Ver.3.5.0 抜け落ちた約束②
「トーマ、マキに近づくんじゃないよ!」
「はーい!」
トーマは元気よく片手をあげた。玄関の扉の金具に手をかけている女性へ、満面の笑みを向けていた。
「まったく……」
子どもが嘘をつく時。大人は大抵察するものだ。
短い間とはいえ、同じ屋根の下で住んでいればそれは嫌でも分かってしまう。
まだ子どものトーマには大人を騙そうだなんて早かった。
今もバレないだろうとニコニコと笑っている。
女性――養母は再三言ったところで奴は聞かないだろうと、ため息混じりに言いかけていた言葉を飲み込んだ。
「……変な子」
最後にそう言い残して、雪景色の広がる外へと出て行った。
カチャリと扉が閉まる。
その様子を見届けると向日葵色の髪がぱっと揺れた。
「急がなきゃ!」
トーマは暖炉のある大きな広間から質素な自室へと向かった。
荒れた二段ベッドのその片隅――床に置き去りにされたボロボロの肩掛けカバンを急いで拾い上げると、せっせこと荷物を詰めてどこかへ向かう準備を進めている。
「近づくなと言われても、ね〜」
部屋に誰もいないけれど。
投げかけるように重苦しい気持ちを吐き出した。
そんなことを言われても、たとえマキと大喧嘩をしたとしても。トーマは言い付けを破る。
養母に嘘を吐いてまでマキの家に行くことが、明るく気さくな少年――トーマの日課だ。
”マキの正体は魔法使い”という事実が村に広まった後も、彼は変わらずいつものようにマキの家へと遊びに行く。
「今日はこの果物と本と……寒いから毛布も持っていこう!」
トーマがマキの家に行くのは他でもない。
初めてこの村で出会って、挨拶をして。互いに握手を交わした時からマキを友達だと思っているから。
「いってきまーす!」
トーマはマキと同じ時期にこの小さな村に辿り着いた、ごく普通の少年だ。
武術に長けているわけでもなければ、ほかに突出して優れた能力を持っているわけでもない。
当然魔法なんて使えない。これといった長所はない。
「さっむいな~」
家を出て、数十メートル歩いた先。
村の隅っこに置かれた、人気のない場所にマキが隔離されている干し草小屋がある。
トーマは養母になぜそんな場所においやるのかと抗議したこともあった。しかし養母はただ憎しみのこもった声色で「魔法使いだから」と吐き捨てるだけだった。
「マキ~」
建付けの悪い薄い扉をトントントンと叩く。叩くたびに隙間が広がっていき、そこからマキの姿が垣間見えた。
トーマは満足げに目を細めると、中からの返事も待たずに勢いよく板を押し出した。
「来たよ!」
「お前……また来たのか」
マキは顔を上げ、とくに驚くこともなくため息を漏らした。
トーマがこうして入ってくるのは日常茶飯事だ。
「さむ……!」
吊るしていたランタンが揺れる。入ってくる寒風にマキはぶるりと体を震わせた。
手をひょいひょいと動かし、「早く閉めろ」というようにトーマへ合図を送る。
「ごめんごめん」
トーマはにへらと笑いながら扉を引き寄せ、小屋の中に入った。風に吹かれて小屋全体がギシギシと音を立てる。
トーマもぷるぷると体をこわばらせた。外気に晒された頬と鼻先が赤くなっている。
「また……というか、僕はいつでも来るよ」
自身満々と言わんばかりにトーマはえへんと両手を腰に当て、鼻息を鳴らした。
「はぁ……」
マキは半分呆れながらもどこか安らいだ表情を浮かべていた。
トーマはマキに憧れていた。
クールでかっこよくて、なんでも知ってる物知り屋。
村の子どもたちとは違う、ちょっぴり大人びた雰囲気を持つ不思議な子。
気になったことを聞けば「うるさい」と度々怒られることもあるけれど、なんだかんだ最後まで説明をしてくれる。
そんな不器用なところもある、同い年の少年に。
「扉を塞いでも破ってきそうな勢いだな」
揶揄う《からか》うようにマキは言った。
マキはどれだけトーマが毎日通い詰めようとも、話しかけようとも、決して突き放したりはしなかった。
魔法使いだとバレないように。大人とは極力接触を避け、村の子どもたちには無関心を突き放してきた自分が。人との関りを切ろうとしていた自分が。
理由は分からない。
分からないけれど、トーマといると”自分”でいられるような気がするから。
「ひどいなぁ」
「冗談だよ」
魔法使いだということを隠していた時も、村のみんなにバレてしまったあとも。
トーマだけは”マキ”として接してくれている唯一の存在だから。
「寒いでしょ?おばさんに内緒で毛布盗ってきたんだ!」
「怒られても知らないからな……」
トーマもマキを大切な存在として特別な思いがあった。
長い長い戦争が終わり、自分の生まれ育った地はとっくに無くなってしまって、逃げ延びた際に両親とも離れ離れ。その後の安否も分からなければ帰る方法も、場所も、分からないでいたトーマ。
突然、世界から「試練だ」と放り出されたような気がした。
――生きなければいけない。まだやることがあるのだから。
その思いを胸に、歩き続けた。
そして――
知らない土地。知らない景色。知らない場所の中で。同い年の少年と縁があってこの村の前で出会った。
自分と似たような境遇のマキを見て、その強さに。一人でも生きていこうともがくその姿に。トーマは救われた。
トーマはマキのことを憧れの少年として、友達として。ずっと仲良くしていきたいと思っている。
「あったかい……」
マキが小さく声を漏らした。
何もない、小さな干し草小屋に少年が二人。
身を寄せ合うように厚手の毛布にくるまった。羊毛と互いの体温で体がぽかぽかとあたたかくなっていく。
「ごめんね、本当は僕もここに居てあげたいんだけど……」
「……気持ちはありがたいけど、お前まで変な目で見られるぞ」
糖度の高い果物をおやつに、トーマが持ってきた古めかしい古書を二人で読んだ。
トーマには何を書いてあるかさっぱり読むことができなかったが、隣にいるマキはすらすらと文字を追っている。読み上げてくれる声は低くもなく、高くもない。透き通っていて、どこか心地よささえ感じる。
その様子を見てトーマは呟いた。
「マキはすごいね」
「……なにが?」
「こんな難しい本読めちゃうんだもん」
小さな村に文字や教育といった学びを得られる教育機関はない。村の子どもたちはどうしているのかというと、親に直接教えてもらっているようだった。
トーマも養母に教えてもらえないか頼み込んでみたが、毎日忙しなく家事育児をしているため断られていた。
それと――
『”実子”でもないのに教えたくない。』
「……」
過去の嫌な記憶が呼び起こされて、ほんの一瞬。トーマの眉尻が下がった。
マキはその瞬間を見逃さずにいた。
トーマがこんな顔をするなんて珍しい、と思った。
「お前もいつか、読めるようになる時が来るよ」
実際、マキはトーマに教えていた時に感じていた。トーマの知識に関する吸収力は早かったのだ。
好奇心旺盛な彼にとって学ぶという行為は知らなかったことを知り、新たな発見に繋がる不思議な感覚だったのだろう。
世界の見え方ががらりと変わってしまう、そんな感覚に楽しさを見出しているようだった。
きっと文字なんてあっという間に覚えてしまうだろう。
マキはそう言って微笑むと寄り添うように励ました。
出会った当時。
まだマキが魔法使いだと知られていなかった昔の話。
トーマは誰よりも早く、マキの正体を知ってしまう。
「大丈夫か?」
村人のせいで傷つけられた悪意のない魔物を魔法で癒し、野に逃してあげていたこと。
実りの悪い作物を見つけると夜な夜な魔法をかけて、作物の様子を見守っていたこと。
魔法使いであること。
そして、人として尊敬できる人物であるということ。
優しい心の持ち主であるということを。
彼がどれだけ周りにその素性を隠そうとしても、トーマにはすべてお見通しだった。
だからある時、直接本人に聞いた。
聞かれる心配のない人気のない場所で。
「マキって魔法使い……なの?」
あの時のマキの複雑に混ざった表情。
それはいまもなお、トーマの頭の中に鮮明に残っている。
分厚い本がぱっくりと半分になるまで読まれた頃、トーマが昔のことを思い出したようにぽつりと声を出した。
「マキって、すっごい魔法使いなんでしょ?」
マキは読んでいた部分に木の枝を挟み、憧れの眼差しを向けている少年に目をやった。
「すごいかどうかは、……わからない、けど――」
自身はその類には入らないと思う、と言いかけて途中で口をつぐんだ。
なぜトーマは聞いたのか。
そこには理由があった。
トーマには夢があった。
村のみんなには内緒だが、強くてかっこいい魔法使いになりたいという夢が――
「大丈夫かい、坊や」
自分を戦場から救ってくれた、強くてかっこいい二人の魔法使い。
深く被ったとんがり帽子のせいで顔はよく見えなかった。けれど、言葉や雰囲気、手を差し伸べてくれた仕草の節々から優しさを感じとった。
幼い頭で目の前の惨状を理解するのにいっぱいいっぱいだった自分を守ってくれた。
「……さて、帰れるのかねぇ」
「あの子のために、生きて帰らないとね」
得体の知れない強大な魔物の前に立ちはだかり、
「私たちにもあなたと同じくらいの子どもがいるのよ」
と言いながら、幸せそうに笑みを浮かべて立ち向かって行ったその姿が。勇士が。
……忘れられなかった。
帽子が舞い上がる。柔らかく目を細めた女性の顔を見たのを最後に、体はどんどんと宙に浮いていき、空高く舞い上がった。
体験のしたことのない出来事に名前は聞きそびれ、助けてくれたお礼も告げられず、トーマは意識を失った。
目覚めた時には豊かな大地が広がっていて、自分はその上で寝転んでいた。
見たことのない動植物。幼い頃に両親が見せてくれた、別の地域で育つ生き物たちのスケッチと似ていることに気が付いた。そのスケッチは自分とは正反対の場所にあると聞いていたのでだいぶ遠くの場所に飛ばされたのだと、理解した。
あの魔法使いは、残党のいない遠く安全な場所へとトーマを飛ばしたのだ。
その後トーマは、知らない土地を三日三晩歩き続けてマキと同じタイミングでこの村に辿り着いた。
――いつか、自分が魔法使いになったらあの二人に会えるかもしれない。あの時の恩返しができるかもしれない。
トーマの夢は、魔法使いになること。あの二人のような優しい魔法使いになること。
「キラキラの光を身に纏って、敵をやっつけるみんなのヒーロー!」
トーマは目を輝かせて声を上げた。
マキは「落ち着けよ……」と急に立ち上がったトーマを窘めた。ただでさえ低い天井なのに、頭でもぶつけて壊されたらたまったもんじゃない。
マキは続けて「そんな誇れるものじゃないよ」とため息を交えながら肩を落とした。
それでもトーマは、周りに漏らさないような小さな声で再び夢を語る。
「二人で大魔法使いになろう」
自分を助けてくれたあの魔法使いのように。
夢を叶えるため。マキをこの境遇から救ってあげるため。
二人で村を出て、幸せに暮らしていけるように。
「……」
トーマの純粋な笑顔がマキに向けられた。
村中から迫害を受ける中、嘘偽りのないトーマの笑顔は、まるで――あたたかな春の日差しのようだった。
「ねっマキ!」
ゆびきりげんまんと小指を差し出される。
マキは一瞬、怖気づいてしまったがトーマに「ほら」と催促されると踏ん切りがついたのか小指を絡ませた。
「これで、いいのか……?」
小さな接点からあたたかな温度が伝わってくる。
「うん!」
二人は狭い干し草小屋でいつ果たされるか分からない約束を取り交わした。
といっても、トーマが主導なのだが……。
「絶対、魔法使いになろう!」
どれだけ諦めろと諭しても聞かない。
自分の境遇をみても何一つ意見を変えない。
一切譲らないトーマの主張に、マキはおかしくなってくすりと笑った。
その日。二人は夕暮れを迎えるまでずっとそばにいた。
トーマの存在はマキにとって大きかった。
マキの閉ざされそうな心をこれ以上凝固させないでいるのはトーマのおかげだ。
トーマもマキがふいに見せる笑った顔が忘れられないでいた。
厳しい冬を超えて春を迎えた。
村の中央に植えられた一本の大木から桃色の花が舞う。その周りを囲うように村人たちは春の宴を開いていた。
普段は静かな村でもこの時期ばかりは楽器を鳴らし、老若男女問わず歌や踊りを楽しんでいる。
初めてこの光景を目にした幼い子がひらひらと揺れ落ちる花弁を追いかける。
微笑ましい風景が映っている。
「楽しそうだな……」
村全体を見下ろすことの出来る高台から、マキはその全貌を見ていた。
――この場を眺めるだけで自分は十分だ。
という気持ちをしまいながら。
春風がそよそよとそよぐ。心地良い風にマキはそっと目を閉じた。
春の陽気と花の匂い。楽し気な雰囲気に身を揺らしながら様々な季節の音色に耳を傾けていた。
そして――
「きゃああああああああ!」
「化け物だ――!」
綺麗な旋律は不協和音へと変わった。
悲鳴が、叫び声が。逃げ惑う人々の声が。
先ほど見下ろしていた場所から聞こえてくる。
人々の日常が突如として壊される。
「なんだ――!?」
村が大勢の魔物によって襲撃されている。
――おかしい。周囲にそんな気配もなければ存在も見えなかった。
「くそっ……!」
マキは焦る気持ちを抑えることが出来ず、嫌な気配を振りほどくように首を横に振った。
着地の魔法を使い、高台から村へと飛び降りたマキ。
たった数秒の間だというのに、目の前は夥しい数の魔物で溢れかえっていた。
仮面を付けた謎の人物たちが後方にいるのが見える。
「あいつらのせいか!?」
大勢の魔物を引き連れ、命令を下している。
逃げ惑う人々を見境なく傷つけ、命を刈り取っていく。
綺麗に咲き誇っていた大木。いまはその姿は見る影もなく、幹には鮮明な赤いシミが広がっている。その傍らに子どもを庇うようにして倒れている女性。舞い落ちていた桃色の花弁は赤黒く染まっていた。
「逃げろ!」
マキは村人に襲い掛かる魔物たちを魔法で守った。激しい水流が巻き起こり、一部の魔物たちは村の外へと押し出された。
近寄る魔物に対して小さな体で突き飛ばしながら考えた。
なんの変哲もない平凡な村が。このようにして突如、襲われる理由が分からない。
「あれがマキ――」
それもそのはずだ。
マキに目を付けた人物がこの村から奪い取ろうと行動を起こしたのだから。
この事件の首謀者は次々に魔法を放つマキを見て興味深く頷いた。
そして地面に這いつくばっている男性の胸ぐらを掴み、囁いた。
「あいつが欲しい。連れてこい」
――命だけは助けてやる。
「マキは、差し上げます!だから、命だけはぁ――!」
「あんたなんて居なければ!」
魔物たちの攻撃は止まった。
村が助かるならとマキを突き蹴とばす生き残った大人たち。
背中で両手を縛られ、魔力の消耗で足元のおぼつかないマキは前に倒れこんだ。
膝をつく間もなく、赤土色の泥が顔にかかる。
「ど、うして……!」
――俺は……俺は、何も悪くないっ……!
助けに来たはずなのに、得体の知れない集団にこうして易々と明け渡されるのが自分の運命。
「くそ……くそっ……!」
ボロボロと何かが崩れていく音がした。
情けない。
自分という存在が”悪”だと押し付けられている。
大粒の涙が頬を伝って、荒れた地面を濡らした。
悔しくて、這いずりながら前へ進んだ。立ち上がろうと身をよじっていると一人の女と目が合った。
「――っ!」
ぞくりと悪寒が走る。
そこらの魔物と変わらない、光のない眼をマキに向けていた。
「……」
マキは限りある力で体を起こし、震えながら膝を立てた。
あの眼が。あの視線たちが。これでもかと背中を刺してくる。
「お前のせいだ!」
「消えろ!」
投げかけられる罵声を飲み込んで、マキは黒いローブを身に纏った仮面の集団の元へと歩き出した。
震える拳を抑えながら何度も何度も、問う。
――俺のせい、なのか?……いや。黙っていた俺のせいなのかもしれない。
「……」
一歩。また一歩。片足を引きずりながら彼らの元に辿り着いた。
「よく来てくれたね」
来たくて来たかったわけではない。
けれど、マキにはもう何が正しいのか分からなくなっていた。
子どもの危機を救っても罵られ、石を投げられた。寒い冬を死ぬ気で耐えた。助けてもお前のせいだと押し付けられる。
生きているだけでこのザマだ。魔法使いというだけでこのザマだ。
「なんで……俺が……欲しい、んですか……」
口に溜まった血反吐を吐き出しながら、静かに立っている仮面の一人に声をかけた。
奇妙な面のせいで彼らがどのような表情をしているのかは分からない。
こんな様子を見て嘲笑っているかもしれないし、愉快だと楽しんでいるかもしれない。
もしかしたら憐れんでくれているかもしれない。
「キミが必要なんだよ、マキ。……キミじゃなきゃだめなんだ」
濁った声色の一人が花托を支えるような手つきでマキの顎をそっと引いた。
「……」
――初めて。
初めて誰かに、自分が必要とされている思えた。
こんな除け者の自分でも。
「嫌かな?」
必要とされている。
濁りのある後光が見えた。
大勢の人を傷つけた悪者……かもしれない。
「いや……行こう」
けれどその言葉は――”必要”という言葉は。
たとえ方便だとしても、マキの心を突き動かすのには十分すぎる言葉だった。
「良い子だ」
固く結ばれた縄を解かれ、黒の皮手袋越しに手を繋がれた。
マキはそれを振り解くわけでも、逃げる素振りも見せなかった。
自分を虐げたこの村に。許しを乞うようにいまも頭を垂れ続けているこの村に。
思い残すことはなかった。
「……」
それでも、未練がないといえば嘘になる。
「トーマ――」
トーマの姿を最後に見たのは、襲撃後すぐに自分の住処へと隠れさせた時だった。
――あの時の。トーマの不安そうな顔が忘れられない。
住処には認識阻害の魔法をかけているのでトーマの身は安全に守られているはずだ。
「ごめん……」
二人で約束した”大魔法使いになる”という夢。
それはもう、叶いそうにもない。
マキが小さく呟くと耳を劈く唸り声が背後から聞こえた。
「……っ!」
マキはすぐにその声がトーマのものだと分かった。
思わず振り返って、声のする方へ向かおうとするが手下によって行く手を阻まれる。
「離してくれ!……トーマ――!」
トーマは安全な隠れ家から外に出てきていた。
そのまま隠れていればよいものを連れ出されるマキを助けようと魔法を唱えた。
だが慣れてない詠唱に気を取られ、背後から忍び寄る魔物に重傷を負わされてしまっていた。
「ああああ!」
何度も何度も甚振られる。
小さな背中から、赤い何かがみるみるうちに溢れ出ていく。
「……う、」
腹の奥底から気持ち悪さが込み上がってくる。
犬のように息を整えるが追いつかない。
――すぐに治療してやらないと
トーマの元へ今すぐ駆け寄りたい。助けたい。
「どけよぉ……!」
願うばかりで塞がれた進路を切り開く力はいまのマキにない。
大人の力には敵わない。たよりの魔法は魔力がほとんど残っていないうえに、何かによって押さえつけられていて使えない。
無力な自分になすすべはなく、阻んでいる手の甲を強く噛むことしかできなかった。
「トーマ!あんな子放っておきなさい!」
「お前もあいつと同じ目に合わせてやろうか!」
深い傷を負い、浅い呼吸を繰り返す子どもに対して、厳しい言葉を投げかける姿にマキは目を疑った。
治療よりも先に言葉の剣を突き刺していく大人たち。
信じたくないのに、信じられない出来事ばかりが目の前で起こる。
「マキ……」
トーマの顔が苦しさと痛みで泣き崩れて、萎れて、歪んでいく。
「トー、マ……」
――ああ。トーマのそんな顔……見たくなかったな。
村の医者が駆けつけて、トーマを抱き抱えた。
仮面の存在は、その様子を一緒に見届けると「満足したか?」とマキに問うた。
「……」
マキの目から涙が止まることはなかった。
――何が正義で何が悪か、もう分からない。
マキの青くて透き通った綺麗な瞳がじわじわと濁っていく。
今までとは計り知れない魔力が膨大に膨れ上がっていくのを感じた。
半壊した村を見下ろしながらマキは謎の組織とともに、トーマに別れを告げぬまま、行方を晦ました。




