Ver.3.7.0 カインさんの告白②
[戻ってきてすぐになんなんだけど、]
[実はマグさんに]
[聞いてもらいたいことがあって]
私はその一文に悩み、振り回され、頭を抱えていた。
「んんんん……ん?」
カインさんはなにやら私に話があるという。
「どう、しよう……」
あらたまってこんな風に言われると、なんだか緊張してしまう。
「迷惑だ」なんていう気持ちは一切ない。
だけど……。
私なんかが聞いていいのかな、という気持ちが僅かに先行していた。
「いい加減返さなきゃ」
チャットが来てからというもの、私はまだ一言もそれに対して返事をしていなかった。
だいぶ待たせてしまっている気が……そろそろ何か言わなきゃ。
とりあえず、聞いてみよう。私が聞くことでカインさんの役に立てるのなら良いんだけど。
[いいよー!ゲームのこと?]
私にどう伝えるべきか。
そう考えているのか、カインさんからもすぐに返事はこなかった。
「やっぱり、言いにくいことなのかな……」
カインさんは私に何を聞きたいんだろう。
[聞いてもらいたいこと]と見て、ぱっと思い浮かぶものはいくつかあった……とはいっても、片手で数えられるほどの小さなことなんだけど。
温くなったマグカップを手にベッドにもたれかかり、ドキドキしながら返信を待っていると画面上にある小さなウィンドウが動く。私は画面によく目を凝らした。
そこには[いや]と一言前置きを残し、
[現実の話]
と、さらに私を困惑させる一文が送られてきていた。
「ぶっ……!」
飲みかけていた紅茶を吹き出しそうになる。
「それはないでしょ……」と頭の片隅に追いやっていたというのに。先ほどぱっと数個だけ浮かんだ予想、その一つが答えとして返ってきていた。
リ、リアルの話?……私生活?……私が聞くの!?
「ま、まさか……!」
私とカインさんの仲は俗にいう、ネット友達。接点はゲーム内のみ。顔も声も姿も分からない。たとえ街中ですれ違っていたとしても私たちは気づくこともなければ認識もできない。不思議な関係性。
そんなよく分からない相手だというのに、カインさんは私に話を聞いて欲しいと送ってきた。
「どういうこと……?」
なにか理由があるのかもしれない。私は困惑しながらもキーに指を置いた。
入力した文字を何度も消して何度も打ち直す。
「わたし、なんかが……違うな。わたしが、きいて……これも違う」
私が力になれるならそれで良いんだけど……。
結局、何も考えずに一番シンプルな言葉で返事を送った。
[私で良ければ!]
[ありがとう]
最後に送られてきたチャットの前で、私はざわざわと騒がしい胸の音を無視できずにいた。
どうしようか……内容次第では、うまく答えられる気がしない。
「どんな話なんだろ……」
不安と緊張が入り乱れる中、ついに
――ピコッ
カインさんからチャットが送られてきた。
私は神妙な面持ちで画面を見つめる。
[どうしたら、誤解のないように相手に伝えられるようになるんだろう]
「ん……?」
何か誤解させてしまった出来事があったのかな?
私は疑問をそのまま問いかける。
[大丈夫?]
[何かあった……?]
そして、次に送られてきた一文を見てすぐ、私は悲しい気持ちに包まれる。
[指摘されたんだ]
[お前は冷たい奴だって]
「どうしてそんなこと言われたんだろう」という驚きよりも、なんとも例えがたい苦い思いが込みあがってくる。
″誤解のないように″――自分が本来伝えたかったことが、相手には違う意味で伝わってしまったのかもしれない。
[え?そんなこと言われたの?]
[うん]
[思ったことを相手に伝えていたつもりだったんだけど、冷たいって思わせてしまっていたみたい]
[言われて思い返してみると、たしかに良くない顔されることが多かったなって]
[自分では気づいていなかっただけで、相手に冷たい態度をとっていたんだなと、反省……というか]
文字でのやり取りは、相手の温度感や感情を読み解くことが難しく、誤解やトラブルを招くことも多いと聞く。
私たちはずっとチャットを通じて話をしてきたわけだけど、私はカインさんに対して一度も冷たいと思ったり、感じたりしたことはなかった。むしろ、優しいとすら感じている。
だからこそ、カインさんが現実で「冷たい」と誰かに突き付けられたという事実は信じられなかった。
[こういうこと、相談できる人が周りに居なくて]
[ごめん……]
[いいよいいよ!気にしないで]
カインさんはできるだけフラットな関係の相手に聞いてほしかったのかもしれない。
相談相手との関係性次第で、気を遣われることもある。真っ当な意見が返ってこないかも知れない。
逆にこの仮想世界の中で立場は関係ない。そういった理由があって、カインさんは私に相談してきたんだ、とこの時になってなんとなく察した。
[ありがとう。それで結構、]
[というかここ数日考えてて]
今、思えば。
今日、カインさんと久しぶりに話をしている時に思ったことがある。
口数……というか、チャットのやりとりだけなんだけど。
いつものカインさん――という感じではなく、どこか元気がないように感じていた。はじめは「仕事が忙しかった」と言っていたし、疲れてるのかなと思っていたけれど……今となればこれが原因のように思える。
ずっと……心の中で引っかかっていたんだ。
「……」
私が伝えられることといえば……と考えを巡らせると、すぐに答えは出た。どうしても伝えたいことは出てきた。
だけど……私の想いをカインさんは受け取ってくれるだろうか。分からないけれど、送るしかない。
[私は、という前提でなんだけど]
固まっていた指先を動かし、止まっていたチャット欄を動かす。
私には「冷たい奴だ」と言い放った人物がどんな人でどんな関係性なのか分からない。家族、知人、上司部下……あるいは恋人かもしれない。
ゲームで接するカインさんの姿しか知らないし、現実のカインさんがどんな人なのか分からない。
[カインさんが心当たりあるっていうのなら、実際、相手に冷たいって思われてたことはあるかもしれない]
[だけど]
[私はカインさんのこと、冷たい人だなんて思ったこと一度もないよ]
ただ、私はカインさんが「冷たい」と指摘されたことに異議を唱えたかった。
[それに、]
[カインさんの事を知ってくれている人は、案外近くにいると思うんだ]
こう答えた理由は自分でも分からない。なにか確信があって言ったわけでもない。
この発言はある意味、無責任だと思う。
もっと具体的なアドバイスが欲しかったのかもしれない。
でも、私はカインさんがその言葉に縛られているのが嫌だった。
[だから、あまり思い詰めずに]
私が彼――魔王の内面を覗いたように。
私と同じようにカインさんのことを見てくれている人が――知ってくれてる人がいるはずだ、と思った。
[冷たいって思われていたとしても、これから挽回していけばいいと思うんだ]
それに周りに「冷たい」と思われていることが事実だとしても、私は今日のやりとりでカインさんは「真面目な人」という印象も受けた。きっとそう思われたのには訳があるのだと。
少しの間の後、
[うん]
[そうだよね]
とカインさんから返事が来た。彼の中で最初から答えは分かっていたように思える。
この考えで良いのか、間違っていないのか……背中を押して欲しかったんだろうな。
[今すぐには無理かも知れないけど、少しでも変えられるように]
[自分なりに、頑張ってみるよ]
ああ、やっぱり。真面目な人なんだなぁ。
[Magさんありがとう]
冷たくなんかない。
カインさんは、ちゃんと考えられる優しい人だ。
[ごめんね、急に]
[いえいえ!お役に立ててなによりです]
私はほっと一息つき、窓の外を見る。夏の日差しがゆっくりと落ちて、空の色を変えている。
カインさんの力になれた……の、かな?
その風景を見てしんみりと思い耽ることはなく、反対に心は晴れやかだった。
[一件落着?]
[Magさんのおかげで]
[よかった!]
[そういえばカインさん]
[今度一緒に、あれやろうよ]
[あれ?]
[うん、あれ笑]
きっと大丈夫。カインさんならうまく乗り越えられる気がする。
明るい空に潜む宵の明星に、「解決しますように」と小さな願いを込めた。




