26・炎翼
「これで終幕、か――謎は残るが、一先ずはこれで良いだろう」
剣を納めたオルテンシアの鎧が空へと溶け消え、焔から赤へと戻る。
彼女が領主から受けた依頼は、出来るだけ秘密裏に事件を解決する事。首謀者と思しき人物が死亡した時点で、彼女の役割は終了した。
今後、この事件の全貌を調べるのはまた別の人間の仕事となるだろう。
全力で焼き払った大穴から注ぐ夕日を背に、オルテンシアがリリエラの傍で永眠るアシュレイへと歩み寄った。
そのまま無造作に手を伸ばすと、着けている紅い宝石の付いた指輪を指から外し、光に照らしながらしげしげと眺める。
「この指輪で、人形を操作していたようだったな」
「女性の名前を口にしていました。もしかしたら、その人を甦らせたかったのかもしれません……」
リリエラが視線を落とした先には、彼の胸元にペンダントとして加工された一つのエイドオーブがあった。それが誰の物だったのかは、考えるまでもないだろう。
「だとしても、指輪の効果を見た限りでは、他人の仕草を真似た人形が出来上がるだけだろうに――男とは哀れだな」
「犯罪者である彼を、男性代表として扱うのは如何かと思いますが」
「お前よりはましなのは確実だ――この指輪に縛られし全ての人形に告ぐ、人目に付かない形でこの屋敷に集合しろ」
アルフォードの言葉を両断したオルテンシアは、指輪に顔を近付けて命令した後、それを死体の胸元に向けて放り落とす。指輪は彼のペンダントであるエイドオーブに当たり、近くの床へと零れた。
「効果はあるでしょうか」
「さぁな。どの道人形たちの動向を知る者が死んだ以上、他の方法を探すのも面倒だ――もうここに用はない。落ちた二人を回収して、屋敷を出るぞ」
どこまでも淡々とした態度を崩す事なく、オルテンシアは二人を連れて部屋を後にする。「敵」を倒した彼女には、もうここは終わった場所でしかない。
残されたのは、回収人形に分解される壊れた自動人形と、事切れた一人の貴族。
例えその場に何が起こったとしても、気にする者など居はしない――
◇
「確かこの辺りで――これでしょうか?」
フイセとジャオメイが落ちた部屋に到着し、閉じた床を再び開く為に、アシュレイの行動を思い出しながら仕掛けを探していたアルフォードが、壁の中の何かに気付いた。
壁に巧妙に埋め込まれた装置を押した途端、部屋の半分の床が音を立てて消失し、大きな落とし穴が出現する。その穴に、リリエラが即座に駆け寄って覗き込む。
「おにーちゃーん! ジャオさーん!」
「はーい……」
穴の縁から大声で彼女が呼び掛けると、擦れているが微かに女性の声で返答が返って来た。どうやら二人は無事らしい事を確認して、安堵の溜息を吐く。
「危ないからー……そこどいてー……」
「?」
下から聞こえて来た警告に首を傾げ、言われた通りに穴から離れる。すると、突如巨大な石柱が高速で穴から飛び出し、速度を緩める事なく轟音を立てて天井へと突き刺さった。
「うえぇっ!?」
「何だ?」
いきなりの出来事に、リリエラは素っ頓狂な声を上げて驚き、オルテンシアが僅かに警戒して剣の鞘を握る。
移動技能――飛鉤――
柱に巻き付いた鉤付きの黒い紐が、技能発動者の意思によって伸縮し、穴の中から落ちた二人を引き上げた。
「ただいまー」
「大した怪我もないようだな」
「蹴り落としておいて、随分な台詞ですね」
片手で腰を掴まれた状態のまま手を振るジャオメイに、オルテンシアの言葉を聞いて剣呑な視線を向けるフイセ。
「よっと」
突き立った柱を壁として跳躍し、地面へと着地する二人。既にフイセの手の中には、鉤も紐も存在しない。攻撃技能「影撃ち」で使われるナイフと同じく、技能によって無から生み出された道具は、技能の終了と同時に消滅する仕様となっている。
本来この技能は、家の屋根に登ったり、遠くの物を引っ張ったりするのに使う技能である。ジャオメイが投げる石柱に予め引っ掛けておき、出口に固定した所で糸を巻き上げ登って来たという訳だ。
「――ジャオさん、何かあった?」
目敏いリリエラが、紅髪の少女の僅かな変化を敏感に察知する。
この兄にしてこの妹ありだ。彼女もまた、伊達に秘密主義の母親と兄を見て育ってはいなかった。
「い、いきなりなにさ。何かって、べ、別に何にもない、よ?」
「何で疑問系なのさ」
慌てて誤魔化そうとしているが、挙動不審になっている時点で、自白しているようなものだ。傍で聞いているフイセも、苦笑混じりで笑っている。
「どうせ地下で、私の時のように抱き合ってでもいたのだろうよ。人が苦労をしている時に、暢気なものだ」
「あれだけ一人ではしゃいでおいて、清々しいまでの僻みですね。思わせ振りに言っているつもりでしょうが、どうせ勇往邁進と猪突猛進を履き違えたお嬢様が罠に掛かり、それをフイセさんが助けただけなのがばればれ――いたたたた、割れます割れます」
「ふむ、やはりこの方がしっくりくるな」
余計な事を喋るアルフォードの顔面を握りながら、オルテンシアは納得顔で何度も頷く。やはり普段のやりとりがないと、調子が出ないといった様子だ。
「何の確認かは存じませんが、出来れば手を離した後でお願いしたいと――いたたた、しかも熱いです。流石にこの状態で火系の魔力を収束させるのは、命に関わると思うのですが……」
それをやられる方は、自業自得であれ堪ったものではないだろうが。
「アルフォードから聞いた限り、アシュレイはエイドオーブだけを目的として犯行を行っていたようだな。奴の言動から見ても、最早この屋敷に生きている人間は居まい――折角だ。お前たちに、「炎翼」の二つ名の由来を見せてやる」
ようやく部下を解放したオルテンシアが笑う。それは獰猛にして優雅な、実に彼女らしい笑みだった。
◇
「子爵の持っていた指輪の様に、また下らん道具が出て来ないとも限らん。根治するには、病巣をなくすのが最善だろう」
屋敷を出た一同を背に、オルテンシアが剣を抜き放ち、両手を添えて前に突き出した。
行われようとする行為を前に、アルフォードが一応の確認を取る。
「アシュレイ様の遺体を回収しておりませんが」
「少なくとも、奴が犠牲者を出した殺人犯である事は間違いない。悪人の処罰は「勇者」の役目だ。まともな葬式など、私が許さん」
「フイセさんが仰っていたという、ジェノバとやらの封印が解ける可能性があります」
「既に解けている可能性もある。封印されている場所を一から探すのも手間だ。それに、もし本当に封印が解けたのなら、その時は私が切り捨てる」
「畏まりました。既に領主よりの許可と周辺への退避勧告は終了しております。存分におやり下さい」
「言われるまでもない」
彼女が起こす行動の先を見越した、見事な補佐を行う従者に対し、「勇者」は満足気に頷いた。
「世界に遍く広がりし、四の四たる至宝が二翼、巨人と奏者の力を此処に――」
詠唱と同時に、雲に近い屋敷の上空で巨大な魔方陣が出現する。中央に大きな単眼が描かれたその中心に向かって、徐々に風が集まり始める。
「ちょ、これって……」
「だね……」
「え?」
フイセとジャオメイが、いち早く彼女の唱える魔法の正体に気付く。間違っても街中で発動させて良い類のものではない破滅の祝詞に、冷や汗が頬を伝う。
「汝が腕は我が腕、汝が弓は我が刃――天地を貫きて我らが裁定を此処に示そう――」
途轍もない高さにありながら、耳鳴りが聞こえるほどの勢いで大気を吸引する魔方陣。
「汝らの激怒、今こそ滅びの災禍となって我が眼前を覆い尽くさん」
周囲の雲は形成された無色の球体に飲まれ、その圧搾により生まれた強大な熱が、次第に球の中を焔となって荒れ狂う。
「灰燼に帰せ!」
「通常詠唱」のみでしか発動する事の出来ない、対個、対範囲の更に上――対陣地用の最上級魔法が、彼女の誓言によって炸裂する。
魔法技能――極爆炎嵐魔眼――
天空の瞳から落とされた一筋の雫が、刹那の速度で地面に直撃した。
限界以上に圧縮された炎と風の塊が遂に弾け、耳を劈く轟音と共に巨大な火柱を立ち上げる。巻き上がる紅蓮の竜巻が雲霞を蹴散らし、振り撒かれる大量の炎粉が、まるで無数の火の鳥の如く辺りに飛び立って行く。
「ふわあぁぁぁ……」
ある種幻想的にさえ思える破壊の光景に、リリエラは目を見開いて心を奪われる。
「これが今回のベストショット、かなぁ」
「まぁ、間違いではないね」
その出鱈目な威力を躊躇う事なく振るう「勇者」の後ろ姿に、二人は火柱を見上げながら苦笑いだ。
剣の増幅効果も合わせて、過剰過ぎる彼女の一撃は、館とその周辺は元よりその下に作られた地下の構造すらもぶち抜き、巨大な大穴を作り出していた。
「なるほど、魔法を封じる効果は侵入者である私にではなく、封印された魔女に対しての代物だったという訳だ」
穴を見下ろすオルテンシアの顔に、理解の色が浮かぶ。地底湖すら蒸発させ、赤熱する岩肌が覗く穴の底には、地下牢で見た魔法陣が、彼女の魔法を物ともせずに輝きを続けている。
恐らくあの下にあるものこそ、偉大なる賢者によってその身を縛られた魔女ジェノバなのだろう。
「ご苦労だった。ここからは、私と依頼者である領主の仕事だ」
振り返り、フイセたちの労をねぎらうオルテンシア。
「お前たちのお陰でこんなにも早く片が付いた、礼を言おう」
「ありがとうございます」
単刀直入な言動は感謝の時にも変わらない。飾り気なく褒め称えられながら、フイセは彼女と握手を交わす。
「これから私たちは、この件に関する情報を纏めて領主に報告せねばならん。悪いが、成功報酬はまた後日だな」
「流石にフイセさんの要求である金貨七十五枚となると、「勇者」であるお嬢様やその従者である私でも手持ちには御座いません。そうですね――闘技大会終了までには工面出来るでしょうから、それまでこの街での滞在をお願い致します」
アルフォードが補足を入れ、深々と頭を下げる。これにて「勇者」と従者からの依頼は完遂され、多少の謎を引き摺りながらも、遺跡都市での怪事件は終了となった。
◇
すっかりと日が沈んでも、輝きと人垣を失わない雑踏の街を歩き、宿に戻って一階の酒場に入ると、ジャオメイはありえない人物を見掛けて両目を見開いた。
「何で生きてんのさー!?」
叫んだ先には、身体中に包帯を巻いた禿頭の大男――バスクが、テーブルの一つで酒を飲んでいた。連れである鶏がら男も同じテーブルに座っており、他人の空似では決してない。
「あぁん? 何言ってやがる。お前ぇらが助けたんじゃねぇか」
「え? は? えぇ?」
訳が解らないと返され、困惑するジャオメイ。彼のエイドーブはあの人形に移された筈で、オーブを失ったバスクがどうやって生きていられるというのか。
見れば最初に会った時と同じく、右腕の腕輪に間違いなく薄紫色をしたエイドオーブが、当然の様に装着されている。
「ひょっとして、だけど……ジャオが倒したあの人形には、同じ「流派」の技能を持った別の人が使われてたんじゃないかな?」
それを見ていた隣から、ポツリと漏らしたフイセの推測に、ジャオメイの顔が盛大に引きつった。
だとすれば、確かに犠牲者には変わりないだろうが、だからといって赤の他人ではあそこはで動揺もしなかったし、フイセからのあんなこっ恥ずかしい抱擁や慰めも受けずに済んだという事で――
「何だよそれー! もー!」
自分の更なる黒歴史が生み出され、顔を真っ赤にしながら悶え苦しむ紅髪の少女。
「何だか知らねぇが、随分荒れてんなぁ……憂さ晴らしに、またこいつで勝負するか?」
「……」
懲りもせず、懐から取り出すされるトランプの束に、ジャオメイは無言でジト目を向ける。
「安心しろよ、もうイカサマはなしだ。それとも、尻尾を巻いて逃げるかよ?」
「やったろうじゃんよー!」
バスクの安い挑発に最早やけくそ気味に答えを返し、空いている対面のイスにどっかりと腰掛けるジャオメイ。何かで発散でもしなければ、感情の行き場がないのだ。
「ジャオさん頑張れー」
「もぅ……」
リリエラが笑顔で声援を出し、フイセが呆れて肩を竦める。
その勝負の勝敗については、語るだけ野暮というものだろう。
「――もう一回! もう一回だってばぁ~!」
一人の少女の切ない慟哭が、娯楽の街に響き渡った。




