2. 仏の意志
30年前、ケリアーン帝国 片田舎。夕食後、母はいつもと様子が違う。重い空気で告げる。
「大事な話があるの。」
リーカス=クーフは緊張の面持ちの母の空気に合わせた。
「ついて来て。」
言われるがまま、家のすぐ隣の農地に行く。母の家庭菜園は、戸建て住宅一つ分の広さがある。母は膝をつき、リーカスに同じようにするように促した。
「何?」
「私達ドゥヤドオマは、成人したら自分の土を持つの。自分が死ぬ時にも、誰かに土を託すの。あなたには、私の土を一部、分けてあげるわ。」
リーカスには良く分からなかったが、母の横で膝をつき、地面の冷たさを味わった。母は手を合わせ、両手を強く握った。リーカスは見様見真似でそれに続く。
「…神ドオマの導きに従います。今日この度、私の息子、リーカスに御加護をお与えください。」
何も起きない。…だが少しすると、これまで体感したことの無い気持ちになった。胸を締めつけられるような、大切な存在の一端に触れたかのような…。すると、リーカスは涙が止まらなくなった。
「うまくいったようね。どういう気持ち?」
「…今ここにいられる幸せ。母への感謝。祖先への感謝。」
「うん。そう…。私達はこの大切な物を代々受け継いでいるの。『大地継承の儀』とは言うけど、土だけじゃない。有形無形に限らず、大切なものをこれによって継承していくのよ。」
リーカスの涙は土に染みていった。それと同時に母の農地の土の一部は、リーカスが操作できるようになった。そして受け継いだ土を敬うようになった。受け継いだ初めての夜、母はリーカスの前で寝る前の祈祷を行った。
「神様が私にお与えくださった力に感謝します。」
リーカスはそれに倣い、祈祷を行う。言葉が自然とこぼれ落ちる。
「私が今日一日無事でいられたことに感謝します。受け継がれた祖先の想いを大事にします。私に機会を与えてくださった神様に感謝します。」
リーカスはベッドで寝る。
その日の夜、リーカス=クーフは夢を見た。夢といっても、祖先が体験したことだ。140年ほど前、ケリアーン国のサダフ=クーフは、探偵を名乗り、パブロアの魔術と王家について調査していた。現地の知人を通して、パブロア魔術師を紹介される。黒のローブに木製の杖、見るからに魔術師だ。パブロア王家の広大な庭、その中でも木々で隠れた先へ行く。人目のつかない場所だ。そこで、魔術の練習をしている人物がいた。
「私はソルロア=アーダ。呪物作成は専門外だけど、魔術に関しては結構エキスパートよ。独学も混じってるけど。」
「へえ、全然分からないや。基礎的なところから教えてくれるかな?」
「ドゥヤドオマの人には使えないから、あんまり意味ないんじゃないかな?」
「え?ってことは、本当に教えてくれるんですか?お願いします。」
フフッと笑う。
「基礎は、全然面白くないわよ。まず、目を閉じて、自分の心臓の動きを感じ取るの。そして拍動を一定にしながら、魔術の効果を脳内でイメージするのよ。」
「え?それって難しくないですか?」
「そう?生物的な違いかな?」
他の王家の者やその近縁者とは話しかけることすら困難だったが、ソルロアとはすぐに仲良くなれた。明るく振る舞い、壁を作らない人物だった。
リーカス=クーフは目を覚まし、朝の食卓に着く。
「おはよう。」
「おはよう。いつもと雰囲気が違うね。土を受け継いだからかな?」
影を感じさせるリーカス。だが、自覚は無い。
「…。サダフ=クーフって誰?何か知ってる?」
「知ってるも何も、あなたのお爺さんよ。私の父でもあるね。」
朝食のプレートが出される。いつものヨーグルト、お茶、オートミール、茹で卵だ。
「夢に出てきたんだ。とてもリアルで、感情が伝わってくる。」
「そうね。でもね、あなたはあなたの人生を歩んでいいのよ。祖先の想いをそのまま叶えるなんてできないでしょうし。」
「うん…。」
朝食を食べるのには、いつもより時間がかかった。
次の日の夢でも、ソルロア=アーダは、サダフ=クーフと一緒にいる。
「少なくとも私の魔術は5種。魔術可用領域の拡大、呪物の作成、魔術砲、運と精神の操作、悪魔召喚。一括りに言うと、パブロア魔術は、魂を操る技術体系よ。私は、運と精神の操作に、特に力を入れてるわ。」
「魔術可用領域っていうのは、いわゆる呪われた地のことですか?」
「そうよ。そこでは生気が吸収されるから、立ち寄らない方がいいよ。具体的にはガルザ地区ね。パブロア魔術師は行かざるを得ないけどね。」
「え?呪物作成は専門外って言ってましたよね?ならば、ガルザに行かなくてもいいんじゃないですか?」
「そうよ。この魔杖を使えば、そこそこ離れてても使えるけどね。でも一部の魔術は、呪われた地に行かないと使えないわ。」
「ああ、そういうことなんですね。なぜガルザ地区なんですか?呪われた地には何かあるのですか?」
「地下神殿が、いくつもあるみたいね。よく分からないわ…。」
何か言いたくなさそうな表情をする。サダフ=クーフは空気を読まず、あえて質問する。
「よく分からないって言う割には、何か知ってそうに感じるんですが…。嫌なものだから、触れたくないだけですか?」
ソルロア=アーダはその通りだったが、言葉にする必要があると考え答える。
「そうよ。生け贄をタブー視したいの。でもそれも含めてパブロア魔術よね。」
「生け贄はどれ位なんですか?」
「申し訳ないけど、全然、全く分からないわ。私は、生け贄の調達や献上を担当していないのよ。さらに言うと、私の立場上、アクセスできない情報とも言えるわ。」
「なるほど…、結構王家の中にも秘密はあるんですね。」
サダフ=クーフは、隠された現実を想像しようとするが、このままでは無理がある。調査が必要だ。
「話を変えましょう。王家は、あまり魔術や呪物をひけらかさないですよね。魔術の存在を証明するとされる写真が、ごく僅かにあるだけです。それも不鮮明な物ばかりで、はっきりした物がありません。皆、隠しているようです。でもあなたはスタンスが違うんですね。どうしてですか?」
「そうよ。私は隠さない方が良いと思ってるの。こんなこと言うのも間違ってると言われるんだけどね。一応、基礎は習えたけど、かなりの部分が独学になっちゃってるのよ。私は正統派ではないから皆とは違うのよ…。」
ソルロア=アーダは、王家であっても、直系ではなく分家の女だ。いずれ世代が変われば、王家にはいられなくなる。ソルロアが魔術を研究して体得していることは、常識外れなことだ。
「あなたは凄い人なんですね。普通、ご令嬢ともなれば、お勉強でいっぱいいっぱいでしょう?魔術なんてやろうとも思わないのが普通でしょう?」
「まあね。でもやりたいことをやるの。私は昔からの言い伝えとかにあんまり興味無くて、魔術の本質を理解したいんだ。」
「理解した後はどうしたいんですか?」
「本質を知れば、今とは違う未来が描けるようになるはずでしょ?つまり、新しい世界観を獲得することで、新しい思想や社会システムの構築をしましょうってこと。」
「なるほど。それは皆の共通認識なんですか?」
「多分、私だけ。というか、他の人が何を考えてるのか全然知らない。」
「パブロア魔術師としての心構えは、あるんですか?」
「一応あるけど、私は完全に理解できてないな。やっぱり、堅苦しいし、自由にさせろって思っちゃうな。」
サダフは首を傾げつつも否定は避ける。
「心構えの内容を教えてください。」
「…真理の探求、可能な限りの主観の排除、徹底した客観的理解、感情と倫理観の放棄、ってところかな?」
「倫理観も捨てちゃうんですか?」
ソルロア=アーダは難しい顔をする。
「…うーん…。倫理観は政治家が持っておけば良いみたいなことを言ってたかな?」
サダフも腕を組んで考える。
「…兵器としての側面が強いってことですか?」
「そうかもね。よく分からないけど、そういった判断は別の人に完全に預けちゃって、自由に魔術を行使すればいいのかなって思ってる。」
「そう捉えていいのかな?」
「まあ、分からないからしょうがないね。そういうあなたも土壌操作術ができるんでしょ?」
「はい。」
「じゃ、これ、防いで見せて!」
ソルロアは、サダフ=クーフの胸に手を当てる。サダフは不意をつかれて自身の身を守れなかった。
「罪渦。」
サダフ=クーフは倒れた。
30分ほど後に起きた時、心配そうにソルロア=アーダが視界に飛び込んできた。
「大丈夫?防いでって言ったよね?」
サダフは、頭痛と吐き気で青ざめていたが、すぐに体調は良くなった。しかし同時に、ジワジワと罪の意識に囚われ始める。
「…うっ、…実は、君に悪い事をしている。」
「そう。で、何をしちゃったの?」
「私はケリアーンから来たスパイなんだ。いろいろ嗅ぎ回って、情報を持ち帰り、国家転覆を狙ってる。そのためにあなたを利用していたんだ。申し訳ない。」
「え?それだけ?…じゃあ私はそれを許すわ。」
当時のソルロアは、国家に無関心で、ただただ魔術に傾倒しているだけの人物だった。
「…罰してくれ。」
溜め息をつく。
「じゃあ私にドゥヤドオマの土壌操作術を教えて。」
サダフ=クーフは少し悩みつつも、期待に応える。
「土壌操作術は、ドゥヤドオマ民族の祈祷によって使えるようになります。祈祷する期間は80年以上で、私の土壌操作は、正統派です。」
サダフ=クーフが円筒形の容器の蓋を開けると、土が重力に逆らって飛び出てきた。言葉を補足するように土を動かして説明する。
「盾のように使って銃弾を防いだり、敵の気道を塞いで窒息死させることもできます。さらに、ゴーレムを作って偵察や陽動も可能です。」
「戦う時にだけ使うの?」
「もちろん、農作業にも使えます。土を掘ったり、雑草を抜いたり、収穫する際にも使います。工業製品を作る際にも使うみたいです。」
「どれだけ離れてても使えるの?量は?」
「効果範囲は、せいぜい100m程度です。多くても10kg位かな?」
「簡単に操作できるものなの?」
「操作できるようになれば、簡単…かな?」
「へえ。操作する土は、何で出来てるの?」
「まだきちんと解明されてません。私の土は粗精製されています。」
現在はヨミドライト鉱石を操っていることが知られているが、136年前は、有機物も含む複合的な物を操っていることが普通だった。
「…そう。心構えとかはあるの?」
「両極意識の言動かな?」
「何それ?」
「両極意識の言動というのは、簡単に言うと、0%と100%の両方を認識した上で、言動をしましょうってこと。」
「例えば?」
「贅沢の反対は倹約。欲張りの反対は無欲恬淡。何か欲しいと思った時に、どこからどこまでが贅沢か倹約か欲張りか無欲恬淡か分かりづらい。でも両極をしっかりと意識すると、自分に合う物がどれか分かりませんか?」
「ん?…私の人生には、そんなに欲しい物が選べるなんてこと無かったような…。」
予想外の回答に驚き戸惑う。
「ドオマ教を勉強すれば、分かるかもしれません。ま、私の信条は、基本的にはドオマ経典から出来てるってことです。」
「はい。」
ソルロア=アーダは、サダフ=クーフの様子を見る。
「罪の意識は消えた?」
「え?あぁ…。」
サダフ=クーフは頭をかき、居心地の悪さを感じ、別れを告げ、そそくさと去っていった。
また別日の夢の中でも、2人は話す。
「魔術砲とは、どういったものですか?」
「見たい?」
「とても、見たいです。」
「見せてあげたいけど、はっきり言ってやりたくないな。一発撃つと、疲れてしばらく立ち上がれなくなっちゃうから。あと、破壊力も凄い。一軒の戸建て住宅を吹っ飛ばす位の威力があるわ。」
「え?凄いじゃないですか?!」
「でもこれも呪われた地の縮小だとか術者の魂の摩耗とかデメリットがあって、『使うべきじゃない』って言われる魔術なのよ。」
「そうなんですか…残念です。」
「でも久しぶりに練習したいかな。」
「え?いいんですか?」
「じゃあここから何も無い練習場までお散歩ね。」
2人は歩き出す。
「パブロアという国は、どういう国ですか?」
「それはこっちが聞きたいわ。私は他国を知らないから分からないの。ケリアーンとの違いが知りたい。」
「そうですよね。…ケリアーンは、何だかんだ言って多民族国家なんですよね。しかも最も大多数のドゥヤドオマは、先祖の記憶を引き継いでいることが多く、そのことが政治に悪影響を与えることがあります。」
「先祖の記憶が悪影響になるってどういうこと?」
「正しいか間違っているかに関わらず、大昔の記憶があるからカンに障るということがあります。例えば、200年以上前のダム建設の際、過酷な土木工事を強行して、祖先が死んだということがあったようです。その時の記憶を受け継いだ議員が、ダム工事の内容に激怒するようなシーンが見受けられたりします。」
「気持ちも引き継いでしまうから、そうなるのね。建設的な意見交換が困難になるのね。しょうがないのかな…?」
2人は丘の上に着いた。
「着いたわ。」
「何も無いね。」
「岩があったけど、壊しちゃったからね。」
ソルロア=アーダは、右手をかざし、左手で右前腕を掴む。脚は衝撃に備える。サダフは5mほど離れる。
「いくよ!」
右手を漆黒が覆った後、暗黒は手の平に集中する。髪が激しくなびく。鈍い音と共に放たれた黒玉は10m先で潰れ、大量の光と音を発生させて、衝撃波を発生させた。
「こりゃ危ない!」
思わず土壌操作術で防ごうとするが、風はすぐに止んだ。ソルロアは膝をついた後、横になる。
「しばらくは…動けないわ。」
「魔術砲は、発射前後に時間を必要としますから、使い勝手が悪そうですね。使うとしたら切り札でしょうか?パブロア魔術師は、直接戦闘向きではないんですね。」
「…そうね。」
息が苦しそうだ。
「…使い方によっては、むしろ有りかな?」
膝を立てて座る。
「人前で転がっちゃうなんて、無防備すぎかな?案外、私はあなたを信頼し過ぎているのかな?」
「立場上、私達は敵みたいなところはありますね。あなたを除き、誰とも話ができなかったんですよ。」
「そう。皆、閉鎖的ね。ま、でも、どうだって良いよ。」
サダフ=クーフは、ソルロア=アーダがダルそうに座っている間も、再び歩けるようになるまで待っていた。風は穏やかで、心は安らかになびいていた。
毎日、土に祈りを捧げる。毎日のように、特別な夢で過去を体験する。特にサダフ=クーフの体験を。この日の夢は、特に日常的なものではなかった。
サダフ=クーフには、この日のソルロア=アーダがいつもと違って見えた。
「私は、居場所を失ったわ。立場を失ったとも言える。」
「え?どういうこと?」
「世代が変わるの。だから私は王家にはいられなくなる。でも私はパブロア魔術師になってしまっている。この意味が分かる?」
サダフ=クーフは考える。ふとよぎったことを冗談半分で言う。
「まさか、生け贄として捧げられるってこと?」
「そうよ、そのまさかよ。納得できる?」
パブロア魔術は、門外不出の技術だ。ソルロア=アーダは邪道とは言え、パブロア魔術師としての能力を持ってしまっている。門外漢にするには、知識を得過ぎている。温かく迎え入れようにも、定員がある。
「なんで生け贄に捧げられると思ってるんですか?被害妄想でしょうか?」
「ウワサ話を聞いたのよ。」
実際には、部外者のサダフ=クーフと仲が良い事も問題視されている。
「…うーん。」
サダフ=クーフは考える。
「何をそんなに考えてるの?」
「いや、私には、なぜ実のいとこを生け贄にするのかが分からないんですよ。」
「あなたの常識は通じないわよ。だって国も身分も全然違うもの。パブロア王家は、常に生け贄を必要としてるの。生け贄が足りてないから、私を都合良く使いたいのよ。」
「そう。じゃあ国外に逃げますか?」
「私は、そんなにこの時代に希望を抱いてないわ。アテもなく、出来ないと思ってる。あなたは助けてくれないでしょ?」
「はい、助けられません。」
「うん、だから、私の魂を人形に宿らせることにするわ。長い間、私は眠りにつくの。そして、良い頃合いになったところで目覚めたい。呪物生成のエキスパートから、ある程度聞けたから、それを応用してやってみようかなって思うの。手伝ってくれる?」
「え?失敗したらどうなるんですか?」
「ただ私が死ぬだけじゃないかな?どのみち私は死ぬんだって思えば、未来に可能性がある分、これ以上の選択肢は無いよ。」
「本当に?本当にそう思うんですか?」
「何?…自分だけ助かれば問題無いって考えることが不愉快ってこと?自ら生け贄を志願して、王家に貢献しろって言いたいの?」
「いや、そうは言わない。少なくともこれまでのあなたはあまりルールを守らないし、私の目的を考えれば、協力するのは嫌でもない。ところで、さっき人形に魂を移すと言ってますが、自信はあるんですか?」
「自信?怖さはある。自暴自棄にもなってるかな?…でも実は、結構ワクワクもしてる。」
「え?」
「最近、コツというか、根本的な理解が出来てきた気がするのよね。仮に失敗しても、私はあなたを恨まない。むしろ協力に感謝するに違いないわ。」
「そうか、仕様がないのか。ヤケクソじゃなくて、前向きになれてるんなら協力しましょう。」
呪われた地には、いくつか地下神殿がある。あえて普段使われない地下神殿に行き、石材を机にして、中心に人形を置き、銀の杭で方陣を描き始める。
「あなたは人形を持ち帰ってはいけない。必ず呪われた地に置いたままにしてほしいわ。魔力を消耗して灰になってしまう。」
「このまま、ここに置いておけってこと?それで良いんですか?」
「そうよ。肉体は、ダメになっちゃうから元に戻れない。復活する時は、代わりの肉体を用意することになるわね。」
「いつ復活するつもりですか?」
「あなたの子や孫が、その時思うはず。人形を手に入れたい、ってね。これは、私の願望だけでなく、占いの結果でもあるんだけどね。」
「どういうことです?」
「そのままの意味よ。あなたの仕事はこの国を支配することでしょう?今はできないけど、もし未来で出来るのなら、私を頼るのではなくて?」
「なるほど。でもあなたは、そんな可能性の低い未来に賭けて良いのですか?」
「そうでもないよ、きっと。例えば、パブロア魔術師をケリアーンに迎え入れたくなるような未来も考えられるよね。私の占いは、結構、当たるものよ。ま、とにかく、私の手を借りたい時期になったら、復活させてほしいのよ。」
「こちらのタイミングで良いんですか?」
「もちろん、私にとって都合の良いタイミングが良いに決まっているわ。でも、あなたの子孫にもメリットが無いと成立しないでしょ?」
「…そうですね。復活のための細かい手順は、ノートに書いてください。」
ソルロア=アーダは、ノートを受け取り、何やら書き始める。サダフ=クーフが何やら考えている内に、いつの間にか、方陣は完成していたようだ。バランスがとれていて美しい方陣だ。
「これで良い?」
ノートを見せられて、理解して、返事をする。
「良いですよ。」
寂しそうに告げる。
「ならば、私は人形の中で眠りにつくわ。後は、よろしくね。」
「はい。」
ソルロア=アーダは、方陣に向かって何やらブツブツと唱えだす。
「…深淵に臨む我が魂を抱け。契約の方陣で血肉を断ち、人形に穿て。力無き器で安らぎの眠りを。虚無の時流の内で腕を望まん…。」
何も起きない。だが、しばらく待っていると、ソルロアが沈黙し、糸が切れたかのように倒れた。
「銀の杭を打つ前に、鼓動を確認するんだったな。」
頸動脈を確認する。…確かに、息を引き取ったかのように見える。心臓に杭を刺し、カナヅチで杭を叩くと、血が滲み出る。心停止しているため、血が吹き出ない。
「これで終わりか。ソルロア=アーダ、また会うことがあるのかな?」
ノートを手に取る。
「ルールを守れない王家の娘と、守れないルールを敷くパブロア王家か…。一方、私は、ルールを破らせるスパイか…悲しいな。」
サダフ=クーフは、独り言をつぶやき去っていった。ひんやりとした地下神殿は、居心地が良くも悪くもあった。
時が過ぎ、少佐となったリーカス=クーフは、上司に会議室に呼び出され、極秘任務を伝えられる。
「カルアからギグリアを奪い取れ。すぐにとは言わん。だが確実に、その素地を形成していくんだ。」
「なぜそのようなことをするんですか?平和が一番でしょう。」
「より豊かな国家を形成するためだ。放っておくと、どんどんカルアに奪われていく。国際競争で勝つことで、自国を守ることができる。現地人と協力者して、ギグリア政府を味方につけよ。」
「はっ。」
「すでにこの作戦は、進行中だ。ギグリア国内のスパイと合流して成果を上げろ。」
「はっ。」
リーカス=クーフの脳裏には、ソルロア=アーダの人形がよぎった。