Ver.3.5.0 抜け落ちた約束③
あれから十数年。
幾月の時が過ぎ、忘れもしない深い傷を背負いながらもトーマは成長した。
背丈は伸び、声は低くなった。柔らかな笑顔を浮かべていた少年はその面影を残したまま、あの村から生き延びた。
村を出て都会に暮らし、勉学に励んだ。魔法も簡単なものであれば唱えられるようになった。逞しく、立派な大人に彼はなったのだ。
全ては大切な人を救うため。
トーマは自分で切り開ける道すべてを通ってきた。
そして、学者として大都市にある魔法専門の研究機関に就いた彼が、プレイヤーである私たちに出した依頼は
″行方知れずとなった幼馴染を探すこと″
[裏切り者には罰を]
[あなたはここから逃げられないのです]
仮面を付けた謎の集団は同じ言葉を繰り返しながら、じりじりとこちらに向かってくる。
穏やかだった村の雰囲気は一転し、住民たちは一目散に村の外へ逃げていった。
トーマの探し人であったマキ。私たちは彼の現在の行方を知るため全国各地を飛び回り、目撃情報を集めた。
そしてついに。最後のピースがこの村で揃った。
どうやら彼は、魔法の力で世界を闇に葬ろうと暗躍している組織のメンバーとして活動をしているらしい。
その真相を確かめるため、トーマと組織の本拠地へ向かおうと意気込んだ最中の出来事だった。
私たちの存在に嗅ぎ付けた組織の人間が手荒く仕掛けてきたのだ。
[奪う者。奪う者。]
[奪う者には裁きを]
マキを組織から”奪う者”として。
[……Magさん]
トーマは幼い子どもを庇ったことで大怪我を負ってしまった。
抑える腹部にはいまもなお、出血が止まらず溢れ続けている。
謎の人物が突如として現れ、私たちを庇ってくれているおかげで、Magが応急処置を施すことができている。
……が、それも時間の問題だと思われた。
数人しか見せなかった姿はいつの間にか、十、二十――と今もなお、その数を増やしている。
ゆらゆらと左右に揺れ、詰め寄ってくる姿は同じ仮面を着けているのも相まって、気味が悪い。
[さァ、戻りましょう]
[くっ――!]
黒衣を身に着け、フードを深く被った謎の人物のうしろ姿を、トーマは横たわりながら見つめた。
そして――
[マキ……]
曇りもなく、探し人の名を呼んだ。
[――。]
彼はか細い声に微かな反応を見せた。
顔を振り向かせ、青い瞳が線を描くようにトーマへと向けられる。
フードの奥からはトーマと変わらない歳をした青年の顔が見えた。
[それ以上喋るな、傷口が――]
マキと呼ばれた人物はその名を否定することなく、トーマの身を心配した。
もうこれ以上は何も言わないでほしい――そう願っているかのように、瞳の奥が不安定に揺れている。
トーマはもう一度彼の顔を見つめた後、静かに目を細めた。
[やっぱり――]
苦しい表情が一瞬和らぐ。微笑みを浮かべ、弱く、小さく、自信を持って頷いた。
[マキ、だった……]
長い時を経て。
顔も。姿も。声も。
この数十年、見たことも聞いたこともないというのに。
トーマは目の前にいる彼が。突如現れた謎の人物が。
生涯をかけて探していたマキ本人だと、分かってしまった。
[我々を裏切るのなら――マキ、あなたも生かしてはおけない]
[裏切るも何も、俺は最初からアンタたちのことを――組織を信用していない。利用させてもらってただけだ]
先ほどまで長い長いと嘆いていた自分が悔しい。
前半のおつかいだけでは語られなかった重圧なストーリーに私は目が離せないでいる。
手につけていたサンドイッチは食べかけのまま食器の上に放置され、パンが少し乾燥しはじめていた。
敵の幹部が戦闘態勢に入る。
間もなくしてイベントバトルが始まった。
[くるぞ]
マキはフードを捲った。ずっと隠されていた素顔が日の光に照らされた。
端正な顔立ち。細く、けれど逞しく鍛え上げられた体。
愛らしい少年時代のマキとは違い、凛としたその姿は十数年の長い時を感じさせた。
[彼を、守って――]
トーマの願いを受け、Magは強く頷くと、杖を天に掲げ、戦闘準備に入った。
[やれ]
殺意の籠った一言が緊張感の走るこの場に解き放たれた。
それを合図に大勢の敵が声を荒げた。
[殺れ!]
[潰せ!]
前からは小型の魔物が数百体、雄叫びを上げて全速力で向かってくる。続くようにして後ろからは、巨大な斧やハンマーを手に大男たちが血気盛んに押し寄せる。
その軍勢の隙間から魔術師と弓兵が後衛に控えているのが見えた。支援と遠距離攻撃に長けた魔術師たちは、魔物と大男たちに向けて光を纏わせ、防御壁を付与した。大勢の弓兵は司令官の元、一斉に弓を引き絞り始めている。これから数多の矢が降り注ぐことが予想される。
さらにその奥からは鋭い牙を持った大型の獣と、親玉である仮面の集団。ごつごつとした太い杖は空を指し、ギラギラとした巨大な火の玉を生み出していた。灼熱の物体がこちら目掛けて飛んでくるのも時間の問題だろう。
「いや、多くない!?」
この場に残っている戦力はマキとMagの二人だけ。
勝てるはずがない。
私たち二人に対して敵は数百人、いやそれ以上いると思われる。
たとえ数を減らせたとしても、全員を倒しきることは到底無理だと思えた。
[ごちゃごちゃと五月蝿い]
しかし、マキはこの状況に怯むことなく言った。
[俺は、お前らのやり方が嫌いだ]
本来、魔法は詠唱をもって復元される。
そのはずなのに。
彼の背後には魔法が詠唱もなく、次々に精製されていた。
マキは第一陣として襲いかかってきた小型の魔物を近寄らせることなく数多の魔法を使いこなしすべて倒し切ると、次は大男たちへと敵意を向けた。
重い足音を鳴らしながら近づいてくる大男たち。マキは空へと手をかざした。
すると、彼らの前に炎の線があらわれて、カーテンのように激しく燃え広がった。場を寸断させられた大男たちは行き場を失い、二の足を踏んだ。
とりあえずは、と安心していたのも束の間。
空高く上がった炎のカーテンを通り越して、上空の彼方から矢の雨が降ってくる。
[長年、共にいたというのに見くびっているのか?]
マキが手を払う素振りを見せた。
すると、大量の矢はこちらに届くことなく、淡い夕暮れの空の中へと消えた。
「つ、強すぎでは……」
何が起きたのか理解が出来なかった。
私はマキの助太刀という立場でこの戦いに身を投じたはずだ。
だというのに。
その圧倒的な力を前に置物ヒーラーと化す。
戦闘中にも関わらず絶えずセリフは流れているので話に集中できるのはありがたい、とは思っているけれど……。
[努力は……努力は必ず報われる。お前たちといた俺が、俺のすべてだと思うな]
自身を鼓舞するように。トーマのこれまでの歩みを肯定するかのように。
マキは後方にいるトーマを見やりながら言った。
「カッコ良すぎるよ、マキ……!」
複数の属性を融合させたような、原作で見たことも聞いたこともない魔法の数々に私は驚かされてばかりいる。
マグマの火柱が地中から生え、地には亀裂が走った。
空には暗雲が立ち込め、雷鳴が轟き、予測なく地に落ち続けている。
そよ風は身をも切り裂く烈風へと変化し、凍てついた冷気によって敵はみるみるうちに凍結した。敵だったものにヒビが入ると、跡形もなく粉々に崩れ落ち、さらりさらりと風に吹かれ、この場から無くなった。
「あ!」
空間がぐにゃりと歪み、そこでなにかが蠢いている。
背景と同化した正体不明の物体が、マキの背後に着々と迫っているのが見えた。
裂け目が現れ、空間が開かれる。
[――。]
中から一人、現れた。
足音も呼吸の音も気配も。なにもかもを遮断し、マキの背後をとった。
目以外を覆った装束に身を包み、薄暗い地に馴染んでいる。
軽く、鋭い殺傷能力のある武器が怪しくギラリと光った。
そして――
マキの足元へ。
気づかれないように屈みこむと、スティレットを首元目掛けて一直線に突き上げた。
非常にまずい。
マキは背後に気づくことなく、前方の敵の相手をするのに気を取られている。
だが――
[――!?]
尖った先端は虚空を刺した。
そこに狙いの首もなければ、マキも居ない。
[遅い]
血走った眼が開かれ、振り返った時には遅かった。
マキは目の前にかざされた手のひらから氷の剣が抜き出ると、息する間もなく敵の額を貫いた。
青の瞳に深紅が流れ映り、落ちていく。
[……]
マキの手によって一人がやられたあと、隠れていた数人も仇打ちだと襲いかかった。
複数の方向からダガーが振りかざされる。不規則に縦、横、斜め、と切りつけられるのをマキはいとも簡単に避け続け、隙を見ては懐に蹴りをお見舞いした。
相手の体勢が崩れたのを機に片手に携えた氷の剣を用いて、迷いなく切り伏せた。
熟練の暗殺術だろうがマキには通用しない。
彼は魔法だけでなく、体術、戦闘における立ち回りにも優れていたのだ。
[うわ、ぁああ――!]
[やめろぉ!は……離、せ――!]
マキは応戦する傍ら、魔法の精製を止めることはなかった。
後方の魔術師たちは黒い靄に視界と思考力を奪われ、同士討ちを始める。
悍ましい気配のする暗黒の手が地から湧き出で、逃げ惑う弓兵と大男たちを捉える。悲鳴はかき消され、どろどろとした沼の中へと容赦なく引き摺り込んでいく。
魔物は本能が逃げろといっていたのか、いつの間にかその姿を消していた。
あれだけいた敵の数は、時間が経つにつれて一人、また一人と消えていった。
長閑だった村の面影はなく、轟轟と空と大地が鳴り続けている。
――混沌。
まさに今の状況を表すならば、混沌。
その言葉が合っている。
マキは片手間に魔法も使えてしまうほどの実力を持った魔法使いだった。
数百といた敵は見るも無残な無数の屍として、あちこちで息を失っていた。
その中で――
[――!?]
突如として、常識とはかけ離れた眩い蜃気楼が発生。
マキははっとして上空を見上げた。
もう一つの太陽といって違わない、赤黒く燃え滾る炎の球体。
はるか上空に在るにもかかわらず、ありとあらゆる生命が蒸発してしまいそうなほどの熱を発し、揺らめいている。
[これで最後だ――]
Magとマキだけがこの場に立っていた――はずだった。
なのに。
[私が全てを終わらせる]
大勢の組織の人間が地に伏す中。
たった一人。
たった一人だけが、その中からよろめくように立ち上がっていた。
複雑な模様をした仮面。壊れかけのそれはヒビが複雑に入り、覆い隠していた素顔の一部が晒されている。
鋭く口角を上げ、肩で息を切らしながらも杖先をマキへと向けた。
[ははッ、ははははは――ッ!]
対処できないだろうとたかの外れた笑い声が響いた。
死なばもろとも。ということだろうか。
炎の大玉は狙いを定められ、空から更地となった大地に向けて加速しながら落ちていく。
仮面の一人はその情景を見届けると力を使い切ったのか、満足げに笑顔を浮かべて勢いよく倒れこんだ。
[――ッ!]
マキの額から一筋の汗が流れ落ちる。
唇を噛みしめ、迫りくる災害を睨み続けた。
――どうすればいい!?
「やばいやばい……」
これほどまでの規模は範疇外だ。きっと手が負えないのだろう。
私は手に汗を握る思いで、この物語の行く末を見守っていた。
[どうすれば――]
止めなければなにもかもが終わってしまう。
トーマの命を守ることもできなければ、自分の命も終わってしまう。
――マキって、すっごい魔法使いなんでしょ?
あの冬の出来事が蘇る。
瞳を輝かせて自分を見ていたあの少年の顔が、嬉しかった。
[……]
――二人で大魔法使いになろう。
この偽物の太陽よりも自分を照らし続け、逞しく未来を見据えていた笑顔が浮かび上がった。
心があたたかい。
――絶対、魔法使いになろう!
誰よりも魔法使いに憧れていた少年。自分を否定することなく、受け入れてくれた少年。
[……う]
そんな彼はいま、苦しそうに横たわっている。
マキはぐっと拳に力を籠めた。
[いや――]
不敵な笑みを浮かべ、そっと天に手をかざす。
[俺は……俺ならできる。この偽りの光を壊してみせる!]
すうっと静かに息を吸い込み、目を閉じた。
荒れた大地に草花が芽吹くように。彼の心にも新芽が顔をだし、優しい風がそっと通り過ぎていった。
マキは小さく呟くように口を動かし始めた。
[この地に司りし、生命よ――]
詠唱が始まる。
マキの足元に大きな魔法陣が浮かび上がり、彼の周りを渦巻くように風が巻き起こり始めた。
「お、おお……!」
途端、CGが入り込み、映画のようなワンシーンが流れ出す。
[くらえ!]
長い詠唱の後、マキが目を開けた。
同時に光の波紋が衝撃波を放ちながら、炎の球体に向かっていく。
[ああ……なんということだ……]
光と炎は瞬時に衝突した。
眩しい光を辺りに散らし、じりじりと拮抗しながら互いに前進、後退を繰り返している。
[――!]
マキは一瞬、疑うように目を見開けた。
それが何を意味しているのかは分からなかったけれど、悪い意味には見えなかった。
[……大魔法使い、か]
力を加えるためにかざしていた片手。
その手を支えるようにして、誰かが傍にいたような気がした。
そして――
波紋は一層力を帯び、光を強め、炎の球体を丸ごと飲み込んだ。
一層眩い光が放たれたあと、画面は暗転する。
しばらくすると暗転していた画面は徐々に情景を映し出していき、光の波紋も太陽も、最初からなかったかの如く、空から消えていた。
[バカな……]
最後に仮面の敵の元に巨大な魔法陣が浮かび上がると、厚い雲の隙間から一筋の光が差しこみ、仮面の敵たちはその光の中へと包まれて消えていった。




