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第94話 狐につままれ


「や〜ん! ホントにカッコイイ! お顔のラインも綺麗でおめめもパッチリ! 鼻も綺麗だし……イーってして」


「イー」


「歯並びもよし! 最高だわぁ……!」



 採寸が終わって一時間。

 エストは仕立て屋『レティ』の着せ替え人形、及び言いなりになっていた。

 恐ろしく早い手際と絶対に逃げられない拘束力。そして何よりも、圧倒的なまでの気迫で逃げられないのだ。


 ジオが気をつけろと言うだけあり、ボーッとしているとお持ち帰りされかねない。

 服を着替えるときは土の壁を張り、終わりが来るのをまだかまだかと待っている。



「レティ、デザインは決まったのか?」


「ええ! この子はすっごく薔薇が似合うわ! だから白雪色の生地にうっすらと浮かび上がるような刺繍をして、近くで見た時の印象をグッと良くするの」


「ローブの方は?」


「そっちはシンプルな方が良いわね。魔術師ということなら、装飾としてけばけばしさを出すより、杖や魔法陣で魅せた方が美しいから。無難に金色を合わせるか……水色を入れるのもアリかな〜?」



 壁の向こう側では、ジオとレティが話し合っている。

 エストが取ってきた白雪蚕の繭は透き通ったような白が特徴的なため、並のデザイナーでは糸の良さを活かしきれないことが多い。


 しかし、このレティという狐獣人の女性は、各国の王侯貴族から指名されて服を作る、言わば服作りの頂点に立つ者である。


 じっくりと考えながら、浮かんだアイディアをスラスラと描いていく。

 ジオがチラリと覗くと、『静かな美しさ』を引き立たせる、意匠を凝らしたものとなっていた。



「それにしても、ジオくんがワタシを呼ぶなんてねぇ。それも教え子なんて……何かあったの?」


「何もねぇよ。ただ、コイツは安物の服しか持ってねぇから、お前が作る良い服を知るにはちょうどいいと思ってな」


「やだ〜! も〜、そんな風に思ってくれてたの〜!? これってもしかして脈アリ〜?」


「俺にだって選ぶ権利はある」


「ごめんね……ワタシ今、夫より服を作る方が好きなの」


「どうして俺がフラれたみたいになってんだよ!」



 一気に家の中が騒がしくなった。そう感じたエストは、脳裏にシスティリアの顔が浮かぶ。

 お揃いにした氷熊ひょうゆうのローブは溶けてしまい、自分だけもっといい素材の物になってしまう。


 近くの山にも氷熊は棲息するが、どうにも狩る気が起きなかった。


 ボーッと着替えながら、未来のシスティリアと再会した時を思う。

 そこにはやはり、耳の形のポケットがある白いローブを着た姿があったのだ。


 壁を消して、レティに見てもらいながら呟く。



「あの……もう一着ローブって作れない?」


「ローブを? 糸が足りないわよ?」


「糸なら集める。それで、フードに耳を入れるポケットが欲しくて……着るのは狼の獣人なんだけど」



 要求の意図をなんとなく感じ取ったレティは、ジオに顔を向ける。

 すると仕方なさそうに頷いたのを見て、エストの肩を両手で掴んだ。



「あんまりこういうことは言いたくないけど、ワタシの作る服は安くないの。それこそ、物によっては豪邸が数軒建つ服もある」


「うん」


「そのローブを贈る相手は、それ以上の価値がある人と見ていいのよね? お金で買えない何かを持っている、と」


「システィは僕の仲間で、恩人。僕が今後生きていく上で、ずっと隣に居てほしい人なんだ。生涯をかけて守るし、死んでも守る。そのローブは僕のためでもある」



 その真っ直ぐな眼差しが、レティに届く。

 まるで自分の命よりもその人が大切だと言い切れる想いは、これまで見てきたどんな人間にも共通する、確かな強さを秘めていた。


 レティの服を着る者は、得てして力を持っている。


 ある者は絶大な権力を。

 ある者は魔術の始まりを。

 ある者は神に仕えていると言う。


 そんな者の中に、また新たな光が生まれた。



「特別に、エストくんのローブとお揃いにしてあげる。それでもいい相手、なのよね?」


「うん。むしろそうしてほしかった」


「は〜い、そっちも承りました。糸の方は、後でジオくんに渡してね。踏み倒したら容赦しないわよ〜?」


「わかってる。綺麗な繭だけを選ぶよ」


「あらら、ワタシ、火を着けちゃったかしら」



 やる気に燃えるエストを見ながら、着々と似合うデザインを考えるレティ。

 そうして彼女の持ってきた服を全部着終わる頃には、日が傾いて大きく気温が下がっていた。


 三体の像に雪の被り物ができたのを見ながら、レティを見送るエスト。



「それじゃあ、またどこかで会いましょう!」


「うん、またね。それと僕の価値は、先生に聞いたらわかるから」


「強気に出たわね……でも、実はもう知ってるのよ。頑張ってね、未来の賢者サマ」



 ジオが転移で連れて行ったのを見て、エストは像に積もった雪を落とす。

 真っ直ぐに剣を構える凛々しいシスティリア像は、エスト渾身の一作である。しかし、本人はまだ『足りない』と言い、今も改良を続けている。


 きっと、レティの服作りに対する思いも同じもの。


 好きなものに対する貪欲な向上心は、いつも『足りない』という思いから発生するのだ。

 そこに満足したときが、成長の終わりである。

 職人というものはそうしたタイミングで後継を迎え、次の職人を生んでいく。


 ジオが己を教え子として迎えたのは、満足ではなく諦め。

 倒すことのできない魔族を相手に、勝てないと判断したからである。



「早く会いたい。声が……聞きたいよ」



 この修行が終わる頃には、何歳になっているのか。

 もう大人になって他に相手が居るなんて言われたら、ショックのあまり魔力を暴走させる未来が見える。


 そんな未来が来る前に、エストは時空魔術を習得しなければならない。


 転移や亜空間といった魔術は、戦い以外にも応用が効くことを知っている。

 それはもう、魔女が何度も教えてくれたのだ。


 小さな手で、システィリア像に触れる。



「待っててね。必ず迎えに行くから」



 決意表明ともなるその言葉は、エストのやる気に更なる燃料を注ぐことになる。



 始まりは半年後。



 繭の納品を終えていつも通りの鍛錬する日々を送っていたところ、エストはふと、時空魔術の魔法陣が平面であることに疑問を持った。


 なぜなら時空魔術とは、空間の中で作用する他の魔術とは違い、空間自体に影響を与える魔術だからだ。


 今までの魔法陣は平らな円の形をしていた。

 しかし今回、エストは立てた魔法陣の中の輪を、個別にして回し始めた。


 円というより球体に近くなった魔法陣に、独自に解析した構成要素を詰め込み、魔法陣の形を変えていく。



「あぁ……そういうことか」



 ようやく、ようやく鍵を見つけた。


 エストの顔に笑みが浮かぶ。

 ここまで苦節半年。魔力操作にも完全に慣れ、もうここ一ヶ月はずっと制御したままで居る。だがそのおかげで分かったのだ。


 時空魔術の特性を理解する上で、重要な鍵。



 それは──




「変性する魔力……既にやってたじゃん」

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