23・反撃
倒れていた男たちに最低限の応急処置を施し、敵の中で唯一無傷だった鶏がら男に後を任せたジャオメイたちは、彼らを雇ったという依頼主が所有する、古びた洋館に辿り着いていた。
「とーちゃーく」
「誰も居ないね」
「門番すら置いていないとは、完全に誘っていますね。お嬢様であれば、即決で突入するでしょう」
元々、コロシアムからは離れた場所なので、人通りは皆無に等しい。だが、屋敷の中に使用人の姿さえ見当たらないのは、非常に不自然だ。
「んー?」
しばらく屋敷を眺めていたジャオメイが、口元に手を置いて首を傾げる。
「どうしたの?」
「なーんかここ、どっかで見たような……って、そんなの一つしかないか」
「じゃあ、お兄ちゃんも知ってるかな?」
「多分ねー――お?」
屋敷に目を向けたまま、門から敷居沿いに歩いていた紅髪の少女は、頭上から何かの気配を感知し、近くの木の上部へと手を伸ばす。
「よっ。おぉ、これってフイセ君の鉈じゃん」
何も見えない空中から引き抜いたのは、隠蔽技能を使って透明化され、木の幹に刺さった大きめの鉈だった。形状も、装飾のない簡素な作りも、記憶にある灰髪の少年の物と一致する。
「フイセさんからのメッセージでしょうか」
わざわざ自分の武器を、面倒な隠蔽までして置いておく理由は、それぐらいしか考えられない。恐らく自分とオルテンシアが、この屋敷に確かに入ったという伝言として、解り易い自分の持ち物を置いていったのだろう。
「でも、それがまだここにあるって事は、お兄ちゃんたちは、まだ中に居る?」
「だねぇ。んじゃ、早速――」
「お待ち下さい」
「?」
フイセたちを追う形で、早々に屋敷へ入ろうとするジャオメイに、待ったをかけるアルフォード
「屋敷に突入する前に、少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「何の時間ですか?」
「屋敷の調査は、放っておいてもお嬢様たちが行うでしょう。幸い大会の為に領主もこの街に滞在している事ですし、事後承諾となるかもしれませんが、許可を頂いて来ようかと」
「許可? 調査の?」
質問に対し、金髪の青年は小さく首を振ると、何時も通りと何ら変わらない顔と口調で、極あたりまえのように答えた。
「いいえ。この屋敷が、この世から消滅する許可ですよ」
◇
現実へと則したこの世界は、フイセたちにとって都合の悪い事ばかりではない。
「ふんっ!」
休憩を終え、乾いた鎧を着込んだオルテンシアの手によって振るわれる聖剣の一太刀が、唯一の通路を塞いでいた指で輪を作るほど太い鉄の格子を、ただの棒切れへと変えて地面に落とした。
仕掛けを解かねば脱出する事の叶わないこの牢獄を、力尽くという実に現実的な手段で抜け出した二人は、道なりに続く通路を足早に歩く。
「そういえば、腰の得物はどうした?」
「ジャオたちへの伝言として、屋敷の外に置いて来ました」
「得物なしで戦れるのか?」
「はい、多少素手での嗜みもありますから」
言っている傍から一体の自動人形が、通路を塞ぐ形で待ち構えているのが見えて来る。
「ぎっ」
丸みを帯びた装甲と、鉄輪を繋げたような長太い両腕を持つそれは、鈍重ながら見た目通り頑丈な「ルーク・ドール」だ。
「魔法で片付ける。時間を稼げ」
「はい」
物理防御特化型の人形を相手に、わざわざ相手の土俵で戦う必要もない。剣を納めて両手を前に突き出したオルテンシに頷き、フイセが素早く人形へと走る。
「世界に遍く広がりし、四の四たる至宝が一翼、黄色が奏者の力を此処に――」
振るわれる腕を楽々とかわし、時折装甲の薄い顔面などを蹴り付けて、一進一退のまま人形をその場に繋ぎ止めるフイセ。
「汝が手より放たれし、その美しき一条の元、我が歩みを妨げし全ての災厄を屠らん」
急激に収束した暴風が形状を変化させ、一本の不可視の槍となってオルテンシアの眼前に顕現する。
灰髪の少年が、人形の大振りを天井まで跳んで回避した時、彼女の魔法が完成した。
「穿ち抜け!」
魔法技能――風魔穿孔槍――
「ぎぎっ!」
右手で投げ放った烈風の槍は、分厚い鎧をものともせずに貫通し、その動力部を正確に破壊する。
「やはり、これでも弱いか……」
動きを止めた人形に開いた拳大の穴を見ながら、本来であれば胴体を丸ごと消し飛ばし、対面の壁に大穴を空けているだろう威力の減少に、小さく歯噛みするオルテンシア。
「今から牢屋に戻りますか?」
「まさか」
フイセの提案を鼻で笑い、二人は通路を突き進む。しばらく歩いた後に出て来た扉を切り飛ばし、階段を上った先の扉をやはり両断した所で、幸運にも目的の人物と鉢合わせする。
「な、ど、どうやって……」
暴れるには十分な広さのある部屋の中で、見覚えのある三体のメイド人形に守られたアシュレイは、突然扉を破壊して現れた二人に、酷く動揺しているようだった。どうやらこちらの脱出にさえ、気が付いていなかったらしい。
「馬鹿にされたものだ。たかが鉄の格子程度、私が切れんとでも思っているのか」
「まぁ、普通は思いませんよね」
一般の認識では、まず常識外れだろう所業を当たり前の様に語るオルテンシアに、フイセがポツリと漏らした声は、どうやら誰にも聞かれずに済んだようだ。
「お、お前たち、侵入者を排除しろ!」
「「「畏まりました」」」
右手の人差し指に付けた、紅色の宝玉が乗った指輪に向けてアシュレイが命令を下すと、メイドの格好をした人形たちは次々と両腕を武器に変形させ、フイセたちを取り囲む。
「またぞろぞろと。流石に自分を守らせるだけあって、雑兵ではなさそうだが……ん?」
「こいつら、もしかして……」
二本の槍を下段に構えるもの、大きな盾を前に大剣を担ぐもの、二本のナイフを両手で弄ぶもの――皆が一様に、何処か武芸者を思わせる仕草をしているのを見て、二人は視線を合わせた。
「大会の出場者たち、か。なるほど、これが魂の移譲とやらか」
オルテンシアの呟きに合わせる様に、まずは両腕が槍となった、ショートカットの人形が迫る。
攻撃技能――双槍十字――
「なんだと?」
下から両手を交差する形で振るわれる槍に、淡いオーラが乗っている事に目を見張るものの、その中心に刃を落として攻撃を弾くオルテンシア。
攻撃技能――縦一線――
続く大剣と盾の腕をした、セミロングのメイド人形の大振りを、半身になって回避する。
両手にナイフを持った三つ網メイドの相手はフイセだ。次々と接ぎ間なく放たれる無表情の連撃を上体を反らし、或いは刃を持つ手や腕を押して軌道を逸らす。
「は、はははっ! 彼らは移したエイドオーブの能力をそのまま使えるのですよ。人間を強化するオーブの力を金属の人形に乗せたら、どちらがより強くなるかは明白でしょう!?」
隣の部屋への扉へと逃げたアシュレイは、驚いたオルテンシアにさも自慢げな声を上げる。三対二、彼の中では未だに自分の優位は崩れていない。
「ギルドで販売しているオーブは初期化されていて使えませんでした。低いレベルのオーブは、「経験」が少な過ぎて簡単な命令しか理解出来ません。「経験」が豊富な高いレベルの者を探そうにも、武芸を嗜まない私には強さの判断が付かない」
「だから、大会上位者という解り易い目安に頼った訳か」
「そうです。私が屋敷で見つけたこの宝玉の力を使えば、彼らのエイドオーブの能力を人型のものに移し替え、それを忠実な兵隊として使役出来る!」
二体の攻撃を弾きながらの、オルテンシアからの確認に、得意顔で右手の指輪を見せびらかす子爵。
彼の言葉を解釈するなら、裏路地で襲って来た人形がオルテンシアに魔法を放ったのは、移したオーブが該当する魔法技能を取得していたという事だろう。
「それで、お前の目的は一体何だ? まさか人形遊びをして終わりではあるまい」
「くくっ」
「もったいぶるな。どうせ人形を使って戦力を集め、反乱でも起こそうというんだろう?」
「っ……」
「反応が薄いぞ。当たらずとも遠からず、と言った所か……下らん」
「何ですって?」
苛烈な攻撃を凌ぐ彼女の口から出た嘲笑に、アシュレイの眉が釣り上がる。
「下らんと言ったのだ、馬鹿ばかしい。ガキのままごとに付き合う身にもなれ。いい迷惑だ」
「ふふ、貴女の状況でそのような発言をされても、負け惜しみにしか聞こえませんよ」
「そうか、ならば――はあぁっ!」
「――っ!」
突然裂帛の気合を発したオルテンシアの刃が、セミロングの人形の大盾を真横に弾き、次いで振るわれた一閃が、その胴体を斜めに切り裂く。
「なっ!?」
「ふっ」
「――っ!?」
攻撃技能――逆捩――
子爵の驚きを他所に、今度はフイセが三つ網メイドの両腕を捻り砕き、零れ落ちたナイフを空中で掴むと、その顔面と心臓部に向けて、容赦なく突き刺した。
瞬く間に二体の人形が地に落ち、アシュレイは思わず一歩後退さる。
「これで満足か? 「勇者」を嘗めるのも大概にしろ。せめて身の丈にあった野望を持つべきだったな」
「くっ、も、戻れ!」
アシュレイが、残ったショートカットのメイド人形を呼び戻した時、フイセたちの背後側の扉が開き、分かれていた三人の仲間が登場した。
「よっす」
「ジャオ、リラ。無事みたいだね」
「お兄ちゃんたちも、無事で良かった」
「遅いぞ」
「申し訳ありません」
「フイセ君、ぱーす」
「ありがとう」
挨拶の後に、ジャオメイの手から放られた鉈を片手で受け取るフイセ。
これで形勢は完全に「勇者」たちのものとなった。このメンバーなら、後どれだけの人形を囲っていたとしても、それらを呼ぶよりも早く彼を屈服させるなど造作もない。
「観念なさい、アシュレイ卿」
「ま、まだだ!」
自分に言い聞かせるような大声と共に、アシュレイが壁を叩く。するとフイセたちの居る部屋の半分が開き、何時かのような落とし穴が出現する。
「またか」
「え? うわっ」
呆れた声を出しながら、オルテンシアはフイセを踏み台に跳ぶ。当然フイセは蹴り落とされた形となるので、そのまま落ちるしかない。
「ほ、よいしょ!」
ジャオメイは近くに居たリリエラとアルフォードの腕を掴むと、穴の外に向けて強めに投げ飛ばした。
「あうっ」
鬼の怪力によって空中を浮遊し、着地に失敗して地面に倒れるリリエラ。その横では、アルフォードが甲冑を鳴らしながら大地を踏み締める。
「お兄ちゃん! ジャオさん!」
「リラを頼みます!」
振り返ったリリエラたちに向けて、自分の願いを告げたフイセと笑顔で手を振るジャオメイは、三人を置いて地下へと落ちて行った。
「どうしますか?」
「二人の実力は本物だ。我々はアシュレイを追う」
見れば、子爵は残った人形を伴い既に隣の部屋へと逃げた後のようだ。彼を追い詰めた今、もう彼女たちに負けはない。
後は、彼がどれだけ往生際が悪いか、という問題だけだった。
◇
「よっと」
普通の人間なら、まず助からない高所からの落下でさえ、何ら危な気なく着地する二人。
フイセとオルテンシアが最初に落ちた牢屋とは違い、巨大な半球状のその場所はしっかりと人の手が尽くされた一室になっていた。壁に連なる蜀台に灯る魔力の明りが、室内を煌々と照らす。
「いやー、落ちたねー。確か罠だらけの人形屋敷だっけ、ここ?」
周囲を見渡しながら、ジャオメイが質問する。彼女はゲームのイベントを全て覚えておくような性質ではないので、この屋敷についても半分以上うろ覚えだ。
「うん。どうやって見つけたのかは知らないけど、さっきの人が宝玉を使って、ジェノバの力を使えてるみたいだね。エイドオーブの効果を人形に移し替えるらしいんだけど、高レベルじゃないと上手く使役出来ないから、大会出場者を狙ってたんだって」
「ふぅん。ま、そっちはオルちゃんたちに任せるとして、アタシら……は……」
口にしていた言葉が止まり、ジャオメイは壁を反転させて現れた、四体の自動人形の一つに目を奪われる。
出て来たのが、遺跡の下層を守護する強力な人形ばかりだったとはいえ、その存在自体はゲームで知っているので、驚くには値しない。問題は、その中身だ。
首謀者の言葉が正しければ、その中に入っているのは、エイドオーブから送られた「経験」という名の命。
「だから……何でアンタがここに居るのさ……っ!」
強い歯軋りの後に搾り出した声の先に居るのは、自動人形の中で最も高い怪力とタフネスを誇る、幾重にも重ねた重厚な装甲を持つ巨大な人形、「キング・ドール」だった。
両腕を前に垂らし、獣が襲い掛かる直前のような前傾姿勢をしたその構えは、半日で忘れるには無理があるだろう。間違いなく、彼女が戦った禿頭の大男――狼牙流、バスク・ゲーラの構えだ。
確かにジャオメイたちが一端立ち去り、屋敷に入るまでの時間があれば、再び彼を襲撃する事は容易い。口封じをする意味でも、今聞き知った強さという点でも、襲う理由には十分過ぎる。
「知り合い?」
「昨日酒場で会ったハゲだよ。昼間に一遍仕掛られて、アタシがぶっ飛ばした」
フイセの疑問に、ジャオメイは苦味しかない顔と口調で答える。有象無象の赤の他人ではない、言葉を交わし、拳を交えた知り合いの末路だろう姿に、どす黒い感情が腹の底へと淀んでいく。
「アタシに戦らせて」
「……無理はしないでね」
心配そうに声を掛けた後、背を向けて走り去る少年を見送りながら、ジャオメイはぽつぽつと誰にともなく呟きを漏らす。
「解ってる、ちゃんと解ってるよ。これが安い同情で、単なる自己満足なんだってぐらいは、さ――」
相手の幻影を思いながら、彼女はしっかりと両足を踏み締め、物言わぬ人形を正面から睨み据える。
「看取ってあげるよ。嘘っぱちで、偽物だけど――今度はちゃんと、全力で相手をしてあげる」
棍は持たない。背中の武器を投げ捨てた彼女の瞳にはもう、迷いはなかった。
◇
どうやら、残りの三体はこちらを標的と定めたらしい。もしくは移されたオーブの「経験」から、決闘の邪魔を嫌ったのか。
四本の腕に刃を持ち、鋼鉄のスカートの下に存在しない脚部の代わりに、謎の推進力によって空中を浮遊する鋼の乙女「クイーン・ドール」。その両脇に立つのは、青銅の甲冑と円錐状の槍を持つ、馬の頭部をした自動人形最速の騎士、「ナイト・ドール」だ。
「可愛そうに」
仕えるべき主たちを失いながらも、それでも地下を護り続けていた目の前の自動人形たちは今、その護るべきものからすらも引き離され、望まぬ他人の命令にその身を縛られている。中に込められた魂共々、哀れと言う他ない。
装備変更――セット1――
粒子が纏わり、フイセは瞬時に漆黒の衣装へと変身すると、黒く染め上げられた双剣を静かに引き抜く。
「君たちを止めるよ。ここが君たちの終着点だ」
黒剣を携えた彼の口から、ゲームで演技していた時に使っていた台詞が、不思議と違和感なく滑り出た。




