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6. 正義の在り処

 宣戦布告から2日目、一部ではまだ戦闘が続いているが、全体的には収束ムードが漂っていた。カルアの首相は、国際会議を欠席して、自国に帰国していた。ケリアーンは、停戦交渉を持ちかける。カルアは、ギグリア国内の備蓄を失い、まだカルア国内の戦争準備も本格的にはできていない。戦争をしたくてもできないため、なるべく早く一時休戦としたい。

「ひとまず対話が必要です。まだ戦争する経緯が理解できていません。」

カルアはケリアーンとギグリアを含む3カ国会議を希望した。一方で、最前線への補給ルートを確保するため、在ギグリア基地内の複数箇所で発電機とゲートが接続された。これにより、ザウラ基地でも戦闘が開始される。


 エレノア=フェンはベッドで意識を取り戻したが、悪魔に対する嫌悪と恐怖を感じていた。さらに包帯が巻かれた右手が痛い。

「もう悪魔召喚は、うんざりだわ。【傲慢の爪】はもう使いたくない…。」

リーカス=クーフは励ます。

「たった10名の命で、国内最大の軍事基地を陥落させられたのなら、それは凄いことですよ。しかも5分程度ですよ!20平方キロメートルの約4分の3を破壊し、100近い数多くのクレーターを形成したのだから、高い武力を示せたと言えるでしょう。」

「皆の受け取り方はどうなの?」

「パブロア魔術は優れた武力を持っています。あなたを、高く評価する人が大勢います。一方で、再現性を問う人もいます。」

「ん?もしかして遠回しに、もう一回やることを催促してるの?私の生気が奪われるなんて想定してなかったわ。悪魔召喚の再現性なんて、あるわけないのよ。」

「それで良いのですか?」

「私にどうしろと?呪物を使えと?魔術によってカルア人を撤退させろと?」

陸軍中将は、エレノア=フェンの意識が戻ったのを聞いて、ホテルの寝室にやってくる。

「あなたにやってもらいたいことは、ゲートの破壊です。ゲートによって、カルア人は物資を確保してしまっています。現状は、大きな兵器を持って来れないようですが、放っておけば時間の問題でしょう。」

「ゲート?」

「ゲートは、転移魔法を拡張した装置です。ウワサによると、専用車両を使ってカルアとギグリアを10分程で移動できるようです。」

「たったの10分?!昨日、ゲートを破壊しろとは言われませんでしたよ。」

「それはその通りですね。魔法陣を使えば、ここからカルアまで30分程で行けるようです。仮に基地の中の全てのゲートを破壊されても、またすぐにこちらにゲートを持って来られてしまいます。」

エレノア=フェンは考える。

「少なくとも今は、【傲慢の爪】が使えないわ。手元に戻って来てないし、私の精神面でも厳しい。他に悪魔召喚と言ったら、魔術によるものか、【烈迅の狂槍】か。はぁ…。2択ね。」

「お願いします。」

返事の代わりに、さらに溜め息を吐く。陸軍中将は代替案を挙げる。

「【パブロア王の指輪】なら、知り得ない事実も知れるのでしょう?そういったものは、ありませんか?」

「なんであなたはそれを知ってるの?」

「キリル=ヴェインが使用していたと聞きまして…。」

「ふん。あれは、すぐに所在が分からなくなるようなイカレた呪物よ。必要な人の元に転がり込んでいくような物だから、最初からそんな物、当てにするべきではないわ。似たような物も持ってない。」

「ではやはり、悪魔召喚で破壊するのが良いのでは?」

エレノア=フェンは、拒否したい気持ちが込み上げてくる。眉間にシワを寄せ、歯を食いしばる。

「…くっ!」

「病み上がりに、ご無理を言ってしまい、申し訳ございません。お願いします。」

「そんなの、魔力シーカー付きの強力なミサイルで攻撃すれば良いじゃない。私が出るまでも無いんじゃない?」

「セイダンとカントラで、焼夷弾の魔力シーカー迫撃砲を利用してます。しかしデコイや他の標的、敵の身体能力の高さまで考えると、余裕が無いどころか、全然足りてない状態と言えます。」

「嫌と言ったら…?」

「最前線の兵士は、命懸けで戦っています。現に、初日に200名もの死傷者が出ています。もちろん私達も、安全圏で仕事をしていれば良いというわけでもありません。戒厳令により、市民の暮らしは激変してしまいました。可能な限り早く戦闘を収束させ、カルアの悪意が及ばない平時を取り戻したいと皆が思っているはずです。」

「リーカス=クーフ、生け贄は、どの位用意できたの?」

「ギグリア人も含めれば、30名います。」

エレノア=フェンは、全うな断る理由が思いつかなくなった。

「魔術による悪魔召喚は経験が無いし、召喚される悪魔も限定しづらいわ。だから自ずと【烈迅の狂槍】になるわね。」

「どういった悪魔なんでしょうか?」

「自然発生の悪魔ではなく、造られた悪魔よ。魔力や生命力を探知して、標的を破壊する。爆発する魔槍を投げたり、自爆したりする。【傲慢の爪】と比べたら、生ぬるいし、呪物の回収が可能かどうか…。まぁ、悪魔召喚はバクチってね、ハハハッ…。」

乾いた笑い声を発した。

「笑ってられないですよ。」

「すいませんね、気持ちの整理がつかないもので。さらに夜になるまでは召喚できませんので、悪しからず。」

「はい。」

陸軍中将は、どのように要望を出せば良かったのか分からなかった。一方、エレノア=フェンは、柄の部分が折れたボロボロの槍【烈迅の狂槍】を取り出して眺める。

「私の苦労は、お構い無しって?」

手にした槍は、所々刃が変形しており、決して、上質な物とは言えない。リーカス=クーフは聞く。

「パブロア呪物は、ガリア民族なら誰もが使えるものでしょう?なぜ自ら手に取るのですか?」

「…なぜかしらね。でもこれがパブロアの王族としての矜持なのかしらね。」

言った傍から、すぐに気付く。

「そうね、私が間違っていたんだ…。」

「え?」

「私が浅見だったってこと。魔術師としての心構えが理解できたの。」

「それは何より。」

「…そんなことより、ゲートの位置が分からないと呪物を使えないわ。」

「それに関しては、2平方キロメートル内に限定されています。」

エレノア=フェンはベッドから起き上がろうとするが、力が入らない事に気が付き、ショックを受ける。なぜこんなにも無力なのか?

「大丈夫ですか?きっと夕方には良くなりますよ。」

「いい加減な事、言わないで!今の私には、食事が必要よ。悪いけど、持ってきてくれる?」

リーカス=クーフは、頭をポリポリかきながら、エレノアがいつも食べている物を思い浮かべながら、部下に指示を出す。心なしか、エレノアのために何かをするのは悪くないと感じる。ホテルの空調は、外の様子を隠していた。

 夜になったが、星など見えない。雲は暗闇を濃くして、気持ちを沈める。アパートの屋上に32名が立つには、やや狭いか。

「リーカス=クーフは、部屋に戻っておいてくれる?」

「なぜ?」

「巻き添えになることがあるのよ。きっとね。」

リーカス=クーフは納得がいかなかったが、葛藤の末、言う通りにした。周囲の生け贄となる者らは、落ち着いている。皆、故郷を思い浮かべ、誰かの役に立つその時を待っていた。一方、エレノア=フェンは緊張する。嫌でも前回の召喚を連想して不安を抱いてしまう。気持ちを落ち着かせて集中するため、大きく息を吸い、吐く。右手に槍を持ち、目隠しした男の前に立つ。

「無法者のカルア人に無情の剛槍を穿て!ゲートを打ち砕き、この大陸の未来を確定させろ!烈迅の狂槍!!」

一番近くにいた男の心臓に勢い良く突き刺し、さらに押し込む。男は耐えられずに仰向けに倒れ、槍は黒い淀みを生みだす。地を這い、男を包み、そして全ての生け贄を闇に飲み込み、最後に造魔を生み出した。悪魔は灰色の触覚、大きな翼をもち、闇に溶け込む黒の体で、胸部には烈迅の狂槍がある。

「質の悪い生け贄だ。ゆえに槍の本数は、たったの11本だ。だが貴様の望みを、叶えてやることを有り難く思え。」

悪魔は力強く羽ばたいて飛び立ち、激しいダウンウォッシュの風を発生させた。結果、エレノア=フェンは柵まで吹き飛ばされ、背中を強く打ちつけ、息が止まる。それを上空で見た悪魔は、下卑た笑い声を漏らす。エレノアは苦しそうにしながらも、数秒後、息を吹き返す。その姿を見ると満足して、そのまま闇の向こうへ消えていった。

「…これが悪魔クァタエルか。もう少しで死んでしまう位に、優しいのね。」

エレノア=フェンは、苦痛で立ち上がれない。30名を飲み込んだ呪物は、果たして、対価に見合った働きをするのだろうか。

 ザウラ基地は、残り2棟の兵舎とその周辺の林を残していた。そこは辛うじてカルア人に守られているものの、周囲をギグリア陸軍に囲まれている。ここからの逆転のため、ゲートを設置して物資を本国から輸入する作戦を成功させなくてはならない。交戦するにも弾薬が欲しい。ギグリア軍は、攻めるにも自動小銃で作られる弾幕の向こう側を占領しなければならない。そんな中、悪魔クァタエルは低空飛行して接近する。

「撃て!」

カルア軍は銃撃するが、素早い動きと堅い体で攻撃があまり有効ではない。ほぼ素通りして建物の正面に立つ。そこへ自動小銃を捨てたカルア人が殴りかかる。

「物理より魔力ってことだろ!」

クァタエルは、拳を掴み嘲笑う。次の瞬間、もう一人のカルア人は瞬間転移して背後をとり、魔力のこもった蹴りを側頭部に入れる。悪魔は悲鳴をあげ、地に伏せる。だがすぐに飛び上がり、胸部で黒い槍を生成し始める。その隙を逃すまいと、カルア人は瞬間転移して攻撃するが、すぐに自由落下することになり、満足に攻撃を当てられない。結果、地上に降り立ったクァタエルによって、1メートルの黒い槍が投射され、カルア人2名はかわしたものの、その背後の兵舎の玄関口を突き抜けた。数秒後、槍は爆発して、5階建ての兵舎は傾き、今にも倒壊しそうだ。

「くそ!柱に当たったか!?」

前線に配置されていた他の兵士も戻ってくる。クァタエルは再び高く飛行し、胸部から黒槍を押し出すように生成するが、今度は10名のカルア兵が相手だ。思うように作れない。そこにギグリア兵が駆け寄り、地上のカルア兵に弾幕を浴びせる。3名のカルア人が倒れ、7名は、奥の兵舎へ撤退していく。クァタエルは持ち堪えている柱を攻撃した。破壊するには足りない。更に黒槍の攻撃を加え、要塞化した建物は、無惨にも大きな音を立てて倒壊し、建物内のカルア兵も多くが負傷者となり出られなくなった。クァタエルは攻撃に満足し、森林地帯に向かい、隠されたゲートを槍で攻撃する。しかしそのゲートは、巧妙なデコイだった。潜んでいたカルア軍のグレネードランチャーがクァタエルを襲う。回避しきれず、魔力を含む榴弾3発中1発を受けて、うつ伏せに倒れた。

「この悪魔はそこまで強くないな。」

カルア人は瞬間転移して、魔力を帯びた足で右手と右翼を踏む。翼は破れ、もう飛べない。しかし笑みを浮かべる。

「何笑ってんだ?」

クァタエルは、蹴っ飛ばされて、さらに翼をもがれるが、その勢いを利用して距離をとる。すると破れた翼が爆発した。

「我が肉体は、槍だ。」

カルア人は、爆風を浴びて意識を失った。残る2名は、グレネードランチャーを撃ちたいが、味方に当たるのを恐れる。瞬間転移することで角度を変えて撃つが、先読みして素早く踏み込んだクァタエルの拳が、2名を打ち負かした。

「幕引きだ。」

クァタエルは、兵舎に黒槍を投げる。しかし、直前でカルアの魔力防壁に阻まれる。舌打ちをする。どこかに隠してある防壁発生装置を破壊すれば容易に突破可能だが、クァタエルにはそんなことどうでも良かった。槍を生み出し、投げる。ただそれを続ける。すると、3本目で破壊され、4本目で兵舎の外壁は貫かれ破壊された。5本目を投げる際、建物内で投降の意を示す白旗が見える。だがクァタエルにとって、それはどうだって良いことだ。槍はカルア人を貫き、爆発して血飛沫を撒き散らす。クァタエルは笑いながら、3階まで跳躍して乗り込む。

「降参だ。投降させてくれ。」

カルア人は転移魔法が使えるが、魔法陣が無ければできない。瞬間転移も悠然が必要であり、魔力が使える者は転移先を読める者もいる。だからカルア人は、数は少ないが投降する者もいる。だが槍は容赦なく斬り裂き、突き刺す。外からそれを目撃するギグリア人は、士気を低下させられた。

 その後、クァタエルは、4階にあったゲートを破壊して溶けて、パブロア呪物をそこに残していった。ギグリア兵がザウラを制圧したのは、その数時間後だった。


 宣戦布告から3日が経過した頃、ギグリア副大統領、アルガリア大統領、カルア首相、ケリアーン大統領の4カ国で、停戦協議に入った。戦況は、ギグリア側が押していて、カルアは風前の灯だ。このままだとカルア側の継戦能力が尽きる。ギグリア副大統領は腕を組み、不機嫌な様子だ。一方でカルア首相は皆に握手を求め、ギグリア副大統領に断られて戸惑った。

「ギグリア国の要求を、お聞かせください。」

「終戦するには、カルアがギグリア領土内から手を引くこと。今後、カルアが自国領土を侵犯しないこと。復興支援のために、10年間、GDPの0.5%分の金銭を支払い続けることを要求します。」

「はい。カルア国の回答をお願いします。」

「まだ私達は、戦争目的に納得がいきません。ギグリアは、カルアに守られることによって、国際平和の実現に一躍を担うのです。」

「それは断じて違う。ギグリアは、自国民の力によって守られるのが理想だ。それを行える武力を我々は有しているのだ。あなたは今回の戦争で卓越した武力を目撃したでしょう。なぜ現実逃避している?なぜそれに気付かない?」

「そんなに嫌なら、一旦、カルアはギグリアから手を引きましょう。しかしこれは我々の敗北ではありません。」

「は?なぜ負けた事を認められないのですか?占領地は、ほぼ残っていないでしょう。これからカルアはどうやって巻き返すのですか?」

「カルア本国は無傷です。さらに、ギグリア国内にいるカルア人は、ほぼ親ギグリアの人達です。なぜ友人を傷つけられますでしょうか?これは戦争というよりは、ギグリアが駄々を捏ねて、将来の利益を不意にした出来事です。」

「負け惜しみを言っているように聞こえます。」

「本当にそうですか?カルアは、ギグリアの成長を支えてきました。確かに近年は、ギグリアの国内GDPが鈍化していましたが、数多くの支援を通じて両国の明るい未来が見えていたはずです。これからカルアとのパートナーシップが本領発揮するところでしたのに、残念です。」

「カルアと共にあると、ガリア民族の無力さを感じざるを得なくなります。私達は魔力を持っていません。一方、カルア人種は、転移魔法を使ったり高い身体能力を発揮したりします。劣等感を感じさせるため、理想的なパートナーとは言えません。さらに、同じ室温で快適と感じられないこと等があります。同じ生物ではないことが、経済面で大きく足を引っ張ることとなっています。」

初日は、このまま議論は平行線を辿り、遂に何も決定されないまま終わった。

 しかし2日目は、休戦協定を結ぶ運びとなった。重要なポイントとなったのは、以下だ。

・ザウラ地区は、カルア国との輸出入のための玄関口として用意し、貿易を継続すること。

・ギグリアが戦争状態となっても、カルアはギグリアを支援する義務を負わないこと。

・捕虜の交換

・休戦委員会の設立

休戦協定により事実上、カルアはギグリアから撤退することとなった。


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