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トゥライト・テイルズ  作者: タクミンP
第三章・ブリキの街
17/29

17・もう一回

 この世界において夜の酒場とは、大人の社交場であり、外交の窓口であり、雑多な情報の集積地だ。

 農夫、商人、兵士、傭兵、冒険者、旅人、様々な職業と経歴を持つ人々が、宵の口と共にそこへと集まり、その日の憂さを晴らしていく。

 酔いは舌を軽くさせ、口から出るのは自分の(あるじ)や住んでいる街に対する愚痴と賛辞。他には、近隣で起こった出来事や、根も葉もない噂、日常で見た下らない笑い話などに花を咲かせ、酒と言葉を交し合う。

 宿屋も兼ねている場所なら、そこの集まる人種は更に幅を広げ、国外や遠方からの人間さえ入り込んで、口々に石と泥と砂金を混ぜた、様々な情報の欠片を落として行く。

 そんな場所の一角で、紅髪の少女は今――


「もう一回! もう一回だってばぁ~!」


 誘われた賭けに盛大に負け、大声で駄々をこねていた。







 熱気と喧騒に支配された街、闘技都市グレンベル。

 中央にある巨大なコロシアムを中心に、大小五つある闘技場で、日夜様々な種目と演目が繰り返され、例え太陽が沈んだとしても、この街が眠る事はない。

 熱狂と興奮を持続させる多様な娯楽が、会場の周辺で観覧者たちをてぐすね引いて待ち構え、夜の帳が降りれば、それらは途端に淫靡(いんび)なものへと豹変する。

 朝と夜で二面の顔を持ち、そのどちらも等しく人の心をくすぐる娯楽の都市に、真夜中になって到着した一行は、とりあえず入って直ぐの大通りで見つけた、大型の宿屋兼酒場に入って二階の部屋を一つ借り、一階の酒場で軽く料理を注文して、ようやくの一息を吐いていた。

 そこに、二人組の男が近付いて来たのが事の始まりである。持ち掛けられた賭けポーカーをジャオメイが受け、最初は勝ちつ負けつつだったのが、だんだんと負けが込み、最後には一度も勝ち星が拾えなくなり、今、最後の勝負に負けたという訳だ。


「つっても、もうお前ぇオケラじゃねぇか」


 ジャオメイの正面に座り、ニヤニヤと小馬鹿にしたような笑みを浮かべる、筋骨隆々の禿頭男。隣に立つ、痩せ細った鶏がらのような連れが居るせいで、その逞しさは更に磨きが掛かって見える。

 男の前にはジャオメイから奪った硬貨が小山となって積み重なり、彼女の場には一枚すら残っていなかった。


「ふふん、こいつで――どぉだぁ!」


 はしたなくも、胸元に手を突っ込んだジャオメイが取り出したのは、硬貨の詰まった小さな袋。テーブルに置いた、袋の口から覗くその中身は、少ないながらも全てが金色の輝きを放っている。

 この国での最高硬貨を目にし、男は喜悦の笑みを深めた。一枚で軽く一ヶ月分の食費にはなる金貨の群れだ。男にとっては、宝の山が目の前に出て来たに等しい。

 とんでもない額の賭け金を出したジャオメイに、隣に立って状況を見ていたフイセが、鼻息の荒い彼女をジト目で()め付ける。


「それ、僕たちの最後の旅費なんだけど……」

「勝てばオッケーモーマンタイ!」

「はぁっ……」


 ギルドからクエストの依頼を受ければ、お金は稼げるとはいえ、全ての村や町に、ギルドがある訳ではない。

 小さな村や集落には、そもそもギルドの支部すらない場所も多い上、五大ギルドがそれぞれ出資して展開している総合ギルドでなければ、どのギルドにも所属していないフリーランスのフイセたちは、依頼を受ける事すら出来ないのだ。

 多少の持ち金は有事の際に不可欠なので、盗難防止の為に旅費の大半を、不意打ちを察知する受動技能パッシブスキルを持つジャオメイに預けておいたのが、此処に来て裏目に出た。

 むきになった彼女は、周りからの言葉程度では、梃子でも動きそうになかった。


「いいのかよ兄ちゃん。止めなくてよぉ」

「本当はやめて欲しいけど、言い出したら聞かないのは、短い付き合いで理解しているからね」

「もぉ……」


 男に肩を竦めるフイセの横で、別のテーブルに座ってグラタンを突いていたリリエラも、呆れたように溜息を吐く。

 相手の表情と言動、そしてこれまでの経緯から見て、何がしかのイカサマが行われているのは、まず間違いがないだろう。

 此方を経験不足の若輩と嘲り、小細工を弄して有り金を巻き上げ、世間の厳しさを伝授してくれるつもりのようだ。

 彼らを伺う周囲には、フイセたちを同情や憐憫の眼差しで見つめる者も居るが、介入する素振りはない。もしかすると、この男たちは常習犯で、周りも諦めているのかもしれない。

 さりとて、大人しく負けてやる道理もなければ、こんな連中に金を与える理由もない。

 旅烏な稼業では、過度なへりくだりと遠慮は災いを招く。目には目を、歯には歯を、イカサマにはイカサマを――


「な、ん……っ」

「私の勝ち~」


 本当に最後の勝負となった一局は、先に出させた男の(ジャック)のフォーカードに対し、ジャオメイの手札は、エース四枚とジョーカーまで加えたファイブカード。

 この瞬間、今までの負けを全て清算しても、なお余りある彼女の勝ちが確定した。

 種は簡単。勝負の合間に、相手が見ていない隙を突いて、フイセが目にも止まらぬ速さで、テーブルに置かれたトランプの一部を拝借していたのだ。後はそれを、ジャオメイにこっそり渡しただけ。

 相手もイカサマをしているのだ、手加減は無用である。

 フイセは自分で策を担っていた為に。リリエラは二人への信頼から、さして取り乱していなかったのだ。


「イカサマだ!」


 怒声と共に、テーブルに叩き付けられる拳。その双方の音に反応して、周囲の視線が音源の元であるフイセたちへと振り向く。

 割と広い酒場の中で、今フイセたちが居る席は四つ角の最奥。酒場に来ている全員が気付いた訳ではないだろうが、それなりの視線が、彼らへと集中していた。


「一回負けただけじゃんか~。散々勝っといて言い掛かりとかやめてよ~」

「ふざけんな! オレが負けるはずがねぇ!」

「よかったね~、一つ利口になれたじゃ~ん。勝負の世界には、勝ちと負けが有んだよ~? 知ってた~?」


 わざと間延びした物言いで、あからさまな挑発をするジャオメイ。表情は嫌らしく歪み、これではどちらが悪役か解らない。


「手前ぇ……っ!」

「立っていいの?」

「あ……っ」


 怒りの余り椅子から立ち上がった男に向けて、ジャオメイが告げた瞬間、男のポケットの中から、ごっそりとトランプの束が零れ落ちた。

 どうやらジャオメイ自身も、イカサマには最初から気付いた上での言動だったらしい。趣味の悪いいたずらに、フイセとリリエラが眉をしかめて得意顔の少女を見る。


「さて、これでどっちがイカサマしたかは解った訳だけど、どうする?」

「舐めやがって……」

「凄みが無理なら今度は威嚇? もうちょっと頭使ったら――」


 ジャオメイの軽口を潰すように、再びテーブルへと振るわれる、男の腕。そこに装着された腕輪に填め込まれた、薄紫色のオーブを見せ付けながら、男の表情が凶悪な笑みへと変わる。


「へっ、オレはレベル四十四の「武道家モンク」だ。今すぐ侘びを入れて誠意を見せるってんなら、考えてやっても良いんだぜ?」


 彼の言っている事が本当ならば、レベル六十以上の上位職が『超人』と呼ばれるこの世界では、男の強さは確かに天狗になれるものではあるだろう。

 惜しむらくは、挑む相手を間違えている事ぐらいで。


「あ~、こいつ駄目だわ。やっちゃって良い?」

「はぁっ……無茶は駄目だよ?」

「今更~」


 フイセの苦言に軽く笑いながら、ジャオメイはごく自然な動作で男へと右手を滑らせる。


「あん? がっ――!」


 攻撃技能アクションスキル――小剄しょうけい――


 彼女の中指に込められたオーラが、デコピンによって発射され、彼の額に直撃してその威力を炸裂させた。


「――ぶっ!?」


 男の眉間を強打した、「後退ノックバック」の効果を持ったその一撃は、彼を椅子に座らせたまま、その後頭部を後方の床へと、したたかに叩き付ける。


「お、おぉぉぉぉぉぉ……」


 指と床。前後からの波状攻撃に、男は堪らず頭を抱え、強烈な痛みに床を転げ回る。


「あ、兄貴!?」

「今の見た? 見た? ビッターンってなった、ビッターンって。あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」


 鶏がら男が取り乱すのを他所に、みずからの所業を指をさして爆笑するジャオメイ。しかし、その様子を見る周囲の目は、一体何が起こっているのか解らず、唖然とするばかりだ。

 油断していたとはいえ、本人の発言が嘘でないなら、一流の強者が一撃で地に伏したのだ。しかも、たったの指一本で。


「て、手前ぇ――!」

「やめろ!」


 連れの鶏がら男が、目の色を変えて腰のナイフを抜こうとするのを声だけで制し、禿頭の男は、額を押さえた状態でのっそりと立ち上がった。


「……悪かった」

「ほへ?」


 顔に手を当てたまま、ジャオメイに向かって頭を下げる、禿頭の男。

 その意外過ぎる行動に、彼女は間の抜けた声を出してしまう。


「負けた金は払う――だから、今から俺とサシで勝負してくれ」


 同じ格闘職として、彼女から受けた攻撃に思う所があったらしい。先程とは打って変わって、まさしく戦士のそれへと表情を一変させた男に、ジャオメイは数度目をまたたかせ、続いてゆっくりと、口元に不敵な笑みを作り上げる。


「格好良いね、そういうの――でも、めんどいからパス」

「そうかい、なら力尽くで――っ!?」


 誘いを断られても、彼女の事情などお構いなしに、男が襲い掛かろうとしたその瞬間、ジャオメイの攻撃が当たった箇所と同じ場所に、今度はフイセが指を当て、その行動を止めていた。

 突然の出来事に、男の顔が驚愕に染まる。

 男の方から不意打ちを仕掛けようとしたのだ。灰髪の少年の行動を、咎める理由はない。男が戦慄しているのは、全く別の理由からだった。


「(この坊主、一体何時動きやがった!?)」


 まだ客も多い店内だ、邪魔が入る可能性は十分にあった。そんな周囲からの妨害を想定した上で、自分は臨戦態勢を取っていた筈だ。

 だというのに、目の端で捕らえていた筈の少年は、音も気配もなく近付き、此方の眉間に指を突き付けている。

 それは、この少年が本気になれば、額の代わりに自分の両目を抉る事とて、容易である事を意味していた。


「力尽くが――なんだって?」


 余りの衝撃に、灰髪の少年を凝視していた男は、今度はジャオメイから声を掛けられ、反射的にそちらへと振り向く。彼女の右手には、既に指の輪が作られており、男に向けて何時でも次弾が発射出来る状態だ。

 膠着こうちゃく状態のまま数秒間の沈黙が続いた後、先に折れたのは禿頭の男の方だった。


「ちっ、戦いにもならないって訳か――ほらよ」


 小さく舌打ちした後、ポケットからテーブルに投げ出されたのは、ジャオメイが出したそれより、一回り大きな硬貨の袋。


「手持ちの有り金全部だ。とりあえずはそれで勘弁してくれ。店の飲み食い分は、後できっちり払いに来る。おい、行くぞ」

「へ、へい」


 連れの鶏がら男に顎で指示を出し、禿頭の男は倒れた椅子をそのままに、店の出口へと歩きだす。


「おけーい。中々楽しかったよ」

「ふんっ」


 袋を受けとり男を見送った後、周囲から盛大な拍手が、ジャオメイへと送られて来た。


「すげーぞネェちゃん!」

「すかっとしたぜ! よくやった!」

「やーやー、どうもどうも」


 周りからの歓声に、笑顔で手を振るジャオメイ。一躍悪漢退治の英雄に祭り上げられ、満更でもなさそうである。

 そんな彼女の頭部に、フイセがにこやかな笑顔で手を乗せ、そのまま全力で握り締めた。


「ジャオ……無茶はしないでって、言ったよね?」

「ノー! ノー! ごめんごめん、ごめんなさーい! 妹ちゃん、ヘールプ!」

「自業自得だよ……」


 頭を鷲掴みされ、軽装職ながらもレベル百の握力で容赦なく圧搾され、ジャオメイは痛みに悶絶しつつ謝罪を繰り返す。助けを求められたリリエラも、呆れ返って手を差し伸べる気さえ起きないようだ。


「面白い見世物だった。少し話しがしたいのだが、良いだろうか」


 そんな騒がしい三人の前に、金髪の青年を連れた銀髪の美女が、声を掛けて来た。

 その好戦的ながら、新しい玩具を見つけた子供のような笑顔を向けられた時、フイセたちはこの街での平穏を失った事を確信した。







 時は少しさかのぼり、彼女たちの賭けが終盤に差し掛かる頃、近くのテーブルに座っている女性が、その様子の一部始終を傍観していた。

 赤色の鎧を身に纏い、金属で出来ているように光を反射する、ウェーブの掛かった長い銀髪と、赤い瞳。肌は磁器のようにきめ細かく、深窓の令嬢だと語られても、疑う余地のない気品と美しさが溢れている。

 しかし、それを真っ向から否定する、戦人特有の獰猛さを滲ませたその表情は今、終始笑みが張り付いていた。


「おい」

「はい?」

「あれを見てみろ」


 二つほど離れた先のテーブルで、賭けに興じる少女たちを見るよう目配せした相手は、彼女の対面に座る、金髪碧眼の優男である。

 銀色で統一された全身甲冑フルプレートを身に付けた、巻き毛気味の青年は、言われた通りにしばし紅髪の少女たちの動向を注視する。


「どう見る?」

「そうですね、身長、胸囲、瞳の濃さ、全てお嬢様が負けていますね。強いてあげれば顔立ちですが、これは好みが分かれるものなので、勝敗の優劣としては些か弱いかと」

「だ・れ・が、私と比べろと言った」

「いたたたた、割れます割れます」


 真顔でふざけた発言を口にする青年の顔を掴み、全力で握り込む女性。青年の方は慣れた口調だが、その顔には激痛からか、脂汗が滲んでいる。

 一端開放され、再びそちらへと目を向ける青年。だが、見た所でさして特別な現象が起こっている訳でもなく、何処ででも見かける良くある風景にしか、彼には感じ取れない。


「はぁ。と言われましても、新米の若者が性質の悪い小物に捕まっているようにしか見受けられませんが――助けますか?」

「必要ない。良く見てみろ」


 青年の提案に首を振り、笑みを深める女性。


「ん?」


 その後、しばらく無言で状況を見ていた青年が、不意に小さな疑問符を上げた。

 遠目により確信は持てないが、テーブルの近くに立つ灰髪の少年の手が、一瞬だけぶれた気がしたのだ。


「今、灰色の髪をした方が、何かしませんでしたか?」

「ほぅ、お前でも見切れんか。あれは相手が手元を見ていない時を狙って、テーブルのカードを盗んでいるのさ。お前で無理なら、この酒場に居る人間にはまず見抜けんだろうな」

「成る程、とんでもない速業ですね」


 ようやく主人の言いたい事を理解し、納得がいったと頷く青年。

 例え俊敏特化型の育成なのだとしても、仮にも自分の部下である彼が見切れない速度の所業なのだ。どう考えても速過ぎる。

 恐らくは相方の少女共々、相当な実力者なのだろう。

 しかし、二人には高レベル者特有の、死線を越えて来た貫禄のようなものは感じられない。あくまでその雰囲気は、若者らしい平凡な域を出ないものにしか見えないのだ。

 チグハグな外見とその実力を、興味深そうに女性が眺めていると、どうやら男が賭けに負けたらしく盛大に何かをわめき出した。

 はたから見ている分にも見事な動作で、男を手玉に取る紅髪の少女と灰髪の少年。

 そのやりとりを見つめる女性の顔が獰猛な笑みに変わるのに、然したる時間は必要なかった。


「面白い。実に面白いな、アイツらは。丁度人手が欲しかった所だ。今の騒動が終わったら、声を掛けるか」

「お気の毒な方々です」

「聞こえているぞ」

「いたたたた」


 再び掴んだ部下の顔面を、全力で握り潰さんとしている彼女の名は、オルテンシア・ラヴィニス。

 鎧と腰の剣の中央に刻まれた聖教国の紋章が指し示す通り、世界最高峰戦闘集団、「勇者」の一席に身を置く「炎翼えんよく」の二つ名を持つ美女だった。


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