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妖ブレイド  作者: rai
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半妖(3)

 目覚まし時計のアラームが甲高く鳴り響いた。望は目を瞑ったまま、その目覚まし時計のアラームを止めて、嫌々起き上がる。

 時計の短い針は二を指している。洗面所で顔を洗い、卓袱台に置いていた神木封印用の呪符をポケットに入れて、彼は半妖の姿を探す。だが、どこにも見当たらない。ベランダ、トイレ、汚い押入れまで探したのだが彼女の姿はどこにもなかった。

 「ヒギナ?」

 名を呼ぶが宵に聞こえる音は犬の遠吠えだけ。だた、紋様の効力が発揮されている限りそう遠くに行ける筈ない。だとすれば。

 ジャケットを着て、彼は外へ通ずる扉を開いた。

 「何やってんだ?」

 インターホーンのすぐ横にもたれかかっていたヒギナが細い体躯を震わせた。目を合わせようとしない彼女からは、不快や嫌悪ではなく、後ろめたいものを感じる。まるで、母親に怒られることを恐れる幼子の様な。

 「調子が悪いなら、今日は止めておこうか?」

 束の間の後、彼女は振り絞る様に言った。

 「いや・・・問題ない」

 「でも」

 「問題ないと言っているだろう!」

 叫び声が静寂の世界を鋭く切り裂いた。

 「・・・分かったよ」

 釈然としない。何に、どうして叫んでいるのか。それが望には理解できない。彼に対して文句があるなら彼に叫べばいい。実際、この二日間彼女はそうしてきた。だが、今のヒギナは望を見ようともしないのだ。

 一抹の不安は、けれども微かなものではあった。望は知らないのだ。ヒギナの性格や嗜好、知性、感性など、とにかく知っていることの方が少ない。だから彼女が叫んだ根本に共感できるとは思わない。

 無言のまま、人影のない道を離れて歩く。最初はヒギナが前を歩いていたのだが、神社までの道など彼女に分かるはずもなく、今は望の後ろを追っている。

 しばらく歩き、アスファルトの道路が地面に変わったところで望は歩くペースを落とした。同時にヒギナのペースも遅くなり、やはり二人が交わることはない。結局、鳥居に辿りつくまで彼らは一言も話さず、目を合わせることもなかった。

 色褪せた錆色の鳥居を潜り、左右を暗い林に挟まれた階段を上っていく。不気味な雰囲気を強めているのは神木から漂う邪気のせいである。それに引き寄せられた何かが林の中で蠢いた、そんな気がして望は唾を飲み込む。一歩、また一歩と上るたびに深まる闇。その黒に慣れることはない。

やっと見えてきた神木に、彼の鼓動は早まった。

 「やっぱ夜の神社は不気味だな。さっさと済ませるか」

 ポケットに入っている五枚の呪符の内、神木の封印の為に使うそれを取り出す。そしてそれを貼り付けようと手を伸ばしたとき。

 「あ・・・」

 「ん?」

 ヒギナの思わず漏れたような声。振り向く望に、彼女はのろのろと首を振った。

 「どうしたんだ?言いたいことがあるなら遠慮せず言ってくれ」

 ひんやりとした風が吹き付ける。だがヒギナは震える理由は、その寒さのせいではない。心配そうに話しかけてきた望に発する一言が、やたらと恐かったのだ。

 「何でもない。何も、ない」

 「そう、か」

 何もない様には見えなかったが、彼は追及しなかった。そして神木に手を伸ばし、二年前に施した封印の呪符を、新しいそれに張り替える。

 「これでだいじょう・・・・ぶ?」

 しかし、神木から溢れる出る妖気は止まらない。どころか、それは勢いを増して行く。

 そして呪符は、跡形もなく霧散した。

 葉と、木の枝がおどろおどろしく合唱する。それは心臓を凍りつかせるような深く、暗く、鈍い音であり、望に絡みつく恐怖としては充分であった。

 彼はたじろいだ。そうやって得た後ろへの一歩は彼にとっての精一杯だった。しかし、その一歩は神木から伸びた太い枝にとっては、意味を成さない距離である。それが頭上から、力強く彼目がけて叩き落とされた。

 「ぐっ!」

 地面が震える。間一髪のところで望が命を繋いだのは、リリナが持たせた結界を張ることのできる呪符だった。反射の内にポケットから取り出せたそれがなければ彼は今頃、木の枝に潰され臓腑をぶちまけていただろう。

 だが、命の無事に胸を撫でおろす暇はなかった。彼を圧殺出来ないと分かった神木が次に狙ったのはヒギナ。

 灯籠を薙ぎながら立ち竦む彼女へ向かう細い枝。望は結界を解き、リリナが持たせたもう一つの呪符、鋭利と化すそれに力を籠めて、彼女に迫っていた枝へ投げつける。

 「飛べっ!」

 「!」

 望の声に反応してヒギナが高く飛躍した。その下を、両断された枝が凄まじい速さで抜けていく。もしその枝がもっと太ければ、飛んでも避けることはできなかっただろう。

 「お前・・・」

 望はヒギナに駆け寄り、結界を張った。あまり力は残っていない。結界はそう長く持たないだろう。

 「どうして、助けたんだ・・・」

 ヒギナはぽつりと呟いた。その言葉の真意を望は理解していた。

 彼女は人間に対して直接的に害を与えることはできないが、呪符のすり替えならば直接の範疇には至らない。神木を封印するための呪符は、この半妖の手によって、彼が寝ている間にリリナのものから望のものにすり替えられていたのだ。軽く持ったり見たりしただけでは判別不可能なことを、望の独り言から把握したうえでの行動だろう。

 「私は、お前を殺そうとしたんだぞ!」

 そう彼女は言ったが、突き動かされた最大の理由は望が死ぬことによって得られる自由ではなく、リリナのあの目だった。馬鹿にすらされない、存在すら認めてもらえないようなその目。しかしリリナに直接逆らうことが出来ない彼女にとって、その目に反抗するための機会はここしかなかった。リリナの作った呪符が封印に失敗したように思わせる。それが、自分や望を危険に晒すだけであり、リリナ本人には大した影響を与えないことだとしても、彼女は彼女であるためにすり替えなければいけなかった。

まるで幻術にかけられたかのように、ヒギナは思い込んだのだ。

 「そうだな。でも、そんなこと関係ない」

 息を切らせながら望は淡々と言った。

 背中が、疼いていた。もうすぐ訪れるかもしれない死に。死に満ちた、あの顔に。

 あんなものはもう、二度と見たくない。

 「俺はただ、俺が助けたいと思ったからお前を助けたんだ」

 そう言う望だが、彼にこの状況を打破する力はない。最も忌むべきものに触れることによって与えられた力を揮うことに彼は抵抗を持っていた。だからその力の研鑽を彼は避けてきたのだ。

 その結果がこれだ。

 リリナの言葉が脳裏を掠める。激しい後悔に、唇を強く噛みしめる。

 結界に、亀裂が走った。

 「くそっ!」

 一刻の猶予もない追い詰められた状況でヒギナは、地に落ちていたそれなりに長い木の枝を拾った。

 「持っているんだろ。私の力を解放する、呪符を」

 五枚も呪符を持つことになる。望がリリナに垂れた文句。

 ヒギナに激痛を与える呪符。神木封印のための呪符。鋭利と化す呪符と結界を張ることのできる呪符。

 残された最後の一つにヒギナはそう当たりをつけた。

 「ヒギナ・・・」

 そしてそれは当たっていた。半妖に激痛を与えるための呪符と一緒にリリナからに渡された二枚目は、紋様の封印から半妖を解放するための呪符だった。

 「信じてくれ、なんて言わない。私が生き残るため、人間なんかに借りを返すため、力を戻してくれ!」

 木の枝を望に差し出す。望は何の力も持たないそれを受け取って、頷いた。

 結界が破れる。人の横幅ほどの太さもある枝が、空を切裂くような葉が、神木の邪気全てが彼らに襲いかかる。

 しかしそれらは一つも到達することがなかった。阻んだのは、ちっぽけな木の枝による一振り。それが枝を容易く切り裂き、葉を風圧で消し飛ばす。

 望に剣術の心得などない。彼の太刀筋はどうしようもない素人の、波打つ軌道だ。しかし、神木の攻撃を防いだそれは空間を食らい尽くすような斬撃だった。

 それこそ、妖刀のような切れ味。

 「すげぇ・・・というより凄まじいな」

 圧倒的な力が、手から伝わる。彼が今構えているのは頼りない木の枝などではない。ヒギナの長髪にも似た美しい薄小金色で光るそれは、命を託すには眩すぎる存在。

 望はそれを、神木へと向けた。

 神木の枝の攻撃によってボコボコになった地を踏みしめる。膝を曲げ、蹴った一歩は速く長い。闇雲に振るうだけでも迫り来る枝や葉は両断され、神木へ続く一直線は簡単に拓ける。

 「うおぉぉぉおお!」

 黄金色の刃が、神木の編んだ枝の壁ごとそれを薙ぐ。光に裂かれた神木は、黒ずみ、無数の粒子になったかと思うと、宵の暗闇に溶けていくのだった。

 「・・・なんか、拍子抜けするほど呆気なかったな」

 「私が憑いた物体はどんな名刀より切れ味の良い武器となるからな」

 木の枝から現れた半妖の姿は神々しく、そして妖艶だった。鋭く伸びた牙に爪。地に着く位まで垂れる黄金色の髪。消えてしまいそうな儚さをもつ、透き通る長い肢体。そして月光に照らされ輝く、自信に満ちた端正な顔立ち。が、望はそれの頭を殴りつけることに聊かの躊躇もなかった。

 「ぐぅっ!」

 紋様の封印が解け、力を取り戻した今の彼女ならば、望を引き裂くことなど容易いだろう。しかし、彼は命の危険を顧みず殴った。

 「何をする!」

 ヒギナは、頭を手で押さえながら抗議するだけだった。

 「ほんと、何てことをしてくれたんだよ。俺はともかく、関係ない人間まで巻き込んでしまう可能性があったんだぞ。なんか神木も消えてしまったし」

 「うぐっ」

 「ごめんなさい、は?」

 望はなんとも優しい声色でそう言った。

 この(にんげん)は普通ではない。呪符をすり替えたヒギナを守り、そして信じた。人間や妖怪から揶揄され差別を受けてきた彼女にとってそれは心地良いものであった。

 もっともその心地良さは、呪符をすり替える前から感じていたものだ。もし望がそれまで彼女が接してきた人間通りだったなら、すり替えることに苦悩などしなかっただろう。

 「・・・・ごめんなさい」

 だから、彼女は謝った。

 「ま、まぁ、俺の呪符に神木を封印できるだけの力があればこうはならなかっただろうし、それに・・・」

 期待していなかった謝罪をされ、望は頬を掻いて言い淀む。

 「あの妖刀を見つけてしまったのは、俺だしな」

 後ろめたさは彼にもあった。ヒギナが今ここに居る理由は、彼が刃無しの妖刀を見つけたからだ。勝手にその妖刀から呼び起こし、紋様までつけて力を封印したことを、彼は気にやんでいた。

 「それは、いいんだ。寧ろその事には、ほんの少しだけ・・・感謝、している。あの刀に憑いたのは私の意思ではない。閉じ込められていた、と言ってもいい」

 「そうか」

 階段を降りていく。戦いの跡を残す無残な境内だが、リリナに頼めば恐らく何とかしてくれるだろうと望は楽観視する。死の恐怖、極度の緊張から解かれた体は休ませてくれと訴えていて、今はただ家に帰ってベッドに横たわりたかった。

 「それで、どうするんだ?」

 「ん?」

 質問の意図が分からないようにヒギナは首を傾げた。

 「紋様の封印、解けたただろ」

 「あ」

 ヒギナは目を丸くした。それから天高く跳躍したり、階段を何度も上り下りしたり、とにかく距離の制限が無くなったことを歓喜する。

 「人を襲ったりするのは止めてくれよ。リリナさんに殺されるぞ」

 「・・・まず、あのいけ好かない魔女を襲いに・・・」

 望の言葉は全く聞こえてないようだった。そしてなんとも恐ろしいことを口にする。

 「お前の為に忠告しておく。絶対にやめておけ」

 「そうだな」

 意外にも、ヒギナは簡単に諦めた。

 あの魔女に虫けらだと思われようが、今となってはどうでもいいことだった。確かに腹は立つが、どうしてそんなことで呪符をすり替えたのか、疑問に思うほどだ。

 「えらく聞きわけが・・・・残念な御知らせがある」

 振り返ってヒギナを見た望は、魔女の施した封印の強さを思い知る。ヒギナの首筋、消えていたはずの紋様が、薄くではあるが浮かび上がっていた。

 階段の上で月を見上げていた彼女が、引っ張られたように階段を転げ落ちてくる。

 「どうやら、一時的にしか解けないようだな」

 伸びた髪や爪や牙は、元通りになっていた。

 再び力を封じられた半妖は、距離の制限によって転げ落ちた階段に横たわり、怒りに頬を震わせて宣言するのだった。

 「あの魔女・・・・絶対にいつか、引き裂く!」

 結局得られなかった自由。しかし、そう悪くはないのかもしれない。望もヒギナもそう思いながら、口数少なめに月光が濡らすアスファルトの道路を少し離れて歩くのだった。




 「ええ。予想どおりです。戦闘で生じる音を遮断し、周りに被害が及ばないようにするため結界を張りはしましたが、介入するまでもなく彼らは、神木を滅しました」

 荒れた境内を見回しながら、執事服を整える。フェルガーは無人となったその場所で、口を動かせた。

 「はい。そうです。妖が、上梨様に力を貸しました」

 親指で種を弾く。それは、霧散した神木あった場所に着地した。

 「しかし、主もお人が悪い。こんなことをしなくとも、彼らは何れ手を取り合っていたでしょう」

 コホン、と一つ咳き込む。

 「いえ、出過ぎたことを申しました。全ては、主の意のままに」

 紫色の液体が入った小瓶の蓋を開け、それを種にかける。あっという間に大木になったそれにしめ縄を飾ってフェルガーは、変わらぬテンポで足音を刻み、立ち去った。

 戦いの跡を完全に消え、そこはいつも通り、何一つ変わらない境内だった。


日本刀の名前は長船が一番カッコいいと思っています。

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