Ver.3.1.0 乙女たちの昼下がり
仕事が比較的落ち着いている日の昼休み。お弁当も食べ終わり、残りの休憩時間をどう過ごそうかとくつろぎながらSNSを開いた私の元へ、あるビッグニュースが飛び込んできた。
私の中でラスクエ好き芸能人として認識されている、今をときめく売れっ子俳優――星川 流星。演技派俳優として映画やドラマに数多く出演し、その傍らクイズ番組やバラエティーにも引っ張りだこの人気者。活動の幅を広げたのか、最近はアイドルのように歌ったり踊ったりしているようだ。何度かそういった場面を見かけたことがある。そんな彼に熱愛報道が出たという投稿で匿名の世界は賑わっていた。更新しても更新しても新しい投稿ばかりが目に入る。彼のファンの総称である”ほしっこ”たちは様々な思いを募らせていた。ある人は「おめでとう」と祝福の言葉を。長年のファンであると宣言していた女性は悲しさで満ち溢れた文章を流していた。様々な投稿を目にし、星川くんがいかに世間から愛されているのかが受け取れた。そんなほしっこたちに紛れて私はというと「熱愛か〜」と、普通の感想を呟いていた。
「先輩、星川流星好きなんですか?」
今日は珍しくデスクで食べていたはるちゃんも、そのビッグニュースをいち早くキャッチしていたようで、隣にいた私の独り言を見事に拾い上げた。
「好き……いや、普通?」
星川流星は、「休みの日にラスクエオンラインをしている」という発言を切り抜き動画のおかげで知っているだけで、私は彼のファンでもなければ主演作品もほとんど見たことがない。特段好きというわけでもなければ、嫌いでもない。同士だということだけだ。
「好きにならない人はいないという、今をときめく若手俳優!――のはずなんですけど、柊先輩には通用しなかったですか……」
「なにそれ〜」
しょんぼりとしながらもなぜかにやけているはるちゃんを横目に苦笑した。なんだか話が盛り上がりそうな予感がして、暗くなったスマートフォンを机の上に放置し、話しやすいようにはるちゃんの横へと移動する。
「はるちゃんは好きなの?」
「いえ、普通ですよ?」
「ええ~!?」
けろっとした顔で言い切るはるちゃんに思わず笑ってしまう。今までの言い方からして、てっきり好きなのかと思った。
「実はあんまり見たことないんだよね」
「え、そうだったんですか?ちょっと待ってください……!」
私が正直に答えると、彼女はスマートフォンを手に取り、画面をスライドさせていた。「ありました!」と声が弾む。すると、噂になっている週刊誌の一面を私に見せてきた。
「へ~!かっこいいね」
爽やかな笑顔に裏表のなさそうな透き通った瞳、チャームポイントと言われている口の横にあるえくぼはとても愛らしい。ぱっと見ただけで明るく接しやすい人物像が浮かび上がった。好きにならない人はいない……なるほど、たしかにそうかもしれない。
「今まで一度もこういう噂なかったんです!」
「あ~プロ意識というかなんというか……」
そういったところに惹かれる人も多かったのかも知れない。と、彼のファンでもない私は妙に納得をしてしまった。
大きく拡大された画像には、週刊誌のコメントと思われるものと彼の年齢が大きく書かれており、私はまじまじと見つめた。
星川 流星 (28歳) 結婚まで秒読みか!?趣味に隠された秘密の花園!関係者が語る、特別な相手にしか見せない顔とは――!?
相手の女性の写真はなく、記者の想像でピンク色のシルエットだけが描かれていた。
同い年と分かった途端、芸能人といえど妙に親近感がわくのは私だけだろうか。
しかし、それと同時にとある一文でダメージを負ってしまった。
――”結婚まで秒読みか”
私がまだ学生だった頃の話。「20代のうちに結婚したい」という考えがあったなぁということが思い出させられた。
今となってはもうそれも叶いそうにないのですが……。ふっと鼻で笑う。
ごめんよ、昔の私。でも焦っても良いことないってことだけは伝えておくね……。
「先輩は、好きな芸能人とかいないんですか?」
「えっ?」
私が昔のことを思い出して撃沈していると、急にはるちゃんが難しい質問を投げかけてきた。ちくちくと胸につっかえていた針を取り除き、話を元に戻す。
「うーん……」
好きな芸能人と聞いてぱっと思い浮かぶ人物がいない。昔はテレビもよく見ていたけれど、ひとり暮らしをした今では好きなことに費やす時間が多くなり、ほとんど見なくなってしまった。部屋の中が静まりかえっているのが嫌なので晩御飯を食べながら流し見するか、お風呂上りに天気予報を確認するぐらいで、今はゲーム専用モニターといった方が良いのかもしれない。それに日頃からゲームしかしてないせいで、そういった芸能関係の話に最近はとても疎くなってしまった。流し見中に見た芸能人の中にはカッコいいなと思う人もいたが、そこから自分で調べたり番組を追っかけて見たりなどはしなかった。
「今はいないかなぁ。昔はアイドルとか好きだったんだけど……」
「誰ですか?」
ふわふわした瞳が奥底できらりと光ったような気がした。初めてだ、はるちゃんがこんな反応をするなんて。
「……エストって知ってる?」
エストとは、”アイドルといえば”で有名な大手事務所、Colorsに所属している四人組男性アイドルグループである。国民的アイドルと言われていた時代もあったが、数年前に解散してしまった。メンバーは現在、それぞれ個人活動に専念している。目に触れる機会は少なくなったが雑誌やCMに起用されており、たまに街中のポスターを通して見かけたりする。
私が高校生の頃に好きだったアイドルグループを挙げると、はるちゃんは目を輝かせて私の手をきゅっと持ち上げた。あたたかい温もりが手に伝わってくる。
「先輩、もっと早く言ってください~!私も大好きです~!」
「そうだったの!?」
昔の話だったこともあり、彼女が知らない前提でグループ名を出してみたものの、意外な反応が返ってきた。
そういえばはるちゃん、私の二つ下で同年代だったということを最近知ったんだった。それなら知っていてもおかしくはない。
「私、あの曲大好きで……」
「分かる!あとさ~」
はるちゃんと私は当時の思い出話や、あの時のライブ映像が綺麗だったとかあの番組が良かったなどを語り合った。流行った曲を口ずさんだり、グループ内の推しは誰といったようなお互いの好みの話もなった。放課後、教室で友達とよくこういった話をしたなぁと、昔をしみじみと思い出す。アイドルブームが来ていた当時、高校の友人たちは同じ事務所内でも別のグループを好きになり、なかなか話が合わなかったものだ。年齢は違えど、こうして好きなものを共有できるとやっぱり楽しいなと思う。
休憩時間中の静かな執務室の中で、私たちだけが高校時代に戻ったかのようにわいわいと楽しい雑談を続けていた。
話の勢いは止まらず、アイドルの話をしていたはずだったのにそこから好きなもの、趣味などの話にすり変わっていき、とうとう恋愛話までに話題は移り変わっていた。二人とも現在、お付き合いしている人がいないという話になったところで、はるちゃんがそわそわした様子で聞いてきた。
「先輩の好きなタイプって、どんな人なんですか?」
「んん!?」
私は天使のような微笑みを向けられるも、すぐにその答えを出すことが出来なかった。熱い眼差しを躱し、言葉が詰まる。
「好きになった人がタイプ」なんて答えはちょっと腑に落ちない。実際そうではあるのだけれど。私も彼女も、求めている答えではないような気がした。小学校、中学校……はたまた幼稚園にまで遡り、過去に恋心を寄せていた人たちを思い浮かべる。クラスのムードメーカー、格好だけは良くて性格はボロボロだった同級生の男の子。どの年代を思い出しても、それははっきりとした”好き”ではなかった。学生時代の淡い”好きのようなもの”。なのでタイプと言えなかった。
記憶から消し去っていた直近でお付き合いのあった元カレを思い出してみるが、もうどこが好きで付き合っていたのかも分からなくなっていた。でもわざわざ引っ張り出してきたおかげで浮かび上がった答えもあった。
「誠実で頼りになる人か、優しい人……かなぁ」
「わぁ、素敵ですね」
それさえちゃんとしてくれれば何も望まない。さっきのちくちくしたものがまだつっかえたままのように感じ、私は気のせいでしょと何の味もしない空気を飲み込んだ。
はるちゃんはどんな人がタイプなんだろうか。
うっとりと恋する乙女のように聞き入っている彼女にも、同じ質問を投げかけてみる。
「はるちゃんは?」
「……私、ですか?」
「うん」
「明るくて、一緒に居て楽しい人がいいです!」
「そういう人も素敵だね」
両手を合わせながら言う彼女の姿はとても可愛らしかった。私の回答はちょっと具体的過ぎて、可愛げのない答えだったなと思い出し笑いをしてしまう。
はるちゃんの隣で笑いあえる人物はとても素敵な人なんだと思う。
そんなことを想像していたら、楽しい時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。
「また今度ごはんでも行こうよ」
「ぜひ……!楽しみにしてます!」
はるちゃんと向かい合ってガッツポーズをしたあと、名残惜しく、椅子を動かして自分のデスク前に戻った。
机の上に放置されたスマートフォンを隅っこに追いやり、ペンケースからペンを手に取る。
ボックスに収納されていた注文書を数枚とりだすと、気合を入れて午後の仕事にとりかかった。




