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トゥライト・テイルズ  作者: タクミンP
第三章・ブリキの街
25/29

25・決着

 貴族とは地位だ。揺るぎなく、普遍の記号に過ぎない。

 では、それを与えられた者たちもまた、普遍の存在なのだろうか――







 その身分故に、気軽に出歩く事も出来ない私の楽しみは、父が集めた蔵書を読み耽る事だった。

 自分でも幼稚だったという自覚はあるが、そんな中でも外への強い憧れからか、冒険活劇を好んでいた私を、それらに憧れて無謀な事を仕出かすのではないかと、何時も不安そうに見つめていた母の瞳が、大変心外だったと記憶している。

 グレンベル近郊にある幾つかの町の管理を、国王陛下より命ぜられている当家の子息として、陛下の期待に応える為。また、そこに住む人々の安寧の為に、貴族として恥じる事のないよう、私は両親の願うままに自分を磨いていった。

 この館の存在を知ったのは、本当に偶然でしかない。

 当主である伯爵の座を受け継ぐ前段階として、子爵の位を与えられる時期も近くなり、両親の屋敷とは別に自邸を持とうと探していた私はふと、この街の封鎖地区を思い出した。

 地下遺跡の上部に作られたこの街は、依然多くの場所が手付かずだ。崩落の危険や、開発不足からの貧民街スラム化により、立ち入り禁止区域と定められている場所は幾つかある。

 気紛れに調べを進める内に、その中の一つにあったこの屋敷が、過去に読んだ物語に登場した場所である事を突き止めた私は、この街の領主に願い屋敷を購入した。

 特に深い理由はない。過去の偉人や著名な「勇者」の所持していた品を手に入れ、それを自慢する者たちと同じ、ただの下らない物欲だった。

 大工や庭師を雇い、使い道のありそうな罠以外は軒並み取り外すよう命じる。

 幸い悪しき魔女を封じた地下のとある場所は、簡単には辿り着けないようになっていたが、念には念を入れて部下や雇った従者たちに、地下室そのものの出入りを禁じておく。

 少々面倒な領主との駆け引きもあったが、自己満足の極地と言える我侭を通した事で、周辺は封鎖地区から外され、私は遂に自分の屋敷を手に入れる事が出来た。

 屋敷が自邸となり、本格的に爵位を持った貴族としての生活が始まると、早々に私の心は打ち砕かれてしまう。

 貴族たちの多くは民草を家畜同然に見下し、隙あらばこちらの粗を探そうと意味のない探り合いばかり。地位のない平民たちからは、そんな貴族たちと同一視されて、恐怖と諦観の視線が送られて来る。

 薄々とは察していた事ではあるが、いざ職務としてそれらに関わる事が、これほどまでに辛いものとは思っていなかったのだ。

 子爵という外見からしか見ない、両者からの板ばさみに合いながら、日々の政務に疲れを募らせていく。

 そんな鬱々とした毎日を送っていた私は、不意に一つの恋に落ちた。

 彼女は、私がこの街で見つけた落ち着いた雰囲気のあるカフェの従業員で、何時も私を親身になって労ってくれる優しい笑顔の女性だった。貴族の気紛れなどでは決してない、本気の恋だった。

 婚姻とは繋がりである。家同士の関係に強い因果が生まれる貴族ともなれば、それはとても重要な意味を持つ。

 だが、貴族と平民との結婚は、推奨はされないが前例が皆無という訳でもない。何より、私はもう彼女以外を愛すなど、考える事すら出来なくなっていた。

 彼女が悩みながらも、私の想いに応えてくれた時は、恥ずかしくも小さな子供の様に舞い上がってしまったのを覚えている。

 しかし、現実とは残酷だ。両親を説き伏せ、彼女にその報告を入れようと招いた自邸の部屋の前を訪れた時、私の幸福な時間は終わりを告げた。

 部屋の中で、彼女は私が雇ったメイドの一人に嬉々として語っていた。ようやく落とせた、貴女にもこれから甘い蜜を吸わせて上げる、と。

 何の事はない。彼女は最初から、私の地位と金を目当てに擦り寄って来ていただけだったのだ。私の屋敷で働く者たちの一部も、おこぼれに預かる為にそれを協力する形で。

 入室する事も出来ず、部屋の前で呆然と立ち聞きするしかない私に、次々と彼女の口から語られるのは、私への侮辱と嘲りだった。

 私の中で、何かが壊れていくのを自覚する。怒りでも悲しみでもない、ただただ空虚な想いだけが、心を満たしていく。

 何という事だろう。あの苦しみに沈んだ時に与えられた温もりも、大貴族との会合に緊張した私の手を包み、励ましてくれたあの優しさも、全ては偽りだったのだ。

 彼女は、私を見る他の者たちと変わらず、私を貴族の子爵という記号でしか見ていなかった。

 そして、そんな私もまた、彼女の外側だけを見てうつつを抜かし、無様にも愛を囁いていたのだ。

 部屋の中で、血に濡れた剣を手に持つ私。赤い床。糸の切れた人形の様に、床に転がる二つの人影――

 部屋の片隅で、紅い光を放つ指輪が、同じ色の液体に浸っていた。







 辿り着いた先で待っていたのは、アシュレイとそれに付き従うメイド人形。そして、部屋の中央で両腕を垂らして天井からぶら下がっている、異様な人形だった。


「最奥の自動人形がらくたまで引っ張り出して来るとはな」


 地下遺跡三層目、その最奥の部屋で侵入者を待ち続ける守護者、「クラウン・ドール」。

 その姿は、「ドール・シリーズ」の中では一番「人形」らしいと言える外見だろう。筒状の金属板を繋げて組まれた骨組みに、それぞれの間接部には球体の金属が嵌り、頭部にあるのは両目の下に涙のメイクが施された道化師の顔。

 左手の代わりに丸鋸が装着され、右腕だけが異常に長く、地上から軽く浮いた今の状態で、既に手の甲までが地面と接触している。

 ボス級の強さでありながら、他の人形と同じく時間と共に再生される、稀有で貴重な存在だ。

 この人形が鎮座する部屋で遺跡は行き止まりとなっており、破壊した所で何も起こらないので、遺跡は既に攻略され終えていると誤解されている。

 実はこの人形を倒した後で、再生されるまでの時間にとある仕掛けを解除すれば、更なる地下への道が開かれるイベントが発生するのだが、それをなす者は未だ現れていない。

 道化師の人形が唐突に縛りから開放され、そのままだらりと力なく膝を付く。


「貴女になら解るでしょう? 「勇者」という肩書きに集まる人々は、決して貴女自身を見てはいない。「勇者」や「貴族」という記号に当て嵌め、勝手な言動を繰り返すばかりだ」


 人形たちの後ろからオルテンシアを見やり、自らの想いを独白するアシュレイ。その顔には、悲痛な怒りが見え隠れしている。


「そんなに貴族という位が、爵位という記号が私の人生を狂わせるのなら、もう誰も必要ない――私は、私だけが居る場所を作り上げる!」

「まずその手始めがこの街という訳か――好きにするが良いさ。お前の人生だ、否定する気はない。だが、それが誰かの迷惑になり、そして「勇者」である私を呼び寄せた以上、私はお前を捕らえるだけだ」


 彼の慟哭を聞いても、オルテンシアは一切揺るがない。何故なら、彼女にとって相手の犯行理由など、聞く価値はないからだ。


「この世界に絶対の正義など存在しない。欲しければ足掻け、他者を押し退け奪い取れ。お前はお前の野望を貫くが良い。私が「勇者」の名を持って、それら全てを噛み砕いてやる」


 剣を構えた「勇者」が獰猛に笑う。彼女は善ではない。悪ではないというだけで、決して自分が正義ではない事を理解し、そして受け入れている。

 彼女の「勇者」としての活動原理は至って単純だ。誰かが定め、自分が認めた「悪」を切る。ただそれだけ。

 彼の願いは他者を傷付け、国という秩序が彼を否定した。ならば彼という「悪」を滅ぼす事に、躊躇いなど欠片もない。

 交渉など最初から望んではいないだろうアシュレイが、自分の指に付けた支配の指輪に命令する。


「――殺せ」


 人形たちが、与えられた命を果たす為に忠実に動き出す。


「ぎぎぎぎぃっ」


 「クラウン・ドール」は起動を開始し、目の部分にある黄色の電光が怪しく灯ると、不気味な金属音を上げながらゆっくりと立ち上がる。


「畏まりました」


 そして、アシュレイの傍に控えていた二槍の人形は――無表情のまま、当然の様に彼へと己の武器を突き入れた。


「え!?」

「何だと?」

「これは……」


 傍目にも解る人形の暴走。突然の事態に、オルテンシアたちの顔に驚愕が走る。


「な……が……っ!?」


 驚いているのは彼女たちだけではない。腹部を貫かれたアシュレイが、口から血を滲ませながら、ありえないものを見るように、自分を刺した人形を見つめている。


「アルフォード!」

「はっ!」


 挑発技能タウントスキル――一魂傾視ソウル・アッテンション――


 暴走した理由を探すのは後回しだ。金髪の騎士の気合に応じ、二体の人形がこちらへと駆け出す。


「がはっ」


 アシュレイは無造作に槍を引き抜かれ、盛大に吐血しながら地面に倒れた。


「はぁっ!」


 アルフォードに向かうよう、行動を縛られたショートカットの人形を、オルテンシアがすり抜けざまに武器ごと胴を断ち割る。これでこの場に残る人形は、アルフォードへ通した一体だけだ。


「ぎぎぃっ」

「ぐぅっ!」


 背中の排気口から蒸気を吹き上げ、笑い声の様な軋みを上げて、高速で激突した硬く重い自動人形オートマトンの突進に、銀鎧の騎士が呻く。


 攻撃技能アクションスキル――ライラック・ボルト――


「があぁぁぁっ!」


 腕の間から空気の抜ける音と共に、薬莢を排出した人形の右腕が唸り、アルフォードの鎧を軋ませる。次いで衝撃と共に拳から放たれた雷は、鎧を突き抜けその衝撃を騎士の全身にほとばしらせた。


「流石に切り札となれば、そう簡単には行かんか――はあぁぁっ!」


 地下遺跡最奥の番人というだけあって、アルフォード一人では荷が重い相手だ。背後から気合と共に、人形へと切りかかるオルテンシア。それを見向きもせずに左手の丸鋸で受ける「クラウン・ドール」。

 人形がボス級だけあって、中に入れている「経験」も、並みの者ではないらしい。


 攻撃技能――ハッピー・チェーンソー――


 受け止める直前から高速で回転していた刃の群れが聖剣と噛み合い、周囲に強い不協和音を響かせる。


「アシュレイさん!」


 その横を通り過ぎ、リリエラが倒れた子爵の傍へとしゃがみ込んだ。


「何故だ……どうして……」

「しっかりして下さい、目を開けて!」


 虚空に呟きを漏らすアシュレイを、声を掛けつつ仰向けにして、自身の服を裂いて傷口をきつく縛り始める。


「君は……何を……」

「このまま死んでは、貴方は犯した罪に報いる事が出来なくなります。どうか、生きて償いをして下さい」


 応急処置を続けながらリリエラが放った、裏表のない真摯な願いに、呆然と目を見開いていたアシュレイは、不意に小さく笑みをこぼした。


「君は……彼女に似ているな……」

「え?」


 手の止まったリリエラを見つめながら、血の付いた彼の右手が、ゆっくりと少女の頬を撫でる。


「こんな時でさえ、結局思い出すのは彼女の事か……ふふっ……ふふふっ……」


 どうしようもない自嘲が、彼の口から漏れ落ちた。深く貫かれた腹に巻かれた布は一瞬で赤に染まり、次第に床へとその色を広げていく。


「そうだね……どれだけ彼女が偽りと虚構を重ねて私に接していたのだとしても、私が彼女を愛していた事に、嘘なんて何一つなかった……」

「アシュレイ……さん?」


 その虚ろな目に映っているのは、栗髪の少女ではあるまい。慈しむ様に何度も頬を往復するアシュレイの手に、リリエラはそっと自分の手を重ねた。


「私は……馬鹿だ……」

「アシュレイさんっ」


 彼の言葉が次第に擦れていく。傷を癒す回復魔法が使えないリリエラは、それを黙って見ている事しか出来ない。


「――……」


 彼が最期に語った名前は、目の前に居る少女のものではなかった。そのまま目を閉じた青年は、もう二度と目を覚ます事はない。


「……」

「やはり大会上位者となれば、油断している相手の急所を外しはしないか」

「オルテンシア様……」


 人形に弾かれたオルテンシアが、リリエラたちの傍まで来ていた。捕らえるべき相手の死に、彼女の表情が苦々しく歪む。


「そいつから最期に何を聞いたのかは知らんが、下がっていろ。足手纏いだ」

「っ」


 決意を持って立ち上がろうとしたリリエラに対し、飾り気さえ付けず「勇者」がその行動を一言で切り捨てた。


「それにこの場は「勇者()」の見せ場だ。奪ってくれるな」

「……はい」


 口角を上げるオルテンシアに、逆らうだけの実力を持たない栗髪の少女は、悔しさを滲ませて座り直すしかない。


「アルフォード! 押さえておけ!」

「はっ!」


 従者に命令を下したオルテンシアの身体に、突如異変が発生する。


 装備変更――セット(ワン)――


「え!?」


 リリエラの驚きを他所に、銀髪の「勇者」へと見た事のある粒子が纏わり、次の瞬間には彼女の装備は別の物へと変わっていた。


「教会の発見した新技術だそうだ。まだ試験段階らしいが……中々使えるじゃないか」


 赤から紅へ――色の深みと荘厳さを増した、正に炎を体現した真紅の甲冑に身を包む「勇者」が不敵に笑う。良く見れば、持っていた剣すらも始めのものとは意匠が異なり、金色に煌くその刃からは、更に強い魔力と圧迫感を放出している。


「初代「勇者」オリヘンの従者である、「赤の巨人」の装備を模したものらしい。穴に落ちたお前の兄たちには内緒だぞ?」

「いきなり本番で使おうというお嬢様の気概――呆れてものも言えません」

「それだけ言えれば十分だろう。もういい、下がれ! はぁぁぁ!」


 振るわれる右腕を、自らの剣で叩き落したアルフォードの後退に合わせ、装備を替えたオルテンシアが肉薄する。


「ぎぎぃっ」


 攻撃技能――ベリー・メリー・ゴーランド――


 人形が片足立ちをした瞬間、地面に触れている脚部が高速で回転し、竜巻の如く旋回しながら銀の「勇者」を迎え撃つ。

 中に移されたエイドオーブを持っていた者は、恐らくこの人形との戦闘経験があるのだろう。相手の手の内を知るからこそ、自分がそれになった時の戦い方を「経験」から理解しているのだ。


「中々やるじゃないか。こんな人形ガラクタではなく、生身でりあいたかったものだな!」


 まともに受ける事の出来ない乱撃に後退しつつ、オルテンシアは破顔した。新しい玩具(武器)を手に、楽しくて仕方がないといった表情で笑う。


「ぎぎぎぃっ」


 攻撃技能――ランチャー・チェーンソー――


 回転を停止しかけた人形から、左手である丸鋸が彼女の足首目掛けて発射する。


「しっ」

「ぎぎぃっ」


 攻撃技能――ランチャー・ボルト――


 下方に剣を振ってその丸鋸を弾くと、今度は右手が首へと射出され、更にそれを柄で上へと逸らした時、人形は既に彼女の目の前まで迫っていた。


「ぎぎぎぃっ」


 攻撃技能――トリック・オア・ダイ――


 人形が笑い、その胸部が開く。内包された剣群という名の刃の群れが、「勇者」へ向けて容赦なく殺到する。


「爆ぜろ!」


 しかし彼女は怯まない。裂帛の号令に答え、人形の間にある彼女の聖剣が起動した。


 道具技能アイテムスキル――重爆炎コロナ・フレア――


 鼓膜を震わせる振動と共に、至近距離で盛大な爆炎が起こる。人形は無残に吹き飛び、直前に後ろへと跳躍していた彼女も、顔を左腕で守りながら後方へと着地する。

 魔法が封じられたこの屋敷で、聖剣そのものに備わった技能スキルが発動するかは賭けだったが、彼女はそんな様子をおくびにも出さない。


「世界に遍く広がりし、四の四たる至宝が一翼、赤の巨人の力を此処に――」

「ぎぎぎぃっ」


 素早く立ち上がる「クラウン・ドール」。オルテンシアの「通常詠唱」を止めるべく、地面を嘗める様に高速で突進する。


「すみませんが、邪魔をさせて頂きます!」


 攻撃技能――撃・突貫(ディスチャージ)――


 しかし、横合いから騎士の鎧による肘打ちをまともに食らい、対面の壁まで弾き飛ばされてしまう。


「汝の中に溢れたる、その激情を我が刃に灯せ――振り下ろされし我が一撃は、我と汝の鉄槌に等しき刃なり」

「ぎぎぎっ」


 再び起き上がるには間に合わない。人形が両腕を前に突き出し、両手の凶器を撃ち出した。


「切り捨てろ!」


 魔法技能マジックスキル――斬炎魔断フレア・エグゼキューション――


 魔剣によって飛躍的に威力を高めた炎の斬撃は、途中にあった人形の両手ごと、宣言道理背後の壁諸共に倒れた人形を切り捨てた。豪炎が走り、切り裂いた場所を一瞬で焼き尽くす。

 後に残ったのは、屋敷の外まで連なる壁を全て吹き飛ばした事で、沈みかけた夕暮の太陽が照らす一面の焦土だけだった。


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