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妖ブレイド  作者: rai
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オープニング

 街中の一角に、そこまで大きくはないが、小さいとも言えない空き地がある。狭苦しく建物が並ぶこの辺りで貸地の看板すら立っていない空き地があることは、不思議と言って差し支えないだろう。

 だが、そこに目を向ける者は誰一人としていなかった。そのことがことさらに異様さを感じさせる。まるで、意識から、そして識閾からも遮断された不明の空間がそこにあるかのようだ。

 「見える人間にとっては、相変わらず異常の光景だな」

 空き地の向かい側にあるコンビニから出てきた青年はそう呟いて顎を撫でた。誰もが通り過ぎるその不明の正体が彼には見えている。時代に逆らうような、歴史を感じさせる黒ずんだ木造の家がそこには建っていて、行き交う人々を見下ろしているのだ。

 とはいえ、それすらもカモフラージュだ。不明の本質はその家から続く地下にある。そして彼は、そこに用があった。

 「二週間振りか。そろそろ終わってるといいんだけどな」

 そう呟いて、ズボンのポケットから財布を取り出し残金を確認する。その中身は寂しいもので、コンビニでつい買ってしまった野菜ジュースとチョコスナックに対して後悔を抱くほどだった。

 信号が、青に変わる。横断歩道を渡り、廃屋にも見えるその家のドアを掴んで一気に開けた。傍から見れば空き地にパントマイムをする悲しすぎる人間だが、この家のドアを掴んだ瞬間から働く未知の力によって彼の人間としての尊厳は守られるのだった。

 「お待ちしておりました、上梨(かみなし)様」

 青年、上梨(かみなし)(のぞむ)を直ぐに出迎えたのは、執事服を着こなす初老の男性だった。深々と頭を下げ、柔和な口調で彼を歓迎するその男性は、好感を抱かずにはいられない上品さと理知的な雰囲気を醸し出している。

 「お久しぶりです、フェルガーさん」

 二週間振りになりますかな、と執事フェルガーは微笑みを浮かべて答えた。それから望を主の元へと案内するために足音を立てずに歩き出す。その速度は望にとって丁度良いもので、改めてこの執事の凄さを感じるのだった。

 「いつ来ても不思議な場所ですね、ここは」

 外から見たおんぼろ家よりも明らかに広い空間。そこで起こっている不可思議を見て、望は口にした。

 蜃気楼のようにゆらゆらと揺れる白い壁。そこに掛けられた前衛的な絵を美しく思わせるための光源は見当たらず、しかしどこまで続くか分からないこの空間は一切の影を拒否するかのように眩い。ただ深紅のカーペットの敷かれた通路は踏みしめるたびに確かな硬さを伝えてきて、これは現実なのだと訴えてくるのだ。

 虚実が狂う。

 しかし、たとえその全てが虚無であったとしても悪い気はしない。

 「そうですね。ここは主の口内とも言える場所ですからね」

 「口内、ですか?」

 「ええ。主は嫌いなモノ、苦手なモノが非常に多いですから。そういったものは絶対に食べようとはしません。ですが、取りあえずは口に入れてみないと嫌いになるかどうかも分かりません」

 そう言って立ち止まる。正直、望は芸術に興味がない。だから初老の執事が見つめる絵が、他の絵とどう違うのか判別がつかない。全て同じに見えるのだ。だがフェルガーには、その判別が付いているらしい。こほん、と咳を吐いて右目のモノクルを一回転させる。すると、その絵が溶け出して黒が広がり、そこから地下へと続く階段が現れた。

 「暗いので、足元にお気を付けてください」

 いつの間にか手に持っていたランタンを望に渡す。この先は、案内できないようだ。階段から続く闇に対してそれはいささか心もとなく思えるのだが、何も無いよりかはましだ。

 「ありがとうございます」

 フェルガーは首を振って、慇懃に腰を下げた。

 階段を降りていく。ランタンの光が届く範囲は二段下くらいで、やはり、あまり頼りにならない。踏み外せば呑み込まれてしまいそうな闇に、望は慎重を期してそっと足を運ぶ。

 額に浮かび始めた汗を拭い、また一歩降りた時だった。光が、木製の扉を照らした。望は胸を撫でおろし息をついて、けれども歩調を変えずゆっくりとその扉まで降り、手に力を籠めてドアノブを開けた。

 強い光に、眼を瞑る。

 扉の先に広がる空間は、それまでより遥かにまともなところだった。書斎、という表現が最も合うだろう。窓もないのに掛けられているシックなカーテンやら、高そうなテーブルの上に置かれたフラスコに入っている紫色の液体やら、毒々しいデンジャーの文字が袋に刻まれているハバネロのお菓子やら、おかしな所やものはあるにはあるが、それでも望が一番親しみを持てる空間だ。

 「リリナさん、居ますか?」

 この部屋に来る度に一瞬疼く背中の痛みに顔を顰めてランタンを床に置き、望はこの空間全ての主の名を呼んだ。途端、積み重なっていた本の山が崩れる。そこから姿を見せた机の上に主、リリナ・ウェルベンは突っ伏していた。

 「・・・居ない。かつてリリナと呼ばれていた人間は、もう居なくなってしまったんだ。もうじき、君の記憶の残滓からも消えてしまうだろう・・・ただ」

 「ただ?」

 「お菓子をくれたら蘇るかもしれない」

 「安い黒魔術ですね」

 短く切りそろえられた銀髪がそよいだ。どうやらお菓子を貰えるまで動くつもりは無いらしい。望は聞こえないように、もの凄く小さな溜息をついて床に転がっていたハバネロを机の上に置いた。

 緩慢に顔を上げる。深海の様な深い青を湛えた瞳がそのハバネロを一瞬捉えた。だがすらっと細長く伸びた眉が直ぐに顰められ、不快を表す。

 「確かにハバネロの辛さは亡くなった人間も飛び起きて走り出すほどかもしれないよ?しかし私にとってそれは、もう食べ飽いた過去の遺物。このリリナ、これしきのお菓子(いけにえ)如きで呼び出すことはできない」

 「リリナさんは邪神かそれに似たなにかなんですか?」

 「茫漠たる闇とは私のこと・・・」

 そろそろこの茶番に飽きてきた望は、ポケットからチョコスナックを取り出した。それを見て爛々と眼を輝かせるリリナ。チョコスナックが左右に動かされると合わせて顔が動く様は、まるで犬のようだ。

 これで魔女と呼ばれ、一部の者からは恐れられているらしいのだから、世の中は分からない。望は、焦れて恨めしそうな表情を浮かべる彼女にチョコスナックを渡し、多少呆れながら今日ここに来た用件を述べる。

 「それでリリナさん、あの刀について何か分かりました?」

 リリナはチョコスナックを嬉しそうにほうばりながら、視線を上にあげ、思い出したように言う。

 「ああ、あの刃無しの妖刀のこと?」

 「はい」

 「うん。いろいろ分かったよ。あれは中々珍しい品物だね」

 神速の勢いで食べ終えたチョコスナックの袋を乱雑に投げる。それから再び机に突っ伏し、右手を前に突き出した。彼女の瞳の色にも似た、幻想的な青白い光が掌から溢れだす。それが拡散したかと思うと、天井に穴が空き、柄だけの刀がその掌目がけて正確に落ちてきた。

 「これだよね?」

 望が頷いたことを確認して、リリナはそれを掴もうとしたのだが、非常にゆるやかに落ちてきたにもかかわらず彼女の手は空を切った。

カラン、とそれが床に落ちて物悲しい響きをたてる。

 「これ、だよね?」

 なにもない拳を開閉させる。それは早く拾えという要求である。

 「その残念すぎる身体能力、どうにかしましょうよ」

 「引き籠りにそんなものは必要ない。ただ怠惰と惰性があればいいの」

仕方なく、柄だけの刀を引き籠りに渡す。

 「それで、どんなことが分かったんですか?」

 「うん」

 ゴシックドレスの解れた糸を空いた手に絡めながら、リリナは端的に説明する。

 「(あやかし)だった」

 「はい?」

 「妖が憑いてた」

 「・・・・最初から詳しく説明して下さい。全く意味が分かりません」

 頬を膨らます。妖艶な大人の女性としての容姿が、酷く台無しになる。初めてここに来た時に感じた彼女に対するイメージは、夢の後ほども残っていない。

 「妖刀には基本的に負の感情、怨念や無念が籠っているってことは知っているよね?」

 「はい。負に晒され続けた物体は邪気を帯びる。人殺しの道具ともなれば、その負は凄まじいでしょうね」

 「でもこの刀には怨念や無念が籠っているわけじゃないの」

 柄を握り、リリナは軽くそれを振った。刃があるわけでもないのにそれは、鋭い音と共に机の角を切り裂く。憐れにも切り落とされた机の角を見て彼女は、あ、と声を漏らした。

 「やっちゃった」

 あなたの頭がな、と心の中で突っ込みながら望は、それで、と話を促す。

 「でもこの通り、この刀は妖刀と呼ぶにふさわしい不思議な力がある。で、隅から隅まで調べたら」

 「妖が憑いていた、と?」

 「うん」

 「でも、妖が刀に憑くことなんてあるんですか?」

 「知らない。私も初めて見たから」

 リリナは机に寝そべったまま首を曲げる。望は、眼を見開く。

 怠惰と惰性だけが友達な彼女だが、常人より長く生きていると自称するだけあって、その知識量は豊富だ。しかし彼女でも知らないことはある。そんなことは分かっていたはずなのだが、改めて言われ、少なからず驚いてしまう。

 「ともかく、この妖刀には妖が憑いている。何百年も前から憑いていたのか、それともここ数年なのかは分からないけれど、それは事実。だけど」

 「はい?」

 「私が欲しいのは、この柄だけ」

 彼女は不思議な品物を買い取っている。だが、不思議を集めたいわけではない。彼女の興味は、脱皮したセミよりもその抜け殻に注がれるのだ。

 「だから、妖は上梨君にあげる」

 屈託なく、彼女は言った。

 「はいっ!?い、いらないですよ、妖なんて」

 「大丈夫。孫悟空の緊箍児みたいなの着けるし」

 「それでも、嫌です」

 「じゃあ買い取らない」

 ツーンとしてそっぽを向く。

 望は財布を取り出した。そこに紙幣はいない。最後の砦である五百円硬貨が、燦然と輝いているだけであり、口座にもATMで引き下ろせない程度のお金しかない。

 青白い光がリリナの手を包む。天井に小さな穴が開き、そこからパラパラと福沢諭吉が十数人舞い降りてきた。

 「どうするの?」

 自然と彼女の手に集まるそれをパタパタと振りながら、心底楽しそうに問いかける。望は、彼女が魔女と呼ばれる理由を垣間見た気がした。普段はおっとりボケボケとしているくせに、人の弱みを握るとドSになる。

 「・・・分かりました、分かりましたよ。引き取ります、はい」

 「よろしい」

 満足したように、リリナは手を組んで頷いた。それから椅子から立ち上がろうとして、本に躓きこける。だが、何後も無かったかのように起き上がって、汚れを払うようにゴシックドレスを叩き、それなりのスペースがある部屋の中央にのそのそと歩いて行く。

 極度の猫背だが、身長は男の望ともそう変わらない魔女は、右手に持っていた妖刀を床に置いた。人差し指に小さな青い炎を灯らせ、妖刀を中心とした、それなりに大きく複雑な紋様を描いていく。

 「ちょっと、離れててね」

 紋様から、青い炎が漏れ出し、渦巻く。それはかたかたと震える妖刀を抑えつけているようにも見える。

 “ああぁあぁぁぁぁぁぁああ!!”

 獣の咆哮に近い絶叫が、妖刀から轟いた。震えていたそれが宙を舞い、乱舞する。しかし紋様が描かれたその範囲から抜け出すことはできないようだった。

 「ぶっ!」

 望は、妖刀から現れた妖であろう生物を見て思わず目を逸らせた。それは人間の少女にしか見えなく、そして何より裸体だった。裸体であることは妖として当然といえば当然なのかもしれないが、そんなことを予想していなかった彼が、透き通る様に白く細い艶めかしい四肢を前にうろたえ初を曝け出すのも無理はない。

 “ここから出せ!!”

 荒々しく妖に言われ、リリナは考えるような素振りを見せる。その間にも妖は勢いをつけて突進したり、激しく手を突き出したりするのだが、やはり紋様から抜け出すことはできない。

 「私の言うことを聞いてくれるなら、いいよ」

 “ふざけるな!”

 間髪いれず妖は答えたのだが、リリナは聞く耳をもっていなかった。

 「そう」

 紋様がその大きさを徐々に狭めていく。そして、妖が全く身動き出来ないまで小さくなると、リリナは指を軽快に鳴らした。一気に収縮する。一筋の青い柱になったかと思うとそれは、妖の首を締め付けて紋様と同じ形の小さな痕を首筋に刻み、消滅した。

 妖が床に倒れ、それなりに大きな音がした。どうやら意識を失ったようだ。

 「ど、どうなったんですか?」

 視界を両手で覆いながら、望はリリナに問う。

 「あとは上梨君がこの妖を引き取れば、万事解決」

 柄を拾い上げ、嬉しそうにそう言った。

 「いえ、恐らくまだ事件は解決していません」

 「ん?何?」

 「服を、着せてください」

 リリナはポンと手を叩き、天井から服を取り出した。そして、左手に持っていた万札の束の内、三枚を抜き取って後を全て望に渡す。

 「御代は頂きます」

 「あんまりだ」

 楽しそうなリリナを見て、彼は嘆くのだった。


なんとなく書いたのでどうなるか自分にもわかりません。

お目汚しをば。

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