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第49話 想いを魔術に


 控え室で立っているメイドに追加のトーストを頼んだエストは、五人の観戦に混ざらず杖を手に持っていた。


 次は準決勝。メルとの戦いだ。

 ついでにマリーナも同じチームのようで、アルフレッドとマークは羨ましそうに映像に食いついている。


 だが、エストは観ない。

 もしここで面白そうな魔術を見ては、もったいないから。どうせ見るなら直接見たいので、杖の調整に時間をかけている。



「……ふぅ。どこまでやってくるんだろう」



 杖の先端に数十の魔法陣を同時に出しては消しを繰り返し、魔力の通りと杖の効果に慣れさせていると、メルの成長度合いを予想し始めた。



「……術式隠蔽、いや、偽装もできるのかな。キーワードは無視しよう。破壊も現実的じゃないな。先手を取られると負けるかも……? まぁ、面白かったらいいや」



 六大属性の知識を取り入れた今なら、次は魔法陣に対する工作を始めると読み、メルができそうな手を考える。その間も魔法陣の出現と消失は繰り返しており、トーストを持ってきたメイドはその異様さに目を見開いた。


 考え事をしながら魔法陣を出すだけでも異常なのに、その数が尋常ではない。



「あ、パンありがとう。お金いる?」


「……い、いえ! これも仕事ですので……」


「じゃあ呼ばれるまで暇だろうし、猫あげる」



 トーストを受け取ったエストは、それを齧りながら完全無詠唱で白い猫を作った。以前教室で作ったものよりも精度が上がり、魔術だと言われても信じられないほど完璧に模倣している。


 メイドが猫を拾い上げると、牙を見せて「シャーッ!」と鳴いて地面に降りた。そしてエストの足元に近寄ると、嬉しそうに頬擦りをする。



「これが、魔術?」


「……こら、威嚇しちゃダメ。いい?」


『みぃ!』



 エストが指示を出すと、白猫は可愛く鳴いてからメイドの元に行く。

 再度拾い上げられると、威嚇せずに尻尾をゆらゆらと動かす。


 どこからどうみても本物の猫であるソレに、メイドはギョッとした目でエストを見つめた。



「あ、一匹じゃ足りない?」


「ちち、違います! 申し訳ありません!」


「いいよ、いっぱい出してあげる」



 ちょうどトーストを食べ終えたエストは、メイドの言葉を無視して杖を振った。

 すると十匹を超える猫が現れ、メイドの足元を取り囲んでいく。

 それぞれ毛の色から毛並み、種類や尻尾の長さも違っており、その一つ一つに魔法陣があることにメイドは気づかない。


 ここまで来ると、これらが本物の猫と割り切った方が楽なのだ。



「毛も抜けないし病気も無いから安心してね」


「は、はい」



 学園長に雇われ、迎賓館の手入れと対抗戦の給仕を始めて五年が経つメイドだが、魔術を呼吸するように使う生徒は初めて見た。


 次の試合は目に焼き付けようと、猫を撫でながら決意する。

 ぷにぷにの肉球とふわふわの毛並み。少々の不機嫌さを隠しもしない猫に、心を奪われていた。





 そして、遂に始まる準決勝。


 公式名称でカミラチーム対マリーナチームの戦いが始まる。互いに消耗は少ない方で、試合が長引くことも考えられる。


 エストは決勝のミツキ戦に備え、杖を持参した。魔術師然としたエストの入場に、会場がザワつく。



「なんか……サマになるっすね」


「できる限り魔術は使わないつもりだよ」


「その格好で言われてもなぁ」



 女性陣が苦笑いで流すが、エストは至って真剣だ。

 なぜなら、土魔術とは、他の属性には無い、とある特徴を持っているからだ。


 それは……物理攻撃で破壊できること。


 火や水、風は剣を振っても防ぐのが難しいが、土に限っては物理的干渉が強く、防ぎやすい。一点突破を狙える槍の扱いが得意なエストとは、極めて相性が良い。


 杖を魔術の補助ではなく槍として扱うので、メルの魔術には物理で対抗するのが狙いだ。



 今回の陣形は三人攻撃、三人防御の基本陣形。

 ユーリとアルフレッドと共に前線に出て戦い、宝玉の破壊を目的とする。



『準決勝第一試合を始める! 両チーム、構え!』



 凛とした学園長の言葉に緊張が走る。

 相手は土の天才魔術師と、相反する適性属性を持つ神童。特にユーリはメルの実力を知っており、格上であることを認めている。



「ユーリ、呼吸が浅い。緊張してるの?」


「……うん。純粋に、相手が怖いや」



 どうして怖いのか分からないエストは首を傾げた。

 魔術によって大切な誰かを傷つける。その恐怖を知っているユーリには、クラスメイトに魔術を向ける勇気がなかった。



『始め!』



 透明な壁が消えると、エスト達は進む。

 四回目ともなると慣れたのか、三人は余裕を持って歩けるようになった。しかし、それが油断に繋がることをまだ知らない。


 エストを先頭に森の真ん中まで来ると、右足を踏み出した瞬間、地面に敷かれた魔法陣が輝く。



「……おお、遅延詠唱陣だ」



 土槍アルディクに右足を貫かれ、大量に血が流れ出す。


 その光景に二人は声を出すこともできず、その場で静止する。


 遅延詠唱陣。それは単魔法陣の派生形であり、術者の任意のタイミングで発動させることができる、罠用の魔法陣だ。

 元々は狩りに使われていた魔法陣で、狩人になった風の魔術師が発案したものである。



「いいね。僕、メルのおかげでもっと土魔術が好きになった。もっと見せてよ、メルの魔術」


「──《《土魔術が》》、ね」



 木陰から、茶色の髪を一つ結びにしたメルが現れた。

 その表情は悔しさに曇っており、痛がる様子すら見せないエストにはもはや何も感じていない。


 誰よりもエストを知る彼女は、この程度でエストが怯むとは思えないのだ。


 メルは即座に土針アルニスの魔法陣を出すと、ユーリに向ける。戦力が低い者を的確に狙った魔術は、発動する直前、中級魔術の土槍アルディクへと術式を変えた。


 エストに並ぼうと練習を重ねたメルの土槍アルディクは、目で追えない速度で飛翔する。



「──おおっ! 改変も早い!」



 ユーリの胸に直撃する寸前、エストの杖が土の槍を粉砕した。

 血まみれの右足は傷が消えており、その顔には笑みが浮かんでいる。



「あ〜もう! ダメだよエスト君! ここは二人にやられてもらって、私と一騎打ちするのが楽しいのに!」


「そうなの? じゃあ二人を帰そうか?」


「エスト殿!?」


「冗談だよ。あと、一歩も動かないで。二人の周りに魔法陣がある。今から消すけど、踏まないようにね」



 そう言ってエストが杖を地面に打つと、広範囲に渡って設置されていた遅延詠唱陣が全て消滅した。その数は二十を超えており、メルの技量の高さが窺える。


 罠が消えてすぐ、二人はその場を離れて宝玉を狙う。

 ここまではマークの見立て通りで、メルとエストをぶつける所まで読んでいた。



「……二人きりだね」


「メルと遊ぶ時は、二人の方が楽しい」


「あはは、そう言われると照れるなぁ」



 頬を紅く染めながら、メルは単魔法陣を出す。

 陣の展開速度、発動速度ともにエストが破壊するよりも早く、キーワードも無く放たれたのは大量の土針アルニスだった。


 まだ多層魔法陣が使えないメルは、構成要素を変えることで擬似的な多層魔法陣を編み出していた。



「あ、それ僕もやった。一本あたりの威力が落ちるけど、多層魔法陣っぽく使えるんだよね」



 狙いは甘いものの、自身に当たりそうな針を叩き落とし、懐かしい記憶を思い出す。



「エスト君もやってたの? ……嬉しい」


「うん。そこから、この魔法陣を作ったんだ」



 エストは土針アルニスの魔法陣を出すと、一つの魔法陣を何十もの小さな魔法陣に分裂させた。一本あたりの威力は低いが、擬似多層魔法陣よりは使いやすく、威力も出る。



「拡散魔法陣。使い所は無いけど、面白いよ」


土壁アルデールッ!」



 小さな針が塊となって射出されると、メルは咄嗟に防御した。

 あまりに鮮やかな発動に、あと一瞬でも遅ければ蜂の巣になっていただろう。



「あ、つい魔術を使っちゃった。でも、防御が早い。凄いね」


「えへへ。エスト君の隣に立ちたくて、いっぱい練習したの」


「……立つの? いつも横で座ってるけど」


「……誰が物理的に隣に立つのよ! 私が言いたいのは、その、えっと……」



 言い淀むメルに、首を傾げる。

 だがしかし、ここでエストは気づいた。メルが何を言いたいのかを。



「わかった、メイドになりたいんだ」


「ちが〜う! いや、エスト君のメイドならいいけど……ってそうじゃなくて!」



「私はただ、エスト君のことが好きなの!!」



 突然の告白に、静寂の波が広がる。

 大声で伝えられたメルの想いは観客全員にまで聞こえており、熱気とはまた違う、温かい心に包まれた。


 言い切ったメルの顔は耳まで赤くなっており、握った拳が震えている。入学してから季節が変わり、チラチラと小出しにしていた気持ちを遂に吐き出した。



「へ、返事は待って! 爆発しちゃうから」


「爆発? それってどんな魔術?」


「……え?」


「え?」



 素っ頓狂なエストの言葉に、メルの拍動は冷静さを取り戻す。

 どうして爆発が伝わらなかったのか、その理由を考えたのだ。


 数秒経って、ある結論を導き出した。

 まずは、エストに質問をしなければならない。



「ねぇ、エスト君は私のこと……好き?」


「うん。好きだよ」


「じゃ、じゃあクーリアちゃんのことは?」


「特に何も」


「ユーリ君は?」


「特に何も」


「……アリア様とかって」


「好きだよ」


「……あ〜、お母さんも?」


「好き」



 そこまで聞くと、メルは背中を向けた。

 流れるように出た答えからして、エストが『ライク』と『ラブ』の違いを知らないことが分かったのだ。よって、今しがたメルがぶつけた『ラブ』を、エストは理解していない。


 つまり……



「エスト君の、ばかぁぁぁ!!!」



 この瞬間だけは愛を怒りに変えて、メルは戦うことを決意した。

 勝った暁には、しっかりと自分の気持ちを伝え、その返事を聞こう、と。

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