第68話 持ちつ持たれつ
「閃いた! 怪我人を治癒して対価にお金を貰えば、依頼より早く大金を稼げるわ!」
ギルドの訓練場で打ち合いをしていると、システィリアが汗を拭きながらそう言った。
「営利目的の光魔術の行使は、教会治癒士の妨害とみなされるよ」
「じゃあダメかぁ……」
「でも、生命の危機に瀕した相手の応急処置は、術後一ヶ月の生存確認をしたら支払いを要求できる」
「……なんでそんなに詳しいの?」
「魔道書に書いてた。ついでに、抜け道を突いて光魔術で貴族の地位を買ったことも」
「そいつ、どんだけ稼いだのよ……バカでしょ」
「今日はここまでかな」
エストが水球で彼女の体を洗ってあげれば、ブルブルと震えて水を飛ばした。
仕上げの風域で髪や尻尾を乾かせば、気持ち良さそうに目を細めている。傍から見れば仲の良い二人だが、システィリアにその話は禁句だ。
「バカじゃないなら依頼で稼ごう」
「はいはい。今日は薬草納品とゴブリン討伐、オークも狩れたら美味しいわね」
先頭を歩く彼女に着いて行くと、妙にシスティリアが避けられていることに気がついた。
例えば、ギルドに入った時。入口付近に居た冒険者が、彼女を見てあからさまに距離をとったのだ。
依頼の貼り出されたボードでは、彼女が近づけば人の海が割れ、Dランクの依頼を取っては笑う冒険者が居た。
システィリアの顔に影が差す。
感情を殺して、相手に悟られまいと。
受付で依頼を受理すると、エストは聞く。
「システィ、避けられてるの?」
「あ、アンタには関係ないわ! 行くわよ!」
獣人が嫌われているのは知っていたが、それだけではない視線だ。
いつも通り、手を引かれてギルドを出た。
でも、どこか握る手に力が入っていた。
逃げるように。あるいは隠すように。
エストから手を握ると、システィリアは力を抜く。
「アンタは……味方でいてくれる?」
「君が手を離さない限り」
「……そ。粋なことを言うのね」
「僕はユーモアに溢れてるから」
誰かに頼られる存在というのも悪くない。
まずはシスティリアの支えになってみようと思うエストは、街の門をくぐるまで、手を離さなかった。
隣で尻尾を振る彼女の頬は赤い。
向上心を燃やし続ける限り、エストは見ている。
魔術師としての、システィリアを。
例の洞窟がある森には、ゴブリンが繁殖している。
二匹見たら百匹居ると思え、なんて言葉が生まれるくらいに、ゴブリンは繁殖サイクルが早い。
木々に挟まれた空間で過ごしてきた魔物を狩るのに、いちいち魔術を撃っていてはキリがない。
森でのゴブリン狩りに限って言えば、システィリアの方が活躍していた。
「ふぅ。なんだか安定してきたわね」
「ちゃんと動きを見てから行動できてる。今なら決闘の結果も変わるかもね」
「はぁ? 打ち合いで手加減してるの、知ってるんだから。下手な嘘はやめなさい」
耳と尻尾をピンと立て、怒りをあらわにした。
お世辞というのは、相手によっては不満を買ってしまうことを知り、エストは小さく謝る。
しかし、成長しているのは事実である。
三体のゴブリンが同時に攻撃してきても、三方向の死角に逃げる判断と瞬発力、そして獣人特有の強い筋力で、見事無傷で討伐していた。
二十体ほどゴブリンから目と耳を回収すると、安全を確保した後に薬草を探し始める二人。
一般的に怪我の消毒に使う薬草は森の縁に生えるため、街に近い北側はあらかた取り尽くされている。
少しは残しておきなさいよ、と文句を言いながら、南の街道沿いを探すことにした。
「あった。これ、そうじゃない?」
「ん〜? アンタ、嬉しそうに毒草掴むわね」
「……え、違うの?」
「それはシウ草。茎から葉にかけて少し赤いでしょ? それに、葉っぱもギザギザしてる。ちょっと噛んでみなさいよ」
「毒草って言ってなかった?」
「食べすぎたら毒なだけ。ほら」
エストの持っていたシウ草を取り上げると、葉っぱをちぎって差し出した。黄緑色の汁が付いたそれを受け取ると、先端だけを齧る。
するとエストは、唇がしわくちゃになるほど口先が力んだ。
「あははっ! 面白い顔するわね!」
「……酸っぱい。なにこれ」
「実は料理に使えるのよ。その酸味には肉の臭みをとる効果があって、下処理にシウ草を巻いたりするの」
「……毒は?」
「火を通したら大丈夫。生のまま沢山食べたら、お腹を壊したり気持ち悪くなるの」
野草に関する知識が豊富なシスティリアにもてあそばれてしまったエストは、悔しそうにしながらも自身の無知を認めた。
このままシウ草を納品していれば、ギルドから注意を受けたかもしれないのだ。
経験として覚えさせてくれたことに、深く感謝する。
「探しているルコル草はこれ。茎から葉まで緑色で、葉っぱが丸いの。潰したら深緑色の汁が出て……はい」
「齧るの?」
システィリアが頷くと、言われた通りにした。
するとエストは、こっちの方が毒草だと言わんばかりに吐き出した。
「これ……毒! 嫌いな味がする」
「死ぬほど苦いでしょ? これがルコル草の特徴よ。もし見分けがつかなくなったら、齧れば一発よ」
エストが用意した氷の箱にルコル草を入れたシスティリアは、数本しか取らずに場所を移そうと言い出した。
こちら側の薬草まで取ってしまえば、緊急時に取れなくなってしまうからだ。
実をつける秋までに数が減ると、翌年の収穫量が減ってしまう。森の生態系を壊さないためにも、適度に小さく頂くのが薬草採取の鉄則だと語った。
経験を語るシスティリアは胸を張っていて、自信に満ちた表情はとても凛々しい。
そんな彼女の一面を見て、ギルドマスターの言っていた『双方の成長する機会』を理解したエスト。
戦闘や魔術はエストが教え、野外生活の知識をシスティリアが教える。
互いに補って成長することが、とても楽しい。
ルコル草を手に、エストが呟く。
「薬学も知りたくなってきた」
「知識に貪欲ね。アンタらしいわ」
「初級を飛ばそうとした君に言われたくない」
「ア、アンタが知ってて当然って言うから!」
「既存の上級魔術まで知ってて当然」
「アンタの中ではね! もう……ふふふっ」
ひとしきり笑い合うと、次の群生地に向かう。
ギルドでの暗い顔はどこへ行ったのか、晴れた笑顔になっていた。少しはシスティリアの支えになれたのかなと、エストは深く息を吐く。
すると次の瞬間、エストの胴体に蔦が巻きついた。
「あ〜〜〜、たか〜い」
あれよあれよという間に体を持ち上げられると、木の姿をした魔物が、エストを宙吊りにして振っていた。
ぶらぶらと揺らされるエストは、次第に顔色が悪くなる。
「トレント!? どうしてここに──」
「やばい……吐きそう」
「バカ! アタシにぶちまけるつもり!?」
「早く……倒して……」
野生の魔物は非常に賢い。
火に弱い自身の天敵である、魔術師を見分けて攻撃したのだ。おまけにトレントの操る蔦は硬くしなやかで、剣に強いつくりに進化した。
勝利を確信したトレントが、更にエストを振って遊ぶ。
「あ〜もう、耐えなさいよ!」
蔦の根元に居るトレントは、他の木と見分けが付かない。どうやら今回の相手は更に賢い個体のようで、頻繁に移動することで隠れている。
木を隠すなら森の中とは言ったもの。
システィリアが追いかけるも、トレントは様々な木に蔦を巻き付けた。切れば完全に根元が分からなくなるため、奥へ進むしかない。
「ずる賢いヤツ……あ、あれ?」
走り始めて数分。
いつの間にかシスティリアは、蔦で繋がった木に包囲されていた。
早々に抜け出そうとすると、木は根っこを動かしてシスティリアに近づいて来る。どうやら十体を超えるトレントがこの狩りに協力しているようだ。
「嘘でしょ? ……マズイ」
それぞれのトレントが蔦を伸ばす。
初めの二本は回避したものの、続く蔦が手首に巻き付き、あっという間に全身を拘束されてしまった。
トレントに殺されると、ミイラになったように養分を吸い取られて死ぬ。
システィリアの脳裏に、洞窟で見た先輩冒険者の末路がフラッシュバックした。
彼女も細い首に蔦が巻きついた瞬間、風が吹いた。
「ふぅ……やっと追いついた。よく死にかけるね、システィ」
「エスト!」
口元を汚したエストが、中級風魔術の風刃で蔦を切り刻む。
再度放たれた風刃で正面のトレントが木っ端微塵になると、エストは自ら包囲網に入った。
「アンタ……ばっちい」
「助けに来たのにひどい。抱きつくよ?」
「え、ほん……とうにヤメテ! 殴るわよ?」
エストは水魔術で口をゆすぎ、杖を振った。
緑と白の単魔法陣が無数に現れ、氷の粒が混ざった風刃の嵐がトレントを襲う。
蔦で防ごうとするも、鋭い風の刃に硬い粒が混ざることで一瞬にして破壊される。
トレントを倒し終わったエストは、システィリアに振り返った。
そして────顔を背け、未消化の朝食を吐き出した。
「よし、スッキリ!」
「『よし』じゃないわよバカぁぁ!!!!」
思いっきり殴られる、エストである。




