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4. 相反する内心

 自宅に帰ったガァク=イルターナは、拉致されたことがニュースになっていることに気が付いた。すぐに会見を開く手配をする。とは言っても、マスコミを呼んだり、会見場を確保したり、発言内容を考えることまで含めて、3時間はかかる。会見では、言いたいことのみを言う。

「皆様、お忙しい中お集まり下さり、誠にありがとうございます。私が拉致されたことが、ニュースになっておりましたので、この身をもって、無事であることをお知らせします。本日、私は国会の会議中に眠らされ、拉致されました。そして目を覚ました時には、『カルア人を追い出せ。パブロア魔術を復活させよ。』と、テロリストに要求されました。できませんよ。カルア人は、大切なパートナーです。観光業が盛んな地域では、カルア人が来てくださるから成り立つんですよね。皆皆様、国民のお気持ちを考えると、現状を維持しつつ、さらなる飛躍を目指す保守路線こそが我々ギグリア国民のあるべき姿かと思います。」

記者は質問する。

「拉致のきっかけは、パブロア魔術による昏睡と言われていますが、事実でしょうか?」

「薬物かもしれません。私には、パブロア魔術の知識がありませんので、分かりません。」

ガァク=イルターナは嘘をついた。パブロア魔術は存在する。だが、能力の全てを理解してはいない。

「最後に何かありますか?」

「テロ行為は断じて許しません。私はテロリストに誓約書を書かされましたが、脅されて書いただけです。ですからギグリアの法律を根拠にすれば、誓約書は当然無効です。ギグリアはテロリストと戦い、再び秩序だった社会を形成します。皆様、誰が正しいのか良く調べてください。そして良く考えた上で、私達にご協力してくださることを期待しております。」

記者会見はすぐに終わった。野党議員は発言する。

「テロは、確かに許せない問題行為です。しかし、現行のギグリアについて考えれば、自然とそういった行動になりそうです。偏った思想・間違った世界観に囚われた大統領には、ご退場いただくしかありません。」

ホテルの一室にいるエレノア=フェンは、リーカス=クーフに告げる。

「大統領は案外、信念を持って仕事をしている人物だったみたいね。結果、このザマ。うまくいかなかったわね。」

「いえ、これで計画通りですよ。」

「私達に逆らえば死ぬ、という前例を作ったということかしら?」

「その通りです。脅しに真実味が増すので、計画を進めやすくなります。大統領はどのように死ぬんですか?」

「死ぬとは限りません。しかし不幸な事故に遭うことは確実です。死を免れたとしても、脳死状態やら半身不随やら、死に近い状況になります。」

リーカス=クーフは、今後の予定についてもう一度見直した。空は暗く、星は美しく輝いている。


 翌日、ギグリア大統領ガァク=イルターナは、突然死した。原因は虚血性心疾患によるものらしい。リーカス=クーフは、スマートフォンでニュースを確認して聞く。

「これでは、パブロア魔術で死んだのかどうか判断が難しいんじゃないですか?」

「仕方が無いわ。見る人が見れば、『パブロア魔術かもしれない。』と考えられればそれで良い。そういうものです。」

「そうですか…。」

エレノア=フェンは問う。

「私は大々的に皆の前で顔を晒したけど、大丈夫なんですよね?」

「もちろん。とは言っても、自由に行動してもらっては困ります。表向きには、指名手配犯となっている状態です。万一、逮捕されても釈放される流れですが、時間を失うので、大人しくしていて頂きたいです。」

「分かったわ。次は、副大統領を拉致するのかな?」

「その必要はありません。彼は仲間です。今から電話しますから、少し待っててください。」

リーカス=クーフはスマートフォンを片手に、部屋を出て行く。エレノア=フェンは自身の持ち物を確認する。これからすることは、自分でも読み切れない。不安になる。だが魔術師にとって何よりも重要なことは、心の安定だ。呼吸が浅くなっていることに気付き、深呼吸をして自律神経の調子を整える。

「私は魔術師だ。」

自分に言い聞かせると、ある疑問が湧いてくる。

「私は本当に魔術師なのか?」

基礎もあまり学べず、独学で身に着けた技術だ。自らに疑問を抱かざるを得ない。

「私は半人前だ。」

頭を抱えていると、リーカス=クーフが戻ってくる。

「しばらくは、動けないようです。最低でも2週間は待って頂きたいとのことです。」

「そうね、段取りってものがあるわよね。」

「本当にパブロア魔術で、軍事基地1か所を落とせますか?」

「はっきり言って、出来そうなだけ。ただ言えるのは、精神操作系でなく物理的破壊となると、悪魔召喚になるってこと。さらに言うと、魔術だと何が召喚されるか分からないから、呪物を使った悪魔召喚になるってこと。」

「悪魔召喚…。あなたなら制御可能ですか?」

「練習も含めてやってないわ。苦手分野だし、分からない。でも使わないと目的が達成できないのでしょう?仕方が無いわ。」

「なるほど。ですが、きちんと使えることを前提として話をしましょう。」

「それで良いですよ。私からしたら、うまく行かなかったら、それがそのまま私の死を意味するだけなんだから。」

「役割を果たしてください。死んでもらっては困ります。」

「死なないようにするわ。でもそういうものなんだって理解しておいてもらいたいわ。」

エレノア=フェンは、哀愁を帯びる。

「はい…。」

リーカス=クーフは、前向きになってもらいたいが、かける言葉が見つからない。その後2人は、2週間もある妙な待ち時間が発生したことに気が付いた。


 翌日、同ホテル内。リーカス=クーフは、エレノア=フェンに言う。

「ちょっと話をしてもらいたい人がいるんだ。」

紹介されたその男は、陸軍中将だ。副大統領、統合参謀長と共に会議をする。

「カルア軍の軍事基地は、一部、間借りしているところがあります。ですから、突然、悪魔召喚をして敷地内を攻撃するとなると、自軍にも攻撃することになります。」

「え?」

「最悪、自国の兵士を敵に回すことになります。」

「間借りか…。自国とカルアの境界が曖昧なのね。」

エレノア=フェンは考えるが、答えが出せそうにない。

「カルア軍は、ギグリアの国防の一翼を担います。本当にギグリア国内から撤退してもらっても問題無いのでしょうか?他国との戦争について心配する必要が出てきます。」

統合参謀長は口を挟む。

「心配ありません。ギグリア軍兵士の心象を悪化させることなく、一方的に敵を殲滅することはできませんか?」

「私達は、共に戦うことを前提として軍事訓練を行っています。離反する者が現れるとは考えませんが、大義が無ければ戦えません。」

エレノア=フェンは言う。

「大義はもちろんあります。我々ギグリア人は、皆、パブロア魔術の素質を持っています。カルア人に従う必要など無いはずです。ガリア民族の復権とカルア人の追放を一度に行い、ケリアーンとの国交を増やすことが我々の利益に繋がるのです。」

「ピンと来ませんね。本当にクーデターは必要なのですか?」

「カルアに誇りを踏みにじられていると思わないのですか?」

「我々軍人は、カルアと共に、このガリア半島を守っているつもりでいます。敵と言われても首を傾げてしまいます。どこか余所事に思えてしまいます。戦わなければならないとは到底思えません。」

エレノア=フェンは、ポケットからパブロア呪物【真贋のコイン】を取り出して突き出す。

「どれだけ本気で言っているのか確認しましょう。噓偽り無く、真の意味で言っていますか?コイントスをしてください。」

「はい、私の言葉は全て真実です。」

陸軍中将は、コインを親指ではじく。回転しながら宙を飛び、落下したところを右手の甲で受け止めた。

「ヤギの面が出た。」

エレノア=フェンに見せる。

「全て真実だったようね。…困ったわ。」

「世論操作が充分とは思えません。現状、ただただ、カルア人と戦えと言われても、人はついてきませんよ。」

副大統領カーツァ=ライルは力強く述べる。

「カルア人は我々を軽く見ている。見下しているんだ。仲良しごっこをしていて良いのか?彼らは元々ダーヤ大陸で暮らしていた生物ではない。侵略的外来生物と言える。支配されておきながら喜んでどうする?」

「侵略者と言われても…。一緒にいると、良き友人のように感じます。」

「友人とは対等の関係のことを言うものだ。しかし彼らとは実質的な主従関係にある。印象に振り回されてはならない。我々の命運は我々で決めるのだ。それをケリアーンが手伝ってくれる。」

「私達の生活水準は、低くありません。」

「カルア人と我々ギグリア人は食べ物の好みが全然違う。違い過ぎると言える。はっきり言って、カルア人専用の施設を一掃してしまえば、より我々ギグリア人の生活を向上させることに繋がる。さらに今のままだと、カルアが起こした戦争に巻き込まれる心配もある。他にも、カルアの軍事基地があっても、ギグリアを防衛するのに消極的な場合も考えられる。最悪、守ってもらいたい時に、守ってもらえない。」

陸軍中将は、少し考えて述べる。

「…はい。私は軍人の立場ですので、政治的な意見を言うのは控えます。部下には、【カルア人は侵略者である。隷属していてはいけない。自分達の意思で生活水準を向上させるためには、カルアを追い出さなければならない。軍事的に排除する方向で進める。】と伝えます。」

副大統領カーツァ=ライルは安堵の溜め息を吐く。

「分かってもらえて嬉しいです。」

統合参謀長は疑問を呈する。

「間借りに関しては、特定の日時でなら被害を小さくできると思ってましたが、どうなんですか?」

「自国の兵器を破壊してしまうのは、止むを得ないこととすれば可能です。兵士の巻き添えは可能な限り避けます。」

「それで私と同じ認識です。」

「はい、任務がありますので、これにて失礼します。」

陸軍中将は、緊張の面持ちで去っていった。


 後日、テレビ番組や動画配信サイトで、カルア人種の解説がピックアップされ、ガリア人との違いが強調された。他にも、カルア人向けの飲食店が強盗に遭い、さらに夜中にスプレーで『草食動物専用』と落書きされた例が挙げられた。


 エレノア=フェンは、自信が持てない。とは言っても、自分の代わりに魔術を行使できる者は、この世にいない。曇天の下、一人、ホテルの屋上で空を見上げて黄昏る。

「私は魔術師なのだろうか?逆に、魔術師ではないと仮定したらどうだろうか?」

考える。

「…魔術を行使できるから、私は魔術師だ。いや、違う。魔術師と呼ばれるための条件があるはずだ。」

リーカス=クーフは、いつの間にか現れて言う。

「パブロア魔術師としての心構えは覚えていますか?」

パブロア魔術師の心構えには、真理の探究、可能な限りの主観の排除、徹底した客観的理解、感情と倫理観の放棄がある。しかしエレノアはこれらの言葉の真意を理解できていない。

「魔術師としての心構えには、主観の排除がある。こういった私の自信の無さを問題視する姿勢そのものが間違いにも思えるわ。」

「そう言われればその通りなのですが、私が言いたいのはそれではありません。心構え全てを真に理解し、実践している者こそ、パブロア魔術師なんだと思いますよ。」

「真に理解し実践…ね。いや、感情の放棄だとか言われても…。人間である以上、放棄はできないわ。」

「まぁ、そうですよね。今は、悪魔召喚を恐れているんですか?」

「そうですよ。」

「気持ちを感じるのは、健康である証拠です。しかし魔術師のあるべき姿・理想とする姿を思い描くことこそが、あなたの支えになるのではないですか?結果的に、心構えを実践していることになるんじゃないでしょうか。」

「心構えの根本となるスタンスが重要ってことね。毅然とした態度で…。いや、違うな…。」

リーカス=クーフは、自身が答えを見つけても仕方が無いと思った。エレノアは、自身の答えを見つけるまで悩み続けたいと感じた。風は穏やかで、思考を巡らすことを手助けしていた。


 数日後、軍警察の警察部門部長、文化局局長、カラル=ランダが現れた。

「ウォルス=フェンの容態についてはご存知ですか?」

エレノア=フェンは驚く。

「容態?知りません。教えてください。」

「期限切れの睡眠薬を大量に飲んでしまいました。頭痛があり、体調を崩しています。私はあなたが殺そうとしたのではないかと疑っているんです。」

エレノアは不快感を示す。

「殺そうとは思ってません。計画の邪魔になるのであれば、ひとまず伏せていてもらおうと考えたのです。私はウォルス=フェンを大事に想っています。しかしその一方で、自らを危険に晒す必要があったんです。彼を巻き添えにしたくなかったのです。」

カラル=ランダは驚く。

「計画とは何ですか?大統領誘拐事件の容疑者ですよね?何をしているのですか?」

「機密事項ですので、現状あまり言いたくありませんが、パブロア魔術の再興をしなければなりません。」

「あなたに魔術の再興ができると?」

「もちろんできます。あなたにそれができますか?」

「できません。」

カラルは考えるが、答えに辿り着けない。疑念から逃れられない。

「あなたが悪魔ではないと、証明はできますか?」

リーカス=クーフが口を挟む。

「私達は、パブロア魔術師と悪魔を区別する方法を持ちません。ただソルロア=アーダやエレノア=フェンの知ってることを確認しました。私は悪魔ではないと確信してます。」

カラル=ランダは難しい顔をする。

「私の勘違いか…?」

「納得がいきませんか?人を悪魔呼ばわりするなんて失礼ですよ。」

カラルは、冷や汗をかく。

「…そ、そうですよね。いや、失礼しました。しかし失礼ついでに、ウォルス=フェンをどう思っているのか聞きたいものです。」

「優れた人物ですよ。私の失言も、深く理解した上で返答してくれる。誠実に、真っ直ぐ私と向き合おうとしてました。」

「本当にそう思ってますか?悪魔は嘘つきですよね。普通、夫を傷つけてしまったら、もっと心の動きがあるでしょう?」

「私を誰だと思ってるんですか?パブロア魔術師ですよ。」

「だから何だって言うんです?」

「パブロア魔術は精神にも負荷がかかるんですよ。だから今、私は常着の数珠をしています。これで心の動きを多少減らすことができます。」

「それは常着の数珠と言うんですね。しかしそれらパブロア呪物はギグリア国文化局の財産です。あなたの私物ではありませんよ。」

「なるほど。あなたはパブロア呪物について知りたい。私は問題視されることなく、パブロア呪物を使いたい。これは交換条件になるものですか?」

リーカス=クーフは、口を挟む。

「取り引きする必要など無いかと。エレノア=フェンはギグリア国民の救世主になる方ですよ。」

カラル=ランダは、取るべき振る舞いが分からなくなった。リーカス=クーフは付け加える。

「エレノア=フェンは、世界で唯一のパブロア魔術師です。カラル=ランダは何ですか?現状、皆の足を引っ張るだけの邪魔な存在でしかないのではないですか?」

カラル=ランダは、身の危険を感じる。

「私は、現状、ギグリアにあるパブロア呪物の管理者であり、エレノア=フェンの上司です。組織のルール上、指揮命令権はあります。」

リーカスは告げる。

「そのルールは、守りたくても守れません。今はそれどころではないのです。非常事態なのです。邪魔をするのであれば、実力行使をしますよ。」

カラル=ランダは驚く。正しい事を言っているつもりだが、非常事態を理由に断られてしまった。警察部長は言う。

「治外法権が適用されています。現状のエレノア=フェンには、ギグリアの法は適用されません。しかし、事が終わり次第、裁判が開かれることが予定されています。」

カラル=ランダは、理解し難いが、空気を読む。

「…。仕方が無い。事が済んだら再びお話ししましょう。今回はこれにて帰ります。」

「ちょっと待ってください。コイントスして帰ってください。」

真贋のコインを渡す。

「私の知らない呪物だ。」

「あなたが嘘をついていたら裏が出ます。宣言してください。」

「私は事が終わるまで、エレノア=フェン、ソルロア=アーダに干渉しません。」

カラル=ランダは親指で弾いたが、手の甲で受け止められずに落とした。コインは、ヤギの面を示した。

「嘘はついてませんね。」

カラル=ランダは、ホッとする。そして気付く。

「エレノア=フェン、あなたもそのコインで嘘をついてるか確認させてください。」

「良いでしょう。私は悪魔ではありません。」

エレノア=フェンは華麗にコイントスをして見せた。カラル=ランダはその結果を見て、納得して帰っていった。窓の外には、夕焼け空が見える。薄雲が太陽を隠していき、暗くなる夜がやってくる。


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