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トゥライト・テイルズ  作者: タクミンP
第二章・蒼の勇者
12/29

12・宿

「うーん……」


 装備を外した姿でベッドにうつ伏せに寝転がり、ぱたぱたと足を振りながら、リリエラは何度目かになる唸り声を上げていた。

 男女で部屋を分けようとしたフイセに対し、ジャオメイから「フイセ君はヘタレだから大丈夫」、と不名誉な信頼の言葉が告げられ、リリエラは元より反対する理由もないので、宿代節約の為に、二人部屋を三人で利用する事となった。

 別に懐事情に問題はないのに、何故か節約思考になってしまうのは、前の世界の習慣故か。

 三人とも身体の線は細いので、一番身体の小さいリリエラが、どちらかのベッドで一緒に寝ても、負担は小さい。

 そんなリリエラが、睨み付けるように向ける視線の先には、自身の契約した薄紫色の宝玉――エイドオーブが鈍く輝いていた。


「転職、まだ決まらない?」

「うん。こんなに多いと、どれにしようか迷っちゃって」

「妹ちゃんは「冒険者(ノービス)」だから、物理系にも魔法系にも行けて、余計に選択肢多いよねぇ」


 本人にしか中の見えない宝玉を隣から覗き込みながら、ジャオメイは彼女の頭を撫でる。

 初期八職の内、他の七職を混ぜ合わせたような中間職である「冒険者ノービス」は、ゲームの時は元より、こちらの世界でも最も就職率の高い職業だ。

 平均的なステータス成長に加え、戦士(ソルジャー)攻撃技能(アクションスキル)、「縦一線(ラインスラッシュ)」、魔道士(マジシャン)魔法技能(マジックスキル)、「魔火球(イ・ラ)」など、全ての初期職技能の一部を取得出来るこの職を最初に選び、少しレベルを上げて幾つかの技能(スキル)を試し、その後オーブを「初期化」して自分に合った職業を選び直す、というオーブの仕組みを理解させる、初心者向けのチュートリアル的な側面も持っている。

 この職を育てて中位職に転職すれば、特化職よりも性能は落ちるものの、どの職であってもそれなりに弱点を補った状態で成長が可能なので、契約者自身の安心感という意味でも、この職を選ぶ人は多い。


「今ウチのパーティーで足りないのは、回復と付与とか? あぁ後、遠距離攻撃もだね」

「僕たちの都合で、リラの未来を決めたくはないかな。僕たちの能力なら、今の所どれも必要ないし」

「うむむ~」


 そんな保護者たちの会話を聞いて、ますます悩みを深めてしまうリリエラ。


「まぁ、今は二十で止まってるだろうけど、オーブの経験値自体は保留され続けるから、決まるまでじっくり考えると良いよ」

「こっちじゃ、一生もんの選択だもんねぇ。妹ちゃんよ、悩め悩め~」

「うぐぐ~」


 頭から湯気でも出しそうなリリエラには、取り合えず悩み続けて貰う事にして、残る二人は今日の出来事を反芻する。


「で、オークキングの事なんだけど、どう思う?」

「思うも何も、居るんじゃないかな、森に」

「でも、もうアタシらが倒したじゃん」

「「ホロロの森」で「(キング)」が生まれる場所は、泉を挟んだ「森羅の庭」と「万象の(その)」の二箇所。ひょっとしたら、今回は二匹同時に生み出されたのかもしれないね」

「うぇ、そんなのあり?」


 フイセの仮定に、眉を(しか)めるジャオメイ。

 確かにフイセたちは森を抜ける際、「万象の苑」には立ち寄っていないので、其方に何かあったとすれば、知らなかったとしても無理のない話だ。


「ここはもう、プログラミングされたシナリオ通りに進むゲームじゃないんだ。僕らを含めて、イレギュラーは幾ら起こっても不思議じゃないよ」

「あー、妹ちゃんを襲ったオークたち。追いかける前より数が増えてるかなーとか思ってたけど……ひょっとして、もう一匹が出してた斥候だったのかもねぇ」

「だとしたら、攻めて来るのは脅威のない此方側の可能性が高くなるね」


 数日前の場面を思い浮かべ、僅かに表情を曇らせる二人。

 何時「(キング)」が移動を開始するか解らない為、最大戦力である「勇者」のウルティエラを、この町から離す訳にはいかない。

 「(キング)」は発生と共に魔脈は活性化させ、同族を生み出し続けるので、現在森の奥はオークの巣窟と化しているだろう。フレイベルドでも対策は練られているだろうが、恐らくは自衛が限界だ。

 例えフレイベルド側から森への進軍があったとしても、正反対側からの進攻では、オークたちが此方に足を進めた場合、討伐が完了するまでにこの町は壊滅するだろう。

 「(キング)」の行動が予測出来ない以上、此方の持てる策はたった一つ。攻めて来た瞬間を狙い、返す刀でいち早く「キング」を見つけ出し、狩るというものだ。

 そうすれば、後のオークは「(キング)」の統率を失って森へと逃げ帰るので、後は周囲の町が依頼を発行し合い、ゆっくりと間引きを行えば良い。

 問題は、もしこの町に攻めて来たとして、「キング」を見つけて討伐するまでの間、どれだけの時間を、「勇者」なしで防衛が出来るかという点だ。

 後でギルド嬢から聞いた話では、防衛戦力として登録した者は、およそ二十人程。警備兵も加えれば、全体は三十を少し超える程度だろう。

 町に入った時に出会ったゲクランがレベル三十台、残りの二人はレベル二十台で、他は十台が殆どらしい。比較的脅威の少ない土地柄という事が、完全に裏目に出ていた。

 フレイベルドに増援を要請しているとの事だが、果たしてそれも間に合うかどうか。


「お兄ちゃんたちで、どうにか出来ないの?」


 オーブから顔を上げて此方を見やるリリエラに、二人は渋面を返す。


「そうしたいのは山々だけど……」

「こんな近場でアタシらがはっちゃけちゃうと、ママさんがぶっ飛んで来るだろうからねぇ」

「そっかぁ」


 二人の答えに残念そうに呟き、再び顔をオーブへと戻すリリエラ。

 既に森側の門には、無謀な人間を見張る目的もあり、「索敵」持ちの兵士が配置されているので、気付かれずに町を抜けるのは困難となっている。

 仮に抜け出せたとしても、森で情報収集をいている斥候と鉢合わせでもすれば、言い逃れも一苦労だ。


「今回の戦いには、消極的参加って所かな。勿論リラが全力で戦う分には、何も問題はないよ」

「まぁ、ゲクランのおっちゃんたちが言ってたみたいに、此処には「勇者」が居るんだし、多分大丈夫なんじゃない?」


 フイセの出した結論に、ジャオメイが楽観論を被せる。

 幾ら考えた所で、未来が不透明である以上、その全てが徒労に終わる可能性もある。考えなしも問題だが、余り深く悩み過ぎて、怯えながら旅をしても楽しくはない。


「ずっと隠し続けるのも息苦しいから、次のグレンベル辺りから普通にしようとは思ってるけど、流石に旅に出て数日で騒がれるのは、お母さんにも迷惑が掛かるだろうからね」


 自分たちの力がこの世界の住人にとって、異常過ぎるのは決定的だが、それを隠し通すのは難しいだろう。

 何時かはその存在を、世間に明かさねばならないが、さりとてその場は今でも此処でもない。折角旅を始めたのに、自重が出来ないからと連れ戻されては、その機会さえ失う事になる。


「あぁ、そういえばあの「勇者」さん。始めて見たんだけど、あの人ってプレイヤー?」


 自分の言った言葉で思い出したのか、フイセに疑問を投げ掛けるジャオメイ。

 「クイン・リブレ・オンライン」内で最も有名なNPCである「勇者」は、時に仲間として同じ依頼をこなしたり、またある時には敵対して、プレイヤーの前に立ちはだかったりした。

 作品の「顔」として、CM等でも何度か登場しており、公式サイトにも、メンバー全員がプロフィール付きで乗っていた為、興味があれば覚えるのは容易かった。

 そんな記憶の中に彼女の姿はないので、至極当然の意見を告げるジャオメイに、フイセは軽く首を振って否定した。


「ううん。確かにこの十何年で、世代交代や新規参入があってて、その中にはプレイヤーらしき人も居るけど、彼女はシンクレア家の世代交代組で、こっちでの叩き上げだよ。学園長の調べだと、レベルは凡そ八十台前半の「破魔剣士(アークセイバー)」だって」

「凄ぇ!」

「凄いよねぇ」


 驚きの声を上げるジャオメイに、感嘆の溜息を吐くフイセ。

 エイドオーブの契約は、「鬼」等の上位種を除いて、全てレベル一から開始される(初期化すれば、上位種もレベル一から可能)。

 彼女はあの年齢で、死が隣り合うこの無慈悲な世界の中、ゲームとは比べ物にならない、並々ならぬ努力と研鑽を積み上げて来たのだろう。


「そういうの聞くと、アタシらって凄いズルしてるのが解るよねぇ……」


 「勇者」の実態を知り、リリエラの隣に寝転がりながら、ジャオメイは天井を見上げて一人ごちた。

 自身のオーブを「初期化」する事も可能だが、この危険な異世界で、平和過ぎると言っていい過去の記憶を持つ彼らにとって、それは自殺行為に等しいものだろう。

 魔物たちと戦えているのは、ひとえに彼らが一方的な実力を持つからこそだ。本気で何かと殺し合い、命を掛けて戦いをするなど、この世界とは異なる倫理観を未だ引き摺る彼らには、例え何年此方で生活したとしても、到底出来るとは思えなかった。


「そんな事ないよ」


 そんな二人に向けて、オーブを眺め続けていたリリエラが、不意にその口を開いた。


「リラ?」

「そんな事ない。お兄ちゃんもジャオさんも、貰ったものを使ってるだけだよ。他の人とは違うけど、同じ人なんて居ないから。だから、お兄ちゃんたちは何も悪くないよ」


 二人が抱える罪悪感を、この世界の住人でありながら、あっさりと許容するその発言に、フイセとジャオメイは、しばし呆然としてしまう。


「お兄ちゃんはお兄ちゃんだし、ジャオさんはジャオさんだもん。お兄ちゃんもジャオさんも生きてく為に力が必要だったんでしょ? だったら二人のオーブは、きっと神様からの贈り物なんじゃないかな」

「こ~の~娘~は~、うりゃぁ!」

「ひゃっ」


 彼女の純粋な言葉に感極まり、隣からリリエラを抱きかかえるジャオメイ。

 結局、別世の記憶であれ、二人の持つエイドオーブであれ、与えられたものが如何に他人と異なるものであったとしても、与えられた以上はどれだけ否定しても、なくなりはしない。

 あるがままを受け入れ、その中で最善を目指す。当たり前だが、それ故に難解な一つの答えを、自分の妹に示され、フイセも思わず笑みを浮かべてしまう。


「何て可愛いのこの(むすめ)は! えぇ子じゃのぅ、うりうり~」

「くすぐったいよぉ」


 抱き付いた状態で、頭を撫で回すジャオメイと、恥ずかしそうに身を捩るリリエラ。


「ほら、夜中に暴れたら、他のお客さんに怒られるよ」

「「はーい」」


 そんな下らなくも温かい三人の掛け合いは、夜の明かりが尽きるまで続いた。







 明けた朝。

 帰って来た斥候からの情報で、オークたちはこのタルデ方面に向けて侵攻を開始した事が判明した。

 「(キング)」も既に移動を開始しており、この町に彼らが到着するのは、時間の問題だろうとの事だった。


「やっぱり、フラグだったかなぁ」

「かもね」

「ふらぐ、て何?」


 昨日の会話を思い出し、苦笑し合う二人の隣で、リリエラが首を傾げる。

 緊張感が増す中、街道からとある集団が、町の入り口へと到着した。

 隊列を組んで現れた、数十人の先頭の男が、安堵の溜息を吐き出す。


「良かった。どうやら間に合ったようですね」


 パリッとしたスーツの上から、よれよれの白衣を被った、覇気のない男だった。

 緑の長髪を、後ろで一纏めにした頭髪に、細く長い手足。糸目に片眼鏡(モノクル)を掛けた温和な表情は、戦場が近付くこの場所において、やや浮ついた雰囲気を醸し出している。


「ラハ先生!?」

「おやおや、リリエラ君じゃないですか。あぁ、そういえば、卒業されたのでしたね。おめでとうございます」


 決戦を前に、なんとも暢気なやりとりを行う彼は、オウス・アーカー学園の資料室長にして、座学の筆頭講師でもある男だ。

 普段は書類整理に追われているが、学園長の愛弟子として実力も高く、学園の懐刀とも言える講師だった。


「王国都市フレイベルド設立、オウス・アーカー学園の講師、ラハ・エイムスと申します。学園生五十名と共に、此度の防衛戦の支援を仰せつかり、参上致しました」


 鎧の紋章から、彼女を「勇者」と判断したのだろう。ウルティエラに向けて深く腰を折るラハ。


「学生だぁ、役に立つのかよ?」

「最高位クラスのみで選出した人員です。心配は無用ですよ」


 ゲクランの懸念に、片眼鏡の講師は表情を崩す事なくあっさりと断言した。

 学園において最高位のクラスとは、既に各国の騎士団や大型ギルドで内定が決まっている者が大半の、仕官養成クラスを意味している。

 レベルも二十近くの者が大半であり、この戦で、多数を相手取る集団戦を学ばせると共に、戦場での気構えなどを教える目的も兼ねているのだろう。


「要請に応えて頂き、ありがとうございます。私は聖教国教皇直下、「勇者」ウルティエラ・L・シンクレアと申します。私は敵陣の出現と同時に「(キング)」を仕留めるべく森へと入ります。皆さんは、この町の防衛に努めて下さい」

「畏まりました。魔道士隊は町の後方支援部隊と合流、彼らの指示に従って下さい」

「「「はいっ!」」」

「剣士隊はこれより町の防衛戦力と共同し、オークたちを足止めします。突出は控え、油断しない事。練習の成果を示そうなどとは思わず、普段通りに戦って下さいね」

「「「はいっ!」」」

「お前ぇらもだ! 出来るだけ周囲に気を配れ! 無理に気張らず、深手を負った奴はなりふり構わず後方に退け! 回復職は後ろで回復の設置陣を維持し続けろ!」

「「「おぉっ!」」」


 増援の隊長であるラハと、防衛戦力の隊長であるゲクランの鼓舞により、気合を入れ直す一同。

 数十年に一度の大戦が、この宿場町を舞台とし、間もなく開始しようとしていた。


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