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家の隣に魔王が住んでいる!  作者: 白鈴サキ
Version3 それぞれの変化
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Ver.3.8.0 朝活のススメ

 照明が点けられていない執務室の中は仄かに薄暗く、静かだった。公道を走る車の音、吹き荒ぶ風の音……それらは全て窓際の大きなガラスによって遮られている。窓からはまだ昇って間もない朝日が室内に差し込んで、宙に舞う塵や埃をキラキラと光らせた。


 まだほんの数人しか出社してきていないこの時間に。忙しない騒がしさが訪れる前のこの穏やかな空間に。


「しょっぱ!」

 

 静寂を破る、小さな声が周りに響いた。


「寝ぼけてたかなぁ」

 

 顔を顰め、唸りを上げた人物が一人。

 

「砂糖と間違えるよりましか……?」


 ――私だ。


「食べられないことはない……けど、」

 

 手に持っているのは三角形に握られた塩にぎり。具は何も入れず、海苔も巻かず。いたってシンプルなもの。真っ白でつやつやとした粒は目の前で美味しそうに輝いている。


「しょっぱい……」

 

 だけどその味はかなり刺激的。通常の2、3倍は塩っ辛いものが出来てしまっていたのだ。

 塩をまぶして手で握る……たったそれだけの工程だというのに。私は朝からやらかしていた。


「今度から気を付けよう……」


 なんで間違えたんだろう……そんな振りかけた覚えはないのに。

 そんなことを考えながらこのしょっぱいおにぎりを口へと運ぶ。


「それにしても静かだなぁ」

 

 とくに朝早く出社して、済ませないといけない仕事があったわけではない。緊急で呼び出されたわけでもない。

 私がこんな時間に出社した理由――それにはちょっとしたワケがあった。




 *********




 朝の五時。あと少しすれば日が昇り、カーテン越しに光を感じ始めるこの時間帯に。

 

「……」


 私は起きた。起きてしまった。

 本来であれば、けたたましいアラームが鳴るまでぐっすりと眠りに落ちている……はずだったんだけど。

 今日の私は珍しく、自然に目が覚めてしまった。


「ん……」


 目が覚めた途端、真っ暗闇から現実に引っ張り出された感覚だけが残っていた。

 変な夢を見たような気もする。けれど、意識がはっきりとするころには何一つとして夢の内容を覚えていなかった。

  

「いま……なんじ……」

 

 まあいいやと眠い目をこすりながら手探りで掴んだスマートフォンの画面を点灯させる。眩しい光が目に入り、思わず窄めた。

 うっすらと開かれた視界の先には、現在時刻が大きく表示されていた。


「うわ……」

 

 アラームが設定されている時間まで、まだたっぷりと猶予があった。この数秒の動作でさえも、睡眠を邪魔されたみたいで損した気分になる。

 なんでこんな時間に起きちゃったんだろう……まだ時間はあるし、二度寝二度寝。もうひと眠りしよう。

 私は再びタオルケットを体に巻き込むとクーラーから流れる涼しい風の元、そっと目を瞑るのだった。





「……」


 眠れない。寝たいのに……。

 目を瞑ってからどれくらい経ったんだろう。五分、十分……もっとかもしれない。なかなか夢の中へと誘ってくれない。


 どうして……!

 寝たい気持ちが焦りとなって募っていく。

 体は寝たい言っているが、反対に頭は時間が経つにつれてしゃきっと冴えていった。寝返りを何回も繰り返した。枕が悪いのかもと抱きかかえるようにして位置を変えた。

 いつもであればなんとも思わないであろう鳥の鳴き声、雑音が気になって仕方がない。


「~っ!」


 もういい、それなら眠くなるまで起きてやる……!

 私はやけになって体を起こすと、テレビのリモコンを雑に取った。


「はあ」

 

 電源を点けると朝の情報番組が流れていた。丸みのあるポップなデザインの日付と時刻が現実を突きつけてくる。

 まったく、月曜日から勘弁してほしい。

 昨日までの二日間、自分時間に充てることができていた。良い話にも出会えたし、カインさんと久しぶりに遊んだし。ぐうたら過ごしていたおかげで、体の疲れも取れている気がした。なにも気にかけるようなことはない。この休日は充実していたはず……だというのに。

 なんでこんな時間に目が覚めちゃったんだろう……。


 スポーツニュースやお得な情報が流れる中、映像に見入ることなくただ、ぼーっとテレビを眺めていた。


『緊張するな〜』

 

 しばらくして、うつらうつらと頭が前後に俯き初め「あ、寝れそう」と油断したのも束の間。聞き覚えのある声に耳が反応した。

 顔を上げると女性アナウンサーの優しい笑顔がカメラに向けられていて、そのあとすぐに画面がぱっと切り替わり、スーツ姿の青年が爽やかに微笑んでいる姿が映し出された。


『人気俳優の星川流星さんにお越しいただきました〜!今日は新番組の他にも素顔についてあれこれ、聞いちゃいたいと思います!』

『よろしくお願いします。何を聞かれるんだろう』


 その正体は今をときめく俳優――星川流星くん。

 あどけなさの残る笑った口元を少し照れくさそうに隠していた。

 どうやらこの前再放送で見た恋愛ドラマの続編が九月から始まるらしい。番宣用のVTRのようだ。

 予告映像や番組のあらすじ、放送開始日をざっくりと伝えた後、『みなさんおまちかねの――』と溜めながら言い放つ。


『質問コーナー!』

『何を聞かれるんだろう、こわいなぁ』

『事前に募集していた視聴者さんからの質問に応えていただきます!まずひとつめ……「星川さんはゲームがお好きだと聞いています。オンラインゲームもやっていると前に雑誌で書かれていたのですが……ずばり!星川さんがハマってしまう魅力はなんでしょうか?」という方から届いております!』


 女性アナウンサーは質問に対して、抑揚を付けながら丁寧に読み上げた。

 

『私も拝見しましたよー!オンラインゲームもやられるんですね〜』

 

 そういえば星川君は私がやっているラスクエオンラインもやっていると何かで見たことがある。このオンラインゲームとはラスクエのことを指しているんだろうか。だとしたら、共通点があって少し嬉しい。


『はい、毎日楽しくやってます』

『毎日ですか?』

『毎日ですね』

『星川さんお忙しいでしょう!?』

『はい、ありがたいことに……それでも必ず手が伸びちゃいますね』

『質問にもありましたけど、魅力はなんですか?』

『そうですねー。やっぱり、誰かとリアルタイムで感動や楽しいことを分かち合えるところ……ですかね?』

『所謂、ネット友達とかもいらっしゃるんですか?』

『ああ、はい。いますよ』

『そうなんですか!?その……ネット友達の方は星川さんだってわかってるんですか?』

『あはは!知らないと思います。僕も相手の方のこと知らないですし……。それに、お互い素性が分からない関係ってちょっとおもしろいですよ』


 星川君は無邪気な笑顔を浮かべながら質問に対して楽しそうに返答をしている。時々、赤裸々に話すことに迷いがあるのか照れた笑みを浮かべていた。

 私もどこかで星川君とゲーム内で会ってたり、一緒に戦ったりしてたのかな?

 私とカインさんみたいな関係が星川君とそのネット友達の間にもあるんだ、と思うとなんだか不思議に思えてくる。

 

『ネット友達の方とはどれくらいの頻度で遊んでいるんですか?』

『ほぼ毎日……ですかね。仲が良い人がいて』

『え〜、羨ましい!』

『羨ましい!?』


 その後も女性アナウンサーの質問は続いた。「最近気になっているものは」とか、「お気に入りのグッズは」とか。彼が主演のドラマとは全く関係のないことばかりだけれど、ファンはこういった質問の方が彼のことを知れて嬉しいのかも知らない。

 

 星川君は根掘り葉掘り聞かれる質問に苦い顔一つせず、丁寧に受け答えを続けていった。締め括りにこれから出社する方へ向けて『いってらっしゃい』と笑顔で手を振り、VTRは終わりを迎えた。


 同じパーティーに星川くんがいたら……そう考えるとちょっと面白い。

 実は売れっ子俳優が隣に立ってました!――なんて展開、誰が想像つくんだろう。

 ふわっと大きなあくびし、SNSでも確認しようかなとスマートフォンを手に取ったタイミングで可愛らしい小鳥のキャラクターが時刻を告げた。窓の方に視線を移すと風に揺られたカーテンの隙間から光が漏れているのがちらちらと見える。

 

「まずい……」

 

 時間までゆっくりしよう、眠たくなったら横になろう――そう思いながら薄暗い部屋の中で番組を見続けていたところ。

 すっかりブルーライトの光のせいで頭が冴えさせてしまっていた。

 どうしよう。今更寝たとしても二度寝の心地よさに、最悪遅刻の可能性すら出てきた。私なら絶対やりかねない。


「寝たい……眠たいのに……」


 それから数分経った後も瞼が重くなることはなかった。

 まあ、今日は朝寄るところもあるし……。

 

「出勤してしまおう……」

 




 *********





 そうして始業開始の一時間前に私は会社に出てきてしまい、今に至る。

 こんな時間に出勤したのは初めてかもしれない。空席だらけの職場の中でぽつんと一人。離れた島に他の部署の人がちらほらと数人居るだけで、私の周りはまだ誰も来ていない。食べ終わって早々、あまり見慣れない風景に辺りを見渡した。


 毎日来ているはずなのに騒がしくないだけでこんなにも雰囲気って変わるものなんだ。

 それに雰囲気が変わったのは会社の中だけではない。いつも通っているはずの道も普段とは様子が違って見えたのだ。

 マンションの敷地を一歩踏み出せば、静寂に包まれた住宅街が広がった。最寄駅近くまで歩いて行くと、可愛いわんちゃんを引き連れて散歩する人がいたり、ジョギング中の人ももちらほら見かけた。健康的で良いなぁと思いながら通り過ぎていく人を見送った。

 それになんといっても電車が混んでいないこと。これが私にとって一番の驚きだった。ぎゅうぎゅうに押しつぶされることなく車内はゆったりとしていて、ラッシュ時特有の息苦しさがない。それだけで「朝から嫌だな」という気持ちが楽になった。

 会社の最寄り駅を降りてすぐ、多くのビルが立ち並ぶビジネス街に出ると、毎日のようにごった返している交差点がある。その場所も朝早くだとぱらぱらと数人が行き交うだけでわざとぶつけられたりすることもない。

 ちょっと得した気分。

 とくに今日は晴れているおかげで、日差しは熱いけれど時折吹く朝の風が気持ちよかった。

 

「たまにはこういうのも良いのかも」

 

 毎日はさすがにしんどいけれど、たまに贅沢な時間を作ってこうして余裕を持つこともありなのかも知れない。私もう若くはないんだから健康の面でも気を使い始めないとな……。

 

 朝に活動する人たちを見てきて、刺激されたのか何かを始めたい気持ちが出てきた。

「やるとしたら何をしようかな」などと考えながら、朝の準備だけは先に済ませておこうとキャビネットの上段から始めに取り掛かる資料を取り出して未処理ボックスに入れた。

 朝の準備といってもそれだけで終わってしまうのだけど……。

 始業時間までまだたっぷりと時間があるが、もうすでに手持ち無沙汰になってしまった。

 このまま誰かが出社してくるまで机に伏せてようと、腕を枕がわりにして頭を伏せる。

 目を瞑り、眠り落ちてしまわないように様々なことを思い起こしていると、いつのまにかもやもやしたものが渦を巻き始めていた。

  

 ――[お前は冷たい奴だって]


 昨日、目にした光景が思い浮かび上がる。カインさんから相談されたあの言葉が――

 

「悩み事かぁ……」

 

 ふいに私がこの会社に入社して間もない、20代前半だった頃の記憶が呼び起こされた。

 当時の私も悩んでいたっけ。

 

 

 派遣で勤め始めて、配属されたのは大手企業。それも営業事務。社員登用前提で仕事が決まったのは嬉しかった反面、不安も大きかった。溶け込んでいけるのか、仕事が合っているのか……職場の人たちとうまくやっていけるのか。

 今のように武藤がいて、はるちゃんがいて……和気藹々と仕事ができる場所では当時はなかったからだ。

 今思えば、現在の環境はやっと安心して働けるようになった、と言えるのかもしれない。


 私が入社して間もない頃の営業部全体の年齢層は高く、同年代は片手で数えられる人数しかいなかった。年配の……自分の父親と同じ年くらいと思われる上司とチームリーダー。新卒で入ってきた武藤。そして派遣で入った私と他数名が同じチームとして配属された。

 毎日――ではないけれど時々、詰まりそうになる空気感が苦手だった。

 具体的な悩みがあったわけではなかったけれど、私は何かの拍子に一杯一杯になってしまった時があって仕事中、「どうしよう」と呟いてしまったことがあったのだ。

 その時、隣の席にいた武藤が私の小さな言葉を拾い上げてくれたことがある。

 

 ――「大変だけど、お互い頑張ろうぜ。せっかくの同期なんだし!」


 張り詰める空気と常にピリピリとした重苦しい雰囲気が室内に漂う中、一切動じていない様子の彼はそう言って気ままに笑った顔をこちらに向けていた。

 新入社員としてのプレッシャー、営業としてのプレッシャー。きっと、私よりも大変なはずなのに。

 あの時、武藤が気にかけてくれたから私は今日まで続けてこられたのかも知れない。

 その件から武藤とはちょっとした愚痴を言い合ったり、プライベートでも飲みに行ったりと仲良くなった。

 武藤のおかげで私は会社の中でも良い息抜きが出来るようになっていったのだ。

 

 あれから時も経ち、人事異動や新入社員で人が流れ、営業部には若い人が増えた。とはいえ、悪い雰囲気を作り出していた人たちもまだまだ現役で活躍しているんだけども……。

 私の問題はここ数年の内にガラリと変わり、解決した。

 だけど……カインさんの問題は現在起こっている問題だ。


 もしも――

 カインさんの傍になんでも言い合えるような人がいないのだとしたら。

 言われたことを一人で飲み込むしかできないのだとしたら。それは……辛いだろうな………。

 

「……」

 

 それに私がその言葉に対して苦い気持ちを抱えたのは、そばに似た人がいるからなんだと思う。

 

「冷たい奴……ねえ」


 ぼんやりとその人のことを思い浮かべ、まだ誰も座っていない前の席を見つめた。

 私物の一つも置いていない綺麗に整えられたデスクの上には端に寄せられた空っぽのカラーボックス。積み上がっていた大量の紙の束はものの見事に無くなっていた。近くのごみ箱の中にはご飯代わりなのか、空になった栄養補給食が数箱捨てられている。


「やっぱり……」


 先週、私が寝入る前に聞いていた隣の部屋の物音は気のせいじゃなかったんだ。

 あの時間にやっと帰ってこられる――それが、今の生活なんだ。

 

「無理しすぎでしょ……」


 勇崎麻央。

 彼のことが重なって。


 やっぱりそうだったか、とため息が漏れた。

 私は昨日、カインさんの悩み事を聞いてるはずだったのに。

 どうやら無意識のうちに自分が抱いていた思いを、彼に重ねて伝えてしまっていたようだ。

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