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本当は好きだったと言われても、俺はこの身体に転移しただけの男です

 

「寒いな……、もう、駄目なんだろうな……。ごほっ、ごほっ……、わりいな、朔太郎さくたろう……間に合わねえや」


 東京は午後、雪予報だった。予報通りに正午を周ると、空から雪が降りしきった。クラスメイトは雪を見てはしゃいでいた。俺はそんな気になれない。


 一年前に幼馴染の愛子と朔太郎と俺と三人で約束をしたんだ。忘れてなかったら、今日この日に、あの場所で会おうぜって。


「くそ……、全然開かねえよ。ふざけんじゃねえよ。……あいつら絶対、許さねえ……」


 極寒の体育倉庫、全裸の俺はマットにくるまって暖を取る。喘息がやべえ。俺は病弱なんだよ、くそっ。


 走馬灯のように昔の事ばっかり思い出す。

 愛子は大事な大事な幼馴染だった。……過去系になっちまったけどよ。高校入学までは俺達はずっと一緒だった。


 俺は愛子に仄かな恋心を抱いていた。愛子も俺に対して好意を持ってくれた。

 でもさ、不思議なんだよな人間って。高校で愛子とクラスが分かれた瞬間、周りの環境が変わった瞬間、何もかも変わってしまったんだ。


 俺と愛子は控えめにいって地味な生徒だった。なのに、愛子は段々と垢抜けて、一軍女子というグループに入り、学校で存在感を増していた。


 俺には朔太郎と愛子しか、俺には友達がいなかった。朔太郎は頭がいいから他の高校に進学したんだ。


 そして――高校で事件が起きた。俺の隣の席の女子生徒をいじめている奴らを注意したのがきっかけだった。


 ――俺がいじめの標的にされた。




 というわけで、俺は雪が降りしきる中、体育倉庫に閉じ込められたんだ。あいつらはもう忘れてんだろうな。俺が勝手に出てくると思っているかもな。


 身体が弱いから無理はやめろ、って言ってんだけどな、冗談だと思って通じねえんだよ。


 寒さのあまり、歯がガタガタとうるさく鳴っている。それを止められない。

 正直、いじめなんてどうでも良かった。幼馴染の愛子に迷惑がかからないように、誰とも関わらず生活をしていた。


 ……でもさ、本当は辛かったんだよな。どこで間違えたんだろ? 普通にしていたのに、愛子は俺を見てどんな風に思っていたんだろう?

 寒さなのか、心が痛いのか分からない。すごく辛い。


「ていうか、さ。俺、病気だから……、どうせ死ぬんだよ」


 俺の余命は高校卒業まで持たない。だから愛子に告白出来なかった。離れていって良かったのかもしれない。でもさ、朔太郎、最後に……会いたかったな。


「朔太郎、わりいな……ちょっと、俺、眠いわ。…………おや、すみ……」



 ***



「……ぐっ……おかしい。俺は死んだはずだ」


 心臓が止まって息を吹き返すような感覚。

 目を開けると、そこは知らない倉庫の天井が見えた。身体中が軋んで痛い。


 寒い、とても寒い。だが、耐えられないレベルではない。裸ではないか……。


 俺は桜木朔太郎。都内の高校に通っている学生。友達は数人いる、中学の頃にも数人いた。そして、俺は、中学の頃の友達との約束の場所に向かおうとして――トラックに引かれて即死したはずだ。


 自分の状況を淡々を整理する。この身体は自分の身体ではない。俺はもう少し背が低かった。もう少し体格が良かった。……何故か懐かしい匂いがした。俺の鼓動が早くなる。自分の身体をまんべんなく触る。


「転移? 転生? 乗り移り? ……お前は、もしかして……二階堂龍也にかいどうりゅうやなのか?」


(朔太郎……あとは、任せたぜ)




 ***



「あっ、兄さんおはよう。ていうか、最近超早くない?」


「健康にいいだろ? スミレ……、今朝も朝食を食べないのか。身体に悪いぞ」


「ダイエットダイエット! なんか最近うるさいよね? ていうか、兄さこんこそ身体大丈夫なの? 今日から本当に学校行けるの?」


「問題ないぞ」


 あの日、体育倉庫の扉をこじ開けて脱出して、校舎に写る自分の姿を確認した。

 俺は――二階堂龍也の身体に乗り移っていた。様々な疑問はあった。思考をフル回転させた結果は、二階堂は体育倉庫で寒さに耐えきれず死んだ可能性が高い。

 一度心臓が止まった感覚があった。


 そして、俺は確実に車に引かれて即死した。なぜなら『――都内の高校生がトラックに引かれて即死――』というニュースが流れてきた。

 調べた限り、それは俺の事であった。


 ということは、俺は二階堂の身体に転移したという結論づけをした。不思議な事などこの世界によくある。


 そもそも二階堂龍也は病気だった。余命がわずかだったはずだ。だが、調べてもらった限り、今は全くその予兆はない。むしろ、健康体そのものだった。


 二階堂の家族はその事実に喜んでいたが、果たしてどうなのだろうか? 二階堂の治療により、この家は貧乏だ。正直、学費を滞納する程度には切羽詰まっている。

 だが、心の底から喜んでいる両親を見て、俺は何も言えなかった。


 この一週間、俺は病気という事で学校を休んだ。考える時間がほしかった。まずは俺がこの先、どうするか、ということだ。


 あの体育倉庫で二階堂の声が聞こえたような気がした。後は任せる、とニュアンスだ。



「行ってきます」


 この俺が、二階堂の生を全うする。それが最善だと思う。ただ、前の学園で出来た友人が気がかりというのも本心だ。それは後周しにしよう。


 学校まで歩いて二十分程度。歩きながら俺は思考を止めない。

 元々、二階堂は家では口数が少ない男だったらしい。当面はごまかせるだろう。それに、中学の頃、俺達はずっと一緒にいた。ある程度の趣味嗜好は把握している。


 それよりも……、二階堂は学園生活に問題が起きていた。体育倉庫に閉じ込められたのも、その一環だ。


 ……あいつは――激しいいじめを受けていた。


 あいつの部屋で日記を見つけて読んだ時、感情を乱さない俺が、拳を強く握りしめてしまった。



 ***



「よっす……。あのさ、風邪大丈夫なの? ていうかさ、この前の同窓会? 私しかあそこに集まらなかったんだけど?」


 登校途中で声をかけられた。

 早乙女愛子さおとめあいこ。二階堂の想い人であり、両片思いという言葉をこの二人から学んだ。

 俺は二階堂の日記を熟読した。どうやら、色々あって早乙女とは本当に疎遠になっていたらしい。


「早乙女……」


「ていうか、苗字呼び? 流石にちょっとあれじゃない? ていうかさ、今日はちょっと雰囲気ちがくない? いつもはなんか後ろめたい感じありまくりなんだけど」


「愛子、だな。俺は体育倉庫に閉じ込められていて、朔太郎は死んだ」


「……そうだったね。……あのさ、朔太郎の葬式ないらしいよ。なんか、お墓もわからないし、朔太郎の両親も、住んでいるところも、戸籍も、何もかもわからないらしいよ」


 まあそういうものだ。


「それにしても珍しいな。愛子が話しかけてくるのは」


「別に、いいでしょ? ていうかさ、あんた、いい加減意地張るのやめたら? 私は正直あんたがいじめられてる所をみたくないのよ。他の子だったら、構わないのにさ。……なんで助けたのよ」


 俺は中学生の時、二階堂と早乙女に救われた。裏社会で育てられ、紆余曲折あって普通の暮らしができるようになって、でも、常識も普通のことも何もかもわからない俺に手を差し伸べてくれたのは、二人だった。


「そういうやつなんだよ」


「はっ? カッコつけてんの? やっぱりムカつく」


「ああ、俺はあいつに任されたからな」


 早乙女は怪訝な顔をしていたけど、俺は無視して教室へと向かった。

 ふと、思った。早乙女の感情が揺れているような気がした。だが、そんな心の機微は俺にはわからない。

 ……早乙女は何を考えているんだろうか?



 ***



 教室に入るとピリついた空気が流れていた。日記で教室のグループ分けは熟知している。

 まず、俺は一軍グループからいじめられていた。そして、担任の教師はそれを見て見ぬふりをしていた。

 クラスメイトの殆どが加担しているいじめ。


 内容は凄惨なものであった。それでも二階堂はそれに耐えていた。……身体が追いつかなかっただけなんだ。精神はあいつらになんか絶対負けなかった。


 二階堂はいじめの証拠を沢山持っていた。だが、いじめの首謀者である一軍グループの一人には、区議会議員の息子がいるらしい。証拠なんて関係ない。


 と、クラスを見渡していたら、派手なギャルが薄ら笑いを浮かべながら近づいてくる。


「うわぁ、マジで登校してるじゃん。ていうかさ、あんたの裸の写真あるんだけどいくらで買う? ぎゃははっ! ……ていうか、あんた二階堂だよね? あんたこんなにイケメンだった?」


「おいおい、二階堂の事好きになったのかよ。あれか、優しくして突き落とすやつか? それは去年やっただろ? あいつのあの時の顔忘れられねえな〜」


「あのさ〜、二階堂って自分の痛みに強いけどさ、妹ちゃんとかいじってみる?」


「早乙女じゃねえの?」


「バカ、早乙女は……ぷっ、あいつ二階堂の事を無視して馬鹿にしているだろ?」


 そうか、二階堂はずっとこんな仕打ちを受けていたんだな……。きっと、早乙女と普通に恋をして、普通に生きたかったんだろうな。……たとえ余命が僅かだとしても、あいつは諦めていなかった。自分が悲しむよりも、他人を悲しませたくない。そういうやつなんだ。


「おい、HRを始めるぞ。……また二階堂か。……いじめの妄想はいいから早く席につけ。お前らもあんまりいじるなよ? こいつ泣いちゃうからな」


 教室が爆笑の渦に巻き込まれる。

 苦笑いをしている生徒もいるが、大半は笑っている。そうか、やはりこの世界は……腐っているんだな。


「おい、てめえは早く席につけや! 先生が言ってんだろ!」


 区議会議員の息子。名前は知らない。どうでもいい。俺の胸ぐらを掴んだ。瞬間――骨を折った。


「あぎゃ……、お、おれの手が……」

 呼吸が荒くなり、悲鳴も出来ない。痛みになれていない証拠だ。


 俺は教室を見渡す。



「…………どうすればいじめはなくなるんだろうな? 話し合いでは解決しないのか? 俺は――『暴力』でしか解決できない」



 自分の身に降りかからないと、恐怖というものは感じられない。

 俺は拳を振り下ろした――




 ****




 その日、学校で事件が起きた。その事件は闇に葬られる。


 力というものは様々な種類がある。単純な暴力が一番有効的だ。あの教室の生徒たちもそれを理解していたがために、二階堂に暴力で恐怖を受け付けたんだろう。


『朝のニュースです。昨夜未明――区議会議員の――犯罪の証拠が押収され――。――元アイドルの薬物使用が――。大手企業の会長の脱税疑惑――』


 情報というものも力になる。

 単純な暴力だけだと制裁にはならない。そこから、どのように発展してくか? という事が大事だ。

 情報も使い方しだいで暴力になりえる。権力を持っている人間の弱みを持てばいい。バカとナイフは使い方しだいだ。






「おはよう」


 昨日の事がなかったかのように、俺は教室へと入る。クラスメイトたちは全員出席していた。俺が強制したからだ。もちろん担任もそうだ。

 クラスメイト全員はどこかしらの骨が折れている。骨折は痛い。痛みが俺の顔を思い出すようにトラウマを与えられる。


 みんな怯えの色を隠せない。クラスメイトの足が震えている。今はそれでいい。俺はこれ以上何かするつもりはない。

 恐怖なんて一時的なものだ。このまま放置していたら、クラスメイトはあの時の恐怖を忘れて普通に生活をする。


 来週、俺は前の学校に転入する。


 ……時折思い出させればいい。忘れた頃に恐怖を与えればいい。



 それより、俺は今回の件で、朔太郎しか知らないはずの携帯電話をかけた。いずれ、俺の生存が業界で知れ渡る。といっても、まだ俺が二階堂だと誰にも気づかれていない。



 ……と、思っていた。

 放課後、俺は早乙女に校舎裏に呼び出された。




「……私ね、二階堂の事、好きだったんだ」


 突然そんな事を言われた。……正直、俺は恋というものを理解していない。だが、あの中学時代、俺はほんのりと早乙女に好意を抱いていたのかもしれないと思った時がある。


 それは親友に対する裏切りだ、と思って俺は心の中で芽生えた何かを無視していた。


 俺は返事を言えないでいた。今の俺は二階堂であって朔太郎ではない。だから、色よい返事をしても問題ない、はずだが――何か違う。


「……お互い好きだったって知っていたんだ。……あのバカ、いじめが起こって、真っ先に私と縁を切ったんだよ。本当にムカついたわよ。……なんでカッコつけるのよ。私だけ、幸せにしてくれればいいのにさ」


「そうしないと、愛子に迷惑がかかる」


「うん、でもさ……、余命、わずかだったでしょ? 私、それを知った時、どうすればいいかわからなかったんだよ! だから、冷たく当たって、忘れようとして……」


 早乙女は俺の胸に頭をポンっと置いた。

 俺は身体が硬直して動けなかった。

 やはり、俺が感じていた気持ちと、二階堂が早乙女を思っていた気持ちは違うんだ。


 自分の身体なのに、得も知れない気持ちが湧き上がってきた。これが――愛? まるで二階堂が思い起こしてくれてみたいだ。


 こんなにも熱い気持ちだったんだな……。


「ずっと、ずっと好きだったのよ! なのに……、なんで、いなくなるのよ……。。どうせなら、私にすがってほしかったのよ!! なんで……、なんで……私の前から消えちゃったのよ……、バカ……」



「もっと早く言えばよかったんじゃないか?」


 早乙女はキッと俺を睨みつけた。


「そんなん!! そんなの……わかっていたわよ……」


 泣いている早乙女の涙を拭いたい。その小さな身体を抱きしめたい。


 だが――、俺は二階堂ではない。多分だが、早乙女もそれを理解している。なぜなら、俺達はずっと一緒にいたからだ。


 それでも――二階堂!!! 最後に、何か、早乙女に、声をかけてほしい。俺の命と引き換えにしてもいい!!




『……愛子、楽しかったぜ。お前がずっと気にかけていたのは知っていたよ。……ありがとう、こんな俺をずっと一緒にいてくれて』



 自分の声じゃないような声が勝手に出た。身体の中から何が無くなったような気がした。それはたった数グラムの重さ。

 だが、勝手に出た言葉には『愛している』という単語はなかった。なのに、愛情を感じられた。


「あっ……」



 早乙女は口を開けながら俺の顔を見た。


「龍也っ……、龍也……、私、もっと素直になれたら……、龍也っ!! あぁ、あぁぁ……」


 俺は早乙女の身体を引き離した。もう早乙女は気がついている。


「二階堂は……体育倉庫で死んだ。……じゃあな、早乙女。……来年の約束の場所と時間で会おう。俺は来週、転校する」


 膝を付いて泣いていた早乙女は、目を見開いて俺を見た。何かをすがるような顔。


「そ、そんな……、だって、もしかしたら、私はあなたを、新しい二階堂を好きになれるかも――」


 即答――俺はそれを受け入れない。


「早乙女が好きだった二階堂は――死んだ」



 俺は振り向かず、ただ、前を歩いた。後ろから泣きじゃくる声が聞こえたが、それを無視して歩く。


 いつか、俺も、こんな恋をしてみたいと思った。……悲しい結末? そうかもしれない。だけど、心が変わっても、気づいてくれる人に愛されたんだ。それが間違ったとしても、後悔したとしても、愛はそこにあったんだ。



 二人の恋は綺麗なまま死んだ――







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