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家の隣に魔王が住んでいる!  作者: 白鈴サキ
Version2 麻央と真
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Ver.2.4.0 月夜祭

 仮想世界の中で今夜、他の場所と比べてひと際賑やかな街がある。

 旧市街ローザルト。ターコイズブルーの美しい外海の海岸に沿って栄えているこの街は、ラスクエの世界ではもっとも歴史が古く、いまも多くの言い伝えと謎を残している。

 白い岩壁を崩して建てられた、海を見下ろすことのできる教会。波で削られ、自然が生み出した階段。透き通った海の先には色鮮やかなサンゴ礁。

 市街地から遠く離れた場所には広大な砂漠が広がり、石柱が不規則に崩れ落ちている。遺跡であったと思われる建物の中は何もない、忘れ去られた狭い空洞が広がっているだけだった。商人や旅人が使用する道は整備がされておらず、代わりに道しるべとなる旗が立てられている。商人たちはその道しるべを頼りに、大きな荷物と馬の見た目をしたモンスターを引き連れて、この街を目指していた。

 目的は、歴史ある街で年に一度だけ開かれるお祭りのため。


 

「お~!綺麗……!」


 

 満点の星空に大輪の花が咲きほこり、道を行き交う人々は煌びやかなドレスやタキシードを身に纏いながら楽しそうに歩く。

 手持ち花火を持ち駆け回る小人たち、「たまや~」と叫ぶ獣人族のお兄さん。周囲の音をかき消す大きな音が、打ち上げられるたびに鳴り響いた。

 この日ばかりは武器屋のおじさんも防具屋のお姉さんも「何を買うんだい?」とは言ってこない。 

 「勇者様に光のご加護があらんことを」――そう呟くと合わせるように手を握る。

 

 5月の最終日、ラスクエオンラインでは月夜祭つきよさいというお祭りが毎年開かれている。

 いつの間にか恒例となったこのイベントは一日だけの期間限定イベントということもあり、ユーザーはこの日を心待ちしていた。私もその一人だ。


 

 過去作であるラスクエ3に出てきたお祭り――月夜祭。

 淡い光の魔法を住民一人一人が空に向かって放ち、夜空を飾る。ノクターン城というお城で祈りを捧げると、天空から光の使者が現れ、主人公である勇者に特別な力を授ける。

 その後、国の王女が魔物に連れ去られてしまうというストーリーが展開されるが、今作は一味違う。前者のコンセプトはそのままで、王女を助ける話は続かない。現実世界の催しとなんら変わらない楽しいイベントとなっている。

 限定アイテムが売られ、おしゃれ装備として身に着けるアイテムも複数手に入れることができる。また、この一日のためにマップ内が変化するという気合の入りっぷり。通常よりも行先が増えて、それに伴って道筋も増えた。そして今年は、普段であれば存在しないはずのノクターン城がこの街の高所に出現したのだ。ラスクエ3は今年で30周年を迎えるため、それを記念してという運営からの粋な計らいなのだろう。

 

 すこし離れた会場から、盛大な拍手の音が反響してこちらまで聞こえてきた。

 この時間に打ちあがる花火がすべて終了したようだ。次は一時間後と案内放送がすぐに流れた。

 

 

「えーと、次はどこに行こうかな」

 

 

 行き交う人々の間を通り抜け、少し落ち着いた路地裏に身を隠し、懐にしまってあるマップを広げる。マップはお祭り仕様となっていて、至る所に可愛らしいイラストが施されていた。”NEW ITEM”と書かれた手書きの矢印を視線で追っていくと、道具屋と雑貨屋のイラストが描かれた場所に辿り着く。

 ちょうど少し歩いたところに一軒目の道具屋があるが、雑貨屋も気になる。先にどちらに向かおうか悩んでいたところ――角になっている場所で物音がした。

 ねずみか何か?と思い、そろりと様子を窺うと、カップルと思われる人間の男女が見つめあいながら、互いを抱きしめあっていた。



「……」


「……」

 


 二人に言葉などなく、熱い視線だけが交わっている。時々ポーズを変えて、さらに二人の距離が近づく。

 カメラマークが頭上についていたため、撮影を行っているのだと思う……。

 この場所に長居してはいけない気がして急いでマップを懐に戻し、逃げ出すようにその場から離れた。

 

 普段とマップが変わっているせいで方向がわからず、行き当たりばったりで足を進める。薄暗い道が続く中、感を頼りに角を曲がり続け、やっと光が差し込んだ道が見えてきた。息を上げながら見つけた表への道筋。歩幅を戻し、そっと暗闇から身を乗り出した。



 

 路地裏を抜けた先にはこの世にはない、幻想的な世界が広がっていた。

 石灰岩で作られた住居と露店が並んだ大通り。道は石畳で出来ており、天に向かうように続いている。満点の夜空が扇状に広がり、その先には幻のノクターン城が満月に照らされ、聳え立っていた。触れたら消えてしまいそうなほどのか弱い光が、宙に漂っている。

 本来の目的を忘れてしまうほどのこの綺麗な景色に、気づけば長い間、瞳に焼き付けていた。


 

「いけない、いけない」

 

 

 このままでは月夜祭が終わってしまう。道具屋さんに行かないと。

 カメラを手に取り、美しい景色を写真に収めたあと、人の流れに身を任せて歩み始める。いつもとは違う街並みに好奇心が疼いて仕方がない。視線をあちらこちらへと動かしながら、「わぁ」と思わず声が漏れ出た。

 案内版の横には、アンティーク調のランタンとモケロンの顔した風船が並んで取り付けられている。人を乗せた馬車が優雅に横を通り過ぎ、そっと優しい風が頬を撫でた。馬車の後を歩く人たちの頭の上には、宝石が埋め込まれた王冠をかぶっていた。あれが限定アイテムのひとつなのだろうか。

 

 しばらく流れにのって歩いているとさらに道が開けて、広場のような場所が見えてきた。

 数人が真ん中にある噴水を囲むようにして大声を上げている。雑踏の中、耳を澄ませて聞いてみると、どうやらフレンド募集やチームの勧誘を行っているようだった。



「新設チームでーす!初心者さん大歓迎!チーム”ラスクエ家族”をよろしくお願いしまーす!」


「社会人なので夜一緒に遊べる人探してます。フレンド申請飛ばしてください」

 


 こういった人の目につきやすい目立った場所は交流の場となっていることが多い。

 チームというのは目的や同じ趣味を持つ仲間たちが集まり、仲良くなるためのツールだ。釣りが好きな人、高難易度コンテンツが好きな人、芸能人のファンクラブ……などなど、様々な集まりがある。

 私とフレンドのカインさんは、そのチームというものに属していない。私の場合は「自由気ままに遊ぶ」という方が性に合っているらしい。仕事が繁忙期を迎えたり、残業をしたときに、ラスクエをする時間が自然と少なくなってしまうからだ。ログインする時間も固定ではないため、たくさんの人が属する場所に溶け込もうとしても、そういった現実での制約があるためなかなか入る機会もなかった。そもそも、私にとって初めてのオンラインゲームがこれだったので初心者の頃もよく分かっていなかった。慣れてきた今でも、中には自由なチームもあると知りつつ、そこに特別入りたいという気持ちもないので現状のままで良いと思っている。

 

 カインさんは……どうなんだろう。

 私とカインさんはお互いがこのゲーム内に存在している間、どちらかが「何かやろう」というまで、別々で行動していることも少なくはない。 現に今も私は私でイベントを楽しみ、カインさんはダンジョンでレベル上げを行っている。カインさんは”縛られたくない”――という人なのだろうか。


 カインさんの素性は社会人ということ以外よく分かっていないし今後知ることもないだろうけど、私は正直、少し不安に思っているところがある。

 それは、休みの日や仕事終わりの限りある時間の中で、”私と遊ぶことに時間を使ってもらってよいのだろうか”という悩みだ。私よりも遅い時間にログインすることも多々あった。そんな中でもカインさんは、私の誘いに二つ返事で「いいよ」と返す。プライベートが忙しくて、ゲームできる時間が限られているのかもしれないのに。

 フレンドとして共に長い時間を過ごしてきたが、そうした考えがあって「誘ってもいいのかな」と躊躇ってしまう時がふとしたときにやってくる。今もそうなのかもしれない。

 今日のイベントも親しい人と来た方が絶対楽しいに決まっている。とくにカインさんもラスクエが好きなので、この演出には話が尽きないと思う。



「誘ってもいいのかな……」

 

 

 フレンド欄を確認する。まだカインさんはダンジョンの中にいる。

 文字さえ打って、送ってしまえばあとは返事を待つだけだというのに。



「……」


 

 うーんと考えても仕方のない時間が過ぎていく。

 そして何も答えが出ないまま、私はその親しいフレンドを誘う勇気も出ず、この賑やかな通りを一人で歩くのだった――。

 

 

 

*********


 

 

 時間が過ぎていくにつれて、月夜祭に参加する人たちも増えてきた。

 私は一軒目の道具屋に無事たどり着き、先ほど見かけた王冠を手に入れることができた。今度は二個目の限定アイテムを手に入れるため、二軒目の雑貨屋に向かっている最中。

 さっきまでは人の隙間から景色を眺められるほどだったが、いまはどこを見ても人、人――まるでラッシュ時の満員電車だ。

 

 私の目の前を犬耳と尻尾が生えた獣人族の男性と、背の高いエルフの男性が歩いている。シャツの上から上品なブラウンベストを着こなし、辺りを見回していた。横にいる人間の女性もラメ入りの深紅のドレスを身に纏い、ティアラを載せて優雅に歩く。ドレスが揺れるたびにガラスの靴が足元から覗いた。

 ラスクエは甲冑、旅装束のようないわゆる中世の服装が多い中、現代に寄せた服装も多く実装されている。今日は月夜祭ということもあって、普段あまり見ることのないフォーマルな格好をした人達が多い。かくいう私も月夜祭に合わせて、いつもと服装を変えてみたその一人。

 パールのイヤリングを着け、髪型は大人っぽくしようと三つ編みを解き、毛先を巻いてハーフアップのヘアースタイルに仕上げてもらった。シルク生地で作られたAラインのバックレスドレスは、背中の真ん中が大きく開いており、周りにはシフォンが縫われ、金色のラメ糸がキラキラと反射している。竜人族の持つ神秘性も相まってその輝きを放っていた。背中にはギルガナイト戦をクリアし、ようやく手に入れることのできた杖を背負っている。今日のMagはいつも以上に可愛さ満点だ。

 

 整備された石畳にヒールの音がコツコツと心地よく鳴る。街道沿いには屋台が多く出店されており、思わず足を止めて見入ってしまいそうになる。綺麗に織られた絹、見たことのない鉱石で作られたアクセサリー、微かに白く発光している花に可愛く飾り付けされたクッキーやマフィン。実際に買えるわけでも食べられるわけでもないのだけれど、本物と見違えるほど実在しそうなグラフィック。


 現実世界の夜が更けていくにつれ、全体で話す人も多くなりチャット欄も加速している。だいぶ混雑してきた。

 目的の雑貨屋まではまだ少し距離があったが、長時間プレイをしていたせいでほんのちょっとだけ手が疲れてきてしまった。写真を撮る人もいたので、写りこまないように大通りを抜け出し、一息つこうと数十メートル歩いた先の橋のそばまで移動した。

 街灯が届かないこの場所は月明りのみが頼りで、辺りには人の気配はない。防波堤に波が打ち付けられている音だけが聞こえている。人々の話し声は、先ほどの情景が嘘のようにまるで聞こえてこない。

 

 カインさんがまだログインしているか確認するためにメニュー画面を開く。緑色の文字でログイン中と表示があったので、ほっと胸を撫でた。

 チャット入力欄にカーソルを合わせて文字を打ちこんでいく。

 [カインさん]まで入力するのはいいが、その後の言葉が続かない。

 

 

「どうしよう……」


 

 ハープの優しい音色とゆったりとしたケルト音楽が流れている静かな部屋に、その場に似つかわしくない独り言がぽろりと漏れ出た。

 頭の中でなんとか文章を組み立てようとする。

 

 

[月夜祭どうですか?]

[いま暇ですか?]

[いま何してますか?]


 

 これも違う、あれも違うと文字を打っては消しての繰り返し。たった一言、誘う言葉を送るだけなのに勇気が出ない自分がなんだか情けなく思えてきた。

 どうしてか今日は、いつも以上に誘って良いのか悩んでしまう。理由はよくわからない。


 ちょっと落ち着こうとゲーム画面から目を離し、麦茶の入ったグラスを手に取り、SNSを確認した。ゲーム用アカウントとして作成していたので、タイムラインには今日もいろんなゲーム情報で溢れかえっている。その中でも現在の急上昇ワードとして「#月夜祭」が上がっており、ラスクエ愛されているなぁ、なんて思いながらタグをタップ。



「これ可愛い~!」


 

 リアルタイムにどんどん投稿されており、私のように今日の衣装と称しておめかししたキャラの画像を上げる人や、チームメンバーで月夜祭に訪れてノクターン城を背景に集合写真を上げている人がいた。中には「ラスクエ3の名シーンが見れるなんて感動した」なんていう昔からのファンの声も投稿されていて、そこにコメントと共感のリアクションがたくさん付いていた。

 私も「いいね」を付ける。それ以降にも感想や写真で溢れかえり、タグ内は大盛況だった。



「やばいやばい、こんなことしてる場合じゃなかった」


 

 いつの間にか空になったグラスに気づいたところで、ゲーム中であったことを思い出し、我に返る。あと少しで日付が回ってしまう。このイベントは午前6時まで行われる予定だが、私は明日も仕事が待っている。夜更かしタイムリミットは刻一刻と迫っていた。

 

 また寝る前に見返そう。

 アプリを閉じて、再びコントローラーを手に握れば、次の目的地にはどんなものが売られているのだろうと心を躍らせる。



 「……え?」


 

 BGMがタイミング悪く止まる。ゲーム画面に目を向けたが、チャット欄に表示され続けている文章が頭の中に入っていかない。

 その光景に、私は目を疑うことしかできなかった。

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