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家の隣に魔王が住んでいる!  作者: 白鈴サキ
Version3 それぞれの変化
18/33

Ver.3.5.0 抜け落ちた約束①

 少年トーマと少年マキ。

 齢は10歳。

 魔物と人との長きに渡る戦いが終結し、世界が平穏な時代を迎え入れようと奮起していた時のこと。

 幼くして戦火を逃れた二人はある村に辿り着く。

 

 魔法使いを忌み嫌う村。

 そう書いてあったわけではないが村人たちの会話からこの村には特別な事情があるのだと二人は知った。

 無事に逃げ延びてきた二人の子どもを村人たちはあたたかく歓迎してくれる。


「ぼく、トーマ。キミは?」

「マキ。よろしく、トーマ」

 

 トーマとマキは初対面。西の暖かい地域と東の寒い地域。それぞれ違った環境で育った二人。

 「これも何かの縁だ」とトーマはにこりと笑顔を向けながら言った。

 

 

 マキは両親から受け継いだ魔法の素質があったがゆえに悩んでいた。

 ――この村に居て良いのか?……いや、どうすれば生き延びることが出来る?

 母も父も魔力に長けていて、大魔法使いと敬われていたのだ。

 マキもその血をしっかりと受け継いでいる。

 

 

 このあたりに子どもを受け入れてくれるような村はない。治安の良さでいえば他の村と比べて、ここは幾分マシだった。

 しかし、体の底から溢れ出る魔力を抑えられる自信がなかった。

 何かの拍子にトラブルを起こす未来が。可能性が見えてしまった。

 それは生活でも魔物との戦闘でも日常的に起こりえることだった。

 マキはこの身に宿る力がこの時だけは疎ましく思った。


 「隠すしかない」

 

 バレないように。溶け込むために。生きるために。

 マキは大きくなってこの村を出ていくまでは、自身が魔法使いであることを隠し通すことにした。

 魔法を使ってしまうような状況に身を置かれなければいい。自分だけで生きていけば誰にも迷惑をかけることはない。

 幼い頭で考えた結果だ。

 そして――

 

「……そうだ」

 

 人との関りに壁を作った。

 そうすれば誰にも気づかれることはない。居場所だけは守ることができる。


 マキは村に拾われて数日もしないうちに、人が変わったかのように振舞った。

 何を言われてもそっけない態度。

 関わりを持たないように冷たく接し続けた。


「マキってこわい」

「アイツはなにを考えているのか分からない」

 

 やがて村の子どもたちをはじめ、一部の大人たちもマキを避けるようになっていった。

 ただ一人の少年を除いて。


 

「きょうはおじいちゃんがパイをやいてくれるって!」

「やったー!」


 幸せそうに暮らす子どもたち。

 マキはその様子を遠く離れた大きな岩の上に座り、眺めていた。冬入り前のこの季節の岩肌は、とても冷たく感じた。


 

「……」

 

 一人には慣れている。

 だが、目に見えない傷が数えられなくなるほど――知らず知らずのうちに付いていることを自身は分かっていなかった。


 

 マキが十二歳になったある時。

 彼は森の奥にいた。

 彼は村を出た時に一人でも生きていけるように、こっそりとここで鍛錬を積んでいたのだ。

 片手に携えた木の枝の先から一滴の雫が順を追って、ぽとり、ぽとり……と垂れていき、落ちた先には薄氷が広がっている。

 

「だめだ、うまくいかない……」

 

 この森は村の外れにあるため、魔法を使っても誰かに気付かれることはない。

 それに魔物も多く出没するので、入らないよう村長から御触れが出ている。

 マキにとってここは、練習するにはうってつけの場所だった。

 

 

「ん?」

 

 太陽が真上に昇ったころ。

 今日は荒れた天気でもないというのに、ざわざわと揺れる木々に耳がピクリと反応する。いや、直感がそうさせた。

 すると――

 

 

 ――キャッキャッ!

 

 どこからともなく笑い声が風に乗ってやってきた。

 幼い笑い声が。

 

「……」

 

 マキはすぐさま切り株の上に置いていた短剣を脇に差し、警戒心を最大限に引き上げた。

 変な胸騒ぎがする。

 敵なのか、それとも幻聴なのか。これだけでは判断がつかない。

 正体は何なのか。

 マキは居ても立っても居られなくなり、あたりを探索することにした。

 


 ――きれい、たのしい!

 

 声が聞こえてくる方向へ慎重に足を進めていく。


 

 ――あは、アハハハ!


「気味が悪い……」


 ――一体、こんな森に誰が。

 時間が経つにつれ、不穏な笑い声は増殖していった。

 

 

 しばらくすると開けた場所が見えてきた。

 変わったものはないかと背の高い茂みをかき分け、じっくり目を凝らしあたりの様子を窺った。


「あれは……」


 マキの視線の奥深く。


「これ、すごくおいしそう!」

「ほんとうに大丈夫かな。おとうさんに……ばれないよね?」

 

 白や黄色、色とりどりの花々を摘み、小さな植物に生っている赤い木の実を村の子ども達が採取しているのが見えた。

 子どもたちは目を輝かせながら楽しそうに遊んでいる。


 「きれい!」

 

 正体不明の声が幻聴や魔物の声でなかったことに、マキは少し安心した。

 それにしても――


「なんでこんなところに」

 

 マキは自分でいうのもなんだが、「ここは子どもが来るところではない」と思った。

 ここは凶暴な魔物も多く、野草の中には強力な毒を持ったものも存在している。

 子どもたちにそんな知恵があるはずもなければ、武装をしているサマもない。

 それどころか村の中では見かけることのない新発見に気を取られている。

 あれでは魔物にとって格好の獲物だ。


「大丈夫、なのか?」

 

 影から見守るマキの気持ちを子どもたちは知るはずもなく……。

 心配なのでしばらくはこの場所で隠れて留まることにした。

 

 

 隠れてから少しの時間が経った。

 

「――ん?」

 

 マキはあることに気づいた。

 子どもたちを挟んで向かい側。自分とは反対の草むらが、がさがさと不可解に動いている。

 子どもたちがそれに気づいている様子はない。それどころか、はしゃぐ声はどんどんと大きくなっていた。

 マキは不審に思い、遠く離れた草むらの奥に目をこらし続けた。

 

 光の届かない暗く深い闇の奥に。

 鋭く吊り上がった眼を光らせ、一匹の魔物が小さな命を今か今かと狙っていた。

 いとも簡単に肉を引き裂いてしまいそうな牙が垣間見え、四足の足は長くしなやかで軽々と飛んでいってしまいそうな身軽さと筋肉が備わっている。


「まずい!」

 

 ここは。この場所は。

 普段であれば誰も訪れることのない深い森。

 今から助けを呼びに戻っても、間に合わない。


「――っ!」

 

 魔物までの離れた距離を詰められないこと。

 護身用の小さな短剣では太刀打ちできないこと。

 魔法を使えば自らの立場が危うくなること。


 すべて分かっている。

 それでも――

 

 

 自分の立場と、彼らの命。

 大事なものはどちらか。


 

 マキは答えを出すまでもなく、行動した。

 

「離れろ!」

 

 炸裂する氷柱と爆発。感情によって暴発した魔法。

 それは初級魔法だというのに、一匹の命を奪うのには容易い威力だった。

 マキから放たれた氷の刃によって魔物はその命を落とし、あたりに不穏なもやを残してその場から消えた。

 爆発の衝撃で木の幹が折れて積み重なる。

 あまりにも突然の出来事に震えながら互いを守り、寄り添い合う子どもたちの周りには、小規模のクレーターが出来ていた。


「……あ」


 ――やってしまった。魔法使いを嫌う彼らの目の前で魔法を使ってしまったのだ。

 「彼らの命を守るためだった」と自らに言い聞かせる。

 実際そうして動いたのだから問題はない。


 だが――


「うわああああああ!」

「まほう、つかい……?」

「ひっく、たすけておとうさん……!」

 

 泣きわめく子どもたち。

 天に向けられた大きな声は村へ届けるのには十分な声量だった。


「……」


 マキも空を仰いだ。

 秋晴れの空が心を落ち着かせてくれることはなかった。


「どう……しよう……」

 

 手が震える。

 今まで頑張って隠していた数年間が。自分が。

 無となる。

 

 これからどうなってしまうのだろう。

 そんなことを考えられる余裕もなかった。

 

 不安で胸が押しつぶされそうになる。

 マキはその場から逃げようと足を踏みだすが、魔力の使い過ぎで力が入らず、そのまま倒れて意識を失った。

 

 しばらくすると声が本当に届いたのか、村の大人たちが血相を変えて駆け付けてきた。

 子どもたちはありのまま、起こったことをたどたどしい言葉で説明した。

 

 ――したはずだった。

 たとえ魔物を視界に捉えていたとしても。本当は自分たちが狙われていたと後から分かっても。

 魔法使いを嫌う村で育った子どもたちにはマキの方が ”悪” に見えた。


「マキは魔法使いだ」

 

 小さな村にマキの話が広がるのはあっという間だった。

 

 

 マキは目を覚ました後、誰も居ない簡素な部屋の中で一人、静かに泣いていた。

 これから起こりえる最悪な出来事の数々で頭の中はいっぱいだった。

 考えられない拷問や、悲惨な結末が待ち受けているかもしれない。

 ひとつひとつ考えるたびに、嗚咽の混じった声が漏れた。

 

 けれど、マキがそのような目にあうことはなかった。



 体が自由に動くようになったマキは「事情を説明すれば分かってくれるはず」と村の目立つ場所で必死に状況を説明した。

 

 ”ずっと隠していたのは悪いと思っている。”

 ”でも、力があったおかげで子どもたちを守れたことは本当だ”

 ”信じてほしい”

 ――と。

 

 何人かの大人たちはマキの言葉に足を止めた。

 マキはさらに語った。


 ”嘘をついていて申し訳ない”

 

 わかってくれる人が。聞いてくれる人が。

 そんな優しい人もいるのかもしれない。

 その思いで声を張った。

 

 だが、その期待は――

 

「魔法使いの言うことなんか誰が信じるか」


 抱くだけ無駄だった。

 若い男性がそう吐き捨てたあと、静かに話を聞いていた人たちが足並みを揃えてぞろぞろと動き出した。


「待ってくれ……!」


 マキの悲嘆な叫びが届くことはなかった。

 

 

 夕暮れ時、喉も枯れてうまく話せなくなった頃。

 畑仕事帰りの女性にも同じことを言われた。

 隣にいた小さな子どもはぐずり始め、マキと同い年くらいの男の子には石を投げられた。


「……」

 

 マキはとうとう……子どもたちだけではなく、大人たちからも蔑まれ、忌み嫌われるようになっていった。

 

 

 それからも村から追放されることはなかったが、居場所はどんどんと小さくなっていった。

 あたたかい家庭から教会へ。教会から小さな小屋へ。小さな小屋から壊れた干し草小屋へ。

 家とは呼べない建物の中、「外に晒されるよりかはマシなのかもしれない」と前向きに。

 前向きに捉えるしかなかった。

 

 

 季節は秋から冬に変わる。

 建て付けが悪い扉の隙間から、肌を刺すような風が入りこんでくる。

 

 「寒い――」

 

 石で囲んだ、枝を燃やすだけの小さな焚き火では身も心も暖まることはできなかった。

 マキは薄くなってしまった毛布にくるまり、寒波を耐え凌ぐ。


「……」

 

 心が。考えが。体が。ひどく錆びついていく。

 

 魔物から守っただけなのに。

 魔法使いの血を継いでいるだけの、ただの……ただの人間なのに。


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