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短編詰め合わせ

ネノカギ

作者: 長滝凌埜

 僕の目の前には鍵束が一つ落ちている。チカチカと切れかかっている街灯の下でキラキラと輝いている。

 僕は街灯を通り過ぎ、後ろを振り向いた。さっきよりも輝きが増している、不思議な鍵だ。この周りは暗く、人の気配も全くない。

 僕は鍵束を拾って、電車に飛び乗る時よりも速く、足を動かした。こんなに早く走ったのは久しぶりだ。

 僕は自分の部屋に駆け戻り、後ろ手で部屋の鍵を閉めた。握りしめていた右手を開くと、くすんだ金色の鍵の束が滑り落ちた。

 僕のスニーカーの上に落ちた鍵は小気味良い音を奏でた。纏めている直径十センチぐらいの銀色のリングに、人差し指を通し、目の高さまでつまみ上げた。

 輝かしい金の鍵が四つ、真っ黒な沈んだ鍵が一つ。

 今まで輝かしい鍵を手に入れた事でいっぱいだったが、ふと、どこの鍵なのか? という疑問が思い浮かんだ。

 占有離脱物横領罪だったか? に当てはまるんじゃないか?

 一つ疑問が出ると、次から次へと疑問がわいてくる。

 ダメだ、頭が混乱してる。

 僕は考えるのを止めベッドに潜り込んだ。




 僕の意識はけたたましくなる着信音に呼び起こされた。

「はい……」

「はい、じゃないわよ。もうすぐ電車来ちゃうわよ」

「……今何時?」

「あんた、寝ぼけてんの? 七時半よ、七時半。遅刻しちゃうわよ」

 枕元の置時計を確認する。長い針は丁度、六を示した所だった。

「えっ、うそ!? わ、えっ! どうしよう?」

「あんた、うるさいから切るわね。来なかったら、先に行くから。じゃあね」

 切られた携帯をポケットにしまい込み、洗面台の前に立つ。鏡に映る寝癖だらけの髪をみて、水を流す。勢いよく飛び散る水飛沫を見ていると頭の中が整理された。

 学校は私服オーケーだから、着替えなくて良いとして、朝ご飯は仕方ないから、電車を降りてからコンビニに寄ろう。勉強用具は学校に置いてある、完璧だ。

 タオルで顔を拭いて、空っぽの鞄をひったくり、スニーカーに乱暴に足を突っ込んだ。

 ポケットに手を突っ込み家の鍵を取り出した。鍵に引っかかっていたリングがスニーカーの上に落ちる、デジャヴ。

 ドアノブを捻りながら、鍵を拾い上げる。身体を前に倒しながら扉を開けた。

「いらっしゃいませー」

 脱力気味の声が僕の耳に届いた。

 僕は周りを見渡した。コンビニだ。

 そういえば、アパートの向かいにコンビニが出来るって言ってたなぁ。

 逃避中の僕を訝しげな眼差しで見るレジの女の人。流石に入り口でキョロキョロ周りを見ていたら怪しまれるか。

 肩をすくめ、レジから離れる飲み物のコーナーへ足を進める。

 色とりどりの配列の前に映る僕は銀色の腕輪を持っていた。三つの金と一つの黒、そして新しく一つの銀。

 僕は手の鍵を眺め、銀の鍵を取り外した。

 他の鍵を一旦鞄の中にしまい、銀の鍵を手のひらにのせた。

 金属光沢を失った灰色に近い鍵は色の変化だけでなく、心なしか小さくなった気がした。

 その鍵をとりあえずポケットに押し込んで、適当に飲料と食物を見繕いレジへと向かう。

「三百九十八円になります」

 気怠そうな店員の態度に苛つきを覚えながら、ポケットから小銭を取り出す。

「二円のお返しになります」

 手のひらにのせられた一円玉二枚を、隣に置いてあった四角い箱に入れレジ袋を鞄の中に入れた。

「募金ですか、好青年君?」

 声のした方を見ると、ちょうど入ってきた様子の、見覚えのある高校の制服を身につけた男が立っていた。

「二円をしまうのに財布を出すのが面倒だっただけです、大崎孝明君」

「不良が制服をちゃんと着こなすか?」

「外見だけで何事も判断しちゃいけないんですよ?」

「それは自分の事を含めて言ってるのか?」

「好きなように解釈してください」

「用がないなら、レジの前から早くどいてください」

 店員に言われ、後ろに立っている中年サラリーマンに頭を下げて、店から外に出た。

 行く当てもなく、いや学校には行かないとならないのだけど、この時間は朝練のある部活の人たちが登校する時間なのであって、僕みたいな授業開始時刻ぎりぎりに悠々と登校するタイプの人間には、この時刻はある種の空白の時間なのであるが故に、さまよいざるを得ない。

 とりあえず、コンビニからさして歩かないでも着く我が高校に仕方なく足を運ぶ。校門から玄関まで歩いてる人が少ないという点だけはいつもと変わらないが、等しくはないな、などと思いつつ、靴を履き替える。

 さて、行く当てのない時間が再び訪れた。本にこの時間、場所は僕には無用の長物だ。僕は学校でやれるような携帯ゲームは持ってないし、教室で一人真面目に勉強なんてガラでもない。

 気付くと僕の足は図書室に向いていた。学校の最上階に位置し、無用の景色の良さと、高校生が手に取ろうとは思わない類の本の蔵書量の多さが売りの図書室である。利用者の事を第一に考えるべきだと、僕は思う。

 そんなことを考えている内に図書室の扉が視界に入った。ノブを捻り、扉を開けようとしても、案の定ビクともしない。何となく鞄から鍵束を取り出して、その中の一つを鍵穴へと差し込む。するりと違和感なくはまった鍵を、おそるおそる捻るとカチリという音とともに、鍵が淡く光り色を失った。

 手の中での不思議な現象を整理できないまま、ノブを捻るとガチャという音と同時に、本の独特な匂いがした。

 僕は銀色の鍵を束から外し、ポケットに突っ込んだ。何となく貸し出しカウンターを乗り越え、パソコンを起動させる。狭範囲の検索なら自由に使えるパソコンでも出来るが、それで欲しい本が見つかるとは到底思えない。

 鍵束を横に置き、起動したパソコンで早速検索を掛ける、キーワード[鍵]。検索結果千二百件。追加検索[神具 魔具]。検索結果百五十六件。さらに[空間]検索結果十二件。

 書名と位置をメモに走り書き、また無意味にカウンターを乗り越えた。

 図書室の奥の方の、利用者があまり近づかないエリアにもかかわらず、埃が少ないのは司書さんのおかげだろう。

 まずは、左から二つめの三段目、結構分厚い辞書のような本を取り出す。表紙には金色の字で、なんて書いてあるのか分からないアルファベットが書いてあった。

 適当にインデックスを開き、目を滑らせる。それらしい項目は無く、仕方なくページを捲っていく。パラパラパラと捲ると、五個の鍵が付いた鍵束の絵が描いてあるページが目に入った。鍵の形は違うが、金の鍵が四つと黒い鍵が一つ。ほぼ間違いない。


   【 ネノカギ 】

 情報提供者 大崎孝夫。


 金の鍵は使用者の望むままに扉を開ける。

 使用後は光を失い、使用者の心の色を反映する。

 黒い鍵は……に願いを叶える。

 本文はここまでで掠れ消えているが、汚い字で、鍵を拾うな。もし拾っても使わずに捨てろ、と書き殴ってある。

 そんなこと言われても、拾ってしまったし、訳の分からないうちに発動してしまった。この場合どうしたらいい? 

 悔やんでも仕方ない、とりあえず本を元の棚に戻すと、チャイムが鳴り始業を告げた。

 僕は鞄を引っかけ、ドアノブに手を掛けた。

 忘れてた。パソコンの横に置いた鍵束を手に取り、扉を開けた。

 あ。

「遅刻だぞ」

 特に特徴のないメガネの中年教師が抑揚のない声で言った。

「すいません」

 クラスのみんなからクスクスという歓迎を受け、いそいそと自分の席に着いた。

 手の中の鍵はやはり輝きを失っていた。

 それをポケットにしまって、夢の世界へと進入した。




 次に僕が見た景色は、黒で染められた世界だった。空は黒く厚い雲で覆われ、足下には炭化した頭蓋の平野が広がっている。

 視線を百八十度回転させると今度は、地平線に聳え立つ巨大な門が三分の一程開いた状態でいた。

 外郭が幻霧に包まれて揺らめき、扉の悪趣味な装飾となった生物達は蠢き犇めき合い、自らの存在を主張していた。その出で立ちは思わず、吐き出しそうになるほどだ。

 その門に背を向けて足を出すと、ボキリボキリと何の物かも分からない骨が叫声を上げる。中にはホントに声を上げる頭骨もいた。

 そのまましばらく歩き続けると、(さき)に見た門の裏側に辿り着いてしまった。

 ここはどういった仕組みをした世界なのだろうか?

 先程は聞こえなかった装飾達の狂音(ノイズ)が脳髄に直接語りかけてくる。ここから出せ、と解放(自由)にしろ、と。どうする事も出来ない僕はとりあえず、鍵を取り出した。

 やはり扉には鍵だろう。

 全ての鍵を取り出すと、銀の鍵が扉に吸い込まれるように粒子状になって消えた。金の鍵に異変はなく、黒い鍵には門の周りを取り巻く霧がまとわりついていた。それを払うために黒い鍵を振ると、頭に響く鯨波(とき)が一際大きくなった。

 鍵を取り落とし、とっさに頭を抑えてうずくまった。黒い鍵が骨の眼窩に収まり、黒い霧を放出する。僕の視界は奪われた。




 僕が頭を上げると、やけににこやかな先生が、教科書を持って立っていた。

「おはよう。ずいぶんとお疲れのようだね」

「連日の勉強疲れが少し……」

「そうゆう事はもう少し勉強時間を増やしてから言うんだな。受験生で毎日一時間は少ないぞ」

 そう言って教科書を振り下ろす。背表紙で叩かれ予想以上のダメージが脳天に与えられた。

 教壇へと戻る姿を見ながら頭を押さえる。異常な汗で背中に張り付く、シャツの不快さと頭部の痛みを天秤に掛けながら、ポケットに手を滑り込ませた。

 テノヒラに冷たい金属の感触が伝わる。リングに指を引っかけ、机の上にそっと置く。

 金の鍵が一つと黒の鍵が一つだけ。再びポケットに手を突っ込んでも何かの感触はない。

 銀の鍵が消えた。

 いくらポケットに手を突っ込んでも、何も掴み取れない。

 何なんだよ、さっきのは。

 悪質すぎる、リアリティ。さっきまで骨を踏み砕いていた感触が、まだ足の裏に残っている。

 僕は鍵を鞄の中に投げ入れ、窓から外を見た。窓の外は尾を引く飛行機と青い空が広がっている。

 視線を下に落とすと、黒い何かの塊が目に入った。黒い擦れた布のような物の中心に丸いものが見える。その丸いものは僕を見上げると、ニヤリと口を歪ませ、布を押さえた。

 無風なのに靡いていた布が止まると、丸い物の正体が完全に理解できた。夢で見た、黒い霧を放出した髑髏(しゃれこうべ)だ。

「来てはいけない」

 風が僕の耳にそう届けた。

 思わず身をひくと、僕の身体は椅子ごとひっくり返った。周りから冷たい視線と失笑を頂いた。

 先生が授業に戻ると、僕は椅子を立て直し窓の外を見た。しかし先程のアイツは見あたらなかった。

 何なんだよ、一体。

 この事は孝明に話した、そして頭の中に靄を抱えたまま、学校が終わった。

 日が傾き、カラスが鳴き始める頃合いに、僕は鍵を拾った場所に来た。

 僕が鍵を取り出すと、一際大きくカラスが鳴いた。それに反応して、身を竦まながら上を見た。

 僕の周りを囲むように、黒、黒、黒、黒、黒。辺り一面を体躯で覆い尽くし、紅い空を黒く染め上げている。

 再びカラスが(とき)をあげた。ふと、後を振り向くと奴がいた。黒い布を身に纏い、感情のない白い顔がこちらを見据える。

「カギ……鍵を……鍵を寄越せええぇぇぇ!!」

 地の底から鳴り響くような、低い声が大気を震わせる。

 カラスが一斉に飛び立ち、黒い布が翻る。隙間から、銀の鍵を摸した刃が突き出される。

 僕はそれを肩に受けた。組織を引き裂き、冷たい異物が侵入してくるのを感じ、痛みが体を駆け抜けた。彼は傷口を抉り、引き抜き、振り上げた。

 僕は彼に背を向け走り出した。一番近くにあった家の玄関で鍵を使う。

 僕の目に見慣れた小部屋が飛び込んだ。すぐさま雨戸を閉め、錠という錠をかけてまわる。

 僕は肩で息をしながら、ソファーに体を沈めた。

 ピーンポーン。

 間の抜けた電子音が部屋に行き渡った。おそるおそる扉の前に行き、外を見る。

「何しに来た、孝明。お前に渡す鍵はないぞ」

「黒だ、黒い鍵を寄越せっ!」

「帰れ!」

 孝明が視界から外れ、ガチャリという音がした。扉が開き、孝明が左手で僕の首を絞めてきた。孝明の右手には金と朱の鍵がぶら下がったキーホルダーが握られている。

 僕は近くにあったミニ箒で孝明の頭を叩き、怯んだところを蹴り飛ばした。お互い同時にむせ返る。

「さっきからいきなり何なんだよ? お前おかしいぞ」

「鍵だ、鍵を寄越せ!」

「会話になってない」

 孝明が懐から先程の刃を取り出し、突き出す。体を傾けて、それを避け、孝明の鳩尾に膝蹴りを入れる。

 孝明が腹部を押さえて蹲る。

「久しぶりだと感覚が鈍ってダメだな。もう少し下に入れるつもりだったのに」

 孝明の髪を掴み、上を向かせ、耳元に口を近づける。

「欲しいならくれてやるよ」

 蹲る孝明の襟を引っ張って、外へと連れ出す。扉の前に叩き付けるように投げる。

 襟元が緩んだところで、必死に息をする孝明の首に手刀を打ち込み、悶えさせる。

 孝明越しに扉に鍵を向ける。扉が黒く染まり、夢で見た形へと姿を変える。

 完全に姿を表すと、こうべ達が大声で喚き始める。夢よりかは、幾分耳障りが良く聞こえる。

 扉の中心に付いている南京錠に引きつけられるように、鍵が水平を維持する。手を離しても宙に浮き、体勢を維持し続ける。

 孝明が後ろの扉に気付き、感嘆の声を漏らす。

「これが……父さんの居る場所に行ける扉……」

 孝明が錠をガタガタと揺らし始める。

「鍵は……鍵はどこだ?」

 孝明の目の前に浮いている鍵が見えていないようだ。

「それはどこに通じているんだ?」

「ネノクニだよ、冒険家だった父さんが最期に行った所だ」

 彼はそう言って、扉に縋り付いた。

「開けろよぉ……お前開けれるんだろぉ?」

 嗚咽混じりに言葉が紡がれるのにただただ耳を傾けた。

「なんで……なんで父さんがいなくならないといけなかったんだよぉ!」

 孝明が扉を力任せに叩くも、何の反応も示さない。

 孝明から鍵に視線を移すと、静かに浮いていた鍵の色が黒から灰色に変わった。そして僕のテノヒラに吸い込まれるように着地した。


 僕にどうしろってんだ。数少ない友人の願いを叶えろってのか? そしたら、こいつは……

 なんだこの鍵は……人を不幸にするだけじゃないか。

 いつの間にか僕の拳から、あかい液体が流れ始めていた。

 僕は錠に鍵を差した。扉が開き、孝明が中へと走り去った。そしてその代わりに、新たな鍵束が吐き出された。

 僕は頬に付いていた液体を拭い、鍵を拾った。そして輪郭が薄くなっていた扉に、鍵束を突きつける。

「僕の願いも叶えろ」


 こんな鍵消えてしまえばいい。

 

 僕は扉を閉じて錠に黒い鍵を差し込み、捻った。



     カチリ。



 黒い鍵が回転し、扉が封鎖された。

 鍵が一本ずつ姿を消していく。それにつれて扉の輪郭が消えていく。

 完全に扉が消えると、支えを失った鍵が地面に落ちた。

 月明かりを受けて、幻想的に輝きを放つ黒い鍵が僕の目の前に落ちている。


 黒い鍵は悲劇と共に願いを叶える。


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