15・宴―前
「長」を討たれた事で、その命令を強要されていたオークたちは、すぐさま森へと逃げ帰り、黄昏に染まるタルデの町は、強い歓喜に包まれた。
避難していた町人たちが次々と町へ戻り、自分たちの故郷を守ってくれた大勢の戦士たちを、労いと感謝の声で盛大に迎え入れる。
奇跡的に死者こそ出なかったものの、少なくない重傷者の為に、ギルド会館が急場の診療所へと変わり、そこから溢れた患者は、周囲の宿屋が善意で寝床を提供した。
中央の広場の周囲に明かりが灯され、その中心を生産職が僅かな時間で作り上げた、巨大な木製のテーブルが占領する。
そこに乗せられるのは、町の食材を使い果たす勢いで作られた、出鱈目な量の料理の数々だ。
「お前ぇら、今日は無礼講だ! 飲め! 歌え! 騒げ!」
「「おぉっ!」」
町人も冒険者も学院生も、皆が等しく集まった真夜中の宴会は、防衛戦力だった中で、最も年長者であるゲクランの宣言をもって開催された。
野太い大声と共に、大勢が唱和と同時に手に持つジョッキを傾け、小皿に乗せた料理へとかぶりつく。
はしゃぎ回る町人と防衛戦の参加者たちから、少し距離を開けた場所で、フイセたちは休憩用に作られた小さなテーブルに、幾つかの料理と複数のジョッキを置いて陣取り、その様子を遠目から眺めていた。
「皆元気だねぇ」
「勝算は高かったけど、知らない人たちにとっては一世一代の危機だっただろうからね。不安が大きかった分、反動も凄いんだと思うよ」
ちびちびと泡立つビールを飲みながら、頬杖を付いて横目で町人らを窺うジャオメイに、同じくビールのジョッキに軽く口を付けて傍へと置いたフイセが、何処か傍観者染みた感想を漏らす。
この世界に、明確な飲酒に対する年齢制限は存在しないが、実はフイセにとって、何気に今生初めての飲酒だったりするのは、ただの蛇足である。
「でも、町も皆も無事で本当に良かったよ」
「妹ちゃんは優しいのぉ。いい子いい子」
「もぅ」
からかい半分で頭を撫でて来るジャオメイに、不満そうな声を上げながら、結局それを受け入れるリリエラ。彼女だけは酒が苦手な為、手に持つジョッキに入っているのはビールではなく、リコを搾って水で割った、半透明色のジュースである。
宴会は段々と熱気を高め、早くも酔っ払った何人かが、呂律の回らない歌を大声で叫び、熱に当てられた何組かの男女が、コソコソと暗がりに消えて行くのが見受けられる。
「この宴会のお金って、誰が出すんだろね?」
「総合ギルドとこの町だよ。今回の防衛戦で、事態を終結まで持っていけたから、周辺の町から被害を抑えた謝礼金とかが、戦力を集めた総合ギルドと、ギルドに依頼を発行した町に送られるだろうからね。参加した人たちの報酬も、其処から出てるんじゃないかな」
「ふぅん」
自分で出した質問の答えに、さして興味のなさそうに相槌を打った後、一杯目のジョッキを飲み干し、二杯目へと手を伸ばすジャオメイ。
その視線は、町人たちから彼らに囲まれている、美しい蒼髪の女性へと移っていた。
「こっちに来て初めて、「勇者」の戦いを生で見たけど、やっぱ強いね。同じレベルが二人居たら、まず勝てる気がしないよ」
「教皇に認められてるだけあって、表向きの人格も問題はないみたいだしね。進んで争う気はないけど、もし教会が僕たちの敵に回ったら、最悪「勇者」との潰し合いになる。厄介だね」
積極的な敵対行為をするつもりは毛頭ないが、さりとて「勇者」の中に、既に自分たちと同じ「プレイヤー」が入り込んでいる以上、異世界からの来訪者が存在するという情報は、教会側に渡っていると見ていた方が良いだろう。
危険と未知を併せ持つ自分たちの存在に、教会が一体どんな策を打って来るかは、想像が出来ない。
教会そのものは、別に悪の組織という訳ではない。寧ろウルティエラのような、弱者を救うべく奔走する、神の使徒としての使命に燃えている信徒も多い、まともな宗教団体だ。
しかし、どんな組織でも同じように、教会も一枚岩ではない。人々を幸福へと導くその裏で、ジャオメイの出合った神父のような、神の名の下に唾棄すべき所業に身を染める者も、決して少なくはない。
そして、神を信じる余り、それ以外の全てを否定する、盲信的な信者たちも――
ゲームという擬似的な媒体により、クエストのイベントや公式の設定資料という形で、その闇の一端を垣間見ている二人にとって、教会を含めた多くの国や大型ギルド等の組織は、酷く懐疑的な存在として目に映ってしまう。
二人は「勇者」を傍観しながら、戦闘開始時に見たその猛攻を思い出し、万が一彼女が「敵」として現れた際の攻防を、頭の中で冷静にシミュレートする。
「あの時の「勇者」様、とっても格好良かったなぁ……」
そんな二人を現実に引き戻したのは、蒼の「勇者」に見蕩れながら、陶酔に近い溜息を漏らす、リリエラの声だった。
その目から、思慕の波動でも漏れ出しそうな程、うっとりと「勇者」を見つめ続ける栗髪の少女に一度視線を向け、フイセとジャオメイはお互いに苦笑を交わし合う。
「おやおやぁ、どうしますお兄ちゃん。妹ちゃんが益々「勇者」ラヴになっちまいましたが」
「まぁ、僕たちに憧れても仕様がないからね。目標がある事は大事だよ」
「ちーがーうー。此処はあの「勇者」ちゃんにバーニング嫉妬する所っしょう? おぬぉれあの青っ子めぇ、よくもアタシらの妹ちゃんを誑かしおってぇ――てな感じで」
「なんでさ……ていうかそれ、絶対ジャオの気持ち入ってるよね?」
「何故ばれたし」
「何でだろうね」
「ふーんだ、フイセ君のむっつりスケベ」
「ジャオ、少し酔ってる?」
「うふふ、相変わらず面白い方々ですね」
リリエラに毒気を抜かれ、二人で取り留めのない会話をしていたテーブルに、気付けば話の種であるウルティエラが、直ぐ傍まで近付いて来ていた。もしかすると、先程の視線に気付いたのかもしれない。
「おりょ、お疲れー」
「お疲れ様でした。皆さんのお陰で、この町も無事に明日を迎える事が出来ます。本当に、感謝の言葉が絶えません」
「お互い様ですよ。ウルティエラさんが此処に居なければ、もっと被害は大きかったでしょうし」
「ありがとうございます」
最初に会った時と変わらず、終始微笑みを浮かべながら、丁寧な言葉遣いで腰を折るウルティエラ。
教育の賜物なのだろう。あれだけの人数に囲まれていれば、少しは周囲の酒気に当てられていそうなものだが、彼女の顔は平静そのものだ。
或いは、顔に見合わず単に彼女が酒豪なだけか。
「しかし、今回の事件は気になる点も多く有ります。「長」が二匹同時に生まれていた事もそうですが、私に助力した黒い影のような方と、町に出たというもう一体のオークキングを仕留めたと思われる謎の人物――善からぬ事が起きる前兆でなければ良いのですが……」
「アハハハ」
「ハハハ、ソウデスネ」
結局、町に襲来したオークキングを退けた白ネコの着ぐるみは、姿を見せたのが一瞬だった事と、明らかに異常な格好だった事もあり、あの瞬間を見ていた人たちの中でも、酷く曖昧で価値の低い情報しか残らなかった。
顔を翳らせたウルティエラの言葉から、自分たちへの嫌疑は薄い事に安堵しながらも、やはり当事者である自覚からか、フイセとジャオメイは気まずそうに視線を泳がせる。
「申し訳ありません。詰まらない話でしたね」
「い、いいいいえ、そ、そそ、そんな事は――」
「だからぁ、妹ちゃん緊張し過ぎ」
「うぅ……」
どうにも憧れの対象の前では、持ち前の明るさも空回りしてしまうらしい。再び指摘されて、涙目になったリリエラの前へとしゃがみ込み、その顔を聖母のような笑顔で覗き込むウルティエラ。
「防衛戦での貴女の活躍は、私も聞き及んでいます。その年で、見事な素質をお持ちのようですね。どうかそのまま自分を見失わず、我々「勇者」のような、弱き人々の導き手と成れるよう、期待していますよ」
「は、はひっ、頑張ります!」
二度目の握手を行い、リリエラは嬉しさの余り、彼女の手の平を両手で強く握り締め、キラキラと目を輝かせて何度も首肯を繰り返す。
そんな妹に若干呆れながら、情報収集も兼ねて、握手を続ける「勇者」に質問を投げ掛けるフイセ。
「そう言えば、ウルティエラさんはシンクレア家の後継者なんですよね」
「はい。不運にも今代の当主に男子が恵まれなかったので、私が将来のシンクレア家の当主と成ります」
「うへ~、将来が固定とか、アタシは絶対無理だわ」
「確かにそう仰られる方もいらっしゃいますね。ですが、私にとって完璧な「勇者」となる事、延いてはシンクレアの当主となる事は、幼少より目指した一つの目標でもあります。浅学非才の身ではありますが、これからも民を護り導く「勇者」として、精進を繰り返していきたいと思っております」
固い口調で、己の夢を断言するウルティエラ。その瞳に映る決意の眼差しは、生半可な覚悟ではない事が、出会って間もないフイセたちの目にも、容易に想像出来た。
「では、皆さんの旅が実り多いものであるよう、私も祈っております」
ようやく、リリエラとの握手を終えたウルティエラは、静かに立ち上がると、三人に向けて軽くお辞儀をし、再び宴会の中央へと帰って行く。
「真面目だにぃ。ねぇ、シンクレア家の前の「勇者」って、誰だっけ?」
「「月光」のアンドレアスだよ。ゲーム当時はレベル七十五の「守護聖騎士」。今の年齢は多分、六十代後半位じゃないかな」
彼女の後姿を見送りながら、ポツリと疑問を口にしたジャオメイに、学園長とゲーム時の情報を混ぜ合わせて答えるフイセ。
ウルティエラが授かったという「水月」の二つ名も、恐らくは前当主である父の名に肖って、教皇から下賜されたものなのだろう。
「うげ、教会至上主義とは名ばかりの、権力バンザイオッサンじゃん。良くあんな綺麗なのが育ったもんだねぇ」
「或いは、今見せているあれも、全部演技だったりしてね……」
ゲームでNPCとして相対した時の、ろくでもない思い出が甦り、露骨に顔を歪めるジャオメイに、フイセも町民へと優しい笑顔を向ける、その「勇者」の振る舞いに目を細める。
各国の王や五大ギルドの長、聖教国の「勇者」など、ゲームの登場人物として存在していたNPCは、此方の世界でも実在する人物として生活していた。
勿論この世界の住人である彼ら彼女らの全員には、歴然とした己の意思があり、ゲームで触れられていたのはその一面に過ぎないので、この世界に居る実像とはかけ離れている可能性も十分にある。
因みに、この世界に居る高レベル者や、高名な者たち全てがNPCだった訳でもなく、フイセたち「プレイヤー」が、此方で初めて知る事になった人物も多い。
内訳としては、フイセの義母であるグレイシアや、シンクレア家の後継であるウルティエラが新規組であり、学園長や現シンクレア家当主であり、今回の話題の人物でもあるアンドレアスがNPC組の位置付けとなる。
ゲーム時での姿は、眉間に皺を寄せた厳つい顔に、オールバックで白髪交じりの頭髪。更には口元にカイゼル髭を付け、服装と装備は煌びやかで無駄に装飾が凝らされているという、いかにもな格好だった。
ゲームに登場した彼を端的に表現するとすれば、それは「悪い貴族」である。
登場するイベントも、「勇者」としての活躍の場より、聖教国を中心とした権力争いの敵味方としてのものが多く、対外的には清廉潔白な「勇者」を演じながら、それが不要な場では平民を見下した態度を取る、傲慢なキャラクターとして描かれていて、ゲームをしていて彼に良い印象を持つ人は少ないだろう。
はっきり言って嫌われ役のキャラクターであり、彼の登場したイベントは、十中八九彼があれこれと暗躍していたという、正に「勇者」側の悪党なのだ。
現実となったこの世界での彼と、表向きしか知らない彼女の内面は知る由もないが、願わくばゲーム時の彼のように、歪んだ性格に育っていない事を祈るばかりである。
「決めた!」
二人の会話の間に復活したリリエラが、突如大声を上げて立ち上がった。
「うわっ、いきなりどうした、妹ちゃん?」
「私、「魔法剣士」になる!」
「え~、流石にそれはやり過ぎだと思うよ?」
彼女が宣言した転職先に、明らかな「水月」の「勇者」に対する強い憧憬を感じ取ったジャオメイは、たしなめ口調で軽く眉をひそめる。
中位職である「魔法剣士」は、上位職「破魔剣士」の下位互換であり、文字通り剣と魔法の両方を使いこなす、主に近、中距離戦で活躍する中衛職だ。
回復と補助の魔法こそ取得出来ないものの、地風火水の基本四属性攻撃魔法に加え、自身の武器にだけ使える付与技能「属性付与」等、取得した技能の属性に、弱点を持つ者が相手ならば、非常に優位な立場で戦闘を進める事が出来る。
反面、物理攻撃力を司るATKと、同じく魔法攻撃力を司るINTにステータスの成長を取られる為に、物理防御のDFと魔法防御のMDF、そして魔法技能の要となるMPの成長の低さが問題となる。
その上、全属性の魔法を取得するには、スキルポイントが全く足りない為、大体の人が属性を一つに絞るか、複数属性を選ぶ場合でも、状況に応じて使い分けの効く魔法を一つずつ取得する程度しか出来ない、育成難度の高い職業でもあるのだ。
「フイセ君、どうする?」
「良いんじゃないかな。今までのリラの戦い方から見ても相性は良い筈だし。「魔法剣士」は防御が少し低いから、そこを何で補うかが要課題だね」
ジャオメイの問い掛けに、あっさりと首を縦に振るフイセ。
妹が望むなら、それを全面的に後押しするのが、兄の役目である。
現実的には、防御の低い戦士職は死の危険が増える危うい職と言えるのだが、彼女の隣には、規格外の保護者が二人も居るのだ。弱点を緩和させる「冒険者」から上がる事も含め、問題は少ないと判断を下した結果だった。
「良いんかい。まぁ、妹ちゃんが決めたんなら、仕方がないかー。あーあ、「武道家」にでもなってくれれば、アタシが手取り足取り教えてあげれたのになー」
「本音が漏れてるよ、ジャオ……」
「ちぇー、ちぇー、今日は自棄酒だい!」
口を尖らせ、言葉通りにテーブルに置かれたジョッキを、次々と呷るジャオメイ。
戦闘の時とは異なる、暖かな喧騒の中、宵闇の宴はまだまだ続く――




