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家の隣に魔王が住んでいる!  作者: 白鈴サキ
Version3 それぞれの変化
21/33

Ver.3.6.0 青墨色の青年

「な、なにが起こった……」


 結局私は――Magは、何もせずただ突っ立っているだけだった。

 鍔迫り合いの音、そこかしこで起こった爆発音、地響き。悲鳴や雄叫びが飛び交い、戦地のど真ん中だったというのに――その影はもはや見る影もなく。辺りにはしんとした静けさが訪れていた。


 ずっと空に居座っていた不気味な曇が引いていく。

 厚い雲の隙間から夜空が広がりを見せ、本物の太陽はいつの間にかすっぽりとその姿を隠していた。山々の奥から星々が一面に散らばり、存在を示すようにキラキラと瞬いている。美しい夜空が静寂を包み込み始めている。

 

[トーマ!]


 静かになった土地にマキの声が響き渡る。マキは辺りを見渡し、トーマの存在を探した。

 早く、早く、と目があちこちを追う。

 荒らされた畑。壊れた教会。そうして村の片隅。

 瓦礫の山と変わり果てた民家の前で、横たわる人物を見つけた。

 ――トーマだ。


[(早く向かわなければ、)]

 

 マキは一分一秒の遅れも認められなかった。

 歯を食いしばり地面を思いきり、蹴り込む。

 

[くっ……!]

 

 ぎしり。

 右足の骨が砕けてしまいそうな激痛に襲われる。動かすことを躊躇ってしまうほど鋭い痛みだ。

 マキはその時初めて、自分の体の状態に気付いた。

 体中いたるところに皮膚が切り刻まれ、出血痕痛々しく残っている。打撲痕と炎に焼かれた腕は皮膚を変色させていた。


[……]

 

 戦闘中は必死で気付かなかったが、体はすでに限界を迎えている。

 もう走る力など残ってはいない。


[――早く]


 それでもマキの優先すべき事は変わらない。

 

 ――痛む足など、放っておけ。

 止まっている暇は許されない。一刻も早くトーマの元へ。

 

 苦痛を浮かべる顔に一筋の汗が伝い、ぽたりと地面を濡らした。

 

[――動、けッ!]


 それを皮切りにマキは再び、地面を蹴った。 

 駆ける足が軋む。

 意識が朦朧とする。

 肺が張り裂けそうになる。

 血の味がする。

 頭が――頭が、いまにでも割れてしまいそうだ。


[早く――!]


 ――たとえ倒れようとも、俺は進むことを止めない。

 痛みなどどうでもいい。

 意識は無理やり繋ぎ留めればいい。

 

 マキは顔に付いた返り血を拭いながら、息が切れていることも忘れて走った。

 荒んだ村の中を無我夢中に走った。

 

 あの日。

 あの時。

 そばに行けなかった事を悔いるように。

 

[トーマ!]


 忘れもしない幼馴染の名をマキは何度も何度も叫んだ。

 聞き慣れない自分の声が村の中を虚しく響かせた。


[……]


 トーマからの返事はない。こちらに気付いて振り向く気配すらもない。

 マキの顔に焦りが滲んだ。嫌な考えを振り解くように首を横に振った。


――絶対に、助けてやる。


 隠れていた月の明かりが雲の隙間から差し込み始めた。

 青墨色の髪が月の光を浴びて反射する。背中まで長く伸ばされた襟足が宙に揺蕩たゆたい、走るマキの姿が影として落とされていた。



 


[大丈夫か!?]

 

 マキはトーマの傍へと辿り着いた。

 汚れた外陰を脱ぎ捨て、急いで屈みこむ。

 呼吸をしていることを確認すると、


[よかった……]

 

 と、ひとまず息をついた。

 トーマは生きている。だが、まだ安心できる段階ではない。

 

[う……]

 

 トーマはひどく魘されていた。額から大量の汗が流れ落ち、表情は苦痛に歪めていた。


[トーマ……]

 

 マキはそんなトーマの様子を見て、手をとった。軽く握りしめ、呼び起こすように祈った。

 すると――


[……っ]

 

 ぴくり、とトーマの手が小さく反応した。

 冷たくなっていた体にマキの体温が伝わって、朦朧としていた意識を浮上させたのだ。

 

 トーマの瞼が重く開いていく。

 

[――あ]


 トーマは小さく、息をのんだ。

 ぼやけながも広がっていく視界。自分を覗き込む顔が目に入り、思わず声が漏れた。

 見開かれた飴色の虚ろな瞳の中には、ずっと探していた大切な幼馴染がくっきりと映っている。

 

 ――夢じゃ、ないよね。


[……]

 

 苦悶を浮かべた表情がふと、穏やかな顔つきへ変わるとトーマは目元を綻ばせた。

 そして、マキの顔に手を差し伸べ、小さな笑みを浮かべていた。


[(――懐かしい、色)]

 




 トーマとマキ。

 何十年ぶりかの再会がこんな危険な状態だなんて。

 

「このあと、大丈夫なのかなぁ……」


 これは最悪、嫌な結末となってしまうのかもしれない。

 私はどこかでそう思ってしまっていた。

 なんせラスクエは、たまにこちらの傷口を抉ってくる話を平気で入れてくることがあるからだ。

 私にはこの二人のことを静かに見守ることしかできない。

 実際この後、考えてた結末だったら泣くからね……?


「どうか……どうか、ハッピーエンドでありますように」


 


 

[すぐ楽にしてやるからな]


 マキはそっとトーマの体に手をかざした。

 トーマの腹部の傷は深い。応急処置は施してあるものの、依然として状態は良くなっていなかった。

 ぜえぜえと息が切れ、今にも事切れてしまいそうなトーマを見て、苦しくなった。


[……っ]

 

 それでもマキは諦めたりしない。絶対に助けるという意志の元、最後の力を振り絞り、手のひらに魔力を集中させた。

 指先がほうと光り、トーマの傷口にあたたかな熱が注ぎ込まれていく。

 トーマは身体中を巡りはじめた謎の感覚に一瞬、顔を強張らせていたが次第に慣れて、落ち着いたようだった。

 そして、自分に当てられている光を見つめながら、らしくないことを呟く。


[でも、もう――ダメかも、しれない……]

 

 言葉を詰まらせ、悟ったように続けた。

 それ以上は聞きたくないと遮るようにして、マキが言葉を被せる。

 [大丈夫だ]と。


[……そう、いえば、ね、]


 目を伏して、トーマがゆっくりと話し始めた。マキは彼のか細くなった声に耳を傾ける。


[マキ……あの、事件が、起こった……の、は……自分の……せい、だなんて……思わ、ないで……ね……」


 マキは手元に向けていた顔を上げ、はっとトーマの目を見た。透き通った瞳に、苦しい笑顔を向けたトーマの姿が映る。

 


 

 

「そういえば……魔法使いを嫌ってるはずなのに、追い出さないのは変だと思ってたんだよね。なんでなんだろ……」


 村の人たちにマキの正体が魔法使いだと広まったあと。

 あの村の人たちは子どもだろうと容赦せずに村から追い出しそうな気もする。

 あえて、マキを追い出さずに軟禁状態のような形で村に居座らせた理由は何なのだろうか。





[村の……人たち、は……マキを……利用しよう、と……ある計画を……進めて、いたんだ――]

 

 トーマの口からマキが村から追い出されなかった理由が語られる。

 

 

 遠い昔の話。

 倒れた魔法使いを助けた恩だと押し付けて、その力を利用しようとした村のお話。

 お伽話の口調で語られるそれは聞けば聞くほど、胸の奥が焼けるような重く、悪く、歪んだ話だった。

 ”魔法使いを嫌う村”――その正体は、曲解された昔話と身勝手な恩が作り上げた妄信だったのだ。

 

 

[実は、あの後……となりの、村……とのたたかい……が、あって……]


 ずっと続いている村の在り方を知った。

 マキは何かを訴えるわけでもなく、疑問を口にするわけでもなく、黙ったまま、トーマの話を聞いていた。


[だから……利用しよう、とした……罰が、当たった、んだよ……マキは、何も……悪く、ない……あの仮面、も……隣の村……刺客だって、……分かった]


 頷くことも返事をすることもなく、ただ、下を向いていた。


[……]


 ずっと自分のせいで。

 魔法の力のせいで。

 あの村が――トーマが襲われてしまったのだと、思っていた。

 隣の村はマキ達がいた村と領地争奪のための戦を始めようとしていた。

 仮面の集団も同時期に組織の力と成り得る者を探していた。

 魔法使いを拾った村に対抗するために。

 魔法使いとしての素質が高く、最も優れている人物を手に入れるために。

 目的は違えど、隣村と仮面の集団はそれを機に利害関係となった。

 

 そして――

 あの痛ましい事件が引き起こされることとなった。


[――そう、だったのか]

 

 マキは赤く染まった地面を見続けた。

 すぐに真実を飲み込めるはずもなく、拳を握りしめた。


[……]

 

 自分があの村に訪れてしまったせいで悲劇が起こってしまった。その事実が背中を突き刺してくる。

 


 ――もっと、早くに出ていけば……違うな。村に着かなければよかった。

 あのまま知らぬ土地で転がり、息絶えれば良かった。

 そうすればこの力が利用されることも、トーマが傷つくことも最初から起こりえなかった。

 今回のことも全部、俺が悪いんだ。俺の存在が――


[……]

 

 トーマは悪くないと言ってくれている。

 それでも俺は。今も自分を、許せないでいる。

 村に着いたばかりの昔の俺は、あの村の在り方を知っていてもなお、″生きたい″――そう強く願ってしまったのだから。

 

 マキは自分の生を恥じた。自分が存在しなければなにもかもは平和なままだった。

 やるせない濁った感情が、かざしていた手の力を強めた。

 考えが頭から離れなかった。


[(この歳になってまで生きてきた理由。それは――)]


[……マキ、]


[……っは]

 

 マキはトーマに呼ばれ、止まっていた息をようやく吐きだした。


[……]

 

 トーマはそんな彼の様子を捉えたからこそ、


[……もう自分、を……責めないで、ね]


 彼の心に寄り添う。

 きっと真相を伝えても彼は自分を責め続けるだろう。存在を否定するだろう。

 マキは意外と繊細なところがある。考えすぎてしまうところがある。

 昔から、そうだった。

 

[僕は……マキが、生きていて、くれて……マキと、出会えて……とても……幸せ、だよ……]

 

 マキの頬に手を当て、トーマは柔らかな笑顔を浮かべる。

 誰しもが生きたいと願う。それはおかしなことではない。否定するべきではない。

 トーマはマキと出会えて、嬉しかった。何かの縁であの村で出会えたこと。仲良くしてくれたこと。知らないことをたくさん教えてくれたこと。

 

 ――マキがいたからこそ、今の僕がいる。

 

 あの懐かしい日々が愛おしく、幸せだったのだ。


[……]

 

 マキも昔のことを思い返していた。

 暑い日は川で水遊びをした。衣服が汚れて二人仲良く養母に怒られた。あの時、トーマは笑っていた。

 寒い日は雪玉を投げて遊んだ。疲れ果てた体を夕餉に出るあつあつのスープで温めるのが好きだった。

 二人で図鑑を読み漁った。よくわからない虫を捕まえた。こっそりと魔法を教えた。

 些細な日々の出来事かもしれない。

 けれどマキにとって、どの思い出も生きていてよかったと思える時間だった。


 ――俺が今日まで生きてきた理由。それは、トーマにまた会いたいと願っていたから。


 この思いは身勝手だ。わがままだ。

 けれど――


 久しぶりにトーマの姿を見た時。胸の奥がざわついたと同時に暖かくなったのは、きっと――気のせいじゃない。


[……そう、か]


[うん]

  

 今すぐにはトーマの言葉をすべて受け入れることは不可能だろう。

 時間をかけて受け入れていく。

 

 ――マキが、生きていて、くれて……マキと、出会えて……とても……幸せ、だよ

 

 トーマがああ言ってくれたように。

 ゆっくりと自分を許していけるように。

 自分が今までに犯してきた罪は消さないように。


[……]


 マキはそっと微笑んだ。

 長い間、ひどく、重くのしかかっていたなにかがやっと降りてくれたような気がした。




 

 それからもしばらく、トーマの治療は続いた。

 マキの手から光が失われたかと思うと、マキは頬に伝う汗を拭ってゆっくりと息を吐いた。


[ほら――]


 先ほどまで切羽詰まっていたマキの口調がとても柔らかい。

 かざしていた手を退けると、トーマの腹部にあった深い傷は最初からなかったかのように見る跡もなく塞がっていた。


[……わ、]


 トーマは驚いて確かめるように傷のあった場所を撫でた。


「すごい……すごいよ、マキ!」

 

 ぱちぱちと瞬きを数回繰り返し、体を飛び起こしたかと思うと、


[ありがとう]

 

 そう言ってマキを包み込むように両肩に腕を回した。

 まだ治って数分も経っていないというのに、勢いよく上半身を起こしたせいでトーマはゲホゲホと勢いよく咽ている。

 

[おいおい……]

 

 どう受け止めて良いのか分からず、対応に困ったマキはとりあえずと丸くなった体をとんとん、と控えめに叩いた。

 顔を横に逸らしているマキの表情から喜びを隠せないでいた。


[ふふっ]

 

 トーマは静かに息を吸い込んだ。

 やっと会えた大切な友達。やっと大切な言葉を伝えられる。

 ずっと。

 ずっと、言いたかった言葉。

 

[おかえり]

 

[――]

 

 ずっと。

 ずっと、待っていた言葉。

 離れていた時もトーマの姿を一秒たりとも忘れることはなかった。


[……っ]

 

 優しくかけられた声がすぐ横から聞こえてきて、マキはぐっと喉の奥を鳴らせた。

 許されないと思っていた。合わせる顔はもうないと思っていた。

 それなのにトーマはこうして抱きしめ、迎えていれてくれた。こうしてまた、話すことができた。

 世界で一人の、大切な友達。ずっと味方でいてくれた、大切な仲間。

 

[――ただいま]


 溢れ出る思いは止められなかった。

 抱きしめている手に。体に。力が入った。

 降り積もる雪景色に日差しが差し込み、春の兆しが舞い込むように。温度の変化があるように。いつのまにか近付き、移ろいでいくように。

 心の中に積もっていた雪は溶けていき、あたたかな涙となって互いの肩を濡らしていった。

 




[そういえば……あの時も、マキが治してくれたんでしょ?]

 

 トーマが背中の傷を擦りながら言った。

 昔、あの事件で負ったトーマの背中の傷は村医者では手の施しようがないほどの重傷だったらしい。

 

  

「あれ?もしかして……」


 私は過去のムービーを記憶から遡った。

 そういえば、マキが村を去る時に指先から光の粒放たれていたような……?

 その時はあまり気にはしていなかったけれど……。あれって治癒魔法だったのか。

 

「なにそれ。ズルだよ、ズル……!」

 

 マキの優しさに。トーマへの気持ちに。気づいてしまったのならもう遅い。

 じわじわと涙によって目の前が水没していくのが分かる。


「マキ……あんたって子は……!」

 

 テキストがにじんで見えない。

 いま、とてもいいとこなのに。

 

 

[……]


 トーマに再び見つめられて、マキは黙り込んだ。これはきっと肯定しているのだろう。

 どうやら彼の素直でない性格はずっと変わらないでいるらしい。


[素直じゃないなぁ]


[うるさい]


 二人が再開できたこと。悪を討てたこと。

 それらを祝福するように輝く、青い星が二つ。

 寄り添いあうように並んでいた。

 その星々は二人を見守っているかのようなあたたかな光を放っていた。



 

 

 場所は変わり、トーマと初めて出会った大都市の研究所まで戻ってきた。

 長い時間、旅をしていたような気がして、出会った頃に懐かしさを覚える。

 忙しなく行き交う人々を横目に知的で些細な装飾が施された豪華な門を潜ると、盛大な音楽が三人を迎えるようにして鳴らされた。

 それはこの物語の終わりを意味している。


 

[ありがとうMagさん。あなたのおかげで、マキと再会することが出来ました]


[俺と同じような境遇の子を助けられるように、これからトーマと頑張るよ]



 マキとトーマ。二人が並んでいる。一瞬、二人の子供時代の姿が重なったような気がしてならない。

 ずっと離れ離れだった二人が、仲良く。

 トーマは大魔法使いにはなれなかったけど、また新たな夢を掲げていた。

 誰かを救える、そんな希望溢れる未来への一歩。それはマキとともに、歩んでいく。

 


 ……とくにそういったテキストはなかったのだけど。


「うっ……」

 

 じわり。

 収まっていた涙が再び溢れ出す。

 私の解釈が感情の大爆発を巻き起こしてしまった。

 

 大人びた笑顔を見せるマキは静かに手を振り、トーマは明るく朗らかな笑顔を向け元気に手を振って私を見送っている。

 二人は月と太陽みたいだな、なんて思ったり。

 

 【Quest Clear】


 画面の中央に望んでいない文字が現れる。私はまだ二人の物語が見たいんだけども……。

 しだいに姿が消えていった二人を見送り、寂しさも湧いてくる。

 

「あ~これは……ちょっと待って」


 すべてのストーリーが読み終わり、ハッピーエンド。

 感動的な話を前に私の顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。

 誰も居ないのだからと遠慮なしに鼻をずびずびと嚙みまくる。


「いや~良かった……良かった!」

 

 静かな部屋にパチパチと鳴りわたる。

 もう画面上に二人は居ない。Magだけがぽつんと佇んでいる。

 それでも無意識に小さな拍手を送っていた。


「ふう……」

 

 泣きはらした目をこすり、一回、深く息を吸い込んだ。

 なんだなんだ。こんなストーリーがあったのならもっと早く教えて欲しかった。

 めっっっっっちゃくちゃ良かったじゃん……!!

 退屈だからという理由で最初の方、適当にプレイしていたことが悔やまれる……。 

 マキもトーマもとても良いキャラをしている。あんなの好きにならないわけない……!


「人気もありそうだし予告通り、次のメインストーリーにも関わってきそうな感じする」


 私はとうに冷め切ってしまったマグカップの中身を飲み干して、まだまだ余韻に浸った。

 しばらくしてカラスがかあかあと鳴いている声に気が付いて、そこでやっと我に返った。

 

「何時間やってたんだろ……」


 一度ハマってしまうと時間を忘れて集中してしまうのが、昔からある私の癖だ。

 ベランダの外はすっかり夕暮れ色に染め上げられており、橙色と水色が混ざり合った綺麗なグラデーションが住宅街の奥に広がっていた。

 遠くで連なり建っているビルの群れが淡い光を受けて反射している。ちょっと眩しい。

 カーテンを引っ張って光を遮ると部屋の中はさらにしんみりとした暗さに包まれた。 


 ほの暗い部屋の中で画面が明るく光を放つ。

 机の上に置いてある電灯のリモコンを手に取ろうと屈んだ時。

 ふと、チャット欄に表示されたマキの最後のセリフが目に入った。


 ――マキ「俺と同じような境遇の子を助けられるように頑張る」


「……」


 感動的な話を前に水を差すようで、あまり考えないようにしていた。

 ……が、今となってぽつぽつと浮かび上がってくる。


「一文字違い……」


 ぼんやりと思い浮かぶ人物を払いのけるように首を振った。

 マキ、かっこよかったな。

 そう思うことで何度も考えを塗り替えようと試みてみたが、無駄だった。

 賑やかな音楽は無くなって、部屋に静寂が訪れ始める。

 もやもやとした考えが一層強く、浮き出てくる。


「いっそ考えてしまった方が忘れられるのかもしれない……」

 

 私は諦めて吐き出す方にシフトした。

 似た人物がずっと……ずーーーっと脳裏にいた。

 こんな時にまで人の脳内にお邪魔してくるなんて、一体なんなんだと文句の一つも言いたくなる。

 

 ――ぶっきらぼうで冷たかった少年。

 けれど根は優しく、誰よりも周りのことを考えている。


「不器用……ねえ」


 魔法使いという素性がバレないようにマキは村人との関りを断っていたいたわけだけど……。

 あの人はどうなんだろう。

 

「ちょっと、ほんのちょっとだけ……似ているような……」


 私の脳内に入り込んできたその正体は。


「……」

 

 壁越しに住んでる方なんですけど。


「魔王、か」


 私はモニターの奥にそっと視線を移した。

 隣の部屋には、勇崎麻央が住んでいる。


「似てるよなぁ……」


 不器用といわれて、彼を思いださない方が難しいまである。

 彼と出会ってまだ数か月だというのに、私の中で魔王=不器用な人というレッテルが貼られている。


 もう良い時間だというのに物音一つ聞こえてこない隣の部屋。

 休日だし出かけているのかもしれないけれど、そうだとしたら体力オバケすぎてちょっとうらやましい。

 ――というのも。

 繁忙期に入ってから、私たちのチームは夜遅い時間までの残業が続いている。

 そして魔王……勇崎さんは恐ろしいことに、私たちが退勤する時間になっても一向に帰る気配がなかった。

 今週はとくに遅かったと思う。

 私が布団に入る時間になると決まって隣から小さな物音が聞こえていた。きっとあの時間になってやっと帰宅できているのだろう。

 聞いた話によると勇崎さんは「いま必要なのか」というような内容の仕事を部長から押し付けられているそうだ。

 本来の業務とは関係のない多岐に渡る仕事を請け、毎日発生する新たな業務。

 その忙しさから、最近の勇崎さんの顔色は良いとは言えない。

 

 昨日、帰り間際に見えた勇崎さんのモニターの中。たまたま席を外していたのもあったけれど視界に入ってしまった。

 そして、私はそこに映っていたものを見て、目を疑った。

 ほの暗いモニターから私たちの負担を減らすための綿密なスケジュールが映し出されていたのだ。

 武藤や佐藤さんがうまく外に出られるようにと内勤の仕事を削り、私やはるちゃんの残業時間が減るように。

 彼は……私たちの代わりに自分の仕事を増やしていた。

 どう考えても個人で出来る許容を超えている。

 

「なにも無茶しないでいいのに……」

 

 残業に追われる毎日はつらいのはたしかだ。

 けれど、なにも勇崎さんばかりが背負わなくて良いのに。 

 彼だって同じ人間だ。休みたいときもあれば、つらい時もある。


「……」

 

 私はなんとなく。ただ、本当になんとなく。

 ポスターも何も飾っていない真っ白な壁に向かって小さく呟いた。


「お疲れ様です」


 その瞬間――


「――っ!?」

 

 ガタッと何かをひっくり返したような大きな物音。

 ベッドから転げ落ちたのか?と疑ってしまうような、痛々しい音が見つめていた壁の先から聞こえてきたのだ。

 驚きのあまりひっと喉が鳴り、腰が仰け反った。


「……うそでしょ」

 

 聞こえてるはずがない、絶対に。

 続いてガラガラとベランダの窓が開かれた音が響く。自分の部屋のベランダの先に視線を送る。

 

「びっ、くりしたぁ……!」

 

 ドキドキとうるさい胸を撫で、「落ち着け私。聞こえるわけない」と落ち着かせる。

 このマンションはそれなりに防音もできてるはず。

 決して薄い壁ではない……と思いたい。


 その後、物音は鳴り止み、飛び上がっていた心臓も次第に落ち着いていった。

 タイミングが良いのか悪いのか。

 はたまた、私の運が悪いのか。


 とりあえず、月曜日はお菓子とか休憩の合間に摘まめるものを勇崎さんに渡そう。

 私が彼に対して出来ることといえば自分の仕事を早く進めることと、感謝を伝えることぐらいだ。


「朝はコンビニ……寄るか」

 

 せめてものの……ね。


「ごはん作らないと……」

 

 キッチンへ向かおうと立ち上がった時に、食べかけのサンドイッチの存在を思い出して最後の一口を放り込んだ。

 パサパサとした食感が口の中の水分をすべて奪っていった。

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