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トゥライト・テイルズ  作者: タクミンP
第三章・ブリキの街
27/29

27・蛇足

 明りの消えない夜の通りを離れ、底に巨大な魔方陣を浮かべる大穴を残すのみとなった屋敷の跡地で、二つの影がその穴底に降り立った。


「あーあ。闘技大会、生で見てみたかったなぁ」

「多分そんなのジャオが見てたら、我慢出来ずに飛び入り参加したいとか言い出すだろうから、僕としては助かってるけどね」

「何故ばれたし」

「何でだろうね」


 事件解決が夜に近かったので、本格的な調査は翌日に持ち越され、今は人気のないその場所で黒尽くめのフイセと変わらぬ格好のジャオメイが、軽口を交し合う。

 事件での疲れからか、ぐっすりと眠ったリリエラを宿に置き、魔方陣の周囲にある瓦礫を時折どかしながら、周辺を探索する二人。


「妹ちゃんちょっち落ち込んでたけど、フイセ君何か聞いてる?」

「僕たちと分かれた後で、オルテンシアさんに、「足手纏いだ」って言われたんだって」

「うぇ、それ妹ちゃんへの禁句じゃん」

「僕たちは気にしないけど……こればっかりはリラの気持ちの問題だからね」


 最初からレベル百のエイドオーブを持つ異端者の二人とは違い、リリエラはオーブを一から成長させ続けているこの世界の住人だ。

 努力家であり、今回の事件でもレベルを一つ上げている彼女の年齢を考えれば、同年代としては相当優秀な部類に入るのだろう。だが、如何せん隣に立つ反則的な強さを持つ二人のせいで、どうしてもその実力を卑下させてしまっているのが現状だった。


「湿地地帯で、軽くレベル上げしてく?」

「やめとこう。変に気を遣うと、余計に気負わせるだけになりそうだし」


 ジャオメイの提案に、フイセが小さく首を振る。もし鍛えるにしろ、リリエラを自分たちと同等のレベルに上げるのは、一朝一夕では不可能だ。

 旅の目的の一つに入れても良いだろうが、それだけに拘ると今度は足止めをさせる罪悪感を彼女に与えてしまう。

 どの道旅をしていれば、それなりの強さの敵に出会う事も多いだろう。総合ギルドに行って、路銀稼ぎに彼女に合った討伐系の依頼を受けても良い。

 急ぐ必要はないのだ。旅はまだ始まったばかりなのだから。


「だねぇ――お、あったよー」


 フイセに同意しながら、肩幅ほどの岩を片手で持ち上げたジャオメイが、遂に目的のものを発見した。

 複雑な文様の描かれた小さな突起が、魔方陣と同じく「勇者」の魔法を耐え切ってそこにあった。


「さーて、ご開帳ー」


 ジャオメイはその場にしゃがみ込み、突起の上を掴んで軽く方向を確認した後、大きく右向きに捻る。

 仕掛けが解除され、魔法陣の中にある何も描かれていない場所の地面がずれると、そこに人一人が通れる程度の、地下への階段が姿を現した。

 暗い穴底にありながら、更なる闇へと続くの道を見て、僅かな緊張感が起こる。

 今回の事件は、不可解な点が多い。オルテンシアもその事には気付いていたようだが、自分には関係がないと見過ごしていた。

 最初の襲撃は、オルテンシアを呼び込む為だったとしても、分かれたアルフォードたちまで襲う必要はない。しかも、律儀に雇ったゴロツキたちに自分の名を伝える理由もないだろう。

 死体のオーブを奪うという、あからさまな事件の真相を匂わせておきながら、辿り着いた先に居たアシュレイの対策もお粗末過ぎる。

 本来であれば、準備万端で待ち構えていなければならない彼は、アルフォードたちの侵入に何の妨害も仕掛けられず、予想外の出来事として慌てふためいていた。

 そもそも、今回の件は殺人ではなく失踪事件として調査を依頼されている。アルフォードたちを襲った人形の様に、オーブの装着された腕だけを持ち去ったのなら、破壊されても回収される人形とは違い、死体はその場に残ったままとなっていた筈なのだ。

 例え領主が証拠の隠蔽を図っていて、死体の処分をしていたのだとしても、操られていた人形の数から逆算した人数を、街の住人に気付かれる前に対処出来るとはとても思えない。つまり、アシュレイでも領主でもない第三者が、死体の回収に関わっている事になる。

 そしてその第三者はアシュレイと同じく人形を操る術を持ち、彼へと辿り着けるようフイセたちを導いた。


「……行こう」

「おけーい」


 先に待つものに向け、決意を込めたフイセの言葉に、ジャオメイもまた真面目な表情で頷いた。







『女に裏切られ、人形に裏切られ、可愛そうなお方――ですがご安心下さい。もうここに貴方様を脅かす存在はおりません。わたくしがずっとお傍におりますから』


 地下に下りた先の部屋で、誰かの話し声が聞こえて来た。

 人間の声とは異なり、どこか一枚布を挟んだ様な、僅かにくぐもった女の声だった。


『……無粋な方々ですわね』


 扉を開けた二人に気付いたそれが、ゆっくりとこちらへと振り向く。

 青を基調とした、沢山のフリルの付いた御伽話にでも出て来そうなドレスを着た、等身大の人形がそこにはあった。左手の薬指には、血の色をした宝石の付いた指輪が嵌められている。

 彼女こそが、上にあった屋敷に住まい、八十年前の事件で街を恐怖へと落とした魔女人形、ジェノバだ。

 長く伸びる髪も、その美しい碧玉の瞳も、作り物めいた――実際に作り物である筈の顔も、間接から覗く繋ぎ目を見なければ、人間だと錯覚してしまいそうになるほど、緻密に作り上げられた人形が、表情を変える事なくこちらを睨み据える。


『私とアシュレイ様の愛の園に、土足で踏み入るなんて――あぁ、アシュレイ様、しばしのお待ちを。直ぐに新しい命を吹き込んで差し上げますわ』


 そう言って再び振り返った場所には、両手を伸ばした十字の格好で宙に吊るされる、一人の男性が居た。線の細い白皙の美男子――人形が言ったように、上にあった魔女の屋敷を購入し、今回の事件を引き起こしたアシュレイ子爵その人だ。

 腹に空いた傷口と、そこから流れた大量の血で汚れた服はそのままで放置され、生気のない蒼白の顔は垂れ下がり、力なく口が半開きとなっている。

 部屋の中を見渡せば、室内の広大な空間の奥には、遺跡の自動人形オートマトンとは異なる多くの人形に混じって、多数の死体が天井から吊るされ、まるで並べられた洋服の様に連なっていた。


『この屋敷に来た時から、解っていましたの。この方こそ、私と結ばれる運命にある人なのだと』


 陶酔を滲ませ、魔女は子爵の死体へと手を伸ばす。人間を止めた彼女の身体が、何の補助もなくふわりと浮遊し、アシュレイの眼前に近付いてその頬に両手を添える。

 その表情は変わる事はないが、もしあったとすれば頬を染めているのだろうか。

 生前の彼女は、酷く醜い女だったらしい。

 それ故に美しいものを好み、特に見目麗しい男性を好んだ。彼女にとって彼らは一人ひとりが芸術品であり、生きた宝石だった。

 当然、彼女はその男性らを求めた。欲しいのはその美しい肉体のみで、彼女にとって中にある心や魂は、既に換えの利く付属品に過ぎない。

 攫い、殺し、保存の為に処理を施したその「作品」たちは、しかしその劣化を止める事は出来なかった。故に彼女は求めたのだ、「永遠の命」を――不滅の肉体を。

 彼女が求め、このグレンベルの地下遺跡で復活を繰り返す自動人形オートマトンたちを研究して辿り着いた結論は、劣化した部分を削り、別の人間の素材で補うという方法だった。回収した死体たちは、その為の材料だ。


『私という者がありながら、浮気なんてするから――あの売女ばいたの身体で作った人形で、少し意地悪をして懲らしめて差し上げましたわ。あの時の顔といったら、うふふっ』


 生前も、その後も、他人と関わらない生活をしていたせいか、独り言が癖になっているのだろう。聞いてもいないのに、べらべらと一人で喋り続けるジェノバ。


わたくしの指輪に似せた玩具を差し上げたら、それはもう嬉々としてお使いになって――本当に可愛らしい御方』

「もういい、喋るな」


 放っておけば、延々と続くであろう狂気が漂う言葉の羅列を、怒りと不快感を乗せてジャオメイが遮った。

 彼女の語る話の前後は解らないが、今の言葉を聞く限り、この凄惨な事件の本当の首謀者は彼女で間違いないだろう。「勇者」が調査に乗り出した事で潮時を感じ、アシュレイを犯人に仕立てて殺した後、その身体を回収したという訳だ。

 確かに彼は罪を犯した。だが、それが誰かに利用されたものであり、真実を知る事なく命を落としたのだとすれば、それは余りに憐れではないか。

 狂った魔女に見初められ、人生を歪められた子爵に、憐憫の情が沸くのは仕方のない事だろう。

 しかし、本当に重要な問題はそこではない。


「最後に一つだけ聞きたい。君の封印を解いたのは、誰?」


 ジャオメイの隣から、フイセが静かな口調でジェノバに問い掛ける。

 世界最高峰の、しかも全盛期の魔道師が施した封印だ。「炎翼」の一撃さえ退けたものを、その中に封じられていた一介の人形如きが解けるとは思えない。

 誰かが彼女の封を開けたのだ。上に残る魔方陣はそのままに。その変則的な解除方法を知っているのは、封印した学園長本人か、館にあった全ての仕掛けを知るフイセたち「プレイヤー」だけ。

 アシュレイの手に渡るまでは、この屋敷は封鎖地区として監視されていた。この人形が何時開放されたのかは解らないが、どちらの目を逃れるにしても、短時間でそれを行うには、他の者では圧倒的に時間が足りない。


『何を仰っていますの?』


 空中を漂いながら、小首を傾げる人形の魔女。どうやら嘘や誤魔化しではなく、本気で質問の意味が理解出来ていない様子だ。


「ダメだこりゃ」

「まぁ、余り期待はしていなかったけどね」


 情報を早々に諦めた二人は、各々が武器を抜いて空を浮かぶ魔女へとつき付ける。

 彼女を野放しには出来ない。放っておけば、彼女はまたこの街で己の欲望を満たす為に、犠牲者を出し続けるだろう。

 彼女がまだここに居るかどうかは賭けだったし、何時までも彼女がこの場に留まる保証もない。

 学園長の自伝には封印の解除方法は記されていないので、オルテンシアたちに事情を知らせる事の出来ないフイセたちが彼女を見つけて仕留めるには、調査の始まる直前である今しかないのだ。


「アタシの敵が、全部アンタみたいな下種ばかりだったら、簡単に吹っ切れるんだろうけどなぁ……」


 呟きを漏らし、軽く頭を掻くジャオメイ。目の前に居る人形は確かに元人間だが、文字通り人の道を踏み外したど外道を相手に、掛ける情は限りなく薄い。


「まぁいいや。とりあえず、アンタは壊す」

「君は許せない――だから、君を止めるよ」

『あはは! いらっしゃいな、貴方たちもわたくしの玩具にして差し上げますわ!』


 魔女の哄笑が地下室に反響し、その背後にある人形たちが一斉に起動する。

 過去の呪縛から解き放たれた、世界を狂わす凶悪な化け物との戦いが、誰にも知られる事なく始まった。







「やられた……っ!」


 苛立ちを隠そうともせず、壁を殴り付けるオルテンシア。


「やられましたね」


 傍に控えるアルフォードは、彼女の激情を受け流しつつその惨状の場を観察している。

 翌朝、証拠など残っていないだろう極大魔法の爆心地を調べに、元屋敷である空洞に訪れた両名を含めた一団は、昨日はなかった地下への階段を発見してその中へと突入した。

 そして見つけたのは、明らかに戦闘の後と思われる数々の傷跡が残る地下の大部屋だった。

 回収されていない所からみて、遺跡の自動人形オートマトンではないのだろう。人形の一部や部品と思われる物が至る所にぶちまけられ、部屋の奥には横倒しにされた何人もの死体が目に付く。


「あの切り刻まれて壁にめり込んだ破片の群れが、「ジェノバ」という事なのでしょうか?」

「知るかっ!」


 一際損傷の激しい部屋の一角を見つめるアルフォードに対し、吐き捨てる様にオルテンシアが怒鳴る。部屋を調べていた他の調査員たちは、彼女の怒気に身を竦ませてしまう。


「アシュレイ様を始め、行方不明者の死体も多くあるようですし――どうやら今回の一件の裏で手を引いていたのは、アシュレイ様ではなく、この部屋の主だったという事ですね」


 オルテンシアとは違い、冷静に現場の光景から推測を述べるアルフォード。

 一体誰がこの場で暴れたかなど、一々尋ねる必要もないだろう。宿を訪れても、どうせ彼らはもう旅の空だ。

 何かの情報を得たのかもしれないし、何かを持ち去ったのかもしれない。先に部屋に入った彼らが得たものを、遅れて来た自分たちに確かめる術はなかった。


「くそっ」

「どちらへ?」

領主ブタの所だ。この苛立ちの解消に付き合わせる」


 踵を返すオルテンシアに問い掛けると、振り返らないまま答えが返って来た。事件に関する報告序でに、証拠隠滅の件で絞り上げるつもりらしい。


「お気の毒な方です」


 散々八つ当たりされるであろうその姿を思い浮かべ、心の底から同情の念を浮かべるアルフォード。


「お前でも良いんだぞ」

「申し訳ありません」


 怒りの矛先が向きそうになったので、素早く腰を折って謝罪する。何時も口を滑らせる彼も、今の彼女の逆鱗に触れる勇気はない。


「ちっ……私を出し抜いた報い、覚悟しておけよ」


 届く筈などない、灰髪の少年たちに向けて漏らされた呟きが、虚空へと溶けた。







 その頃のフイセたちはオルテンシアたちの予測通り、次の道のりへと続く早朝の街道を歩いていた。


「良かったの? 挨拶もせずに出て来ちゃって」


 そんな中、リリエラが隣の二人を見て首を傾げる。何時もより早く起こされたかと思えば、直ぐに荷物を纏めて逃げる様に街を出たので、何の説明も受けていない彼女には当然の疑問だった。


「良いの良いの。会ったら、多分アタシら捕まえようとするだろうから」

「……ジャオさん、何したの?」

「お兄ちゃんにも疑惑向けようよ! 何でアタシ限定なの!?」


 半眼を向けるリリエラに、心外だとばかりに驚くジャオメイ。


「なんでだろうねー」

「妹ちゃんまでそんな事言う~。い~じ~わ~る~!」


 日頃の行いの結果でしかない反応に、ジャオメイは悲しそうな声を出しながら、リリエラを横合いから抱きかかえた。


「きゃうっ」

「そんな意地悪言う妹ちゃんには――こうだ。うりうり~」

「もぅ、ジャオさん、くすぐったいよぉ」


 抵抗する暇もなく長身から抱き上げられ、足を地面から離されて身動きを封じられたリリエラには、ジャオメイからの頬ずりを止める手立てはない。


「あれ、お兄ちゃん。その指輪どうしたの?」


 しばらくそのままじゃれ合いを続けていたリリエラが、フイセの右手に転がる指輪を目に留めた。紅色に輝くその指輪からは、どこか妖しげな魅力が漂っている。


「戦利品、かな。受け取らなかった報酬の代わりになるかと思って、屋敷から貰って来たんだ。ゲーム(向こう)じゃ手に入らないアイテムだから、気になってね」


 そう言って、空に掲げられた指輪が朝焼けの太陽の光を受け、キラキラと無垢な輝きを放っていた。


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