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トゥライト・テイルズ  作者: タクミンP
第三章・ブリキの街
22/29

22・考察

 高所からの墜落は痛みを伴う。それが例え、水面だったとしても。


「息を止めて下さい」

「? 何を――むぐっ」


 オルテンシアが言い終えるよりも早く、抱きかかえていたフイセの手の平が、彼女の口をそっと塞ぐ。

 画面で見ているだけだったシーンを、忠実に再現したであろう地底湖への着水は、フイセの背中に強かな衝撃を刻み込んだ。


「(いった~。あ、でもこの痛みって、ダメージになるのかな?)」


 ゲームでは、どんなに高所から落ちてもプレイヤーのHP(体力)は減らなかった事を思い出し、水の中で益もない考えを浮かべるフイセ。


「……っ」

「(あぁ、そうだった)」


 腕の中でむずがるオルテンシアの反応に、彼女が着込んでいる赤色の甲冑の重みによって、水底へと沈み続ている現状を理解したフイセは、ここでようやく彼女を解放する。


「……っ!」


 解き放たれたオルテンシアは、直後にフイセに対して半眼を向けると、その腹を蹴り飛ばして勢いを付け、反動で更に深みへと落ちて行く彼を放置したまま、一人で水上へと昇って行った。


「?」


 彼女の反応の意味が理解出来ず、水中で首を傾げるフイセ。こんな場所で考えていても仕方がないので、自分も水面に向けて泳ぎ出す。


「ぷはっ。何するんですか」

「それはこちらの台詞だ」


 先に陸へと上がり、水滴を滴らせているオルテンシアからジト目で睨まれ、彼はますます首を傾げるものの、答えは一向に出て来ない。


「……アルフォードとは、また別の意味で厄介な奴だな」

「?」


 疲れたように納得され、結局何も解らないまま、フイセは地面に手を付いて水から抜け出した。

 そんな木石に手足の生えた男から視線を外し、濡れ鼠の状態で周囲を観察するオルテンシア。

 人工的に栽培したのだろう。三方を囲む壁の至る所に、魔力を吸収して発光する光ゴケが生えている為に、周りの明るさは夜の室内と同程度の光度を保っていた。

 先程落ちた地底湖の奥底には、おぼろげに光る魔方陣のようなものが見て取れる。魔法が使えなくなった原因だろうと推察するが、底が深過ぎて泳ぎでは到底辿り着けそうにない。

 落ちて来た穴を見上げれば、当然天井は見えず、唯一の通路にはご丁寧に鉄格子が填め込まれており、全体として完璧な牢獄が完成していた。


「ふむ、侵入者用の罠に、落ちた先は牢屋か。正に準備万端といった出迎えだった訳だ」

『いえいえ、これは私が購入する前からこの屋敷にあった、古い仕掛けの一つですよ』


 声に反応してそちらを向けば、格子の反対側にメイド服を着た女性が一人――上で出会ったものと同じ意匠と、その魂のない表情を見るに、彼女も恐らく自動人形オートマトンなのだろう――が、青い水晶を片手に掲げ、直立不動で立っているのが見える。


「アシュレイ……」

『声だけで大変失礼致します。さぞや惨めな姿だろう貴女たちを見るのも、忍びないと思いましてね』


 無表情なメイドが持つ水晶から、彼の言葉が流れ出る。その声には「勇者」を手玉に取った優越感と嘲笑が、ありありと滲んでいた。


「失踪事件の主犯は貴様か。人間を攫って何をしている?」


 単刀直入なオルテンシアの質問に、アシュレイは含み笑いを漏らすだけだ。


『ふふふ、「勇者」様。一目見た時から、貴女の美しさには心を奪われておりました。是非とも我が花嫁となって頂きたい』

「死ね」


 有り得ないタイミングで行われた突然の求婚に、オルテンシアはたった二文字で即答を返す。


『ご安心を。私が欲しているのは、貴女ではなく貴女の肉体だけ。魂の方は、別の形で有効活用して差し上げますよ――トーレ、戻って来なさい』

「畏まりました」

『野蛮な大会が終わった頃にでも、またお会いしましょう。我が花嫁』


 自分の言いたい事だけを言い終えたアシュレイの命令を受け、三つ網のメイドは水晶の乗った手の平を水平に維持したまま、人と何ら違和感のない動作で、通路の奥へと消えて行った。


「全く。一体どんな壮大な陰謀が出て来るのかと思えば、道楽貴族の人形遊びが原因とはな。拍子抜けも良い所だ」


 立ち去るメイドを見送った後、オルテンシアは小さく鼻を鳴らして悪態を吐く。どうやら、首謀者らしき人物が立場的にも態度的にも小物だった事が、大いに不満らしい。


「屋敷に入る前から、何かに気付いていた様子だったな。知っている事を話せ」


 子爵と「勇者」の会話を聞き流しながら、水を吸い込んだ皮鎧を地面に置き、ずぶ濡れの上着を脱いで両手で絞り上げている灰髪の少年を見るオルテンシア。

 屋敷に入る前の表情や、入った後の焦る素振りすらない冷静な対応を見ての、確信を持った命令だった。


「グレンベルに造られた、入り口に野薔薇が絡まった朽ちかけの六柱が存在する屋敷で、玄関ホールに落とし穴と魔法を封じる結界……確証はありませんが、この屋敷は恐らく「ジェノバの館」です」

「ジェノバ? 聞かん名だ」

「オウス・エクセンドリアの自伝で、八十年以上前の話として出てくる、魔道士の名前ですよ」


 フイセは嘘ではない、しかしそれが全てでもない説明を、オルテンシアへと語る。

 元々ゲームでの館の位置付けは、一つの物語として繋がる複数の依頼クエストを順にこなしていく、長編クエスト「賢者の足跡」の一つとして、過去のオウス・アーカー学園の学園長が旅をしていた時期に出会った出来事のその後を、追体験出来る場所の一つだった。

 彼の書いた自伝も、ゲーム時代にはアイテムとして登場し、攻略のヒントや小ネタなどが書かれている文面を確認しつつ、数々の謎を解き明かしていくのだ。

 当然、こちらの世界にも同様のものが存在し、こちらはしっかりと製本された重厚な一大巨編として、学園の図書館にも寄贈されている。

 胸躍る冒険や、今回のような不可思議な事件の調査など、様々な出来事が書き綴られたその本を読み、そんな素晴らしい旅を重ねた至高の魔道士が設立した学園に憧れて、その門を叩いた多くの者たちが、当人の頭部とそのフランクな性格に膝を折るのも、あの場所での恒例行事だ。


「彼女の研究テーマは、「永遠の命」。時代を超え、グレンベルの地下で今も活動を続ける自動人形オートマトンたちにその鍵を求め、彼女はこの闘技都市に移り住んだそうです。道半ばで、病に倒れた彼女が最後に取った手段は、自分の作り上げた人形に、自らの魂を移す邪法でした」

「魂を移す、だと?」

「はい。人形となったジェノバは、使えなくなった自らの肉体を捨て、代わりの研究材料として街の人々を誘拐しつつ、その魂を人形に込めて使役する事で、更なる被害者を生み続けます」

「今日街で起こった状況は、過去の再現という訳か」


 フイセの説明に、銀髪の「勇者」は思考を泳がせる。

 もし、その自伝を読んだアシュレイが、魂を移す邪法とやらを手に入れる為に屋敷を購入し、見事に成し遂げたとするならば、今回の事件は確かに繋がるだろう。

 この屋敷に目を付けた経緯や術の入手経路など、説明不足な部分も多々あるが、それは本人を締め上げれば良いだけの話だ。


「彼女の蛮行を知ったオウスとその仲間たちは、彼女が研究を守る為に改造した、数々の罠がひしめく館に赴き、戦いの末に彼女の人形諸共に、その魂を封印したそうです」

「何故封印なのだ。その場で討伐すれば済む話だろう」

「そこまでは……」


 まさか物語シナリオの都合上、などと正直に言う訳にもいかず、言い淀むフイセ。本当に何らかの理由があったのかもしれないが、それがこちらの自伝にも記されていない以上、彼の知る所ではない。

 遠い昔に封印された土地の調査として領主から依頼が出され、それを受けたプレイヤーたちが再び館を攻略し、地下室の封印から解き放った人形ジェノバを討伐するまでが、ゲームであったこの館の主なストーリーだった筈なのだ。

 既に館が他人の手に渡っている時点で、その流れは完全に破綻してしまっていた。


「もしここが、その自伝に出ていた「ジェノバの館」であれば、オウスは領主に嘆願して、ジェノバを封印した屋敷周辺を、封鎖地区として隔離させていた筈なんです。何故アシュレイ子爵の所有物になっているのか……」

「大方、領主が代替わりをして管理が曖昧になった所に、大金を積まれて空の彼方に忘れたんだろうよ。ちっ、何が失踪十件だ、あの領主め。事件の証拠隠滅は、奴の仕業も含まれているな」


 忌々しげに舌打ちしながら、吐き捨てるオルテンシア。その後も時折ぶつぶつと罵詈雑言を呟きながら、依頼時のあらましを説明し始める。

 彼女の話を総合すると、どうやら領主から依頼を受けた際に本人の挙動不審な態度を見て、最初から疑念はあったらしい。

 つまり、これまでの経緯から考えて、危険な土地を手放した後から始まった失踪事件に、責任問題を問われる恐怖を感じる余り、とりあえず事件の隠蔽を図ったものの、その規模が大会出場者という有名人へと伸びた為に、これ以上の隠匿は無理だと判断して、「勇者」である彼女に依頼を出したのだのではないかという推測だ。

 明かされた事例が十件なだけで、それより遥かに多い数の市民が犠牲となっていたのであれば、あの自動人形オートマトンの異常な数にも説明が付く。


「私欲に肥えた豚が――次に会ったら丸焼きでは済まさんぞ」


 背後に黒いオーラを揺らめかせながら、一体どんな場面を想像しているのか、くつくつと低い笑い声を上げるオルテンシア。

 今頃、くだんの豚領主とやらは、今度は自分の関与を握り潰す為に、あちこちと東奔西走している事だろう。

 ゲームの世界設定は生かされど、物語シナリオ通りには進まない現実に、フイセはそれが身勝手な理不尽と理解しつつも、苛立ちと疼痛を抑えられない。


「しかし、随分と博識だな」

「読書は、小さい頃からの趣味でしたからね。オウスの自伝は本当に面白くて、図書館で毎日迎えに来るまで読み耽っていた記憶があります」


 再び嘘ではない昔を語り、懐かしさに小さく微笑みを浮かべる灰髪の少年。

 調べる内に解った事だが、恐らくこの世界ではゲームで「プレイヤー」たちが起こして来たイベントが、全てリセットされた状態で存在しているらしく、今回のような封印や結界で隔離されている場所などは、その殆どが未だ未踏破で未開封のものばかりのようだ。

 正にフイセたち「プレイヤー」にとっては「強くてニューゲーム」な状況なのだが、別の視点から見れば世界に点在する全ての災厄が、未だ解決されずに各地に埋もれているという、非常に頭の痛い事実を意味していた。


「とはいえ、これで奴の言っていた「花嫁」に繋がったな。邪法を入手したのなら、魂の移譲を人形に限定しなければならない道理はない。死体に別の魂を入れる事で、自分に忠実な「花嫁」を作り上げるつもりか――どうしようもない屑だな」


 想像するだにおぞましい子爵の思考に、心底嫌そうに顔を歪めたオルテンシアは、気を取り直すと優雅に濡れそぼった長髪を掻き上げる。


「全く、私の美しさが仇となる日が来るとは」

「そうですね。美人薄命とならないよう、頑張りましょう」

「……」

「どうしました?」

「いや、お前と居ると、どうも調子が狂うな」


 決まりが悪そうに顔を逸らした彼女の様子を見て、合点がいったと苦笑するフイセ。


「何時もはきっと、アルフォードさんが傍に居るんでしょうからね」

「むぅ……」


 からかわれる事に慣れていないのだろう。どう対応して良いのか解らず、オルテンシアは口を尖らせたまま剣呑な視線を向ける事しか出来ない。


「――くちっ」


 そんな「勇者」の口から、突然小さなくしゃみが飛び出した。


「可愛いらしいくしゃみですね」

「うるさい」

「おっと」


 照れ隠しに伸ばされた腕を、慌てて回避するフイセ。彼の低い防御力では、彼女の本気度次第で本当に握り潰される可能性が出てくる。


「おい、大人しく受けろ」

「無茶を言わないで下さい」


 理不尽な命令に首を振り、暖の取れそうなものがないかと見渡すものの、残念ながら見えるものといえば、岩と水と鉄格子くらいしか存在しなかった。


「魔法で火が起こせれば良いんですけど……」


 このまま濡れていたせいで風邪を引き、それが原因で殺されてしまうなどという情けない最期では、死んでも死にきれない。


ともしびよ」


 魔法技能マジックスキル――魔火球イ・ラ――


 鎧を脱いだオルテンシアがしゃがみ込み、地面に向けて魔法を発動させる。

 しかし炎が生み出ることはなく、小さなまたたきが起きただけだった。


「ふむ。発動しているのなら、やりようはあるな」


 その現象に勝機を見出した彼女は、今度は「通常詠唱」によって魔法を発動させる。


「赤よ、我が道を照らすしるべとなれ――灯よ」


 込めた魔力と誓言せいごんによって、確かに炎は発生した。しかし、それも小指の爪程度でしかない。


「ぬ、まだ弱いか。ならば――」


 費やす魔力を増やせば魔法が発動するのなら、更に強い魔法を唱えれば良い。


「世界にありし紅蓮の色よ、我がかいなより出でて赤熱を此処に――」


 本来ならば、ひと一人を丸焼きに出来る炎塊を放つ魔法を、効果を高める「通常詠唱」によって最大火力で発動させる。


ほむらよ」


 魔法技能――魔炎塊フレイム・オーブ――


 遂に生まれた肩幅ほどの炎の塊を見て、満足そうに頷くオルテンシア。


「こんなものか」

「あ、そのままでお願いします」


 彼女の起こした魔法の火に近付き、腰に着けた防水性のポーチから二つのコップを引き抜いたフイセは、次に水、干し肉、携帯乾燥具と次々に取り出してコップへと投入し、断熱素材の手袋を装着して火の上へと掲げる。


「手早いな」


 魔法を続けながら、その流れるような作業を目にした彼女が感嘆を漏らす。


「一応、パーティーの食事担当ですから。ちゃんと「料理」技能スキルも持ってますよ」

「それは楽しみだ」


 そう言ってにっこりと笑う少年に対し、手頃な出っ張りに腰掛けながら、彼女は薄く笑みを作って目線を合わせた。







「さて、どうするか……」


 服を乾かし終え、食器を地底湖で洗うフイセに問い掛けるでもなく、炎を消したオルテンシアが呟きを漏らした。


「このまま攻めるにしても、今のままでは少々心許ないな」


 彼女の職業である「破魔剣士アークセイバー」は、強力な魔法を使用出来る制約として、攻撃技能アクションスキルを余り取得する事が出来ないので、近接、或いは中距離用の魔法技能マジックスキルを主軸に戦術を組むのが基本だ。

 完全に魔法が使えなくなった訳ではないが、「通常詠唱」でなければまともに発動もしないほど封じられては、弱体化もはなはだしい。


「流石にこの深さだと、水底の魔方陣は崩せそうにありませんしね」

「このままここで餓死でもさせるつもりなんだろうが、折角相手から時間をくれたんだ。ここで大人しく、アルフォードたちが来るのを待つか――面倒だな」


 自分で有益な策を立てておきながら、即行で否定するオルテンシア。

 確かに不意を討たれ、力は奪われ、敵は未だ未知の部分を多く隠している。

 だからどうした(・・・・・・・)という話だ。彼女にとって枷など、戦闘の軽い刺激スパイスでしかない。

 この程度の困難に対し、簡単に心をかげらせるような惰弱な者に、勇者を名乗る資格などないのだ。


「一休みしたら仕掛けるぞ」

「はい」


 獰猛に笑い、自分の鎧を枕代わりに地面へと寝転ぶオルテンシアに、フイセは小さく笑って同意した。


「私の期待を裏切った罪の重さを、奴にたっぷりと教えてやる」


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