エピローグ
戦争は一時的な休戦状態となって、戒厳令は解除された。その後まもなくカラル=ランダは、エレノア=フェンにコンタクトを取った。ウォルス=フェンの家宅で話をする。
「もう会ってくれないかと思っていました。」
「なぜ?」
「私はあなたにポジティブな話を持ってくるわけではないですから。なぜエレノアを殺したのですか?」
「エレノア=フェンは、パブロアの魔杖の材料を手に入れる際に事故に遭いました。しかし死んではいません。融合したと理解してください。ソルロア=アーダは、丁度、肉体を必要としていたので、都合が良かったんです。不幸中の幸いです。」
「どのようにして、人形から魂を移しましたか?」
「エレノアに接触することで可能となりました。それにはリーカス=クーフの助力が不可欠でした。」
「リーカス=クーフは最初からエレノアにあなたの魂を宿らせるつもりでしたか?」
「はい。」
カラル=ランダは腕を組み、思考を巡らす。
「…私は呪術師の人形(ソルロア=アーダ)が、事故に導いたのではないかと考えています。」
「断じて違います。当時のエレノアは、パブロア呪物をぞんざいに扱って運気を下げるようなことをしていました。さらに、枝を切るという慣れない仕事をしていたと考えれば、説明はつきますよ。何にしても、私の主張もあなたの主張も可能性の域から抜け出せないでしょう。」
カラル=ランダは話を変える。
「なぜ、ウォルス=フェンを殺そうとしたのですか?」
「殺そうとはしていません。あなたに大切なウォルス=フェンを託したのです。人形の中にいた当時、リーカス=クーフから要請を受けました。結果、この国の在り方を変える必要に気付いたのです。ウォルス=フェンは、その障害となり得るような思想を持っていましたので、やむを得ず、罪渦を唱えました。」
「罪渦は、罪悪感を駆り立てるパブロア魔術でしたね。」
「その通りです…。ウォルス=フェンに対して、悪意はありませんでした。しかし今になって思えば、私が罪渦を使ったのは、軽率で間違いでした。」
「死ぬ可能性を感じたと?」
「はい、そうですね。さらに、魔術行使によって、呪われた地の面積が縮小してしまうのも問題です。」
「…。」
カラル=ランダは、困った顔をした。エレノア=フェンは続ける。
「私は心変わりしました。今のこの世界は、たくさんの犠牲の上に成り立っています。例え、問題のある人物の命であったとしても、ムダにして良い訳がありません。ビジネスライクに考えて、もっと命を大事に扱いたいと考えました。」
「私は納得できません。少なくとも殺人未遂という罪があり、罰を受けるべきだと思います。ウォルス=フェン、どう思いますか?」
ウォルス=フェンは黙っていたが、口を開く。
「正直に話してくれたその誠実さに感謝するよ。ありがとう。その上で聞こう。あなたの心にはエレノア=フェンが含まれてるの?」
「正直、自分でもよく分からないところがあります。昔のソルロア=アーダと、今のソルロア=アーダは違います。持っている知識からしても、エレノアでありソルロアでもあります。意識が混ざり合って、一人の人になっていると考えてください。」
「今も昔も、私に悪意や殺意がある訳ではないってこと?」
「そうです。リーカス=クーフの要請が無ければ、あなたと共に行動してました。」
「あなたがエレノアであるのなら、あなたは私の尊敬する妻だ。」
エレノアは驚く。
「変わってしまった私を、妻として認めてくれるの?なぜ?」
「あなたの本質が、そこまで変わったようには思えないんだよ。」
「意図してないとはいえ、あなたを殺しかけたのに?」
「うん。どんなに賢い人でも、失敗してしまう。私は、失敗から学べるあなたと共に過ごしたいんだ。」
「…何が起きたのか理解することで、この世界を深く知れるのよ。人の死や苦しみも分かった上で、意思決定をしたいの。嫌なことからも目を背けずに、ありのままを受け入れてこそ、正しい選択ができるようになるのよ。」
「うん、でも、傷ついた時ほど難しいよね。」
「そうよ。でも残念なことに、傷ついた時ほど、深い理解が必要になるの。」
「そうだね。目を背けてしまったら、気付けないことがある。…確信したよ。あなたの誠実さ、問題を受け入れる強い心にこそ価値がある。成長できるその姿勢が、あなたのかけがえのない人間的な魅力に繋がってるんだ。私は、あなたのその心に惚れたんだ。」
「え!嬉しい…。私は、他者の失敗を許せるあなたの器の広さに惚れ直したわ。」
「改めて言うよ。私と結婚してください。」
「こちらこそ。私も、あなたと一緒にいたいわ。」
2人は見つめ合う。カラル=ランダはその様子を見て安堵する。
「私もエレノア=フェンを許そう。2人が納得してくれて嬉しいよ。では、私はここで…。」
カラル=ランダは、空気を読んでその場を去って行った。2人は、共に生きていく未来を選んだ。
エレノア=フェンは、大統領拉致事件で起訴されることとなった。すぐに公開裁判が開かれる。
検察は、問う。
「あなたは、誰の指示でガァク=イルターナを拉致しましたか?」
「直接指示したのはリーカス=クーフです。大本を辿れば、現、副大統領カーツァ=ライルです。」
「どういった目的で拉致しましたか?」
「ガリア民族を貶める者共から、ギグリアを救うためです。私は、パブロア魔術を否定されて泣き寝入りするのではなく、我々のために勇気をもって行動する選択をしました。ギグリア国民の地位を取り戻すためには、止むを得ない苦肉の選択でした。」
「あなたは、ガァク=イルターナを殺しましたか?イエス、ノーでお答え下さい。」
「イエスノーでは答えられません。誓約書の内容を理解してもらい、反する事を行えば最悪死ぬ事まで伝えました。その上で、サインをもらいました。結果、彼は内容に反することを行い、死にました。医学的には病死・事故死の類いですが、魔術的には当然の帰結と言えます。」
「あなたは、計画的に人を殺したのですよね?」
「はい。私は皆がパブロア魔術を使う未来を思い描いてクーデターに参加してきました。しかし戦争を経験して、それが間違っている事に気付きました。パブロア魔術は、非常に強力であり、常に、無情です。高い技術、強力な武力は厳格な統制下にあり、信念を持って、皆のために振るうべきです。戦争前の私は、幾度か、軽々しく魔術を行使していました。今になって思えば、パブロア王の在り方こそが、正しい姿だったのだと思います。パブロアという国家体制はある種の到達点だったのだと痛感しました。つまり、私の目的意識は、戦前と戦後で変わっています。」
「弁護人の質疑をお願いします。」
「当時の大統領ガァク=イルターナと面識はありましたか?」
「拉致するまではありませんでした。」
「つまり、私怨での犯行ではなかったと。他に理由があったということですね。」
「はい。」
「ガァク=イルターナは、カルアに隷属した国家を維持することに注力していました。そのような人物にも誓約書にサインしてもらうことで、チャンスを与えたと捉えてよろしいでしょうか?」
「はい。意思を確認しました。その上で、彼は自ら誓約書の内容を破ったのです。」
「我々ガリア民族は、パブロア魔術が無ければ、自国を保っていられないでしょう。広大なザウラ基地を破壊し尽くしたのは、たった40名の生け贄とエレノア=フェンと1個大隊のギグリア兵です。彼女は、現存する唯一のパブロア魔術師であり、皆のために身を粉にして戦った英雄でもあるのです。従って、これ以上の裁判は無用かと思います。」
裁判官は告げる。
「被告人は個人の利益ではなく、国のために行動した結果、ガァク=イルターナを殺害したと判断します。よって、高度に政治的な内容ですので、これ以上の審議は出来ません。不起訴扱いとします。」
公開裁判は、すぐに終わった。その場にいる者は、皆、エレノア=フェンを擁護する対応を採った。しかし、刑務所に収監された一部の政治家にとっては、快く思えない内容だった。
カーツァ=ライルは、副大統領から国王となった。王政を敷くことで、パブロア魔術を研究しつつ保護していく方針を執った。慣れない王宮で、エレノア=フェンに確認する。
「戦争中、あなたが召喚した悪魔が、投降したカルア兵を殺したと聞きます。投降した兵を殺害するのは、国際法により禁じられています。これについては、どうお考えですか?」
「悪魔を完全にコントロールすることはできません。つまり、これは作戦の都合上、仕方が無いことなのです。砲弾が飛んでいる間に、白旗を掲げられても助けられないでしょう。それと同じです。許容いただきたく思います。」
「そうですね、そのように言っておきます。」
「パブロア魔術については、どのように取り扱うのが良いですか?一部、過大評価されてしまい、パブロア魔術やガリア民族こそが【至高】と捉えられてはマズいことになります。」
「なぜパブロアが滅亡したのでしょうか?この回答こそがパブロア魔術が至高ではない理由と言えるでしょう。ガルザ沼が地撃の悪魔によって形成された経緯や、パブロア魔術が魂を扱う技術であることを理解してもらう必要があります。理解することそれそのものが、難しいのです。」
カーツァ=ライルは難しい顔をする。
「パブロア魔術は、優れているどころか劣っていると言いたいのですか?」
「ドゥヤドオマ民族のヨミドライト操作術やカルア人種の転移魔法と比べたら、扱いが難しくて、皆が気軽に使える技術ではありません。しかしうまく使うことができれば、ガリア半島を守ることができる、ということです。」
「内情を明かすに明かせない面もあるので困難ですね。」
「はい。」
ギグリア国王カーツァ=ライルは、パブロア魔術が持つべきイメージを考えた。無闇に取り扱うと危険、大きな影響力、生け贄という後ろ暗いエネルギー源。ギグリアは、きっと再びカルアと戦争をする。そのために、準備をしておく必要がある。国家間のパワーバランスを見極めて、戦争を回避できるように同盟を組みたい。
ギグリア中央部 住宅街。エレノア=フェンは引っ越したばかりのキッチンで朝食を作り始める。フライパンで卵を蒸す。ウォルス=フェンは遅れて起きてくる。
「おはよ。」
「おはよう。」
いい加減な挨拶だ。だが気にかけない。ウォルスは、シリアルとヨーグルトと低脂肪乳をテーブルに用意する。
「私は、なんだかんだ言って、今のこの普通サイズの戸建て住宅が気に入ったわ。」
「何で?少し前までは、もっと贅沢したいって言ってたじゃないか。」
「うん。でも私なりに、たくさん考えたのよ。今、何が欲しいのか。どういう生活がしたいのか。そうしたら、最初に感じていた不満と、考えて得られた結論には、大きな違いがあったってこと。本当は、今の生活がとっても幸せなんだって気付いたのよ。」
「そうなんだ。」
「うん。ゆったりとした時間の中で、ゆっくり、よく考えていると、幸せを感じられるようになるんだよ。」
「うん、そうだね。安心したよ。でも結婚してすぐの頃は、ちょっと焦ったよ。」
「焦ってたの?」
「うん、早く出世しなくちゃってね。でも出世できるかどうかなんて、良く分からないよね。社会的にポジションがあるのか、自分にそういった役割がこなせるのか。頑張ったら手に入るものなのか、現状で満足するべきなのか、全然分からないよ。」
「チャンスがあるかどうかすら分からないってことね。」
お互いテーブルに手をつき、向かい合って座る。
「うん。感じるだけじゃダメなんだ。考えてどこに合わせるか。身の丈に合った生活で満足できると、楽と言えば楽だね。」
「うん。パブロア魔術の研究は、焦らず安全第一でやろうね。」
「そうだね。そう言ってくれて嬉しいよ。」
2人は現状に満足し、今の仕事の課題について考えた。
「…よし!今日は【ドゥルダーラの首飾り】を使って、地下遺跡の調査をしましょう。」
「えっ?安全第一じゃないの?」
2人のこれからは、まだまだ続く。
了