13・勇者
「来た……っ」
門に急造された櫓に上り、弓兵と共に森を眺めていたニッカが、呟きを漏らす。
「来たぞ! オークの群れだ!」
すぐさま下に向かって大声で伝達し、自分も素早く屋根伝いに飛び降り、地面へと着地して部隊に合流する。
次第に森から姿を現す、オークたちの光景を眺めながら、ジャオメイがフイセに向けて、ぽつりと言葉を投げ掛ける。
「ねぇ、フイセ君……」
「なに?」
「正直な感想、言って良い?」
「良いんじゃないかな」
「数、多過ぎじゃね?」
「多いね……」
予想を遥かに超える集団に、呆然と呟きを漏らす二人。
その視線の先には、地面を侵食するかように、遠くに見える森すらも視界から隠す勢いで此方に突撃して来る、オークたちの姿があった。森から増え続けるその数は、恐らく百や二百では到底数え切れないだろう。
昨日の今日で増えたにしては、どう考えても数が合わない、亜人の圧倒的規模の進軍に、周囲の人間はおろか、「勇者」であるウルティエラでさえ、声も出せない様子だ。
「皆さん、落ち着いて下さい!」
いち早く正気に戻り、周囲に激を飛ばすウルティエラ。
「初撃の魔法は水で統一します! 技能に持ち合わせのない方は、その後に風と土でお願いします!」
彼女は腰の宝剣を素早く引き抜き、詠唱を開始する。
「世界に遍く広がりし、四の四たる至宝が一翼、青の賢者が力を此処に――」
「勇者」の紡ぐ言の葉と共に、彼女の周囲に魔力の渦と小さな旋風が巻き起こる。
魔法技能には、「通常詠唱」と「短縮詠唱」が存在する。
「通常詠唱」は、術によって決められた呪文を唱える事により、十全な威力を発揮し、「短縮詠唱」は、自分で設定した単語を発するだけで魔法が発動するものの、威力は「通常詠唱」よりも落ちる。
一瞬が命懸けの戦闘では、普段殆どの者が「短縮詠唱」を使っているので、「通常詠唱」は、威力を上げる「追加詠唱」と置き換えても良いだろう。
「汝が手より滴る雫、我が力を預けたりて、立ち塞がりしものを穿つ幾重の飛礫と成せ――」
彼女の前方に、静止した雨粒が大量に出現する。それは時間と共に瞬く間にその数を増大させ、その視界を水滴で埋め尽くしていく。
「穿ちなさい!」
魔法技能――連魔水弾――
発動の誓言によって放たれた無数の弾丸は、迫り来るオークたちの身体を次々と貫通し、死体の山を築き上げていく。
「うわぁ、相手が弱過ぎるから、まるきり虐殺じゃん。これは酷い」
「あの魔剣の増幅効果もあるんだろうね。流石に「勇者」だけあって、装備も一級品を揃えてる」
「凄い……」
三者三様の感想の間にも、周囲の魔法職の放つ水魔法が幾つも敵陣に命中していくが、「勇者」の魔法はそれらを遥かに凌ぐ威力で、亜人たちの群れを掃討する。
「勇者」たちの魔法で生まれた大量の屍を前に、しかしオークたちは一切怯む様子もなく、死体を踏み潰して突撃してくる。
「第二波、撃ちます!」
ラハの号令と共に続いた二回目の魔法攻撃も、敵の数は減らせど、その勢いに衰えを与える事は出来ない。
「やはり、「長」を討たねば止まりませんか……」
狂気とも言える亜人たちの進撃を目の当たりにし、顔を翳らせるウルティエラ。
「これより、私は「長」を討つ為に森へと突入します! どうか皆様ご武運を!」
背後に向かって大声を上げ、蒼の「勇者」はたった一人で、亜人の群れへと駆ける。
「切り捨てなさい!」
魔法技能――斬水魔断――
剣の一振りに合わせて短縮詠唱の魔法が発動し、彼女の前に居た十匹近いオークが、その軌跡に出現した水の刃によって一気に両断される。その開いた穴に自身を潜り込ませるように、ウルティエラは亜人たちの中へと消えていった。
「僕も、少しここで戦ったら森に行くよ。流石にこの量だと、例え「勇者」でも討伐するのに時間が掛かるだろうから」
「うーい。ほんじゃアタシは、それが終わるまでここでゆるゆるやっとく感じで」
「今のリラなら、多分レッドオークでも一対一で戦えば十分倒せると思うけど、なるべく無理せずに、ジャオの近くで行動してね」
「うん、解ってる」
フイセたち三人も、迫り来る脅威に表情を硬くしながら、互いの行動を確認し合う。
「あれ? フイセ君って、その格好でも戦れるんだ」
始めて見る、腰の鉈を手に収めたフイセの姿を、意外そうに眺めるジャオメイに、灰髪の少年は苦笑を返す。
「当たり前だよ。勿論、僕たちの短縮装備や、勇者の魔剣並みって訳にはいかないけどね。最初は短剣だったんだけど、レベル百の瞬発力で振ると直ぐに刃が折れちゃって、その度に厚さと長さを伸ばしていってたら、最終的に鉈になっちゃったんだ」
「なんたる悲劇。アタシらの身体能力じゃ、生半可な武器は使えないもんねぇ」
「短縮装備があって、本当に助かってるよ」
「アタシあれ、枠の一つがネタ装備だったりするから、結構心中複雑だったり。ていうか、三枠ともネタ装備な人がこっち来てたら、絶望しかないよね」
「あはは」
実力から来る余裕もあり、喧騒の中で軽く会話を弾ませる二人。
「しっかし……この数だとちょっち妹ちゃんのフォローは難しいかもだねぇ。大丈夫?」
「大丈夫だよ、頑張る!」
「ん、いい返事。さてさて、適当に行きましょっかい」
「はいっ!」
ジャオメイが軽い調子で背中の棍を振り回し、リリエラは真剣な表情で左手の盾を確認し、腰のショートソードを引き抜く。
「やばくなったら本気でやるけど、良い?」
「うん。そうなったらもう、仕方ないと思うから」
ジャオメイの、確認の名を借りた宣言に、複雑な表情で首肯するフイセ。
「行くぞお前ぇら! 死ぬんじゃねぇぞ!」
「「「おぉっ!」」」
遠くから聞こえる、ゲクランの怒声に合わせて、その場に居る多くの者の雄叫びが呼応し合い、地面が揺れるほどの鬨の声を作る。
二回の魔法攻撃で数を減らしたとはいえ、その量は未だ此方の数を大きく上回っている。
理性を失ったオークたちの群れと、町を守るべく終結した人間たちとの戦の火蓋が今、切って落とされた。
◇
先程から、一体幾ら切ったのか解らなくなるほど多くの魔物を切り捨て、薄暗い森をひた走ります。
「長」が生まれたとはいえ、先程の邂逅で感じていたように、魔物の数は明らかに異様な数が湧き出しており、木々の間に所狭しと溢れ返っています。
「広域索敵」で感じ取れる気配は、最早重なり過ぎて当てにもなりません。
そんな中で剣を振り、魔法を飛ばしながら突き進む私の前に、ついに標的が現れます。
「があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
辺りの木々を薙ぎ倒しながら現れた、浅黒い巨体を持つオークキングは、私を発見するとすぐさま大気を震わせて絶叫を上げます。すると同時に、その声に釣られた周囲のオークたちの動きが、私に向かって一斉に振り向き、この身体を押し潰さんと集約してきます。
一度大きく飛び退いて、包囲網から抜け出した私は、右手に聖剣を構え、オークキングへと突撃します。
「はぁっ!」
短い呼気と共に繰り出される一撃が、襲い掛かるオークを絶命させ、次の一振りがまた別の一匹の命を刈り取ります。
しかし、迫って来る眷属が多過ぎて、中々「長」に足を踏み出す事が出来ません。
「せいっ!」
聖剣の一振りが、相手の武器ごと易々とその身を両断し――
「穿ちなさい!」
魔法技能――連魔水弾――
短縮詠唱を持って放たれた水弾の連射が、数多の死体を生み出しますが、すぐさま周囲から眷属の壁が補強され、彼らを纏める王には一度として届きません。
以前別の場所で、仲間と共にこれより遥かに強い「長」と対峙した事もありますが、それでもこれほどの眷属の量はなかった筈です。
何かがおかしい。しかし、その理由を考えている余裕も、私にはありませんでした。
幾ら刃を振るい、魔法を放ち続けても、周りの眷属が邪魔で、「長」そのものに、私の攻撃が当たりません。
「長」とはいえ、所詮はオーク族。油断するつもりはありませんが、さりとて時間さえあれば、私に負ける要素はありません。
しかし、私にはその時間がありませんでした。
一刻も早くあの魔物を討たなければ、残して来た町に住む人々が、町を守る為に戦っている人たちが危ないのです。
幾ら焦ったところで、状況が改善される訳もなく、焦りは不和となって、更に刃を鈍らせます。
「(このままでは……っ)」
救えないのか――また――
頭に過ぎる言葉に歯軋りし、それを振り払うように、左手に魔力を集中させます。
「激流よ!」
魔法技能――青魔重波――
右手の剣で数匹の首を同時に刎ね、繰り出した青の魔力波が、更に数匹を巻き込んで、オークキングへと向かいます。
しかし、敵を十程貫通した辺りで威力を失い、虚空へと消失し為に、やはりキングには届きません。
「ばおあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
攻撃技能――大咆哮――
オークキングの口が開き、大音量の絶叫と共に、眷属を巻き込みながら衝撃波が放出されます。
「はぁっ! ――くっ」
私はそれを、魔力を通した聖剣で両断し、「長」へと足を進めようとした所で、再び溢れたオークたちの壁に阻まれてしまいます。
息が、苦しい――
全ての歯車が噛み合わず、ただひたすらに時間が消費されてしまいます。此方の手立ては何一つ相手に当たらず、しかし相手の眷属たちもまた、此方の身を脅かしはしない。
そんな奇妙な拮抗状態が、私の中にある不安と焦燥を更に加速させます。
「長」は此方からひたすら距離を離して、時折口から衝撃波を放ち、遠距離からの手段に終始してきます。
「長」の性質上、周囲の眷属を抜け出さねば、触れる事すら敵わないその戦法に、僅かな苛立ちが起こりますが、感情を高ぶらせても現状は何も変わりません。
幾ら「勇者」などと囃し立てられても、所詮はこの通り、人一人に出来る事など知れています。
様々な任務で、自らの未熟から誰かを救えなかった事とて、一度や二度ではありません。
しかし、だけど――
私は誓ったのです、「勇者」になると。立派な「勇者」となって、全てを救うと。
自我の目覚め始めた幼少の頃からの夢。叶えたい、否、叶えなければいけない、私の悲願。
こんな事では届かない。完璧な「勇者」から、こんなにも程遠い私では――
彼には、永遠に届かない――
「……っ」
戦いの最中だというのに、胸が押し潰されそうになる程の苦痛が、心に突き刺さります。
「(何を余計な事を、今は目の前の……?)」
無駄な思考を振り払い、何とか「長」に届く一手を考えようとした私は、其処でふと、周囲の変化に気が付きました。
敵の数は減ったように見えないのに、何時の間にか、此方に仕掛けてくる魔物の数が、明らかに減少しているのです。
眷属を切りつつ周囲を見渡せば、魔物たちの影から時折覗く黒い影のような何かが、次々と此方へと向かう魔物を仕留めているのが、微かに見受けられました。
高速で移動しながら敵の首を飛ばし、急所を抉る。その速さは、もしかすると「勇者」である私さえ凌ぐものに感じられます。
姿を現さず、声さえ掛けて来ないその誰かは、しかし的確な挙動で此方の障害を、次々と除外てくれているのです。
何者かは解りませんが、どうやら利害は一致している様子。
「助太刀、感謝します!」
背後を預ける安心感を覚え、その誰かにお礼を述べて、私は剣を大きく振るうと、「長」に向かって走り出します。
「長」の前に居る、邪魔な眷属の数は二十程。
「(これならばっ――)激流よ!」
魔法技能――青魔重波――
再び放った青の魔弾が、その半数以上を吹き飛ばし、残りを素早く切り伏せた私の刃が、遂にオークキングへと突き刺さります。
「があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
絶叫が辺りに響き、腹から大量に血飛沫を上げる森の王。
一度近付いてしまえば此方のもの。この瞬間、亜人の王と私の戦いは、その勝敗を決定しました。
「おがあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「水よ、退けよ!」
魔法技能――青魔障壁――
雄叫びと共に体当たりを繰り出すオークキングとの間に、純青の障壁が出現し、その巨体を受け止めます。
左右から飛び掛ってくるオークを即座に断ち切り、障壁を消して怯む「長」の腹を薙ぎ切ります。
「うごあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「切り捨てなさい!」
魔法技能――斬水魔断――
反転して更に足へと一撃加えた後、剣の軌道を変えて繰り出した水の刃が、その巨体を斜めに深く切り裂きます。
今までの息苦しさが嘘のように、周囲に溢れる眷族たちは、襲い掛かって来るその半数以上が、黒の乱入者の手によって絶命し、私には届きません。
「うがあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
痛みからか、怒りからか、片膝を付きながら空気を震わせ、その右手に持つ棍棒を、真上に振り被る森の王。
私は、死の恐怖も忘れて攻撃してくる眷族たちを相手にしながら、唸りを上げて振り下ろされる棍棒を冷静に見据えます。
幾つもの敵を屠りつつ、溜め込んだ魔力を十分に聖剣へと練り込ませ、此方に届く寸前で、その一撃を切り飛ばした後、跳躍。
「やあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
裂帛の声と共に振り下ろされた私の剣が、一連の騒動の根である、オークキングの頭部を確実に両断しました。
「ぶおあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ!」
最後の断末魔と共に、その巨体が地に落ち、大地を震わせたのを最後に、森の長はその命に終止符を打ちます。
「長」の呪縛を解かれた、周囲のオークたちは皆、正気に戻ると同時に三々五々と辺りに散って行きました。
「水よ」
魔法技能――魔水球――
今まで浴びた返り血を、生み出した水球で軽く洗い流し、私は加勢をしてくれた黒の影を探す為、周囲を伺います。
しかし、やはりと言うべきか、その姿はおろかそこに居た気配さえ、既に欠片も存在しません。
腑に落ちない点は有りますが、助けられたのも事実。
「お礼を、言いそびれてしまいましたね……」
そんな独り言を呟いて、私は聖剣を鞘に収めます。
この事件は、これにて解決でしょう。後は町に帰り、被害のほどを確かめるだけ。
少し時間は掛かりましたが、これならば全壊は免れている筈です。
眷属の大量発生や、先ほどの黒の影について等、懸念事項は残っていますが、後に調べを進めれば良い話でしょう。
「(これでまた、少しは私の望む「勇者」に近付けたのでしょうか――)」
そんな益もない考えが、不意に脳裏を掠めます。
それがどれ程無意味な思考か理解しつつも、私はそれを辞める事が出来ません。
血の臭いが充満する森の中で、私は知れず、懐のお守りを――「勇者」が持つには決して相応しくない、古くほつれも目立ち始めた小さな無地のハンカチを、強く強く握り締めていました。
微かにしか見えない空をただじっと見上げ、私はしばし過去の残滓に想いを馳せます。
「私は、違うから……頑張るから……だから……きっと……」
あの夜から繰り返し続ける、誓いの言葉を口にしながら、私は足早にその場を後にしました。
望みは遥か遠く、しかし私に許されるのはこの歩みを止めず、ただそれを繰り返すだけ。
進んでいるのか、戻っているのかも解らない道を、ひたすらに前へと歩む事で、何時の日か私の理想に、この両手を届かせる為に――




