19・誘引
翌朝。下の酒場で軽く朝食を終えた一行は、再び二階に集って、今日の予定を話し合っていた。
「今日は二手に分かれて情報を探る。チームは私にフイセ。アルフォードにジャオメイとリリエラだ」
「あり? パーティー混ぜんの?」
チーム分けの采配に、疑問を挟むジャオメイ。無理に混ぜるより、気心の知れた同士で組ませた方が、行動も楽だからだ。
「どちらにも事件に詳しい者が居ないと、情報が偏る可能性があるからな。それに、街の情報はある程度私たちで調べ終えている。知らずに同じ場所を巡っても、時間の無駄だ」
彼女は口には出していないが、恐らくはフイセたちの監視という意味合いもあるのだろう。昨日雇ったばかりの三人が、犯人の間者である可能性もゼロではない。
闘技大会までは、まだ少し日が残っている。この一日は、フイセたちの行動を見て、信用度を決める腹積もりなのかもしれない。
準備を整え、酒場兼宿屋を出た後、雇い主であるオルテンシアの指示に従って、左右の道へと分かれる。
「ほんじゃね~」
「気を付けてね、お兄ちゃん」
「うん。二人も、油断しないでね」
「ではお嬢様、また後ほど」
「あぁ」
お互いの仲間に挨拶を済ませ、雑踏へと消えていく三人を見送る、フイセとオルテンシア。
「さて、行くか」
「はい」
銀髪の美女に促され、フイセは反対側の道へと、彼女と共に歩き出した。
◇
「で、いきなり裏路地ですか……」
闘技大会も近まり、屋台や土産物屋で賑わう大通りや人通りの多い通路を外れ、フイセたちが到着したのは、人気のない寂れた道だった。
グレンベルは、大昔に滅びた古代遺跡の上部を流用して、地下に広がる遺跡の上に都市を築いた過去を持つ、遺跡都市でもある。
歴史から残された、五つのコロシアム周辺に開発の力を注ぐ反面、そこから離れた大通り以外の通路や建物は、遺跡の名残を強く残す、手付かずの場所も少なくない。
ここもそんな一角らしく、元は建物だったのだろう、身長の倍ほどの高さで崩れた、風化しかけの石壁に挟まれた、大人二人が手を伸ばす程度の広さを持つ、平坦な通り道だ。
確かに、誘拐を行うには絶好の場所かもしれないが、同時に誰も居ないので、目撃証言も得られそうにない所に赴いた意図を、図りかねるフイセ。
「私たちも、これまで何もしていなかった訳ではない。有力者たちへの挨拶回りの際、それとなく今回の件を匂わせてきた」
そんな彼の視線を気にする様子もなく、迷いなく歩みを続けていたオルテンシアが、不意に口を開く。
「犯人は、その中にいると?」
「まず間違いないだろう。事件の数にしては、証拠がなさ過ぎる。その辺りの揉み消しが出来る人物など、街の権力層ぐらいだからな。少なくとも、関係者として一枚噛んでいる可能性は高い」
通路が半ばに差し掛かった所で立ち止まるオルテンシア。淀みなく腰の剣を引き抜き、だらりと無造作に構えながら、言葉を続ける。
「もしその仮定が正しく、犯人が私の本当の滞在理由を聞いたとしたら、どう出ると思う?」
「鳴りを潜めるか、あるいは――」
彼女の問いに、フイセが答えている途中で、通路の前後から姿を現したのは、人型の影の集団。
「妨害しようとするでしょうね」
全員が、皆一様に黒い布で全身を覆った怪し過ぎるこの一団が、ただの通行人である可能性は皆無だろう。
労せず獲物が掛かった事に、喜悦満面の表情で笑うオルテンシア。
「やはり、調査の人数を増やした事が決めてか。お前たちを雇って正解だったな」
「人手が欲しいって、こういう事ですか……」
ゆっくりと近付いて来る黒衣の群れを見つつ、げんなりした表情で腰の鉈を手に取るフイセ。
どうやら、彼女たちは既に仕込みを終えており、事態を動かす一手として、フイセたちを雇ったらしい。自分たちへの信頼度などはどうでも良く、最初から巻き込む気しかなかったという訳だ。
「仮にも実力者を次々と誘拐する相手だ。保険は多いに越した事はない」
下手に半端な力量の者を雇えば、被害者に加えるだけだ。「勇者」と行動し、せめて足手纏いにはならない人材でなければ、及第点は出せない。
そんな難しい条件を、酒場の一件で示してしまった事が、勧誘の決め手となったようだ。
「報酬の上乗せを要求します」
「これも含めての契約料だ。本当は三手に分けてアルフォード一人を本命にする所を、お前の妹の為に二手で我慢したんだ。寧ろ感謝して貰いたいくらいだな」
二人のやりとりを他所に、双方から無言でゆらゆらと近付いて来ていた黒尽くめたちが、遂に両腕から鉤爪を引き出し、二人へと襲い掛かる。
「一人は生かせ」
簡潔に指示し、オルテンシアがその内の一人へと肉薄すると同時に、銀線を閃かせた。
「はっ!」
「ぎっ!?」
両手に付けた鉤爪で、彼女の剣を受け止めようとした黒装束は、その無情な切れ味を前に、構えた武器ごとその顔面を両断される。
「人形?」
切り捨てた相手の素顔を見て、怪訝な表情をするオルテンシア。
破かれた黒い布から覗くその顔からは、一切の血が流れず、変わりにのっぺりとした卵のように何もない白の頭部が、二つに割れた状態で存在するだけだった。
「ぎぎっ!」
「ふ、はぁっ!」
自分の顔を切られたにも関わらず、お構いなしに折れた鉤爪を振るう人型の攻撃をかわし、先程と同じ、しかし今度はその全身を通る軌道で、敵を上下に断ち割る。
「ぎっ!」
「こいつら、多分全部自動人形です」
鉈で二、三度切り付け、布の外れた場所から見える、無数の銅線により作られた肌と、オルテンシアが倒した者と同じ無地の頭部を見て、フイセもまた訝しげな声を漏らす。
都市の地下にある古代遺跡は、使う者が居なくなって数百年を経た今も尚、稼動を続けている。
今の文明より、遥かに優れた技術を持つその遺跡の護り手は、今彼らの目の前にいる自動人形、通称「ドールシリーズ」だ。同じ形状と武器から見て、彼らはその中でも最下級の衛兵、「ポーン・ドール」だろう。
遺跡の中を徘徊し、侵入者に対し無条件で襲い掛かって来る彼らは、破壊されると現れる回収用の自動人形によって何処かへと送られ、新品となってまた何処からか出没する。
地上には一切上がらず、無理に地下から引き上げても、自壊すら厭わずに戻ろうとする上、一度壊れれば、場所を問わずに湧き出して来る、回収用の人形によって連れ去られてしまう。
その高い技術力故に、研究が進められているが、部品一つでさえ直ぐに持って行かれてしまう為に、芳しい成果は出ておらず、自動人形の開発や使役に成功した例など、一度として世間に伝えられていない。
自動人形が地上で行動している事自体が、まずありえない現象なのだ。
「地下遺跡の産物が、何故こんな街中で動いている」
あくまでも遺跡の番人であり、地下の住人でしかない人形たちが、眉を寄せるオルテンシアらへと、次々に飛び掛る。
「ぎっ!」
「はっ、ふっ!」
フイセは、迫り来る最初の人形に、右からの回し蹴りを頭に食らわせ、後頭部に爪先を掛けて地面に引き倒すと、続く二体目の胸元を、右手の鉈で真っ直ぐに突いた。鋭さよりも硬さを優先された、肉厚の刃物による刺突は、相手の急所を大きく凹ませ、限界までめり込んだ所でようやく突き刺さり、内部のどす黒い燃料を、外へと溢れさせる。
手足を切り飛ばした程度では、人形は止まらない。人間の心臓の位置にある動力部を壊すか、胴体以外の全てを外して、身動きを封じる以外、彼らは「殺せ」ないのだ。
そんな存在しない筈の経験を、無意識で理解しながら、三体目の鉤爪を屈んでかわすついでに、起き上がり掛けていた一体目の心臓部を、体重と勢いの乗せた鉈で、容赦なく押し貫く。
「えぇい、鬱陶しい!」
フイセとは別の二体を行動不能にした所で、オルテンシアが苛立たしげに声を上げ、剣を持たない左手に、魔力を収束させた。
「乱れ舞え!」
魔法技能――魔炎爆裂撃――
短い詠唱をもって放たれた、拳大の火球群が、二人を囲う人形たちへと飛来し、直撃と共に爆散。鼓膜を震わせる轟音と爆風を辺りに撒き散らす。
攻撃特化の自慢は伊達ではなく、土煙が晴れた後に残ったのは、地面に転がる無残なガラクタの群れと、身体の一部が欠けた数体を残すのみとなっていた。
「危ないですよ」
「つい癖でな」
咄嗟に伏せて爆炎をやり過ごしたフイセは、口元に腕を添え、砂埃を吸い込まないようにしながら、オルテンシアに非難の視線を向ける。だが、彼女は悪びれもせず、左手を軽く振って答えるだけだ。
「ぎっ」
「ぎぎっ」
大半の同胞が破壊された事で、人形たちは即座に踵を返し、二人から逃走を図る。
「逃がすか!」
「ぎ――っ」
追い掛けようとしたオルテンシアに対し、左腕を失った人形の一体が、彼女に向かって残った右腕を伸ばす。
魔法技能――魔火球――
「なんだと!?」
詠唱もなしに魔法を行使した、直接攻撃しかしてこない筈の人形に驚く余り、足を止めてしまうオルテンシア。
迫る火球を、慌てて切り裂いて防いだ後には、逃げる人形たちとの距離は、既にかなりのものとなっていた。
「ちっ」
舌打ちをして周囲を見渡せば、破壊した人形らに、手の平程度の大きさをした、昆虫を彷彿とさせる回収人形が何処からか群がり、部品を持って次々と地下への帰路に就いているのが見て取れる。
「追いますか?」
これこそが、今回の失踪事件で行われた、証拠隠滅の手段なのだと確信したオルテンシアに、武器を収めたフイセが尋ねた。
「当然だ」
使役不可能な自動人形を使った襲撃、使う筈のない魔法を使う人形――
多くの謎を孕んだ事態の中、彼女の口から出たのは、即答の一言だけだった。
◇
逃走した人形たちは、人通のある道や場所を避け、一目散に何処かを目指しているらしい。
人形を追う二人は、それがある種の誘いである事を理解しながら、追跡を続行する。
「ここは……」
然したる奇襲も罠もなく辿り着いた先は、古めかしい洋館だった。
開かれた正門の先には、玄関まで続く白の石畳が敷かれ、左右に立ち並ぶ、やや朽ち掛けた六本の石柱に、地面より絡まった赤い野薔薇が咲いている。
屋敷自体も清潔さは保たれているが、その壁や柱からは、年代を感じさせる色褪せが遠くからでも見て取る事が出来た。
「アシュレイ子爵の屋敷だ」
簡潔に説明しながら、門をくぐるオルテンシア。先程の人形たちが、屋敷の屋根伝いに中へと消えていく所まで見ている以上、大義名分を持つ彼女に、恐れるものなど何もなかった。
それに続くフイセは、見知った場所である事に、困惑を隠せない。
フイセにとって――否「プレイヤー」たちにとって、この館は無人であり、その占有者は別に存在してる筈だった。
ゲーム時に、とある探索クエストで訪れ、地下室にイベントボスまで存在していた場所であり、「プレイヤー」たちを苦しめた、数々の謎解きと罠がひしめく、ギミック満載の屋敷なのだ。
アシュレイ子爵の名に聞き覚えはないが、トラップだらけの館にこちらを呼び込もうとしている時点で、相手の目的は明白だろう。
「罠、ですね」
「構わん。食い破るまでだ」
仲間を呼びに戻るという選択肢は、彼女の中には一切存在しないらしい。実力に裏打ちされた自信を持って、オルテンシアは屋敷の扉へと突き進む。
とりあえず、屋敷近くの木に、もしかしたら来るかもしれないジャオメイたちへにメッセージを残し、フイセも彼女の隣へと急いだ。
ノックもなしに、問答無用で扉を開け放つオルテンシア。ここまでも、そして内部にも、使用人の類は一切見掛けられない。
シャンデリアの灯った、広い無人の玄関ホールを進む内、正面にある階段の上から、三人の人影が進み出て来る。
「ようこそいらっしゃいました、「勇者」オルテンシア殿。今日はどういったご用件でしょうか?」
左右にメイド服を着た、髪の長さの異なる二人の女性を侍らせ、階上からこちらを見下ろすのは、線の細い白皙の美男子だった。
見事な金髪に、白を基調とした、赤銅色の刺繍をあしらわれている、見るからに高価な服を纏い、翡翠色をしたその両目と口元は、笑みの形に歪められている。
「本人がお出迎えとはな、アシュレイ卿。どう繋がっているのかは知らんが、失踪事件の参考人として、牢屋まで召致させて貰おう」
「おぉ、怖い怖い」
オルテンシアの宣言に、明らかにこちらを見下した口調で両手を上げ、わざとらしく怯えた振りをするアシュレイ。
ここまで来ては、今の態度で証拠など不要だろう。無言で腰の剣を引き抜いたオルテンシアに笑みを深め、アシュレイは左右のメイドに指示を出す。
「ウーノ、デゥーエ。お持て成しをして差し上げなさい」
「「承知致しました」」
心のない、無機質な声と表情で答えたメイドたちが、館の主に代わって一歩進み出る。
次の瞬間、右のショートカットのメイドは、右腕が変形して一本の槍となり、左のセミロングのメイドは、左腕が展開して棘付きの巨大な盾へと変貌する。
「ドールシリーズ」の中でも、限りなく人間に近い姿で、精巧に作られた自動人形「ビショップ・ドール」。
当然、彼女たちに意思や思考などは存在せず、今のような受け答えも、本来ならばありえない。
「また人形か、趣味の悪い」
吐き捨てるように言い放ち、剣を構えるオルテンシア。
まずは前哨戦と、彼女が二体の自動人形に刃を向けようとしたその瞬間、事は起こった。
「なっ!?」
突然、一階にある床の全面が開き、底の見えない巨大な落とし穴が出現する。
階上から姿を現し、更には自分を守る護衛に意識を向けさせたのは、下方への警戒を薄れさせる為だったのだ。
「風よ!」
魔法技能――魔風球――
即座に風を撃ち出す魔法を唱え、その反動を利用して、穴の外まで身体を飛ばそうとした彼女は、しかし直後に表情を一変させる。
「なにっ!?」
発動した筈のオルテンシアの魔法は、何故かそよ風だけを起こして、虚空へと霧散してしまった。
「(あぁ、そういえば、こんなのもあったなぁ……)よっと」
どうやら落とし穴と同時に、地下に作られた魔法封じの結界も発動しているらしい。
忘れていた過去の出来事を懐かしみながら、フイセは空中でオルテンシアを掴むと、自分が下になるよう向きを調節して、その全身を抱え込む。
「おいっ」
「動くと危ないですよ?」
未だ段上に立ったまま、こちらを見下ろすアシュレイたちを尻目に、身を捩る彼女を押さえつつ、フイセたちは深い穴底へと落下していった。




