21・乱戦
「よ、ほいっと!」
リリエラとアルフォードが、襲われている集団に到着するよりも早く、ジャオメイが一足飛びで地面に立てていた自分の棍を拾い上げ、その勢いのまま高々と跳躍。彼女たちとは逆側の位置に居る、黒尽くめの集団の中心部へと着地する。
「よいしょぉ!」
攻撃技能――烈旋――
彼女を基点として、地面を嘗めるように振るわれた棍の旋回に、一斉に足を掬われ転倒していく襲撃者たち。ゴロツキも数人巻き込んでしまっているが、そんなものを気にしている暇はない。
「さっさと逃げる!」
「ひぃ!」
「す、すまねぇ!」
ジャオメイの一喝に身を竦ませた後、ゴロツキたちは我先にと彼女が作った道に殺到し、這う這うの体で逃げ出し始める。
「ぎっ」
「ぎぎっ」
「もう一丁!」
棍の当たらなかった残りの黒衣たちが、左右から迫ろうとするが、ジャオメイは素早く右側に移動して同じ技を繰り出し、再びその足を刈り取って彼らを地面へと転がした。
「あ、ありがてぇ!」
「悪かった!」
「恩に着るぜ!」
残った左側の連中を斜めに移動して避けながら、口々に礼を言って走り去って行くゴロツキたち。
黒尽くめたちは、逃げて行く男たちへの追跡を諦め、逃げ遅れた者や、足止めをした紅髪の少女に目標を切り替える。
「はぁっ!」
反対側では、片腕を剣に変形させた表情のない何者かへと、リリエラが肉薄していた。
肘の辺りから生えた剣と鍔迫り合い、彼女の刀剣から赤い火の粉が舞い散る。
「はっ、やぁ!」
その途中で、互いの剣の間に左手の盾を下から滑り込ませた彼女は、自由になった自身のショートソードを振り被り、剣を生やした腕の肩口へと突き刺した。
「ぎっ」
「え!?」
しかし、相手は高熱を帯びたその一撃を受けても一切怯む様子もなく、無言のまま彼女の首へと、残った左手を伸ばしてくる。
「ふっ」
横合いから走り込んで来たアルフォードが、リリエラを襲う男を肩口から斜めに両断する事で、彼女をその危機から救った。
「お怪我はございませんか?」
硬質な音と共に地面に崩れ、血の変わりに黒いドロドロとした何かを流す男を一瞥した後、リリエラに向けて極上の笑顔を向ける碧眼の騎士。
「は、はいっ! ありがとうございます!――我が手に赤を!」
付与技能――属性付与・火
アルフォードに礼を言って、リリエラは間髪入れずに自分の剣へと付与を重ねる。
付与の重ね掛けは、効果時間を振り出しに戻すだけだが、敵を倒す毎に行う事で、剣を交えている最中に効果が切れる可能性を軽減させる意味を持つ。
「見た所、どうやら人ではないようですね」
「こいつらって、地下遺跡の人形じゃない!?」
遠くから聞こえて来た、大人数を相手にしているジャオメイからの大声に、アルフォードが振り返る。
そちらを見れば、器用に棍で黒い布を引き剥がされた、白無垢で無地な頭部と、銅線ばかりの肉体を日の光に晒した、一体の自動人用の姿があった。
「ですね。これが犯行の手口だとするならば、相手方はどうやら、もう秘密を隠す気もないようです」
今、何故地下でしか活動しない自動人形が、地上で動いているのか、といった疑問は後回しだ。重要なのは、彼らが自分たちの敵であり、且つ自分たちが彼らの弱点を知っているという事だった。
「彼らは、動力部を破壊しない限り可動を続けますが、逆を言えばそれさえ壊せば停止します。場所は基本胸元ですので、攻撃の際は的をそこに絞って下さい」
「はいっ! やぁっ!」
アルフォードの助言に大きく頷き、今度はゴロツキを襲う黒尽くめに対して、横腹から剣を突き入れるリリエラ。
「えーいもう、邪魔臭い!」
ゴロツキの大半を逃がした為に、片側の殆どの人形を相手をしているジャオメイが、苛立ちの篭った声で唸った。
逃げ遅れた者や負傷して動けない者が邪魔で、大技を使って敵を一掃する事が出来ず、棍と蹴りを使って地道に数を減らしていくしか、方法がないのだ。
「くそ、くそぉっ! ぎゃあっ!」
「や、やめ――がぁっ!」
相手をする数が増えたのは、ジャオメイだけではない。実力を持たない近くのゴロツキたちは、周囲を囲む人形たちの鉤爪によって切り裂かれ、成す術もなく絶命していく。
「あーあー、もぅ!」
最初にジャオメイたちを狙ったのは彼らだ。助ける義理は当然ない。
「しゃがんで!」
「ひぃっ!」
だからといって見捨てるのも目覚めが悪いと、悪態を吐きながら手の貸せる範囲でゴロツキたちを擁護するジャオメイ横薙ぎが、彼女の声に怯えながら従った男に向かう人形たちの数体を、纏めて吹き飛ばした。
大量の自動人形たちは、同胞が何体壊れようとも頓着せず、ただ自動的に自らの敵へと近付き、攻撃を繰り返すだけだ。
「うざいうざいうざいうざーい!」
少女の心の叫びは、人形には届かない。
「ここは、こちらも先に無駄な観衆の方々にご退場願いましょう」
ジャオメイの側とは違い、完全に混戦状態となっている場所で、アルフォードがポツリと呟いた。
別に、ゴロツキたちの犠牲を考慮した訳ではない。彼らが居ると、彼らの中に紛れた人形への対処が難しく、どさくさに紛れて死角から襲い掛かられては、自分たちの身が危険だからだ。
「今より人形の注目を一点に集めます! その隙に疾くお逃げなさい!」
辺りに響くように、大声を張り上げた金髪の騎士は、大きく剣を振って威風堂々と構えを取る。
「来なさい!」
挑発技能――一魂傾視――
盾役と呼ばれる防衛職は、仲間への攻撃を自分へと向けさせる為に、敵から注目を集める挑発系の技能を取得出来る。
甲冑の騎士から放たれた裂帛の気合に反応して、周囲全ての視線が彼へと集中した。
「い、今だ!」
「助けてくれぇ!」
釘付けにされた人形たちとは違い、直ぐさま視線を外したゴロツキたちは、動きの止まった人形たちの間をすり抜け、情けない叫び声を上げながら、動けない者たちを置いて次々と走り去って行く。
「アルフォードさん!」
「リリエラさんは離れていて下さい!」
前を向いたまま、大きく後ろへと跳んだアルフォードを追うように、人形たちが彼の元へと殺到する。
敵からの攻撃を受け止めてこその盾役だ。彼の纏った頑強な銀の鎧は、人形たちの鉤爪を悉く弾き、彼の肉体に傷一つ付ける事を許さない。
お返しとして、騎士の手に持つ長剣が振るわれる度に、一体、また一体と人形を両断し、敵の数を減らしていく。
狙うべき敵を固定されてしまった人形たちの一部は、その数の多さと思考のなさが仇となり、彼を取り囲む人形たちの外で、自分の順番を待つのようにうろうろと周囲を無駄に歩き回る事しか出来ない。
「せいっ! やぁっ!」
そんな彼らに向けて、リリエラは背後から高熱の刃を胸の動力部へと突き立てる事で、中心で奮闘するアルフォードを助勢する。
「く、来るなぁ!」
突然起こった悲鳴に目を向けると、そこには気絶したバスクを守るように、鶏がらの男が手に持つナイフを闇雲に振り回し、迫り来る人形たちに牽制している場面だった。
「ソイツは貴重な、情・報・源!」
大きく振り被ったジャオメイの手から投げ放たれた棍は、唸りを上げて高速で回転し、バスクたちを囲う人形の大半を、速度と威力を持って強引に引き千切り、轟音を立てて近くの壁へと激突して粉砕する。
「やあぁっ!」
残った数体の人形には、走り込んだリリエラが心臓部に向けて赤色に光る刃を振るい、即座に無力化させていく。
戦闘が繰り広げられている周囲を他所に、破壊された自動人形には、何処からか湧き出した回収用の自動人形がわらわらと群がり、部品を小脇にと引き返して行く事で、彼らが居た痕跡を片端から地下へと引き摺り下ろして消滅させていた。
それから少しして、自分たちの数が半数を切り始めた頃、人形たちは急に動きを止めたかと思うと、即座に踵を返して逃走の構えを取り始める。
「待って!」
「それは貴女ですよ」
去って行く人形たちを追い掛けようとしたリリエラを、腕を掴んで制止するアルフォード。
「血気に盛れるその精神は美徳ですが、両手で拾えるものには限りがございます。どうか己をお捨てになりませぬよう、ご自愛下さい」
「う、はい……」
強く握られたまま諭され、少女はばつが悪そうに頭を垂れた。
「ざっとこんなもん? 妹ちゃんは、助かりそうな人が居たら介抱しててよ」
「うん」
長い乱戦が終わり、五人ほどを生き残らせたジャオメイは、逃げ出す男たちには目もくれずに、首を鳴らしながらリリエラに指示を出した。
人形と共に倒れているゴロツキの中には、死体に混じって浅い呼吸をしている者も見受けられる。手当てをすれば助かるなら、助けてやるのが人情というものだろう。
「おーい、起きろー」
「ぐっ……」
「あ、兄貴~」
アルフォードを伴って、終始気絶し通しだったバスクに近付き頬を軽く叩くと、彼はうめき声を上げてあっさりと目を覚ました。それを見て、鶏がら男の両目から滂沱の雫が落ちる。
「っつ~――あん? こいつぁ一体、何があったってんだ?」
頭を振った後、辺りを見渡すバスク。倒れ伏した何人ものゴロツキや、回収人形に運ばれて行く自動人形の残骸だけを見ても、状況がさっぱり解らない。
混乱するバスクの質問を無視し、アルフォードが簡潔に問い掛ける。
「貴方がたに、我々の妨害を依頼された方を、お聞かせ願えますか?」
「仲介人は、アシュレイ子爵が雇い主だとかぬかしてたぜ」
最初から隠す気もないのか、あっさりと口を割るバスク。元々ジャオメイと戦う為だけに依頼を受けていた節もあるので、依頼人やその背後関係には、興味がないらしい。或いは自分たちが捨て駒である事すらも、ある程度承知していたのかもしれない。
「その言葉は、どの程度信用出来ますか?」
「さぁな。オレみたいな、スネ傷持ちの連中を雇うような奴だ。どっちかって言やぁ、お前ぇらにこの名前を聞かせる為なのかもな」
「ありがとうございます」
倒れたままのバスクに礼を言い、ジャオメイに視線を向けるアルフォード。
「お嬢様も同様に襲われたのだとすれば、今の情報を得てアシュレイ様の屋敷に向かわれている事でしょう」
「ほんじゃ、次はその子爵さんのお屋敷にかちこみに行く感じかなかーな?」
「ジャオさん、アルフォードさん!」
話し合いの最中にリリエラから声を掛けられ、何事かと振り向く二人。
「これって……」
倒れたゴロツキに応急処置を施していた彼女が示す先には、肘から半ばほどの位置で片腕を失っている、一人の男の死体があった。
それだけならば、然して驚く事ではない。だが問題は、全ての死体が同じように、片腕を切り落とされているという事実だ。
周辺を見渡しても、切られた腕が落ちている訳でもないので、どうやら腕だけを持ち去られたという事らしい。
「どう思いますか?」
「解りません。身体の一部を持ち去って――いえ、違います。持ち去られたのは腕だけでありません。そこに装着されていた腕輪、エイドオーブもです」
「あ、本当だ」
「なーる。でも、そんなもん集めて、結局どうすんのさ?」
「さぁ。ですが、無法者を雇った理由は、契約されているエイドオーブを大量に確保する目的も、加味されていたのでしょう。図らずも私とジャオメイさんが大半を逃がした事で、それを阻止したという形になりますね」
エイドオーブの契約は、基本一人に対して一つが限界だ。二つ目を契約しようとしても上手くいかず、持ち主が本人の意思でオーブを全初期化をするか、死亡して契約が切れた物を他人が初期化しない限り、そのオーブは誰の契約も受け付けないし、それを他人が装着しても効果は発揮されない。
盗まれたオーブの持ち主は死亡しているので、確かに再契約は可能だろうが、そんな面倒な事をしなくても、総合ギルドにでも行けばオーブは幾らでも販売している。
確かに少々値は張るが、仮にも子爵がオーブを買う代金をケチる為に襲撃したとも思えず、首を傾げる三人。
「んー、こっから先は、マジ危ないかもしんないけど……妹ちゃんどうする?」
「行く、行かせて!」
解らない疑問はとりあえず放置し、ちらりと視線を向けて来るジャオメイに、リリエラは強い意志の伴った視線で答えた。
「どちらにせよ今の状況では、この街で安全と言える場所など存在しません。私たちと行動を共にしていた方が、遥かに危険は少ないかと」
隣から、アルフォードが栗髪の少女に助け舟を出す。自動人形という本来ならばありえない存在を敵が保有する以上、他にどんな未知の手を持っているか解らない。下手に宿にでも置いてくれば、その隙を突いて襲われる可能性もなくはない。
「まぁ、確かに一緒に居た方が安心だよねぇ。よし、妹ちゃんも一緒に行こう!」
「うんっ!」
「アル君は、妹ちゃんの盾ね」
「畏まりました。このアルフォード、騎士道を賭してお守り致します。報酬として、ジャオメイさんとリリエラさんの絡み合った、裸婦像の映像クリスタルなどを頂ければ――いたたたた、折れます折れます」
決闘前の言葉通り、アルフォードの左手小指を掴んで捻り上げるジャオメイ。随分前に決闘は終了しているが、些細な問題だろう。
「確かに戦闘力も洞察力も高くて優秀だけどさぁ――何でオルちゃんこの人雇ってんだろうね?」
「あはは……」
制裁を続ける彼女の疑問に、乾いた笑い声を上げるリリエラ。
問いの答えを持つ銀髪の女性は、この場には居なかった。




