18・依頼
ベッドに座るリリエラの膝に置かれた、彼女のショートソードから、淡い赤色の光が消失する。
「あれ、もう切れちゃった。我が手に赤を――」
付与技能――属性付与・火
再び唱えた呪文により、刀身が再び赤く染まりだす。
中位職「魔法剣士」に転職したリリエラの、現在のレベルは二十四。オークキングの討伐こそ叶わなかったものの、ボス級モンスターとの長時間の戦闘により、彼女のレベルは大きな躍進を遂げていた。
「技能を取りたての頃はそんなものだよ。技能レベルが上がれば、段々と効果時間も延びていくから。とりあえずは今みたいに、寝る前とかに技能のレベル上げをすると良いよ」
「はーい」
「妹ちゃんが中位職に上がって、「冒険者」と「魔法剣士」で被ってる選択技能は、限界レベルが解除されてるから、それもだねー」
「むー、なんだか忙しいね」
「単純なレベル上げと違って、技能上げは簡単だし、上げておいて損はないからね」
技能は、それ毎に技能レベルが設定されており、繰り返し使用する事により経験値を溜め、レベルが上がれば威力や効果、持続時間などが増加する。
位によってレベル上限が存在し、下位は三、中位は五~七、上位は十まで、取得した技能のレベルを上げる事が出来る。だが、上の職に存在しない選択技能は、上限が解除されず、それ以上鍛える事が出来ない。
フイセの技能を例にすると、「料理」の技能は下位の「隠者」しか取得出来ないので、技能のレベル三が限界値だし、受動技能の「広域索敵」は中位の「暗殺者」のみの技能なので、そのレベルは五までしか育たてる事が出来ない。
取得した技能は、それを捨てる事で技能ポイントの還元が可能だが、再び同じ技能を取得しても、レベルは一から上げ直しとなる。
転職して習得した、「魔法剣士」の代名詞である付与技能を地道に鍛えつつ、三人は宿の一部屋で寛いでいた。
突然話し掛けて来た銀髪の女性から、お互いに名乗りを済ませると共に「部屋で話がしたい」と提示され、滞っていた食事もそこそこに、取っていた部屋で、二人が現れるのを待っている状態だ。
いきなり現れての高圧的な指示に、思う所がないでもないが、相手は仮にも「勇者」。逆らった場合の面倒も考え、三人は素直にそれに従った。
「てかさー、いきなり二人目とか、「勇者」居過ぎじゃない? 移った街でも会うなんて、どんだけーって話」
「全員合わせて、二十人も居ない筈なんだけどね」
「ひょっとして、これから場所を一つ移動する毎に会ったりして」
「やめてよ……」
ジャオメイの予想に、嫌そうにな顔で眉を寄せるフイセ。
フイセとリリエラの故郷から離れ、そろそろ軽く羽目を外してみようかと、調子に乗った結果がこれである。
「二人共、幾ら普通にするっていっても、やり過ぎだよ」
「ごめんなさい」
「すいましぇん」
能力があるからといって、それを無闇に振い続ければ、最終的に迷惑を被るのは自分たち自身であり、それに巻き込まれるのは、付いて来たリリエラだ。
隣から刺さる、妹分からの冷たい視線から目を逸らし、肩を縮こまらせる保護者たち。
「フ、フイセ君? あの「勇者」さんの情報プリーズ」
このまま沈黙すると、栗髪の少女からの説教が継続してしまいそうなので、慌てて隣のフイセへと話題を振るジャオメイ。
「「炎翼」のオルテンシア。新規参入組の非「プレイヤー」だよ。レベルは凡そ八十台前半の「破魔剣士」で、この前会ったウルティエラさんは水属性特化だったけど、彼女は炎と風属性主体だね。「勇者」としての活動は、主に戦闘面での活躍が多くて、危険種の討伐とかの荒事関係が多いかな」
「うぉ、ほんとに知ってた」
「学園長から、定期的に情報は貰い続けてたからね。伊達に十年以上聞いてないよ」
適当に出した質問に、きちんとした答えが返って来た事に驚く紅髪の少女に、フイセは軽く肩を竦めて見せる。
学園長は、彼が求めた帰還方法と同胞の捜索結果だけでなく、各国や大型ギルドの動向と、その場所に所属する著名人たちの軽い経歴なども、同時にフイセへと渡していた。
そうする事で、この世界への理解を深めると同時に、相手よりも先にその人柄を知る事で、万が一出会った際の対策を、練り易くする計らいである。
彼から齎された多様な知識は、確かな「情報」という武器として、フイセの中に刻まれていた。
「予習復習も完璧なんて、フイセ君もまめだねぇ。ほんじゃま、その「勇者」さんが来るまで、のんびりしてましょっかい」
「お話しって何なんだろうね? あ、また切れた」
話しの合間に、リリエラの技能上げを見守りつつ、暫し時間を潰していると、扉の向こうから控えめなノック音が響く。
「どぉぞー」
「失礼する」
「お邪魔致します」
ジャオメイの声を受け、入って来た二人は一階で会った時の鎧と武器を外し、素材の良さそうな長袖の服だけの姿で現れた。装備を置いて来る事で、敵意のなさと同時に、本人たちの余裕も示しているのだろう。
「ん? あぁ、技能の修練か。熱心な事だ」
「こういうのは、最初から習慣付けしとかないと、後で困るのは自分だしねー」
入って直ぐ、オルテンシアはベッドで抜き身の刃物を抱えるリリエラの姿に訝しむが、その刃に宿る薄い発光を見て、理解の表情を見せる。
「お嬢様、どうぞ」
「あぁ」
連れの青年が差し出した、恐らく自分の借りた部屋から持って来たのだろう椅子に腰掛け、三人と対峙するオルテンシア。
足を絡め、此方を見据えるその威風堂々な姿に、フイセとリリエラは一瞬、自分たちの母の面影を幻視した。
「さて、改めて名乗ろう。私の名はオルテンシア・ラヴィニス。教皇より「炎翼」の二つ名を下賜された「勇者」だ」
再び自己紹介をした後、後ろに立つ金髪の優男を親指で指すオルテンシア。
「私は、攻撃方面に自身の能力を多く振っていてな。こいつはその不足分を補う為に連れている、肉の盾だ」
「お嬢様の肉の盾を務めさせて頂いております、アルフォード・ミランと申します。以後、よろしくお願い致します」
「勇者」のとんでもない発言を咎めるでもなく、深く腰を折りながら名乗りを上げるアルフォード。
「宜しければ、気軽にアルなどと呼んで下さって結構ですよ。出来ればやや語尾上げで、少し羞恥心を加えて呼んで頂けると嬉しいです」
「お前は黙れ」
「いたたたた、割れます割れます」
そして続いた馬鹿な申し出を、オルテンシアが即座に右手を伸ばし、彼の顔面を握り締める事で黙らせる。
「すまない。コイツは仕事は優秀なんだが、性格が阿呆でな。コイツの発言の一言一句は、聞き逃して聞いてくれ」
「それ、完全無視しろって事じゃない?」
「そうとも言う」
先に出会った、同じ「勇者」であるウルティエラとは随分と趣きが異なる、破天荒な「勇者」の一行に、若干反応に困るフイセたち。
「しかし、仲の良さから三人部屋でも取っているかと思ったが、流石にその辺りの分別はあるようだな」
本人たちは慣れているのだろう。微妙な空気を無視したまま、話題を進めるオルテンシアに、ジャオメイが首を振って否定を返した。
「違う違う。フイセ君も同じ部屋だよ。妹ちゃんが、アタシかフイセ君のベッドで寝るの。この前の宿はフイセ君だったから、今日はアタシと一緒に寝るんだー。ねー」
「はい」
「なんと。むぅ……お前たちの私生活に口を出す気はないが、一応教会の教えを広める者としては、若い男女の同衾には、苦言の一つも言わざるを得んな」
「そうですとも。ここは私とフイセさんの寝台を、交換する案を進言致します」
「私は「黙れ」と言った筈だ」
「いたたたた」
二度目の顔面圧搾を食らい、もがき苦しむアルフォード。
「だ、大丈夫ですか?」
度重なる虐待を受けるアルフォードに、心配そうに声を掛けるリリエラ。金髪碧眼の優男は、顔からオルテンシアの手を引き剥がしてから、にっこりと微笑んだ。
「お嬢様からのこういった扱いは、慣れていますので」
「な、慣れてるんですか……」
「えぇ。あぁ、私を慰めて頂けるのでしたら、今夜は是非私の寝室までお越し下さい。きっとお嬢様から今まで受けた数々の苦労も、この一夜で消えてなくなると思います」
「そうか、お前は塵になって消滅したいのか。死ぬまでは弱火で焼くが、構わんか?」
「失言でした、お許し下さい」
一体何時詠唱したのか、手の平に小さな火球を生み出した、オルテンシアの声に本気を悟り、瞬時に頭を下げる金髪の従者。
「そしてジャオメイさんは殺気を抑えて、フイセさんは刃物から手を離して頂けると助かります」
続けて目を向ければ、ジャオメイは既に「鬼神招来」の準備段階に入り、身体から陽炎と闘気を立ち昇らせ、フイセは愛想笑いを浮かべたまま、自然体の姿勢で腰の鉈に手を沿え、一挙動で彼の首へと投擲出来る構えを取っていた。
二人とも、その背後に隠す気もない威圧感を滾らせて、アルフォードを見据えており、その無駄に洗練された動作と、言葉はなくとも雄弁に物語る殺気に、呆れ半分、驚き半分の感想を抱きながら、オルテンシアが仲裁を入れておく。
「先程も言ったが、仕事は優秀なんだ。まぁ、コイツの口から漏れる雑音が気に障ったなら、死なない程度に殴るなり蹴るなり、好きにしてくれて構わない」
「お嬢様、私に被虐趣味はございません」
「失言に対する正当な対価だ。甘んじて受けろ」
「畏まりました」
「そんじゃあ、まず一発」
制裁の許可を得て、早速笑ってない笑顔で右手を伸ばすジャオメイ。中指を弾いて繰り出された指先程のオーラが、金髪の従者に向かって射出される。
攻撃技能――小剄――
「ぐふっ!?」
腹に当たった小さな弾丸は、「勇者」の従者であるアルフォードの身体をくの字に折り曲げる。その余りの衝撃に、彼はたまらず片膝を突いて蹲り、苦悶の表情を浮かべたまま声も出せない。
「ご……お……」
「酒場でもやった技だな。なるほど、戦力としては申し分ない」
鳩尾に決まった重過ぎる一撃に、まともな言葉も発せなくなった部下を見下ろしながら、その身を案もせずに、彼が受けた攻撃を評価するオルテンシア。
「戦力?」
「あぁ。ようやくの本題だが、今この街では、傭兵を中心に十件以上の失踪事件が相次いでいてな」
脂汗を滲ませるアルフォードを放置したまま、彼女はまたも何事もなく説明を開始する。
「興行で栄えている街だ。不穏な噂が流れれば、客足が遠のき収益が落ちる事を危惧した領主が、「勇者」である私に、出来うる限り秘密裏の早期解決を求めて来たのだ」
「「勇者」が出張ってる時点で、かなり目立つくない?」
「その辺りに抜かりはないさ。私たちは今、五日後に開催される、半年に一度の一大闘技大会、「白竜杯」への来賓という形で滞在している」
「なーる」
「犯人の手掛かりは、ないんですか?」
「有るには有るが、少ないな。狙われているのは、この街で行われた大小の武道系大会で上位に入賞した実力者たちである事。そして、多くの被害者を出しながら、証拠や目撃証言などが殆ど残っていない所から見て、かなり計画的な犯行だろう事ぐらいだ。正直全く手が足りん」
両手を挙げ、正にお手上げといった表情で肩を竦めるオルテンシア。直後、その顔の笑みに意地の悪いものが混じる。
「そんな訳だ。機密を含めてここまで聞いた以上、当然、私たちに協力して貰うぞ?」
「えぇ~」
手掛かりが掴めず、人手が欲しいのは解るが、勝手に語っておきながら、その理不尽過ぎる物言いに、あからさまに顔を歪めるジャオメイ。
「そう不満そうな声を出すな。報酬は相応の金額を、私の懐からくれてやる。お前たち二人の腕前なら、さして危険もあるまい」
「僕たちに、闘技大会に出場して上位に入り込み、犯人たちへの餌になれと?」
「そんな暢気な作戦は立てんさ。証拠など、後で探せば幾らでも出て来る筈だ。犯人の目星が付き次第、そいつの根城に「勇者」の権限を持って突入する」
「うぇ~い。この「勇者」さん、思った以上に過激派だー」
「お嬢様に、そのようなお淑やかさなど求めても、無駄な事で――ぶっ!」
ジャオメイの呆れ声に答えつつ、復活しかけたアルフォードの後頭部に手を沿え、今度は床に叩き付けつつ、オルテンシアは再び何事もなかったかのように応答する。
「何、あくまでお前たちの仕事は、悪事の尻尾を掴むまでだ。もし犯人が往生際の悪い行動を取った時は、この私が丁重に粛清してやるさ」
「一緒に暴れるの前提じゃん、それ。妹ちゃんの安全の為に、拒否しまーす」
「勇者の権限を持って却下だ」
どうにも、気に入られた以上に、本当に人手を困窮しているらしい。滞在期限も迫ってる今、彼女は頑なにフイセたちを勧誘して来る。
「前金でセルリアーナ王国金貨を十五枚。成功報酬は前金と合わせて金貨百枚を要求します」
「お兄ちゃん!?」
「ひゅ~」
突然、突拍子もない額の報酬を要求したフイセに、リリエラは目を剥き、ジャオメイが面白げに口笛を吹く。しかし、その顔には欠片も冗談は含まれておらず、彼が本気で言っている事は、誰の目にも明らかだった。
「吹っ掛けてくれるじゃないか」
「「勇者」に出せない額じゃないでしょう。それに依頼成功時に其方が受け取る教会への「お布施」は、多分僕の要求した額を、桁一つ位は軽く超えるんじゃないですか?」
獰猛に歪むオルテンシアの笑みに対し、フイセはその強い視線を、一切表情を崩さずに受け止める。
一騎当千の猛者にして、秩序の番人。
世界の平和を司る「勇者」に、領主という「個人」が依頼を出すという事は、つまりはそういう意味を持つのだ。
「僕とジャオだけなら、もっと安くても良かったんですけどね。僕たちには、中位職に上がったばかりの妹が居ます。その依頼を受ければ、この娘に高い命の危険が発生する以上、相応の金額を支払って頂きます」
旅を共にする限界者二人の影響により、今のような彼女の実力に見合わない、危険な依頼が舞い込む事もあるかもしれない。「勇者」からの依頼であるなら、裏切りや虚偽の心配は低く、相手への信頼性も高い。先の事を考えれば、受けておいて損はない。
「勇者」とその従者の実力は、教会によって約束されているので、自分たち以外の実力者の戦いを見る事は、確実に彼女の糧となる筈だ。
そういった理由から、依頼を受けるのは吝かではないのだが、さりとてそれなりの金額を貰わなければ、大事な妹であるリリエラを、自分たちの都合で危険に晒す割には合わないだろう。
「くくっ、過保護な事だな。いいだろう、交渉成立だ」
「うごっ」
そんなフイセの心の内を、見透かしたように低く笑うと、オルテンシアは椅子から立ち上がるついでに、押さえ付けていた従者を足で踏み付ける。
「よろしく頼む」
「よろしくお願いします」
差し出された右手に、灰髪の少年が応じ、此処に「勇者」と「異邦者」の、即席パーティーが結成された。
「何で今、アル君踏んだし」
「気まぐれだ」
行き先は大変不安である。




