擬態の星
宇宙の探査中、奇妙な惑星が発見された。
住民のほとんどが、常日頃からコスプレをして過ごしているのだ。
「本当に我が目を疑う光景でした。街中にはコスプレ専門店がひしめき合い、多くのコスプレ専門誌が、毎週、毎月、季節毎と、常に発行され続けているんです」
宇宙文化人類学者の上司は、報告を聞いて答えた。
「コスプレが大好きな人々の星ですか。それは興味深い文化ですね」
「いえ、それが、より奇妙なことに、必ずしも、皆が好んでやっているというわけでもないようでした」
それを否定したのは、報告者であるところの宇宙探検隊員。
「大好きな住民が非常に多いというのは事実ですが、関心があろうとなかろうと、老若男女、全員がコスプレすべしという強い風潮があるようでした。多くは、ひっきりなしに発行される雑誌を参考にして、最新のコスプレについて学んでいました」
異様な光景を思い出しながら報告を続ける。
「コスプレをしない人々も一部には見受けられましたが、そのような行動は、社会への参加機会を失うことに繋がるようです。機会損失を恐れて、否応なく嫌々ながらにコスプレを続けている様子の住民も多く暮らしているようでした」
にわかに全容がイメージしづらい文化だった。人類学者が聞く。
「社会から排除され、生活基盤を失う、と?」
「いえ、そこまで強い拒絶ではありません。もちろん、これも、一部には強い拒絶を示す住民も居ましたが。基本的には、ただ、静かに無視されるようです」
「では逆にコスプレをすることでより高い社会的な地位の獲得に繋がるんでしょうか?」
「残念ながらそうでもないようなんです」
心の底から困惑したような様子で言う。宇宙の奇妙なものは見慣れているはずの探検隊員にとっても異質な文化。
「個人的な付き合いの範囲においては、コスプレの上手い下手によって決まる、仲間内での序列などは確認出来ました。ですが、コスプレ技能を高めることによって給与収入の増加が見込まれるなど、直接の経済的利益などとの相関は観察できませんでした。これも、もちろん程度によりますが。コスプレ巧者もトップクラスとなれば、多数から尊敬を集める大スターとして活躍することは出来ます」
「うーん……日常的にそんなことをしていては、不便でしょうに」
腕組みをして人類学者。
「はい。もちろん、基本的には、暑い季節向きのコスプレ、寒い季節向きのコスプレと、使い分けられているようでした。ですが、利便性や快適性以上に、強く、コスプレを維持することが優先されるようです。体感の限度を超えて熱かったり寒かったりしても、我慢しながらコスプレを続ける姿もしばしば観察されました」
「ふむ……公式な場での礼儀作法のようなものなのでしょうか?」
どうにかして理解しやすい概念で捉えられないかと試みる人類学者。
「いえ、公の場でなくとも、一般的に、他に誰か別の住民と一緒に居る場合にはコスプレが必要とされるようでした。自らの住居でも、同居人が居る場合にはコスプレが行われていました。観測不足のため、曖昧な仮説となるのですが、互いの存在を見て見ぬ振りをしても差し支えがないぐらいに近しい間柄の場合にのみ、コスプレが解かれるようでした。非常識な行為と見なされはするものの、一時的にそう見なされても関係に悪影響が生じないような場合と申しましょうか」
「なるほど。聞けば聞くほど不思議な文化ですね。報告を読むだけで肩が凝りそうだ。何か、そんな事になってしまった経緯についての仮説はありますか?」
「一つの仮説は立てました。コスプレを続けるためには、常に最新のコスプレ衣装を買い続ける必要が生じます。そのことに着目した服飾産業がシェア拡大のために状況を後押ししたような形跡は見受けられました。ただ今回の短期調査では、それより過去に遡った事情というものまでは掘り下げられませんでした」
探検隊員は新たな書類を上司に手渡してから言った。
「ですので、この、コスプレ星について追加調査を提案したいのですが、いかがでしょうか?」
さて、環境に擬態して身を守る術の上手さから繁栄を押し進め、ついにはその星の霊長類にまで進化した彼らと、彼らがコスプレ星と呼ぶことにした、現地人には地球と呼ばれる星の人々との接触はもう少し後の話になる。
着飾るという欲求が元から存在しない彼らが、彼らにとって理解しがたいファッション文化を持つ地球人との交流を決意するまでには、それなりの歳月を要したのだった。
外から見るとそんな感じじゃね?と思って。地球全体というか日本の傾向なのかも。




