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5. 浮上する正義

 ギグリア副大統領カーツァ=ライルは、国際会議に出席するため、ケリアーンの主要都市クタンに来ていた。少し体調が悪い。飛行機の影響だろうか。

「うぅ…。頭痛と吐き気がする。だが明日は定例会議だ。備えよう。」

時差の影響もあって、いつもより多めに睡眠をとる。

 翌日、多少、体調は良くなった。国際会議は、外相時代に経験している。だが今回のような事は、経験が無い。面識の無い人も大勢いる中、定例会議が始まる。司会進行役が順番に発言を促している。

「ケリアーン代表の方、お願いします。」

「ケリアーン大統領 ガンサ=パタスです。皆、国際法を守って、平和に過ごせるようにしなければなりません。できる限り話し合いを通じて問題解決をして、貿易を増やすことで、皆で豊かな生活をしていけるようにと願っています。」

例年通りで何の変哲もない話をしている。司会進行役が発言を促す。

「ギグリア代表の方、挨拶をお願いします。」

「ギグリア副大統領カーツァ=ライルです。」

冷や汗が出る。一呼吸をおく。

「我々は、今、弱者の立場にあり、カルアとの交渉が困難な状態にある。それもこれも、カルアが我々を唆してパブロアを滅亡させ、まんまと我々の大切なパブロア魔術を失ってしまったためだ。また、彼らカルア人種は、我々とはまるで違う生物である。であるにも関わらず、彼ら専用の衣食住、ありとあらゆる物を生産させられてしまっている。その結果、数多くの同胞を生存の窮地に追いやってしまった。貧困層は、この7年間で250万人も増えてしまった。我々は、弱小生物などではなく、誇り高き種族である。カルアに屈するような存在ではないということを示したいが、弱者であるがゆえ、対話による解決ができないのは重々承知している。故に、我々には選択肢など無いという結論に至った。これから、ギグリア領土内のカルア軍基地を撤去し、不平等条約の破棄のために戦争をする。我々ギグリアは、我々自身の国と誇りを取り戻すために、ここに武力を行使することを宣言する!」

皆が驚いている。数秒間の静寂をおいて、再び司会進行される。

「ギグリア代表の宣戦布告を受けて、カルア代表はどうお返事しますか?」

カルア代表は、すぐさま平静を取り戻し、秘書に指示を出す。秘書は急いで去って行った。

「カルア首相 タタシア=グリアータです。宣戦布告を受けましたが、撤回を求めずにはいられません。平和的な話し合いでの解決を要求します。後日、2国間会議をしましょう。」

「ギグリア代表はこれに対して何か言うことがありますか?」

「ありません。我々には、戦争以外残されていません。」

「他に何かギグリア代表の宣戦布告に対して、言いたいことがある方はいますか?」

数人が挙手する。

「ケリアーンは、早期決着のため、ギグリアを支援します。カルアの国際法を無視した対応を解消する良い機会でしょう。」

「アルガリア大統領 フルス=ターマンです。戦争は、人道的に問題のある行為です。数多くの人々の人生を台無しにしてしまう非道な行いです。幸福を最大化することが政治の目的であるため、戦争はしてはいけない解決策です。直ちに宣戦布告を取り消していただきたい。」

ギグリア副大統領は答える。

「お察しください。もはや、引くに引けない事態なのです。」

ギグリア副大統領カーツァ=ライルは、翌日の会議を体調不良のため欠席した。


 ギグリア国内、ザウラ軍事基地近くの建物の屋上にエレノア=フェンらは居た。

「10名?」

リーカス=クーフは少し困った顔をする。

「難民を使うと言われても、今回は、この位が限界ですね。」

「…やるしかないわね。」

難民は皆、後ろ手に縛られており、逃げられない。

エレノア=フェンは巾着袋の紐を緩めて、逆さにし、【傲慢の爪】を取り出した。右手がただれていく。だがそれに反して強く握りしめる。顔をしかめ、パキッと音をさせて、床に投げつけると、爪の破片とエレノアの血が飛び散った。そして、それらがすぐさま黒い霧を纏って、一つの塊となった。10名の難民は、糸が切れたかのように倒れる。

「生け贄が10人とは少ないな。願いとは、宣戦布告直後に最大規模のカルア軍基地を破壊することだろう?」

エレノアは、悪い予感がして冷や汗を浮かべるが、思いとは裏腹の事を言わざるを得ない。

「最低でも、変電所と港と武器・弾薬庫を破壊してもらわないと困るわ。」

「ふん、傲慢だな。だが清々しいな。今回は貴様の生気をもらうだけで勘弁してやろうか。」

「…え?」

黒い霧は、真っ黒の腕を覗かせてかざすと、エレノアから光の粒子を吸収する。エレノアは立っていられなくなり、膝をついた。

「願いが叶えられるのを待つがいい。出血大サービスだ!」

黒い霧は雲散霧消した。リーカス=クーフは顔色をうかがう。

「大丈夫ですか?」

エレノア=フェンは何も応えられず、崩れるように倒れた。

 取り引きの通り、地撃の悪魔は、ザウラ軍事基地の上空で自身を形作る。上空200m。やせ細った真っ黒の体、尖った耳、小さな触覚、蝙蝠の羽。正に悪魔といえる姿だ。基地は、港湾、兵舎、弾薬庫、司令部、訓練施設、航空機の滑走路などを持つ一大軍事基地だ。20平方キロメートルもあり、広い。

「多少早くても良いよな。」

副大統領が宣戦布告を宣言する瞬間、悪魔は羽と手から魔光弾を落とし始める。魔光弾は、毎秒0.5発で落とされ、物質に触れると大爆発を引き起こす。建造物を上空から破壊していくと同時に、約12mのクレーターが数多く、次々と作られていく。すぐに変電所が破壊され、停電する。ザウラの兵士は、断続的に続く激しい爆発音と停電で不安になった。だが、対応方法は限られている。

「あれが弾薬庫だな。」

地撃の悪魔は、地下施設の存在を感じ取ると、地上に降り、両手を地面に当てる。

「地爆掌。」

大地は裂け、爆発し、大量の土砂が上空200メートルを飛んだ。轟音のその直後、さらに弾薬庫が誘爆する。昼間のような明るさの後、大量のガスが発生して強風を生み出した。

「誰も来ないな。」

悪魔は再び魔光弾を降らせながら、沿岸部へと向かう。すると、カルア兵が兵舎屋上に瞬間転移して現れ、6.80mm魔力軽機関銃を使い、弾丸を連射する。だが霧状の地撃の悪魔の肉体には、ダメージが無い。魔光弾を投げれば、カルア兵は瞬間転移で回避する以外無い。だが転移先を読める悪魔は、カルア兵に無力感を与えるのみだった。

「破壊するのは楽しいなぁ。」

魔光弾を投げ、港湾に停泊していた空母や護衛艦を攻撃して、轟音と共に沈んでいくのを眺める。

「ここまでか。」

地撃の悪魔は、名残惜しそうにしながら、地上600mで浮遊し、仮初めの体の核を取り出し、握り潰す。すると霧の体は小さくまとまり、高熱を発し、偽りの太陽となった。

「あれは何だ…?」

それを見た者は、次の瞬間、高熱と爆風によって灰燼と化した。激しい熱風は爆発の中心を真空に近づけ、巻き戻しの風を生み出した。それは建造物を倒壊させ、火災を拡大させ、無数の破片が更なる亡者を生み出した。

「…。」

廃墟となった基地では、生き残りつつも戦闘意欲を失う兵士が数多く現れた。ザウラのカルア軍は突然現れた地撃の悪魔によって、ただただ蹂躙される結果となった。


 副大統領の宣戦布告が知らされた後、すぐにギグリア統合参謀本部は、戒厳令を発動した。マスコミは自主クーデターを報道し、国会議員の逮捕者リストを公開した。親カルア派は、軒並み名を連ね、さらに中立派や曖昧な態度を取る議員までもが含まれることが話題となった。さらに、市民の夜間外出禁止が強制され、戸惑う者が大勢現れたことも報道された。ギグリア軍は石油会社や商社と連携して補給線を形成すると同時に、カルア軍の補給の可能性を潰した。また、カルア軍基地周辺を包囲した。


 カルアのセイダン軍事基地の空軍施設は、宣戦布告直後に、ケリアーン兵に包囲された。作戦は、滑走路、燃料庫、格納庫を破壊するものだ。ギグリアの戦闘機によるステルスミサイル攻撃をした結果、戦闘機は、6機中2機が防空ミサイルにより破壊されたものの、目標を概ね破壊した。その後、管制塔にケリアーン空挺軍精鋭部隊が突入する。瞬間転移を得意とするカルア軍も、突然現れたケリアーン兵のジャミングシールドによって、勝手を奪われる。さらに、ヨミドライト操作術によるゴーレムや窒息攻撃によって、カルア軍が不利な膠着状態を生み出した。


 カルアのカントラ軍事基地 司令部は、ケリアーン提供兵器を利用したギグリア陸軍が制圧した。ギグリア司令部の面々が捕らえたカルア軍中将と顔を合わせる。

「どうです?凄いでしょう?」

カルア中将ヨルリア=イークンは応える。

「まだ勝った気になってもらっては困るな。この先、本国がどう出るかは不透明だ。」

「確かにその通りですね。ちなみに、各基地はきちんと破壊されています。カルア本国が軍事的に動かなければ、このまま終戦となりそうです。こちらの被害は軽微ですが、カルア側の被害は甚大かと思います。本国と連絡を取り、率直な意見をお伝えください。」

カルア人は転移魔法が得意だが、魔力ジャミングシールドや、床の魔力抑制装置が働き、思うように魔力を使えなくなっていた。そんなカルア人は後ろ手に縛られ、動けなくなっている。

「連絡を取らせてくれるのか?」

「どういう連絡をするつもりでいるのかお聞かせください。」

「もちろん、あるがままを伝えるつもりだ。」

「カルア国はこの先どうするべきだと伝えますか?」

「それは私が決めることではない。」

ふぅと溜め息を吐く。

「ならば、連絡を取れませんね。」

「分かった。では私の意見は伝えず、そちらの意見を伝えよう。」

「すぐに終戦としましょう。ちなみに、ザウラは壊滅状態ですので、呼びかけても伝わりませんよ。」

「!?どこにそんな戦力を隠し持っていたんだ?20平方キロメートルの基地だぞ?!開戦して2時間で、そんなことできるわけがない。」

「悪魔を召喚したようです。明日、航空写真を撮りますので、ご確認ください。」

半信半疑になる。

「…セイダンは?」

「ギグリアの最新鋭のステルスミサイルや砲爆撃をもってしても、まだ戦闘中です。とは言え、制圧完了まで時間の問題かと思われます。」

「…そうか。ギグリアは、うまく立ち回ったということか。ならば、本国に終戦とする旨を伝えよう。」

「はい。」

電話を渡す。

「中将のヨルリア=イークンです。戦況から考えて、どうあっても敗戦となりました。終戦としませんか?」

「統合幕僚・参謀長のファルシア=バルトナーです。まだ開戦初日ですよ。諦めるには早すぎます。すぐに増援を送りますので、持ち堪えてください。」

「持ち堪えられませんでした。パブロア魔術とケリアーンの援護があり、現状の戦力はほぼ残っていません。終戦ができなければ、停戦の意思を公式に発表してください。」

「他の基地の状態は、衛星画像などで確認できましたか?」

「いいえ。」

「現状の確認までは発表できません。」

「こちらは捕虜となっていますので、増援部隊とは連携できない状態です。」

「…ありえん。」

「は?」

電話は切れた。

「ひとまず、ギグリア国内のカルア人は全て、捕虜として拘束させてもらいます。」

開戦初日、多くのカルア人は、突然、捕虜となった。何故、ギグリア人は敵となったのだろうか?ついさっきまで、仲良く会話をしていたはずなのに。理由も受け入れられないまま敵対することになり、困惑の気持ちを抱えたまま武器を取る者も大勢いた。


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