14・変身
「ひぃっ」
「せいっ!」
「ぎゃぼっ!?」
バランスを崩して尻餅を突き、身を竦ませた少年に襲い掛かるオークを、横から棍を一突きして悶絶させるジャオメイ。
「びびんな! 男の子でしょうが!」
「は、はいっ! すみません!」
長身から見下ろしながら、大声で叱責され、慌てて立ち上がる少年。地面に倒れていた事もあり、その威圧感は相当なものだっただろう。
再び武器を構えて走り去って行く少年を見ながら、ジャオメイは軽く頭を掻いた。
「アイタタタ……先輩風吹かせちった。恥ずっ」
「中々的確な指導ですね。どうです、学園の教師などに興味はありませんか?」
「先生、こんな時に何やってるんですか!?」
自分の行動に悶えている彼女に近付き、暢気に勧誘しようとするラハに、傍に居たリリエラが突っ込みを入れる。
彼女らの周囲は、少し前から前線が崩れ、敵味方の入り乱れた乱戦状態へと突入していた。周りから発生する熱気と騒音が、止む事なく肌を振るわせてくる。
「妹ちゃんは大丈夫?」
「うん、まだまだいけるよ!」
「きっと後もう少しだから、がんばっ!」
「はいっ!」
気休めに激励したものの、事態は徐々に悪化の一途を辿っていた。
森からの止まぬ増援、疲弊する人間たち。
既に後方では、魔力の切れた者が続出し、怪我人の治療も追い付かなくなり始めている。
「風よ、散じて爆ぜよ」
魔法技能――複魔暴風――
ラハの手から放たれた魔法は空間を跳躍し、先程の少年と同じように、人間側を押している亜人数匹の足下で炸裂して、彼らを宙へと舞い飛ばす。
「(やばいなぁ、早くフイセ君たちが「長」仕留めてくんないと、そろそろ町の入り口まで突っ込まれちゃうかもだねぇ)」
焼け石に水な情景を遠目に、自身も亜人たちを次々と無力化しながら、心の中で冷静に分析するジャオメイ。
正確な時間は解らないが、フイセが森に入ってから随分な時間が経過している。リリエラに言ったように、そろそろ亜人たちに動きがあっても良さそうなのだが――
そんな劣悪な状況で、最悪な事態が発生する。
「ばあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
本来ならばありえないだろう存在が、オークたちの後ろから、怒声を撒き散らして其処に居た。
「なん……だ……?」
「おい、あれ……」
「うそ……だろ……っ」
それを見た人間たちから広がる、静かな驚愕の波紋の中で、紅髪の少女はその光景を眺めながら、乾いた笑い声を漏らして笑みを引きつらせる。
「あーははは、そうだよねぇ。ちゃんと止めとか、死体の確認とかもやってないもんねぇ」
浅黒い肌、群を抜いて巨大な体躯、そして無数の傷跡――
「死んだ振りとか、野生動物の常套手段だよねぇ……っ」
他のオークたちに守られながら、彼らの数倍は大きな巨体を晒して出現したのは、間違いなく彼らの王であるオークキングだ。
今まで斥候に見付からず、何処に隠れていたのかは解らないが、その身体に残る数多の刀傷は、先日フイセたち三人が相対し魔物だと確信するには、十分過ぎる証拠だった。
恐らくだが、フイセたちは既に森に居る「長」を仕留めていて、今目の前に居るこの魔物こそが、現在オークたちを操っている元凶なのだろう。
「二匹生きてたから、同族の増量も更に倍とか、適当過ぎっしょう……」
湧き出ている数から見て、相乗効果は倍の倍で四倍といったところだろうか。
そんなどうでも良い事を考えて、ジャオメイが現実逃避している間にも、人間たちは突然の森の王の襲来に、統制を失っていく。
「そ、そんなっ」
「どうしてこっちに!?」
「馬鹿な! 「勇者」は一体何をしてやがる!?」
事態を飲み込めない大勢の悲鳴や怒号が混ざり合い、人間たちの間に恐怖が小波となって伝播する。
反対に、オークたちは間近で「長」が爆音を上げて命令を飛ばす影響により、その興奮度を軽い臨界状態に移行していた。
目を充血させ、口から泡を吹き出しながら、更に勢いを増して襲い掛かる亜人の群れを前に、人間たちは次々と後退を余儀なくされていく。
「あ~、こりゃダメだわ」
「ジャオさん!?」
手に持つ棍を放り投げ、諦めた口調で両手を上げるジャオメイ。その突然の行動に、リリエラは驚きの声を上げて彼女を見上げた。
「仕方ない、か――」
紅髪の少女は小さく呟きながら、周囲を確認し――
「妹ちゃん……ばれたら、ゴメン――っ」
全員の視線が「長」に向いたこの状況で、ジャオメイは「プレイヤー」としての切り札を切った。
装備変更――セット3――
彼女の衣装が粒子へと帰り、変わって装着されたのは、対刃、対打撃を含め、全十種にも及ぶ耐性を持つ、強固な全身装備だった。
肌を覆う純白の生地には、幾重にも剛毛が生え揃い、そこから伸びた両手足の先に、敵を切り裂く五本の鉤爪。
手の平の中心には、衝撃を緩和する素材が装着され、頭部に鎮座するのは、孤高を象徴する猫科を模した、雄雄しく巨大な被り物。
そこに取り付けられた眼光が、太陽の光を受けて、まるで獲物を求めるかのように怪しく輝く。
「鎧」扱いの筈が、それ一つだけで装備四枠を埋め尽くす、少女の身体を覆い隠したその装備の名は、「ディフェンスアーマー・ネコ(白)」――要するに、白ネコの着ぐるみだった。
「えぇー……」
その余りな姿に、心の底から呆れ返っているリリエラを他所に、装備の変更に重ね、ジャオメイは自分の持つ付与技能の中で最も効果の高い、短期決戦用の技を開放する。
付与技能――鬼神招来――
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
咆哮と共に、灼赤の陽炎がその身を包む。
髪留めが弾け、真紅の長髪が泡立つ。血液が体内を高速で循環し、その顔がみるみると赤色に染まっていく。紅の瞳は更に色を深め、まるで紅蓮の炎の如き揺らめきと灯を放った。
彼女の体内で、爆発にも似た膨大なエネルギーが荒れ狂う。
しかし、それらは全てきぐるみの中での出来事。外から見ているリリエラには、巨大な白ネコが、威嚇の為に鳴き声を上げているようにしか見えない。
どうにも締まらない空気の中、噴出したオーラが旋風を巻き起こし、土埃が周囲の視界を覆ったその瞬間、地面を蹴り砕く音と共に、着ぐるみの姿が掻き消えた。
「失せろ」
攻撃技能――神・龍星脚――
一瞬で彼我の距離を埋めたジャオメイの飛び蹴りが、迫り来るオークキングを、声も許さずに森の方向へと弾き飛ばす。
ふざけた格好とは裏腹に、恐ろしい程の威力を込めたその蹴撃は、巨体の重さなどまるで意にも解さず、そのまま「長」を大地に付ける事なく、再び森の中へと叩き戻した。
一撃を加えた後、着地と同時に吹き飛ぶ王を高速で追随する事で、白ネコの着ぐるみは瞬く間に消え失せる。
後に残されたのは、自分たちに命令を下していた者が突如居なくなり、我に返ったオークたちと、目の前の出来事が理解出来ず、呆然とする人間ばかりだった。
「み、皆さん、反撃です! オークたちが動きを止めています! 今が好機です!」
「「「お、おぉ!」」」
いち早く意識を戻したリリエラの号令を受け、他の人間たちも慌てて武器を構え、魔物に向けて振るいだす。
正気へと戻ったオークたちは、森へと逃げるもの、興奮が収まらず暴れ回るもの、訳も解らずうろたえ続けるものなど、完全に統制を失い、烏合の衆と化していた。
「逃げてる奴はほっとけ! 襲って来る奴だけを全員で仕留めろ!」
「怪我人の収容を急いで下さい。重傷者を優先して、魔力切れを起こして戦闘が続行出来ない方が率先して運んで下さい」
ゲクランとラハが的確な指示を出し、周囲の人間たちが、それを聞いて即座に行動を開始する。
一気に人間側の勝利へと傾いた戦況は、急速に場を終息させていった。
◇
「ありゃま」
森に入ったジャオメイを待っていたのは、何時も通り黒尽くめの格好をした、彼女の旅仲間だった。
彼がやったのだろう。木々を薙ぎ倒し、地面に仰向けに倒れたオークキングは、首、頭部、心臓と、急所を悉く切られて絶命している。
「お疲れー」
「あぁ、ジャオだったんだ。お疲れ様。その格好、どうしたの?」
突然現れた白ネコの着ぐるみに、驚いて武器を構えそうになったフイセだったが、その中から聞き覚えのある声を確認して、黒剣を鞘へと収める。
「いやぁ、結構ジリ貧だった所にこいつが出てさぁ、仕方ないから一応誤魔化しで、さっき言ってたネタ服に着替えてぶっ飛ばしたの――どぉどぉ、似合う?」
「なるほどね、それでこんな所で伸びてたんだ。着ぐるみは誰が着ても同じ格好だから、似合うも何もないと思うんだけど……」
両手を腰に当てて、クネクネと謎の動きをする巨大な白ネコに、呆れた口調で答えを返すフイセ。
彼の言う通り、声だけしか変化のない服装で感想を求められても、答えようがない。
「ひーどーいー。ここは嘘でも「似合ってる」って言う所じゃない?」
「だから、着ぐるみが似合ってるって言われても、喜ぶ要素は低いよね?」
「こう、ほら、滲み出るアタシの可愛らしさとか」
「ジャオは、普段のままでも十分可愛いよ」
「フイセ君……さてはイケメンジゴロか!?」
「なんでさ……」
一段落着いた事で緊張感もなくなり、二人の間で下らない会話が繰り広げられる。
「――で、どうしよっか?」
「まだ、散発的な戦闘は起こってるみたいだし、こっそりとあっちに混ざれば、とりあえずは誤魔化せるかな?」
多少出過ぎた真似も仕出かしたが、これ位なら許容範囲だろう。
ジャオメイの変装と、手助けした「勇者」の動向に若干の不安があるが、やってしまった以上は仕方がない。事態が悪化するようなら、リリエラを連れて全力でこの土地を離れるだけだ。
「それじゃあジャオ、僕の手を握って」
「はーい、ん」
隠蔽技能――完全隠蔽――
二人で手を握り合い、フイセが軽く念じると、二人の身体の周囲に、薄い膜が出現したような、奇妙な感覚が起こる。
フイセが、町の防衛戦から抜け出た際も使用した技能で、地面以外の何かに接触するか、敵に攻撃を仕掛けたり、逆に攻撃を食らったりするまでの間、仲間と自分の姿を周囲から完全に見失わせる、最高峰の隠蔽技能である。
高レベルの「索敵」や「看破」の技能には見破られる等、幾つかの弱点も存在するが、此処に居る人間のレベル帯なら、「勇者」以外の人たちには、まず発見は不可能だろう。
「髪、ほどいたの?」
技能発動後も、仲間内では効果の範疇外なので、装備を戻したジャオメイの変化を見て、フイセは疑問を投げ掛ける。
髪を下ろした彼女は、少年の目には随分と印象が変わって見えた。これで民族衣装ではなく、立派なドレスでも着込めば、さぞかし綺麗になるだろうと、木漏れ日に煌く真紅の髪に、ほんの少しだけ見蕩れてしまう。
「あー、あの髪留めだけは短縮装備じゃなくて、こっちで買った物だったからねぇ。一撃で決める為に付与掛けたら、着ぐるみの中でふっ飛んじゃって……どうしよっかなぁ」
「あ、それじゃあこれ使ってよ」
ほどけた長髪を弄ぶ少女に差し出されたのは、紫の蝶の装飾があしらわれた、小さな髪留めだった。
中々に上等な造りらしいそれを見て、首を傾げるジャオメイ。
「うん? 何でフイセ君が、女物の髪留めとか持ってんの?」
「元々はお母さんの物なんだけどね。リラの髪が伸びたら渡そうと思って、一つだけ貰って来てたんだ。まさかこんなに早く誰かに渡すとは、思ってなかったけど」
「ありがたーやです。ピロリロリンッ、これでアタシの攻略ルート解禁だ!」
「しないよ。ジャオは仲間でしょ」
「ノリが悪いなぁ。フイセ君超クール」
早速その場で髪を纏め上げ、髪留めを刺した後、二人は森を抜けて、逃げ惑うオークたちとは反対方向に歩を進める。
次第に近付いて来る戦禍の跡地を見回しながら、紅髪の少女は自慢げに鼻を鳴らした。
「でもやっぱり、この世界ってホント危なっかしいよねぇ。今回とか、アタシら居なかったら町も壊滅してたくない?」
「それは大丈夫だったと思うよ」
「ほへ?」
自分たちが起こした、影ながらの活躍をあっさりと否定するフイセに、思わず間の抜けた声を上げるジャオメイ。
「ラハ先生は、レベル六十台の「四精魔道師」なんだ。精霊魔法には、敵味方識別可能な広範囲魔法が多いから、先生が防衛に加わった時点で、僕たちに負ける要素は低かったんだよ。それにウルティエラさんだって、僕の援護がなかったとしても、勝つのは時間の問題だっただろうしね」
「え゛ぇ゛~」
灰髪の少年から衝撃の事実を聞かされ、ジャオメイは形容し難い顔と共に、一気に脱力してしまう。
あの状況で、皆を助ける最善の一手を担った彼女にしてみれば、次善の策が当然のように用意されていたと聞けば、気力も落ちるというものだ。
「学園も、何の保険もなしにこんな課外授業何て、設けたりしないよ」
「教えてよぉ」
「ごめん。ピンチになったら、ラハ先生が真っ先に動くと思ってたから」
自分たちの行動が、実はそんなに大した意味を持っていなかった事に、盛大に意気消沈したジャオメイの姿を見上げ、フイセは彼女の肩を叩きながら苦笑した。
「確かに危なっかしい世界だけど、この世界はこの世界なりに、僕たちの力なんて要らないくらい、上手に回ってるって事だよ」
「うぅ……調子こいてました」
自分たちは確かに強力な力は持てど、それに比肩する者も、この世界には多いのだ。自分たちだけが誰かを救える等とは、思い上がりも甚だしい。
「勇者」然り、その他の高レベル者然り。彼らの代わりと成れる存在は、決して少なくない。
例えレベルが低い人たちでも、団結力をもって当たれば、十分上位者を圧倒する戦力となり得る。
世界を渡って来た自分たちプレイヤーが、決して絶対の存在ではない事を再確認しながら、二人は夕暮を背に帰路に付いた。




