第9話 相乗魔法陣
「師匠、見て。変な魔法陣つくってみた」
年が明けてすぐのこと。
エストは白い魔法陣が半分だけ重なったものを魔女に見せた。
「ほ〜、なんじゃそれ。興味深いのう」
「重なった部分は魔力を共有するみたい。これ一つで二個分の魔術が使える」
「わはは! 画期的じゃな! 新理論の発見ではないか。どうする? 公表すれば莫大な金と名誉が貰えるぞ?」
「要らないよ。これ、無駄が多くて面白くないもん」
多重魔法陣ではなく、単魔法陣を組み合わせた新たな魔法陣。
それがエストの発見したものだった。
ただ、つい数分前に見つけたせいか、改善点を挙げるとキリがない。
そこを詰めるまで公表なんてできやしない。
「これから詰めるんじゃろ? 名は何とする?」
「う〜ん、多分属性も組み合わせられるから、相乗魔法陣とか? 僕、まだ師匠みたいな混合魔法陣は使えないし」
「相乗か。よいではないか。改良したらまた見せるのじゃぞ」
エストは頷き、半ば自室と化した工房に戻って行った。
魔道具弄りもさることながら、片手間に新理論を見つけるとは誰も思っていなかった。
……現代魔術の成り立ちを知る魔女でさえ。
「エスト、日に日に成長してるね」
「うむ。わらわのオリジナルは、わらわ専用じゃからの。エストの新理論は革命を起こすと思うぞ」
「へ〜。そういや混合魔法陣ってご主人専用なの?」
「あれはわらわの血が混じっておるからな」
「じゃあ専用だ〜。ふっふふんふふ〜ん」
いつかエストに呑まれるんじゃないかと心配していたアリアは、魔女だけのものがあると知って気分が良くなった。
魔女の体質を知るのは、今はまだアリアだけ。
元々はただの人間だったエルミリアのことは、人々は知らない。
「──違う。すり抜けたらダメ。あれ? あぁ、引っかかるポイントがあるのか。イメージ? ……これも違う」
ブツブツと呟きながら、相乗魔法陣を弄るエスト。
先に見せたものは偶然発生したために、今は狙って使えるように発動条件を調べているところだ。
二つの魔法陣をズラしては乗せ、強引に重ねては消す。
ああでもないこうでもないと苦戦していると、重なる条件が一つ分かった。
「消費魔力だ。少しでも使う魔力に差があると、別々の魔法陣になっちゃう」
分かったことをトレント製の紙に書いていく。
失敗した理由と成功の条件を連ねていき、あっという間に数枚の紙が文字で埋まった。
次に、相乗できる効果を調べる。
まずは同一属性で、通常の単魔法陣と比較するのだ。
「氷球」
片手で握れる大きさの、氷の球が出来た。
秤量用の魔道具で重さを測り、手早くメモを取る。
「次は相乗──氷球」
相乗魔法陣で同じ魔術を使うと、重さが1.5倍の球ができた。
同一属性での結果をメモし、次は異なる属性で試す。
「キーワードは……混ぜたらいっか。土氷球」
土属性と氷属性を混ぜると、通常の氷球の1.5倍の重さで、土と氷が混ざった球ができた。
相乗と簡単に名付けたものの、ここまで名が適していたとは思わず、笑みをこぼす。
「天才かも。流石師匠の弟子」
実験結果を書き終わると、次のステップに移る。
これがもし成功すると、大変なことになる。
どう大変なことになるか。
それは、世界を変えてしまうかもしれない、ということ。
エストは氷球の魔法陣を相乗する。
そして──更にもう一つ氷球を相乗させた。
「……うわ、できちゃった」
成功すると思っておらず、うわ、と言ってしまう。
試しに発動してみると、大きさは元の2.25倍の氷球ができた。
三つで試すと、3.375倍になった。
どの魔道書にも載っていない新理論が、まさかここまで上手くいくとは思ってもみなかった。
「僕の魔力量だと54個が限界か。計算は……しない方がいいかも」
単純計算で1.5の54乗。
街一つ飲み込む氷球ができるだろう。
氷魔術の歴史にある、街の凍結。
それはもしかすると、同じようなことをした魔術師が起こしたものかもしれない。
エストは実験レポートを書くと、魔女に見せた。
「う〜む、とんでもない発見じゃな」
文字通り、とんでもない理論である。
発見こそ偶然であるものの、性質を理解した途端、その凶悪さが目に見えて膨れ上がるのだ。
魔女もそれを理解し、エストに問う。
「お主はこの相乗魔法陣をどう思った? 自分で見つけ、実験し、結果を出した。そして何を思った?」
「……見つけなければよかった」
「じゃろうな。わらわも思った。約束しろ、エスト。この理論と魔法陣を秘匿し、墓場まで持っていくと」
「誓うよ。僕は師匠とアリアお姉ちゃんを守りたいだけ。でも、二人を守るためだったら使うからね」
魔術を正しく使う。
魔女が教えた使い方の中には、自分や大切な人を守る、というものがある。
故にエストは、二人に何かあった時、相乗魔法陣を使うと言った。
「ならぬ。今のエストでも充分に危険な理論じゃ。仮に十年後、使う時が来たエストはどれほど成長しておる?」
「そんなことわかってるよ! でも、僕は守るためなら相乗魔法陣を使う。例えダメだと言われても、過去の氷の魔術師みたいに迫害されても、僕は使う!」
エストの決意は硬かった。
これだけは折れてもらわねば困ると、魔女は威圧した。しかし、エストは震えながらに言い切った。
二人のためなら、と。
「……はぁ。悲しいのじゃ」
「え?」
「わらわとて、万能ではない。いつか、エストの力を借りる時が来るじゃろう。しかしそれでエストを悪く言う者が現れると考えたら、悲しゅうて仕方がない」
魔女は全て分かっていた。
折れてもらわねば困るが、きっと折れないだろうと。
その上で、次はエストの身を案じたのだ。
有事の際、頑張ったエストに言葉の刃が向けられるのは必至だ。
それはエストが氷魔術を使う以上、避けられない。
大切な弟子が、我が子が傷つけられると分かっていたら、どうしても使わせたくなかった。
そして、読み通りではあるものの、エストは折れなかった。
何がなんでも二人を守ると。
「約束、もう一つ追加じゃ」
「うん」
「何かあった時は、その理論でわらわたちを守ってくれ。エストの発想力なら、きっと可能なはずじゃ。じゃから、切り札として隠し通せ。よいな?」
「わかった。氷の魔術は嫌われるからね、他の魔術で代用できたらいいけど」
「それが最善じゃな。しかし、適性上仕方ないのじゃ。いざという時は氷を使え。人命を何よりも優先しろ」
「はい」
新たに見つけた相乗魔法陣は、諸刃の剣である。
例え初級魔術であっても大量の命を奪える理論は、自身にも血の雨が降りかかる。
沢山の人命を背負った時が来たら使おう。
そう心に決める、エストなのであった。