24・限界者
先の宣言通り、バスク本人と戦った時とは違い、彼女は相手に合わせて力を加減をするつもりなど、微塵もなかった。
付与技能――武神功――
「はぁぁぁぁ――ふっ」
全身にオーラを纏わせ、短い呼気をもって二者の長い距離を高速で詰めたジャオメイに、自動人形はその巨大な両手を頭上で組み、唸りを上げて振り下ろす。
「ぜぇいっ! はぁっ!」
「ぎっ」
長いスリットの間から、高らかに振り上げられた彼女の足が、戦鎚に等しいその巨腕を跳ね上げる。軸足を回転させて繰り出した反撃の蹴りが、人形の装甲を凹ませた。
「ぎぎっ」
「ふんっ! だぁらぁっ!」
衝撃に一歩後退した巨人からの前蹴りを、右の拳で叩き落したジャオメイは、更に一歩前進して懐に入り込むと、遠慮呵責のない全力の拳を放ち、その分厚い鎧に巨大な陥没と、幾重ものひび割れを走らせる。
「ぎっ」
自動人形最硬の名は伊達ではない。直ぐさま地面を踏み締めた「キング・ドール」は、彼女の半身はあるだろう巨大な拳を、彼女の顔に向けて横薙ぎに振るう。
それを、怯む事なく片腕で受けるジャオメイ。物理特化のステータス、見た目に反した防御力を持つ、レベル百帯用装備である衣装。そして、袖口に隠れた二つの鉄輪は、「その他」扱いでありながら、素手での攻防を高める種族専用装備、「鬼の月輪」だ。
それら全ての要素を含めた彼女の肉体は、その豪腕を揺るぎもせずに停止させていた。
「今度はこっちの番……」
ぽつりと呟かれた台詞の後に振るわれる鬼の鉄拳が、人形の装甲を歪ませ、破砕し、致命的な損傷を刻む。
一件殴り合いに見えるそれは、完全に一方的な戦況で繰り返され、如何に耐久力の高い人形であろうと、彼女の理不尽に近い攻撃力を前に、成す術もなく崩壊していく。
敗北の恐怖も、攻撃での激痛も感じぬ機械人形は、そんな自分の傷を無視して両手に作った拳を使い、中央の少女を全力で挟み込む。
「ふっ、ぜぇあぁぁぁ!」
「ぎぎっ!」
両サイドからの圧殺を、深くしゃがみ込んでかわしたかと思うと、ジャオメイはその崩壊しかけた腹部に向けて、追加のオーラを加えた凶悪な飛び蹴りを叩き込んだ。
攻撃技能――神・龍星蹴――
斜め上へと、弾かれる様に吹き飛んだ鋼鉄の巨兵をそのままに、紅髪の少女は大きく息を吐き出し、精神を集中させ始める。
「こおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……」
「ぎ……ぎ……っ」
地面に叩き付けられた人形は、既に身体中から軋みを上げ、満身創痍の状態だ。装甲は剥がれ、罅割れ、内部の動力炉さえ剥き出しで、最早立つ事さえ容易ではない。
付与技能――牙獣憑依――
それでもゆっくりと立ち上がり、構え直した人形の手足に、爪の形をしたオーラが宿った。
攻撃技能――双鉄爪撃・噛――
過去の再現となった巨体の突進を眺める傍らで、彼女を取り巻いていたオーラが噴出し、しかし広がる事なく同じ空間で荒れ狂う。
オーラの密度が急激に上昇し、次第に無色透明なそれに、深い群青の色が加わっていく。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
押し潰す様な敵の双牙が目前に迫った瞬間、紅鬼の咆哮を伴って、遂にその一撃が放たれた。
攻撃技能――奥義・阿修羅粉砕撃――
オーラが更に具現化し、巨腕となって敵の拳と真っ向からぶつかり合う。拮抗はなく、決着は一瞬だった。
「ぎ――っ!!」
彼女の全身に等しい大きさを持った乱神の一撃は、ダメージを蓄積させていた自動人形へのとどめとしては十分過ぎた。
下から上に、彼女の動きに連動してアッパー気味に繰り出された阿修羅の握り拳が、ぶつかった相手の腕ごと、眼前の敵を文字通り粉砕する。
直撃した上半身が、爆音と共に砕け散る。内包されていた無数の部品が、破片となって辺りへと散りばめられた。
唯一直撃を免れ、斜めに弾かれた左腕だけが、攻撃の余波によって独楽の如くぐるぐると回転しながら空を飛び、それだけでも十分な重さを持つことが伺える音と振動を響かせて、地面へと衝突する。
ぱらぱらと残りの部品が地面に落ちた後、静寂――続いて下半身がゆっくりと倒れ、再び大地を小さく揺らす。
「――オスッ!」
戦いに完勝した少女は、下半分となった人形に向けて、拳と手の平を合わせた両手を前に置き、深々と頭を下げた。
◇
「ぎっ」
「ぎぎっ」
時間差で迫る円錐状の槍を跳んでかわすと、目の前に四つの刃が待ち構えていた。
まず、上の二つから挟み込む様な一撃を両の黒剣で逸らし、次いで振るわれる下二つの突きを、刃の腹に足を掛けて弾くと同時に横へと跳躍する。
着地と同時に、左右から再び馬の顔をした騎士が突撃して来るので、軽く屈みながら両方の槍の軌道を、反対側の人形の頭部へ導いた。
「ぎっ!」
「ぎぎっ!」
その狙いは成功し、両者の槍は下顎を貫く形で、互いの頭を見事に突き刺し合う。左右に壁の出来た逃げ場のない状況で、正面から鋼の乙女が飛翔して来る。
「ぎぎっ」
「……」
フイセは無言のまま、徐々に後退しながらその連撃を華麗に弾く。人形の攻撃は確かに速いが、元人間の「経験」が理由だろう。上二つに比べ、下二つの腕が殆ど動いていないので、実質腕の数は彼女の利になっていなかった。
時折同時に同じ軌道で振るうか、両手で攻撃した後に追撃として動かされる程度で、「クイーン・ドール」の性能を今一つ生かせていないのだ。
そんな間に、槍を引き抜いた二体の人形が、フイセに向けて三度の突進を開始する。
顔に穴と罅割れを入れた、二体の馬面を横目で眺めた黒尽くめの少年は、その内の一体に目標を定めると、大きく後ろに跳躍して距離を稼ぎ、迫り来る「ナイト・ドール」たちへと駆け出す。
二体同時に繰り出された突きに飛び乗り、右側には膝蹴りを、左側には横薙ぎの黒剣を振るって、槍を持つ片腕を切り落とした。
「ぎっ!」
「ぎぎっ」
蹴りを受けて仰け反る人形の首に、絞める様に両足を絡ませたフイセは、腹筋の要領で上体に反動を付け、その心臓部を背面から容赦なく貫く。
「ぎっ……」
一体の「ナイト・ドール」が崩れ落ちる瞬間、背後から近付いていた「クイーン・ドール」の四腕同時の突きが、フイセの身体へと吸い込まれる。
隠蔽技能――闇幻影――
しかし、その貫かれた姿は陽炎のように消失し、乙女の人形が振り返った時には、二体目の「ナイト・ドール」が、自分の武器を拾い上げる間もなく、背後から剣を突き入れられて機能を停止している場面だった。
「ごめんね」
何に対する謝罪なのか、剣を引き抜いた黒衣の少年が、暢気な態度で最後の自動人形に向けて歩みを進める。
「ぎぎっ……」
彼に対し武器を振るおうとした鋼の乙女は、ここでようやく、自分の身体が指一本動かせない事を理解した。
攻撃技能――影撃ち・搦――
八本のナイフが地面に刺さり、八倍となった効果により彼女の行動は完全に繋ぎ止められ、僅かな抵抗さえ許されない。
「ごめんね」
同じ台詞を口にした漆黒者が、双剣を振り被る。
攻撃技能――飛燕八閃――
無慈悲に放たれた左右からの八瞬撃を前に、虚空に縛られた彼女に出来る事など、何もなかった。
◇
虫の死骸に群がる蟻の様に、破壊した自動人形の周りにわらわらと地中から湧き出す回収人形を尻目に、短縮装備を解除して元の格好へと戻ったフイセは、こちらより早く戦闘を終えていたらしいジャオメイへと歩き出す。
彼女は、足を投げ出した状態で床に座り、自分の壊した下半身だけが残った人形にたかる無数の回収人形を、ただぼんやりと眺めている。
「お疲れ様」
「うーい」
声を掛ければ片手を上げて反応するが、その声は何時もより小さく弱い。
「大丈夫?」
「へっへーん。一々こんな事で凹むほど、アタシは乙女じゃありませんのことよ?」
ジャオメイは何時もと変わらず、口から八重歯を覗かせながらおどけて見せる。だが、フイセには彼女の感情が今も揺らいでいるのが、一目で理解出来た。
伊達に天真爛漫の振りをして、その実隠れた塞ぎ癖のある困った妹を相手に、十数年も兄はやっていない。
「うそ」
「へ? わっ」
そんな彼女に近付き、その頭に手を回して優しく抱き寄せる。慌ててジャオメイが身を捩るが、フイセは決して彼女を放さなかった。
「な、ちょ、いきなり何すんの。恥ずいって」
「昔は、良くリラにしてあげてたんだ」
「じゃあ妹ちゃんにしてあげなよ」
「今、僕がしてあげたいのはジャオだよ」
「何それ、口説き文句まで使う訳?」
「使うよ。それでジャオが素直になるなら、幾らでも使う。リラがああ見えて溜め込む性格だから、結構解るんだ」
「何をさ」
弱く抵抗を繰り返す彼女の顔をしっかりと胸に納め、フイセは頭上から幼子に言い聞かせる様に、静かな口調でゆっくりと言葉を紡ぐ。
「無理。しないでって、言ったよね?」
彼の、どこか全てを見透かした様な声音を聞き、自分の秘密が暴かれている事を感じ取ったジャオメイの動きが止まる。
「気付いて、るんだ」
「まぁ、それなりに、かな。さっきまでは言い出すまで待とうと思ってたんだけど――今のジャオを見てたら、もういいやって思えて」
「……天然ジゴロめ」
少し間を置いた後、彼女の口から出たのは、そんな力のない降参の言葉だった。
「怖いよ……」
ジャオメイは語る。もう一人の同胞にさえ語ったかどうかも定かではない、押し込められた自らの想いを。
表面の明るさと適当さで誤魔化していた仮面が剥落し、同じ境遇でしか理解出来ない胸の内が、堰を切って溢れ出す。
「うん」
フイセは彼女を抱いたまま、彼女の耳に届くようしっかりとした声で相槌を打つ。
「この世界が怖い……慣れていく自分が怖いよ……」
「うん、解るよ。僕も怖い」
人の死に、何かを殺す事に慣れていく自分が――とても怖い。
もし何も知らぬままに、この世界へと生まれていれば、恐らくここまで感じる事はなかっただろう、「生きているものの命が失われる」という現象への、強烈な罪悪感。そして、「自分の手で命を奪う」事への、途方もない恐怖。
この世界で生きて来た中で、フイセは一度として意思疎通が不可能な亜人以外の人種を、殺した事はない。ジャオメイに至っては、旅を共にした中で見た限りでは、自分の手で一度の殺生さえ行ってはいないのだ。
オークキング戦で彼女が報酬を拒んだのは、必要以上の活躍を恐れての事ではない。逆に一匹すら討伐していない事実を隠す為だと、フイセは朧げに察しながらも、口には出さなかった。
屁理屈にもならない子供の言い訳、と断ずればそれまでだが、別にそれについて彼女を責めるつもりは、彼にはない。フイセがジャオメイよりこの世界に順応している理由が、義母であるグレイシアが行った、幼少からの厳しい教育の賜物に過ぎないと理解しているからだ。
それでも完全には染まりきれないほどに、彼らに植え付けられた倫理観や道徳観は重く、心の奥底にまで深く根付いている。
「フイセ君と別れた後で、ゴロツキに囲まれてハゲと戦った後にね……人形が出て来てゴロツキたちを襲ったの」
「うん」
「結構逃がしたんだけど、助けられなかった人もいてね……」
「うん」
「その人たちの死体を見た時、アタシは少しだけ胸が痛かった……だけどその後直ぐに自分が怖くなった。だって……だってさ……あんなに沢山の死体を見ても、少ししか痛くないんだもん!」
例え十六年の月日を過ごしても、未だに自分たちの故郷はこの世界ではなく、この世界をゲームとして楽しんでいた向こう側のままだ。
平和過ぎる世界で生きて来た彼らにとって、誰かを殺傷を目的として傷付け、あまつさえ死に至らしめるなど、普通に暮らしていればまず埒外の行為でしかなかった。
もしもその行為を完全に慣れてしまい、平気で人を殺せる様になった後で、ある日突然元の世界に戻れたとしたら、故郷の人たちに何と言えば良いのだろう。
「色んなものをこの手で殺しました」などと、どの口が言えるものか。そんな血塗れの両手で、記憶の中に居る人たちにどう接すれば良いというのか。
この世界で生きる為には、それは誰しもが納得し、理解している事柄だ。外に溢れる魔物や犯罪者である野盗など、同じ人間であっても時には戦わねば、待っているのは自分の死。
この世界で旅をするなら、争いは絶対に起こる日常へと変わる。フイセたちは自ら望んでその道を歩くと決めたし、比較的平穏な街の中での日常に埋没する事を拒んだのは、他でもない彼ら自身だ。
理解し、言い聞かせ、幾度となく反芻して来た。だが、未だほんの短い邂逅を持った相手の死でさえ、いとも簡単にその想いは揺らいでしまう。
「ちくしょう……もう帰れないって、諦めてるのにさぁ……っ」
受け入れねばならない。しかし、この苦しみを失えば、きっと元の世界の記憶と思い出も、いずれ時を待たずに風化してしまう。二律背反な葛藤が、更に彼らの心を苛める。
そして、慣れるべき世の不条理を飲み込むには、彼らは規格外過ぎた。
なまじレベル百というエイドオーブの強い恩恵が、この世界に適合する切っ掛けを阻む。加減をすれば、手を緩めれば、殺さずに済む実力が、彼らにこの世界の理を拒絶させる。
「そうだね――大丈夫、僕も一緒だよ。一緒に、頑張っていこう」
「……うん」
世界を隔ててしまったこの問いに悩む事に、本当は意味などない。空の理屈は地に通じず、地の理は海には届かないのだから。
空より落ちた――或いは水底より弾き出された彼らに出来るのは、自分の心を誤魔化し、妥協し、何処か納得の出来る線引きで受け入れるだけだ。
かりかりと、回収人形が蠢く音が遠くで反響する地下の室内で、二人はしばしお互いの体温を確かめ合う。
「大丈夫、大丈夫だよ。きっと」
「うん……う゛ん……っ」
背中を撫でられ、気付けば両手を回して縋り付いていた紅髪の少女の瞳から、大粒の雫が落ちた。




