長は、自らのコネを最大限に使い、各国に散った卒業生たちから情報を収集し、それを二人へと提供した。

 生憎、異世界の情報は存在しなかったものの、既に幾人かそれらしい人物は出て来ている。

 やはりと言うべきか、それらの者たちは不自然にしか見えない登場の仕方で国やギルドの重鎮、勇者や聖女、果ては凶悪な犯罪者としてその名を静かに広め始めていた。

 フイセを始め、来訪者たちの所持するオーブがもたらす恩恵は、彼ら自身がこの世界で努力を重ねて得たものではない。

 確かに苦労はしているのかもしれないが、現実よりも遥かに難度の低い娯楽としての努力が、如何ほどの価値を持つかは全くの未知数だ。

 無論、長く自分の目で見て来たあの灰髪の少年を、危険人物等と思う気は毛頭ない。

 だが、人は変わる。

 腐敗した貴族、飢えもがく貧民、救われぬ聖者、疑わぬ狂信者――そして、己の欲望。

 それらの不条理や理不尽に対し、逃れられない選択を迫られた時、彼が一体何を選び取るかと問われれば、彼本人ではない者たちには、その答えは出せない。

 そして、彼はそれを正し、また歪めるだけの武力という、確かで危険な力を手にしているのだ。


「私の息子だぞ。問題など、起こる訳がない」


 学園長の懸念を、下らない戯言を鼻で笑うように一蹴するグレイシア。


「そうかね」

「酷く内向的な阿呆だが、それ故に他者をおもんぱかれる奴だ。他人を理由にすれば、剣も振れる」

「じゃが――」


 力を持てば、人は使わずにはいられない。

 自身の身に余るほど強大であるなら、尚更に。


「解っている。何の心配も必要ない」


 しかしそれでも、彼女は自身であり、そしてその手で育て上げた自分の息子に向かって、確信を持って断言した。


「あいつは――私の息子だ」


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