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第75話 システィリアの苦悩


 アイツ、バカだわ。正真正銘のバカ。

 怪我人が居ないからって水魔術を教えることにしたのは分かるけど、だからって最初のステップが『基本四属性の上級魔術を全て習得』って……なんなの?


 アタシをいじめたいのかしら?

 昨日、寝てる間に服の中に顔を突っ込んだのがバレたのかしらね。何かの報復としか思えないもの。


 いいえ、絶対気づいてないわ。

 エストは寝る時、常に熟睡してる。

 頬っぺをツンツンしても、声を掛けても起きなかった。でも、殺気や魔力を出すと飛び起きるのよね。


 はぁ……最悪だわ。


 エストが作った白い土の板に書いてある上級魔術、端から端まで多重魔法陣で詰まってるの、アタシを殺しに来てるのかしらね?


 多重魔法陣が前提の魔術とか、難しくて意味が分かんないもの。

 何よ、『構成要素は無限にある』って。バカなの?



「多重魔法陣を作った人はバカだと思う」



 コイツが言ったわ。やっぱりそうよね。

 だって、基礎が単魔法陣の六つなのは分かるけど、そこにどんどん要素足していくなんて、頭が爆発するわよ。


 構成要素は増やすほど維持が難しくなるし、魔法陣も大きくなる。

 だから戦闘では魔術を使いにくいし、詠唱に時間もかかる。


 剣でスパッと行った方が何倍も早いわ。



「ねぇ、アンタは何個まで要素を足せるの?」



 軽い気持ちで聞いたけど、答えを聞いて後悔した。



「二百五十かな。それ以上でも維持はできると思うけど、単純に思いつく要素が無い」



 ……う〜ん、キモイわねぇ。

 アタシなんて十個もあったら棒立ちで考えるのに、エストは百個程度なら杖で戦いながら使えるらしいわ。


 うん、キモイ。凄いを通り越してる。


 他にも、基本的な上級魔術だけなら全部同時に使えるって自慢された。

 想像もできないアタシは軽く流しちゃったけど。


 なんなのよコイツ。


 魔術に関して強すぎるのよ。

 ただ使う魔術が強いのもそうだけど、それよりも恐ろしいのは発動速度と、臨機応変に対応できる点ね。


 エストは六大属性全部使えるのに、手札を切る時の迷いが一切ないの。最善手を最速で打つなんて、敵に居たら恐怖以外の何者でもないわ。


 オマケにアタシの何倍も切れる手札は多い。

 天才って、エストのことを言うのよね。


 いや……秀才かしら。


 アタシなら、そんなに適性を持ってても全ては活かし切れないもの。

 才能の上に努力を重ねたから、今の彼があるんだと思う。



「な、何これ……回禄燼滅メデュサディア?」


「火の上級魔術だね。半径百メートルくらいの魔法陣を出して、その上にある物を燃やし尽くす魔術。発案者は火の神だって言われてたけど、この魔術で自身諸共死んじゃった」


「……強すぎない?」


「今のシスティなら二秒で倒れる消費量だよ」


「アンタなら何秒耐えるのかしらね?」


「十分以上使ったら、何が燃え残るのかな?」



 コイツ……! 絶妙にウザイわ!

 なにが『燃え残るのかな?』よ! 遠回しに自慢すんじゃないわよハゲ!

 将来は絶対ハゲる。ハゲさせてやるわ!


 でも、分かった。

 エストの魔力量はバカみたいに多い。

 元々は平均程度だったらしいけど、物心ついてからずっと鍛錬してるって言ってたから、体の成長に合わせて爆発的に大きくなったのね。


 アタシ……まだまだ大きくなるわよね?


 魔力量もそうだけど、身長とか胸とか、もっと大きくなってもらわなきゃ困る。

 それに、いつまでもエストより身長が低いの、ムカつくもの。いつかコイツより大きくなって、見下ろしながら頭を撫でてやる。


 く〜! 屈辱そうに右手を享受する姿が思い浮かぶわ! 決めた、絶対にエストより大きくなる。



「水は蒼穹溟海アースディって言うのね」


「空中に小さな海を作って落とす、単純シンプルな攻撃だよ。だけど、シンプルゆえに破綻しない。覆しようのない強力な魔術だ」


「……意外と頭の悪い魔術もあるんだ」


「仕方ないよ。領域系や広範囲の攻撃魔術が上級認定されるから」


「それってどこかで破綻するでしょ」


「まぁ、魔術って範囲が大きくなるほど制御が難しいんだ。だから範囲魔術は上級認定されるんだけど……問題児が居る」


風域フローテね。これは中級でしょ?」



 風魔術の項目にあったけど、アタシの認識が間違っていないなら中級魔術に分類されるはず。



「そうだね。でも僕は上級に入ると思う」


「どうしてかしら? 教えてちょうだい」



 アタシがそう言うと、エストは手のひらサイズの風域フローテを出して話し始めた。

 ちょっとムカつくけど、興味が勝るわね。



風域フローテの真価は、火魔術と合わせる点にある。火は上の空気を燃やそうと縦に伸びるでしょ? そこに、風域フローテの下から巻き上げる風が合わさると、一気に火を強くできるんだ」


「……アンタしかできないじゃない」


「魔術師は一人で戦わないよ」


「アンタに言われても説得力が無いのよ!」


「…………ちゃんとしたパーティを組むの、システィが初めてだもん。それに、他の冒険者は実力差があるし」



 ぐっ……しょんぼりした顔で言わないでよ!

 アタシが悪いみたいでしょ!

 確かにアンタは性格や言動に難があるからパーティを組むのは難しいでしょうけど、寂しそうに言うのは卑怯よ!


 全くもう……アタシが居るのに寂しそうにしないでほしいわね。

 もっとスキンシップを増やした方がいいのかしら?



風域フローテの術式は早めに覚えた方がいい。他の領域系の基礎になるから」


「……確かに、蒼穹溟海アースディの魔法陣にそれっぽい面影があるわ。薄く伸ばした感じっていうか」


「うん、良い着眼点だ。実は蒼穹溟海アースディの元は風域フローテなんだ。頭の悪い水魔術師が、間違えて風魔術の勉強をした時に作られたんだよ」


「本当に頭が悪かったのね!?」


「バカと天才は紙一重ってこと」



 まさか本当に頭が悪いとは思わなかったわ。

 でも、こうして強力な魔術を開発しているんだし、頭が悪いなりの発想力があった証ね。


 ……あ、だからエストは日頃から変な魔術を使ってるのか。新発見のために色んな魔術を試しているの、アタシ知ってるもん。


 なによ、納得しちゃったわ。

 コイツは闇の中をひたすら進んでるけど、見方を変えたら真っ白なパズルのピースを延々と繋げていってるんだ。


 だから多重魔法陣の『無限』にも耐えられるし、挑戦し続けられるのね。


 はぁ……素敵。

 誰にも邪魔されず、独りで極めようとする姿がかっこいい。いつも黙々とやってるけど、実は笑顔なのよね。


 アタシも……魔術を楽しめるかな?

 強くなりたいし、もっと楽しみたい。

 強欲って言われるかもしれないけど、エストはアタシ以上に強欲だから許されるはず。



「……ふふっ、こうして知ると、魔術の歴史って面白いわ。他の属性魔術と意外な繋がりがあって、更に知りたくなっちゃう」


「でしょ? 魔術って面白いんだよ」



 笑顔で言うエストに、胸が苦しくなる。


 ……ダメ。完全に惚れちゃった。

 あんな可愛い笑顔を見せられて、ときめかない方がおかしい。しかもアタシだけに向けた、特別な表情よ?

 今すぐにでも飛びつきたくなるわ。


 でも、そんなことしたら気持ちがバレちゃう。


 ──あ、尻尾が、ああ止まらない!


 もう何なのよこの尻尾! アタシがエストのことを考えたらバカみたいに振っちゃって! せっかく考え事がバレないようにしてるのに、尻尾のせいで丸分かりじゃない!


 うぅぅ……エストも見てるし……バレてるのかな?



「魔術の勉強、楽しんでくれて嬉しい」

 


 うん、バレてないわね。

 でもそうやって笑顔を向けられると……尻尾が止まらなくなるのよ! お願いだからもう見ないで!


 これ以上、アタシを好きにさせないでよ!




「それじゃあ、秋までに新しい上級水魔術を作ってね。魔術は学ぶだけじゃなくて、自分の型に落とし込んで楽しむものだから」




 ……うん、そっか。



「アンタなんて嫌いよ! ばーか!」

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