20・再来
フイセたちと道を別れた、ジャオメイ、リリエラ、アルフォードの三名は、五日後の一大イベントに向けて、普段以上に盛況しているであろう大通りを散策していた。
両手に握る、屋台で買った香ばしい匂いを漂わせる、焼きたてのから揚げや、たっぷりとソースとチーズの乗った、棒巻きピザなどを、幸せを噛み締めるように、次々と頬張るジャオメイ。
「やっぱ、こういうお祭り時の屋台は、雰囲気込み込みで味が違うよねー。おっちゃん、肉串二本!」
「あいよ! いい食べっぷりだ、おまけしてやるよ!」
「わぁお! おっちゃん愛してるー!」
「がははは!」
快活に笑う屋台の親父から、代金と共に熱々に焼けた、肉汁の溢れる串焼きを受け取り、満面の笑顔で口へと運ぶ。
「もぅ、食べ過ぎだよ」
「いいじゃんさー。別にこれぐらいの買い食いで、痛む懐事情な訳でなし。おぉ、あれってタコヤキモドキじゃん! 一遍食べてみたかったんだー。おばちゃーん!」
隣で、底までクリームの詰まったクレープを食べるリリエラの苦言にも、本人は至って気にした様子もなく、祭りを堪能している。
「朝食をあれだけ食べておいて、まだ入るのですか?」
その、胃袋の体積を無視した健啖振りに、アルフォードもかなり呆れ気味だ。
「アル君。全ての女の子にはね、時に常識を覆す、「別腹」という希少技能が存在するんだよ」
「成る程。そして後日身体に出来る、無駄な肉に悩む訳ですね」
「君はホントに素直だねー」
「いたたたた、これはお嬢様以上の握力ですね」
不在であるオルテンシアの変わりに、嬉々として制裁を加えるジャオメイの顔面握りを受け、何時も通り平然としながら、脂汗を滲ませてもがくアルフォード。
「んで、アタシらはこっから何すりゃ良いのかなかーな?」
しばらくそうして、屋台を楽しみつつ大通りを歩き続けた後、ジャオメイが串肉を噛み千切りながら、甲冑の騎士へと簡潔に問う。
「強いて上げるならば、私たちを尾行している方々に、お話しをお聞きするぐらいですね」
「え?」
然して驚きもせず、淡々と告げるアルフォード。唯一人気付いていなかったリリエラだけが、慌ててきょろきょろと周囲を見回す。
そんな栗髪の少女の頭を数回撫でて、ジャオメイが不敵に笑う。
「アタシら込みで餌って訳ね。妹ちゃん、危なくなったら、アル君盾にして良いよ」
「勿論、全力でお守り致します」
ジャオメイの振りに、金髪の騎士が略式の礼として、胸元に拳を軽く打ち付け、その顔だけ見れば大抵の女は頬を染めるだろう、美しい微笑を少女たちへと浮かべた。
◇
「何でアンタがそっちに居んのさ?」
襲い易く、また市民への被害を抑える目的で訪れた、人気のない通りで、周囲を囲む粗野な男ばかりの集団の中に、見知った顔を見かけたジャオメイが、思わず声を掛ける。
「決まってんだろ。金で雇われたからだよ」
昨日、酒場で一蹴した筈の禿頭の大男が、周りから文字通り頭一つ抜きん出た形で、彼らの前へと進み出た。
隣には、昨日も見かけた相方らしい鶏がら男もちゃんと、ゴロツキたちと違和感なく混じっている。
「昨日、負けたんじゃなかったの?」
「あぁ、負けたさ。だから今、こうしてリベンジに来てる」
「何それ、サイクル早過ぎっしょ。山篭りして修行する期間とかない訳?」
「そんな悠長な事なんざしてたら、お前ぇら何処かに行っちまうじゃねぇか。渡り歩いてまで、女の尻を追いかける趣味はねぇ」
昨日と違い、皮鎧に狼の頭部を模した禍々しい手甲と、完全に戦闘準備を整えた大男の弁に、ジャオメイの表情は喜びと少しの苦味が混じった、複雑な面持ちだ。
「お前ぇらは手ぇ出すな」
「おいおい、勝手に盛り上がってんじゃねぇよ。今から全員で――はがっ!?」
「死にたくなきゃ、黙って見てろ」
横合いから肩を掴んだ、空気の読めないゴロツキの下顎を握り、目線の高さまで軽々と持ち上げると、一睨みして後ろへと放り投げる大男。
そんな様子を眺めながら、ジャオメイは背中の棍を地面に突き刺し、自分の連れに向かって目配せする。
「二人は応援よろしくー」
「頑張って、ジャオさん!」
「もし敗北をきし、お帰りにならなかった際は、このアルフォードが責任を持ってリリエラさんを私好みの女性に育てる事を――いたたたた、割れます割れます」
「アタシが行ってる間に妹ちゃんにセクハラしたら、一回毎に左手の小指から順に捻じ曲げるから」
「滅相もない、どうかご武運を」
ふざけた発言をする青年に、きっちり制裁と共に釘を刺した後、片手を振って歩き出す。
突然始まった決闘に、戸惑いを浮かべる周囲を他所に、大男と紅髪の少女は、通路の中央へと歩み寄って対峙した。
「狼牙流、「蛮拳」、バスク・ゲーラだ」
「ふはっ、良いね、格好良い。アタシは無敵流、「三桁鬼」のジャオメイだよ」
両腕を前に垂らした、前傾姿勢の構えと共に名乗りを上げた大男、バスクに対し、その口角を吊り上げ、ゆっくりと左足を後ろに下げ、両手を目の前で上下逆さまに構えて、名乗り返すジャオメイ。
彼女の口から出た自らの二つ名が、ゲーム時に名乗っていたものである事を理解出来る人間は、この場には居ない。
「得物は?」
「いらない」
「そうかい!」
開始の宣言もなく、駆け出したバスクの豪腕が、唸りを上げて繰り出された。
「ほっ――づっ!?」
挨拶代わりの一発を、ジャオメイが片腕で防いだ後、一拍置く形で紅髪の少女の表情が歪み、振り抜かれる拳に連動して後ろへと飛ばされてから、距離を離して停止する。
「え? 今、何か……」
「どうやら相手の装備に、特殊な効果が付与されているようですね」
接触の瞬間に起こった違和感を見て、疑問符を上げるリリエラに、アルフォードが「勇者」の従者としての慧眼で、男の武器へと視線を促す。
「たたた、防御貫通なんて、また珍しい武器持ってんねぇ」
「お前と戦う為に、わざわざ引っ張り出して来た闇市の一品さ」
攻撃を受け止めた腕を振るジャオメイに対し、自慢げに自らの手甲を掲げて見せるバスク。
特定の装備品に、最初から追加要素が付いている例は、珍しい事ではない。それは属性であったり、状態異常効果であったりと様々だ。
バスクの装着している手甲は、攻撃の補正値こそ極端に小さいものの、ダメージを軽減する相手のDFを無視し、装備者のATKをダイレクトに伝えるという、俗に「貫通属性」と呼ばれる、希少度の高い装備品だった。
「素の強さじゃあ、お前ぇが確実に上だろうがな。だからって素直に負けてやる気はねぇぜ!?」
付与技能――牙獣憑依――
手足に、獣の爪を彷彿とさせるオーラを纏わせ、怒涛の攻勢に出るバスク。
レベル差という、残酷な強弱が発生する以上、各上相手に正々堂々など挑んでも、結果は決まっている。
装備で、場で、罠で、自分の納得の行く勝利が得られるのであれば、それら全てを総動員してでも、相手を倒すという結果を求める事は、バスクという武人にとって、当然の行為なのだ。
「よ、ほっ。速い速い」
受け止める事を止め、繰り出される拳打と蹴撃を、上体を動かしてかわしつつ、避け切れない分は、両の手の平を相手の打撃に添えて、器用に身体から逸らすジャメイ。
その顔には笑みが浮かび、口から漏れる言葉も、余裕そのものといった調子だ。
「その余裕が、油断にならなきゃ良いが――なっ!」
攻撃技能――双鉄爪撃――
「ほいっ、はっ!」
「がはっ!」
両手の指を牙に模した、バスクの突きを真上に蹴り上げ、ジャオメイの正拳が、がら空きの胴へと突き刺さった。
「っ、がぁ!」
「つっ」
拳を食らって吹き飛ぶ直前、がむしゃらに繰り出されたバスクの裏拳が、ジャオメイの額に偶然当たる。手甲の効果もあって、その打撃はしっかりと彼女の頭を揺らし、顔に薄い痣を付けた。
「いったたー。ったく、乙女の顔になんて事してくれてんのさ」
「随分と、粗野な乙女も居たものですね」
顔をしかめて額を擦るジャオメイに、遠くから観戦していたアルフォードが、またもや表情を変えずに、余計な発言を口に出す。
「アル君、後で裁判」
「リリエラさんを、弁護人として希望します」
「え、わ、私ですか?」
「じゃあ、オルちゃんが裁判長ね」
「それでは始まる前から、死刑が確定ではありませんか」
三人のやりとりの最中に立ち上がったバスクが、腹の底から雄叫びを上げて大地を蹴り出す。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
攻撃技能――双鉄爪撃・噛――
先程と同じ格好ながら、更に威力と勢いを付けた二つの豪爪が、ジャオメイへと迫る。
「ふんっ!」
圧倒的な体格差を持ちながら、彼女は一切怯む事なく、迫り来る巨体の突撃を、前に突き出された両腕を掴み取る事で、後退りもせずにしっかりと受け止めた。
「残念」
「お前がな――」
しかし、笑みを深めたのは、攻撃を止められた筈のバスク。
「おらぁ!」
「っ!?」
攻撃技能――奥義・裂牙烈光撃――
両の拳から吐き出された、巨大な狼の顎と化したオーラの塊が、ジャオメイの腹へと決まる。
至近距離で、防御する暇もなく食らった極大の閃光に、彼女も堪らず後方に大きく吹き飛び――
「――ったいなー、もう」
止まった後、不快そうに腹を撫でるジャオメイの姿に、バスクは両手を構えたまま、顔を引きつらせる事しか出来ない。
「今のが痛いで済むのかよ……」
自身の中では最大の威力を誇る、渾身の一撃を与えても、何一つ変わらない態度を見せられた瞬間、バスクは自らの敗北を確信した。
「ほんじゃあ、今度はこっちの番だねー」
「断る!」
だからといって、それを決闘の最中に認められるほど、彼のプライドは安くない。
負けるのは良い、日和るのもありだろう。だが、諦めてしまえば、目指す先は閉ざされる。
再び接近し、全力で振り切られたバスクの突きを、半身でかわした紅髪の少女が、その懐へと滑り込む。
「遠慮しないの――はっ!」
「ぐぅっ!」
衝撃が突き抜ける程の、ジャオメイの右拳を受け、口から軽く血を流しながらも、バスクはその場に踏み止まった。
重た過ぎる打撃だが、来ると解っていれば、一撃は耐えられる。己の歯を砕ける寸前まで噛み締め、彼はその一撃を耐え凌ぐ。
「があぁぁぁ!」
血を吐きながら、気合ですらない叫びと共に、反撃として放ったのは、ただの全身全霊を込めた、左の鉄拳。丸太のように太いバスクの巨腕が、ジャオメイの無防備な脇腹を全力で貫く。
「っく~」
当然、一撃が耐えられるのは、彼だけではない。犬歯を剥き出しにして、互いに笑みを浮かべる双方の視線が、自然と絡み合う。
「今度はこっちの番」
攻撃技能――崩拳・中――
流れるような動作で振るわれた、オーラを乗せた中段突きが、バスクの鳩尾へと叩き込まれた。
「ごほぉっ!」
細腕からは想像も付かない、壮絶な威力で放たれた一撃に、バスクは肺の空気を全て吐き出しながら、盛大に撥ね跳んで、遠くの壁へと激突する。
「悪いね。一応「無敵」名乗ってるんで、負ける訳にはいかないのよ」
白目を剥いて崩れ落ちる禿頭の大男。一流同士の攻防に、言葉を失っていた周囲がざわめきを取り戻した中、ジャオメイが己の勝利を宣言をした。
「――ホントにゴメン。こんなズル女相手に、本気で喧嘩何てさせちゃってさ」
その後に漏らした小声の独白は、誰にも聞かれる事なく、虚空へと霧散する。
「兄貴!」
鶏がら男が、血相を変えて倒れたバスクの傍へと走り出すと同時に、ジャオメイの背後から、一つの影が躍り出た。
表情のないその男は、一直線に通路の中央に立つジャオメイへと走り、その隙だらけの背中に向けて、右手の凶刃を突き出す。
「ジャオさん!」
突然の出来事に、悲鳴を上げるリリエラ。
「あー、満を持して登場してくれた所、悪いんだけどさぁ――」
しかし、彼女を貫く筈の刃は、背中に回された彼女自身の指に挟まれ、その直前で停止していた。
「アタシ、不意打ちって効かない体質だったりして」
受動技能――超直感――
彼女が取得している、索敵に関する技能は少々特殊で、その範囲は彼女の身長の倍程度の、極狭い領域でしかないが、その内部であれば、例えどんな隠蔽や偽装などの隠蔽技能や、転送や空間跳躍などの転移技能でさえも察知出来るという、感知系では最上級の性能を誇る技能なのだ。
彼女に対しては、あらゆる不意打ちの類は通用せず、一対一の戦いであれば、確実に正面からの戦闘に持ち込む事が出来る、対決に特化した技能と言えるだろう。
「ふんっ!」
「ぎっ!」
決闘を汚した罰として、ジャオメイは少々強めの肘打ちを、男の顔面へと叩き込む。
「ん?」
だが、殴打した際の奇妙な感触を感じ取り、彼女は眉を寄せて振り返った。
「ぎっ……」
「なにあれ」
吹き飛んだ男を見れば、その顔には無数のひび割れが起こり、良く観察すれば、右手の直剣も手ではなく、肘辺りから直に生えているものらしい。
「どうやら一般の方に混ざって、別の方々が居らっしゃるようですね」
明らかに異様な男を観察し、腰に差す幅広の剣を引き抜きながら、油断なく周囲を見渡すアルフォード。
リリエラも雰囲気の変化を理解して、無言でショートソードを抜くと共に、左手の盾を構えて腰を落とす。
「ば、化け物だ……!」
「やってられるか!――な、何だ?」
「ぎっ」
「ぎぎっ」
起き上がろうとしている、無機物染みた男に恐れを抱き、逃げ出そうとしたゴロツキたちから、別のどよめきが起こる。
「おいおいおいおい」
「どうやら、あちらが敵の主力と見て良いようですね。無法者を使ったのは、逃げ場をなくし、場を混乱させる為かと」
見れば、壁の役割を果たしていた彼らの背後から、その軽く倍は超えるだろう、黒尽くめの集団が、両手から鉤爪を生やして通路を塞いでいた。
「や、やめ、ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!」
「た、助け、あがあぁぁぁぁぁぁ!」
「ぎっ」
「ぎぎっ」
ゴロツキの中に居た、先程の男の同類だろう。両腕を武器へと変形させた、無表情の何人かが、動揺する男たちへ向けて、冷徹にその刃を振るう。
「っ、我が手に赤を!」
付与技能――属性付与・火
事態が把握出来ないまま、次々と大地に倒れていく男たちを見て、リリエラは自分の剣を強化して、直ぐさまその惨状へと走り出した。
「来ます」
リリエラを追うアルフォードの声に連動し、周囲の黒尽くめが一斉に押し寄せ、ゴロツキたちの蹂躙を開始する。
敵味方すら定かでない、狂騒の極みに達した状況のまま、最悪の混戦が幕を開く。




