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家の隣に魔王が住んでいる!  作者: 白鈴サキ
Version2 麻央と真
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Ver.2.3.0 ほろにがバウムクーヘンの思い

 何かとハプニングが起きがちな休み明けの業務に気を張り詰めらせていたが、そんな心配は無用だった。

 特にこれといった問題は起きず、のびのびと自分のペースで仕事をこなすことが出来た。

 取引先の都合で進捗が止まっていた案件もようやく動き出したので、するするとスムーズに進んでいく。

 今、私の手元にややこしい案件はない。これで少しは気も楽になった。

 

 

 定時まであと数時間。

 午後の仕事もひと段落し、隣でノートパソコンを立ち上げていたはるちゃんに声をかける。

 私の声が耳に入ると首を傾げ、さらりと髪が横に流れた。


 

「はるちゃん、この後会議だっけ?」


「あ、はい!武藤先輩と佐藤さんと打ち合わせが入ってます!」


 

 はるちゃんの手元には今朝話していたバナナスムージーのカップが置いてあった。

 そのSNSで話題のお店は職場の近くにあったので、昼休憩の時間に喜んで買いに行っていた。

 戻ってきたときのあのとびきりの笑顔といったら……彼女におすすめして本当によかったと思った。


 

「もう一個の案件、私貰っとくよ」


「えっ!いいんですか?」


「いいよー」

 


 はるちゃんのデスクの隅に置かれてある、「未処理」とラベルの貼られたファイルボックスから、黄色のクリアファイルが入っているのが見えたのだ。

 ちょうど私の手が空いたので、彼女の負担にならないようにそのクリアファイルを受け取った。

 打ち合わせが終わったあと、定時の時間に追われながら業務を進ませるのは可哀そうだ。


 

「相羽ちゃん行けるー?」


「はい!」



 武藤と佐藤さんが執務室の出入口付近ではるちゃんを呼んだ。

 返事をする彼女の横顔は、少し緊張しているようなのが見て取れる。

 


「柊先輩、ありがとうございます……!」


「いえいえ。初打ち合わせ頑張れ!」


「はい、頑張ります!」


 

 はるちゃんはぐっとこぶしを丸め、小さくガッツポーズを私へ見せた。

 私は自分が初めて打ち合わせに参加した当時のことを思い出し、「大丈夫だよ~」と彼女を安心させるため、手を振り見送る。

 資料作成のサポートを初めて任された彼女。

 今日は武藤のフォローのため、初めてそういった打ち合わせに参加するのだ。

 リモートとはいえ、取引先の相手もいるから緊張するんだよね……あれ。

 

 私の思いが伝わったのか、にこりと微笑むと、ノートパソコンを抱えながらぱたぱたと小走りで席から離れていった。

 武藤と佐藤さんが待っている場所までたどり着くと、二人の後ろについて別の階層にある会議室へと向かっていった。



 すっかり静かになってしまった私の席周り。ムードメーカーである武藤の明るい声も聞こえないとなるとなんだか少し寂しい気もする。

 今日は、他の島にいる他部署の方たちも会議があったり外出があったりで、フロア全体の人口密度が低いのもあるせいだろうか。

 それに加えて私たちのチームの島はなぜか、営業部で固められている場所より少し離れているため、さらに孤島と化していた。

 今年の営業部は新入社員の入社が多く、古株である私たちのチームは、フロア内のこじんまりとしたスペースへと追いやられたのだ。


 先ほどはるちゃんから受け取ったファイルから書類を数枚抜き取り、慣れない静音の中、システム上へデータを打ち込んでいく。

 騒がしすぎるのも嫌だけど、これほど静かだと逆に落ち着かないな……。

 自販機が置いてある廊下の方で電子決済音が鳴っているのが聞こえてきた。

 このままだと壁掛け時計の秒針の音が聞こえてくるのも時間の問題だろう。


 

「……ふう」


 

 モニターとのにらめっこも終わり、水分を補給し一息ついた。書類に不備がなかったので、難なく入力を終えた。

 あとは入力した情報に間違いがないかチェックをするだけで、ひとまずは終わり。

 やってしまおうと勢いをつけ、ばらばらになった書類を一度まとめ上げ、枚数を数える。

 

 ええっと、ここから見ようかな。

 最初の一枚を手に、書かれている内容に目を通し、データと見比べてようと画面に顔を近づけた時――ガサガサと聞きなれない音が、眩しい光を放つモニターの向こう側から聞こえてきた。

 分厚い紙のようなものが何度も折りたたまれ、薄い紙の破れる音が連続して鳴っている。時折その音が止み、そこを境に小さくなっていくのが分かった。できるだけ音を出さないようにしているのが窺える。

 

 モニターの向こう側――対面には魔王が居る。

 何をしているんだろうとは思ったが、私と仕事には関係のないことだとその疑問を振り切ってそのままチェックを続けた。

 それでも静かなオフィスに広がる異様な音は、耳から離れない。

 紙と画面の往復を数回繰り返し、目が疲れてきたところでチェック業務も無事に終えた。

 あとはこれを武藤に渡すだけで、私たち営業アシスタントとしての仕事は一旦終わり。

 抱えている案件がないという状態はなんて気持ちがいいのだろう。

 さてさて、今日の晩御飯は何を作ろうかな~。



「柊」

 

 

 ぐっと腕を上に伸ばし、呑気なことを考えていると深い影が私を包み込んだ。

 目を閉じていても分かった。

 この声は、呼び方は――魔王本人であると。

 

 

「は、はい」


 

 恐る恐る目を開け、低い天井に付けられた蛍光灯を遮るようにそびえ立っている魔王を見上げた。

 目が合ったものの、ふっと視線を落とされる。

 何を言いに来たのかさっぱり皆目見当もつかない私の心臓は、悪い意味で高鳴っていた。

 突然の出来事に、魔王の立っている方向へ椅子を回転させるも、席から立ち上がることのできなかった私の体は実に正直である。

 なぜか足をピタリと揃え、手を膝の上に置き、とてもお行儀よく話を伺おうとしていた。



「……何でしょうか?」


 

 魔王は小さく息を吐くと、落としていた視線を戻した。ゆっくりと目が合わされる。

 青みがかったまっすぐな瞳に、かしこまった私の姿がくっきりと映っている。

 

 そっと目の前に風呂敷で巻かれた四角い箱のようなものを差し出すと、いつもと変わらない表情のまま、思いがけないこと私に伝えてきた。

 


「これ、お土産」



 手のひらの上にそっと置かれた重みのあるそれから、渋みのあるスイーツの匂いが漂った。

 きゅっと結ばれた結び口から紐が付けられており、「静岡茶 バウムクーヘン」と書かれた用紙が店名と一緒に連なっている。

 あまりにも予想外すぎる出来事に、お洒落な見た目をしたバウムクーヘンから目が離せなくなった。

 

  

 「でもなんのお土産?」なんて考えていると、あることを思い出した。

 彼、ゴールデンウィークは静岡に旅行へ行くと言っていた。直接聞いたわけではないが、「有休をとる」と言っていた時、休みの予定を武藤がしつこく聞いていたので知っている。

 これはその旅行のお土産ということなのだろう。

 


「それだけ」



 用は済んだと言わんばかりに、そう短く言い残してこの場を去ろうとする彼の背中を見上げた。

 わざわざ私たちのためにお土産を選んでくれたのだろうか。

 

 いつも冷たくて何を考えてるかわからなくい、不愛想な魔王。

 そんな人が選んでくれた、サプライズに少しだけ頬が緩んだ。

 

  

 「……勇崎さん」


 

 渡すだけ渡して、すぐに席へ戻ろうとする彼の名前を呼んだ。

 私はすぐに椅子から立ち上がると、デスクの上にそっと受け取ったものを置いた。木箱の音が微かに鳴る。

 名前を呼ばれて反応した彼はそっと歩みを止め、静まりかえった周辺には私の声だけが響く。

 

 

「ありがとうございます」



 彼が振り向いた後、忘れていた言葉を伝えた。

 毛先がさらっと揺れ、振り向いた先に合った目は丸く、驚いたような色をしていた。


 少しだけの間の後、「ああ」といつもの返事が返ってきた。

 まるで今までのやり取りなんてなかったかのように普段通りの雰囲気を身に纏い、再び背を向け、席へと戻っていく。

 私は椅子に座りなすと、デスクの上に置いた箱をもう一度手に取り、出てきた考えをそっと頭の隅へと保管した。



「……」

 

 

 彼はもしかすると本当に、少し不器用な人なだけなのかもしれない――なんてね。

 





 *********





 

 打ち合わせが早めに終わったのか、離席していた武藤、佐藤さん、はるちゃんの三人が執務室内に戻ってきていた。

 島からまだ少し離れている位置にも関わらず、 「疲れたー」と武藤の声がしっかりと聞こえてくる。

 「お疲れ様~」と手を振っていると突然、武藤が何かに気づいたようで、隣である佐藤さんの席めがけて早歩きで近づいていき、あるものを掲げた。

 

 

「えー!麻央ちゃん、これまじ!?」


「その”麻央ちゃん”は止めろ」



 はるちゃんも私の隣に戻ってきていて、ノートパソコンを片付ける傍ら、男二人が何に騒いでいるのかと首を傾げた。

 佐藤さんも席に到着し、「すごいね~これ」と話しかけていた。

 

 

「どうしたんですかね?」


「……さあ?」


 

 はるちゃんの傍へ椅子を動かし、右隣にある空席から向こう側を横から覗き込んだ。

 すると、佐藤さんデスクの上に、三人が離席するまでは置いてなかったであろう物がその存在感を放っていた。

 


「あれのことですかね?」

 

 

 はるちゃんが控えめに指をさした。その先を辿っていくと、魔王が先ほど渡してくれた四角い箱が同様に風呂敷に包まれて並んでいた。

 すべてが同じ柄ではなく、デザインがそれぞれ異なるっている風呂敷は特別感がある。手触りも良く、人が織った温かみのある織物だ。

 ひとつだけぽっかりと空いた場所には、先ほど魔王が私に渡してくれた分が元あった場所なのだろうか。

 一番手前に置いてあったものの上から「連休ありがとうございました。ご自由にどうぞ」と無地のメモが貼られており、読みやすくて綺麗にそろった文字が書かれていた。


 

「ありがとう麻央ちゃん!ほら、相羽ちゃんと佐藤さんのも!」



 武藤が魔王の代わりに二人の分の風呂敷を手に取り、手招きした。

 佐藤さんとはるちゃんが受け取り、魔王へお礼を伝える中、私は少し離れたところから魔王の様子を見ていた。

「気にしないで」といつものように淡々と答えてはいるものの、その表情はどこか柔らかいように見える。

 

 

「柊は貰った?」


「うん。さっき頂いたよ」


 

 数を確認したあと、武藤が私にそう聞いてきた。

 いや、ここは「貰ってない」と言って焦らすべきだったか……。

 

 このチームだけが、静かな執務室内を賑やかしている。

 感激のあまり、魔王へ抱きつきそうになっている武藤を必死になって近寄らせないように「仕事しろ」と彼は追い返していた。

 はるちゃんが「いい匂い」と嬉しそうに風呂敷を抱えながら席に戻ってくると、私の顔を覗き込み、不思議そうに問いかけた。



「……柊先輩どうしたんですか?」


「ん?」


 

 机の上に置いてある箱に視線を映し、さっきあった出来事を思い出す。

 白地に青色の線が数本入り、爽やかな印象のある風呂敷を見つめ、「なんでもない!」とはるちゃんに答えた。


 木箱の中からほんのりと甘い香りが逃げてくる。

 お茶の粉末が練りこまれたバウムクーヘンは、ちょっぴり苦くて大人の味。

 けれど甘くて美味しい、不思議な思いと一緒に溶け込んだ上品な一品。


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