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家の隣に魔王が住んでいる!  作者: 白鈴サキ
Version3 それぞれの変化
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Ver.3.4.0 向日葵の青年

 早朝だというのに窓の外で蝉たちがしゃわしゃわと騒ぎ始める。

 日に日に増していく暑さよりもこの鳴き声を聞くと夏だなぁと実感するのはどうしてだろう。



「痛い痛い!それは聞いてないよ」


  

 眩しい朝の光。

 その突き刺すような暑さから分厚いカーテンによって遮光された部屋の中。

 昨日の夜から稼働しっぱなしのクーラーの元、私はパジャマ姿のまま、だらだらと過ごしていた。


 

「あ〜それダメージ入らなかったか……」



 やっと迎えることのできた週末。

 訪れる至福の二日間。

 自由な時間があるだけで幸せに思えてしまう。



「おつかれさまでした、と」


 

 ここ最近、毎日のよう残業が続いている。

 体は疲れてしまいくたくた。

 帰宅後はうな垂れるように眠ることしかできず、今週は一回もラスクエを起動できなかった。

 昨夜――うつらうつら眠り落ちながら最後の気力を使って「明日は早起きしてラスクエしよう」とアラームをセット。

 その後、力尽きた。

 体はまだだるい気がするけれど、現代アイテムのおかげで私は無事、予定の時間に起きることができたのだ。

 

 

「いたたた!肩こりが……」



 寝ぐせのついたぼさぼさの髪とタオルケットの跡がついた顔。

 裏表が逆になっているパジャマ……はさすが気づいたけど、もういいやと思ってそのままでいる。

 ちょっと体勢を変えただけだというのにあちこちでパキパキと鳴る体。

 これが28歳独身OLの休日の姿である。




 

「ふぅ」

 

 

 ゆるさ全開の格好のまま、画面の前から動くことなく一時間が経った頃。

 きゅるきゅると腹が訴え始める。


 

 「お腹が、空いた」


 

 昨日の夜、何食べたっけ……。

 何かを口に入れた記憶はない。昨夜の出来事をなんとか思い出すが、アラームを設定した記憶しか出てこない。

 その記憶が確かならば、私の胃の中は昨日の昼以降、何も入っていないことになる。



「何も食べてないわ……」


 

 お風呂に入ったあと、そのまま寝たんだった。

 


「頑張ったし――」


 

 今日は料理を作るような気分じゃない。むしろ今日ぐらい楽させてほしい。

 答えは一つしかない……!



「贅沢にフードデリバリーでも使っちゃおうかな~」

 


 ベッドに転がっていたスマートフォンを手に取り、陽気なテンションでアプリを開く。

 何食べよっかな!

 だが、その陽気な気持ちは一瞬にして裏返る。

 


「……」



 時間が時間なのでどこも受付時間外となっていた。

 24時間営業のファーストフード店はあるけれど、どこも遠方の店舗ばかりで配達料金が跳ね上がっている。

 さすがに配達料で500円は……ちょっと……。

 美味しそうな写真だけが流れ続け、お腹の音は虚しく鳴る。



「腹が減っては戦はできぬ、ってね〜」



 戦さといっても、仮想世界の私が魔物と戦うだけなんだけど。

 私は仕方がないと廊下にある狭いキッチンへと向かうべく、重い腰を上げる。


 

「ああ、楽……したかった……」




 

 涼しい部屋を仕切っていた扉を開けるとむわっとした空気が私を迎え入れた。

 光が差し込んでいない廊下は少し薄暗い。

 


「うわ〜やだやだ」



 パチリと電気を点けたあと、やらなきゃいけないものたちが嫌にでも目に入ってきた。

 水切りかごの中。すでに乾き切っている食器や調理器具がその枠から溢れんばかりとなっていた。ちょっとでも衝撃を与えれば今にでも崩れてしまいそうなほど、器用に積まれている。

 二口コンロの上には調味料が乱雑に置かれていて、何一つ所定の位置に戻されていない。醤油のボトルは横倒しになっていた。



「……片付けはあとで」


 

 仕事が忙しかったから……さ。

 目を背けそうになったがこのままだといつまで経っても片付きそうにないので、目につくものだけをさっと整えた。



「さすがに冷蔵庫はなんかあるでしょ」


 

 シンクの反対側に設置されている冷蔵庫の取手に手をかける。

 何かあるはず。

 一週間前の金曜日に買い出しをしてから、今日までの間に何を何をここから出したかはまったく覚えていない。

 でも大量に買い込んだからきっと食べ物の一つや二つ……。

 

 定かでない記憶を辿っていると、側面に貼り付けられていた元彼との思い出の品がふと目に入った。



「……うわ、懐かしい」



 ガチャガチャで入手したマグネット。

 どこかで必ず視界に入っていたはずなのに、今日になってその存在を思い出した。


 

「旅行行ったときに買ったんだっけ……」

 

 

 もう、別れてから数年の時が経っている。

 この家に元彼との思い出の品はないと思っていたけど……これだけは忘れられ、生活の中にずっと溶け込んでいた。

 


「これももう、いらないかな……」



 物に罪はないけれど。

 私はそっと冷蔵庫からマグネットを外し、近くにあったゴミ箱へ見送るように捨てた。


 

「もうなんとも思わなくなるなんて。人間って不思議だ……」


 

 別れたばかりの当時は彼との思い出の数々を見るたびに泣いて、捨てるのですら勇気がいったというのに。

 今、何一つ湧いてこない感情に私自身がびっくりした。



「どうしようかな」


 

 長いこと貼ってあったせいで、マグネットがあった場所は跡がくっきりと残っている。

 そこだけ色が霞んでいて、少し見栄えが悪い。

 

 いつかどこかに付けようと棚の上に置かれていた、何かのおまけで付いてきたマグネットを代わりに貼り付けた。



「ちょっと洒落た冷蔵庫になっちゃった」

 


 冷蔵庫に小ぶりなひまわりが咲いた。この時期にぴったりな花だ。

 誰も招き入れることはないので、私以外見ることはないけれど。

 

 そんなことをしていると、お腹が「忘れるなー」と喚いた。

 やっと目的に意識が戻り、軽く取っ手を引いた。

 ひんやりとした冷気があたりに漂う。


 

「嘘でしょ……!?」

 


 何も、ない。

 どの棚を見回しても固形のものは残っておらず、見るからに食料は底を尽きていた。

 非常用にと買っていた2Lの水がどんと寝そべっているだけで、卵の一つもない。

 最悪、ジャムだけでも……なんて考えは甘かった。

 


「さすがに水だけはちょっと……」

 

 

 扉を閉めて隣の食器棚の前に立ち、備え付けられた引き出しをそろりと引っ張り出す。

 ここに無かったら終わる。私の腹が。

 それでも引き出しは軽い。

 お菓子を常備していたはずなんだけど……この感じ、なんだか怪しい気がしてきた。


 

「……まあ、ないよね」



 ココアの入った缶がコロコロと転がる。紅茶の箱、お徳用麦茶パックも続くように顔を出した。

 無いとわかるとさらに空くのは何故なのだろうか。

 可愛いらしい音を鳴らしていた腹の音は、犬の唸り声のような猛々しい音に変わった。

 昨日の私は何を食べようとしていたのか……疲れて、考えることもしなかったのかもしれない。

 さて、どうしたものか。

 


「おなかはすいた。でも――」


 

 今日の天気は晴天。雲一つない青空が広がっている。

 買い物に行く選択肢しか残っていないが、外の暑さを想像できるがゆえに気が重い。



「あつい……」


 

 たった数分。

 キッチンに立っていただけなのに、生あたたかい空気が体に纏わりついていた。

 この時期特有のじめじめとした暑さが冷えていた肌を蒸らし、じっとりとした汗がにじみ出てくる。

 それでも――

 


「行くしかないか……」



 気は進まないが外に出るしかない。

 さすれば道は開かれん……。

 リビングに戻り、部屋着の上から薄い上着を羽織る。日焼け対策はこれでいいだろう。

 ノーメイクなのでマスクとサングラスは必須だ。


 

 「これでいっか」


 

 姿見鏡の前に立ち、最低限の身だしなみを整える。手櫛で髪を整え、大雑把に一つ結びを作った。

 誰かと会うわけでもないし……。

 会ってもこの装備では柊真だとバレる心配はないはずだ。



「……いいのか?」


 

 心配……はないが、まるで不審者のような出で立ちに首を傾げた。

 ちょっと外に出るだけなのに、いろいろと準備するのが面倒くさかったからだ。

 日焼け止めを塗ることすら諦めてるから許してほしい。



「……」


 

 一体、誰に言い訳しているというのか。

 

 

「いい加減出よう……」

 

 

 極力誰とも会わないように祈り、足早で近所のスーパーを目指した。





 *********




 


 太陽が真上に昇る頃。

 朝よりも強くなった日差しは、カーテン越しでもその暑さを感じさせるものだった。

 あの後、食料調達を済ませた私は朝ごはんを無事に食べ、キッチン周りを含む平日に手の回らなかった物事を片付けた。

 

 何もかも終わらせた現在。

 再び、冷え切った部屋の中でサンドイッチ片手に器用にコントローラーを操作している。


 

「このクエストは後回しでいっか」


 

 あと数週間もすればラスクエに新しいパッチが追加される。長いこと止まっていたメインストーリーが更新される予定だ。

 私はそれまでに後回しにしていたサブクエストをクリアしなければならなかった。

 なんでも、今度のメインストーリーに関わる話が存在するらしい。

 そんな噂を聞いちゃあ、やるっきゃない。

 どのサブクエと関わりがあるのか名言されていないため、手当たり次第やるしかない状況。

 やっていないサブクエは両手で数えられるほどだったけど、どれも時間がかかりそうなものばかりだった。



「カインさんいるかな」


 

 一人でこつこつと進めるのも良いけども……。

 私はもう一週間は会っていないフレンドを探すべく、フレンド欄を確認する。



「あれ、珍しい」


 

 いつもいるわけじゃないけれど。

 カインさんの名前の横には「オフライン」の文字が表示されていた。

 直近でログインした履歴はなく、最終時間は一週間前となっており、最後に私と遊んだ日となっている。

 カインさんも忙しいのかな?

 しばらく待ってみることも考えたが、今日も来ない可能性がなきにしもあらず……。

 

 

「また今度誘おう」


 

 カインさんがいないのはちょっとだけ寂しかったけど、私は気持ちを切り替えて一人で進めることにした。

 

 

[こんにちは]

 


 ハローと元気よく手を挙げて、目の前にいるNPCに声をかける。

 どうやらクエストの依頼主らしい。頭の上には分かりやすい吹き出しが表れている。

 学者のような見た目をしているが、向日葵のような明るい髪色は知的さとは正反対の活発な印象を与えた。

 フード付きの白のローブには煌びやかな金の装飾が施されており、同系統のNPCよりも凝った衣装だ。

 これはただ者ではない予感。

 にこっと笑顔を向けられ、テキストが表示される。

 


[あなたがMagさんですね!依頼を受けてくださりありがとうございます。私の名前はトーマ――]

 


 丁寧な自己紹介。

 顔も髪も服装も、すべてがオリジナルであるというように作りこまれたキャラクター。

 これ、もしかして次に関わってくるストーリーでは?と期待が勝手に膨らんでいく。

 いったいどんな話が展開されるのだろう。

 一言一句、見逃さないようにしなきゃ。



 

 

「それにしても長い……」



 これからの冒険に期待を抱いていたはずなのに。

 トーマと名乗った学者に声をかけてから、30分が経っていた。

 

 導入はありきたりなものだった。

 近くに現れた魔物を倒して、それからお礼に報酬を貰って……。


 

[Magさん、次の噂は――]


 

 トーマはどうやら人探しをしているようで、情報を求めてあの手この手で各地を飛びまわされる。



「……」


 

 こんなことを言ってはあれなんだけど……私は飽きを感じてきている。

 ただならぬ気配とはなんだったのか。今の所、楽しめる要素が一つもない。

 そろそろ何かしらの展開が欲しいところ……。



[次は森の方にいる住民に――]


 

 ああ、まただ。

 次はおつかい。その次も情報収集という名の人助け。

 おつかいと人助けの文字が続いてゲシュタルト崩壊してきた。


 長閑な田舎町の風景にカチカチとやる気のないスイッチ音だけが鳴り続ける。

 


[ああMagさん!ありがとうございます!]

 

[ありがとう、旅の人]


 

 本筋とは関係ないであろう会話は飛ばし飛ばし。



「……そろそろ展開がほしいなぁ」



 早起きしたせいであくびも出始める。

 退屈だなぁ……。

 私は飽き飽きしながらテキストを読み飛ばすようにボタンを押し続けていた



 ――はずだった。

 最後のおつかいの途中。

 不穏な空気が流れ始め、寝落ちしそうになるほど退屈だった話は急展開を迎えた。

 情報収集に向かった村の中でそこの村長と話をしたあと、長い回想が流れ始めたのだ。

 その回想というのは、トーマの過去の記憶。

 そしてこの物語が始まる、きっかけの出来事。

 悲しい物語にしんみりとした雰囲気となっていたのだが――


 

[Magさん、彼を……守って……]


「……ちょっと、そういうの弱いんだってば!」


 

 その後突如として現れた謎の集団に、私たちは襲われてしまった。

 学者の青年、トーマ。

 彼はいま、腹部を抑えるようにして私の目の前で倒れている。白のローブが赤く染め上げられていく。


 

[くそ……!]

 


 騒ぎを聞きつけたのか、フードを深くかぶった謎の人物がどこからともなく現れ、私たちを庇うよう敵と応戦している。


 

[なぜ、庇うのですか?]

 

[あなたはこちら側の人間。奴らは反逆者なのです]


 

 私は気がつけば、食い入るようにゲームの世界へと入り込んでいた。繰り広げられる攻防戦とテキストを必死に追っていた。

 物語は終盤も終盤。

 判明する数々思惑に、私の涙腺は知らず知らずのうちに緩みはじめていた。


 

 このサブクエストは依頼主である学者の青年と、ある幼馴染が織りなす友情の物語である。

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